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封印の呼び声

封印室D-13。

継環省《残響保管庫》の最深部。通常は職員すら立ち入らない“禁域”。


 


「——アクセス認証、完了」


 


麻倉貴臣が操作パネルに指を走らせ、重い隔壁が数段階にわたって開く。

その奥には、他の保存体と違い、冷却処理も施されない黒鋼製の球体コンテナが鎮座していた。


音もなく、ただそこに“在る”異常な存在。


 


「ここには、記録上“音を持たない”災異が封印されている。

 その名も——《無響むきょう》。すべての音を“喰らう”災異だ」


 


裕也は息をのんだ。


 


「……音を、喰らう?」


 


「そうだ。共鳴もしない、干渉もできない。

 あらゆる音波の構造を無効化する、異常干渉能力。

 かつて“音の神経毒”と呼ばれ、五十七の異能者が戦死した」


 


コンテナの表面が、かすかに波打つ。


 


「先ほどの警報は……この《無響》が、外界の何かと“同調”しかけたことを意味する」


 


「それって、まさか……俺?」


 


「まだ断定はできないが……君の中にある“残響因子”は、過去の災異とも、音楽とも、何か別の“大きな存在”とつながっている。

 それが、この封印災異を揺らしたんだろうな」


 


裕也は視線を落とす。胸の内に、さっきから微かに鳴っている音がある。


それは旋律でも音楽でもない。“名もなき呻き”のような低音の残響。


——まるで、傷ついた誰かが、助けを求めるような音。


 


(これは……悲しみの音?)


 


突如、コンテナの側面に「ピッ」という短い警告音が鳴る。


【内部反応:再起動シーケンス0.04%】

【備考:外部共鳴反応による自動解凍開始】


 


「まずい!」


 


麻倉が即座に封印制御に走るが、波形は止まらない。


封印の層が一枚、また一枚と外れていく。


 


「……裕也! お前、ここから出ろ!」


 


「無理です。これ、止められるの……俺しかいない気がする」


 


裕也の体から、“反響の円環”が広がり始める。

コンテナの波動と拮抗し、かすかに封印を抑える干渉が発生する。


 


「……行ける。俺の中にある音なら、“共鳴”できる」


 


「それは違う。お前はまだ——」


 


「でも、今止めなきゃ、ここが吹っ飛ぶでしょ?」


 


麻倉が食い下がる隙もなく、裕也は手を伸ばした。


 


(聞かせてくれ……お前は、“何を奪われた”んだ?)


 


“無響”のコンテナが、かすかに鳴った。


——それは音なき“音”。

反響ではない、“共鳴拒絶”の振動。


 


裕也の鼓膜に、ノイズのような衝撃が走る。


頭の中で、記憶と音がぶつかる。

過去の旋律。失われた声。歪んだ記録。誰かの願い。


 


(この災異——お前も、音を奪われたんだな……)


 


裕也の“反響する自我”が、相手の中にある空白を感知する。


そして——


 


「……共鳴してやる。お前の“無音”を、俺が響かせてやる」


 


その瞬間、周囲の空間が一変する。


空気の粒子が反転し、全方位から“圧”が押し寄せた。

だが裕也は、一歩も退かず、右手から“干渉音波”を発射する。


 


《音律干渉:干渉波・第七形》

「——《無響律・逆再生カウンター・リバース》!」


 


不可視の波がコンテナへと打ち込まれる。


ノイズが断裂し、封印の内側から悲鳴のような音が“産まれる”。


 


そして、封印が——止まった。


 


……


 


麻倉「……やるじゃないか」


 


裕也「……足、震えてますけどね」


 


麻倉「それでいいさ。初めて“封印災異”と対峙して、無事に返ってくる奴なんざ、普通いない」


 


裕也「……でも、俺の中にある“音”が……。あれは、誰の……」


 


麻倉はしばし黙っていたが、やがて口を開いた。


 


「お前が“継いだ”ものは、単なる人工能力じゃない。

 誰かが、お前に——“音を託した”んだよ」


 


——その言葉の意味を、裕也はまだ知らない。


だが確かに感じた。あの“無音の叫び”に共鳴できたのは、

自分が“何か”を継いでいるからだと。


 


だから彼は前を向く。


まだ、知らぬ旋律の続きを、探すために。

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