音の傷跡
東京都郊外・継環省第三区画。
一般には存在が伏せられた、特殊施設《残響保管庫》。
「——ここが……?」
裕也は、重厚な金属扉の前で立ち止まった。
案内していたのは、継環省の音響管理官《麻倉貴臣》。
中年男性で、飄々とした雰囲気を持つが、目だけは妙に鋭い。
「“音”にも記憶がある。ここは、その記憶を封じておく場所さ。
災異の咆哮、異能者の断末魔、未解明の“旋律構造”……音の墓場とも言える」
「なぜ僕がここに?」
「“共鳴反応”が出たからだよ。君の訓練中に、保管庫の奥で封印されてた《遺響》が反応した」
扉が開く。冷気と共に、無数の“音波保存体”が並ぶ巨大アーカイブが姿を現す。
透明なシリンダーには、それぞれ「災異〇〇号」「継承不能音源」などのラベルが貼られていた。
麻倉が一つのケースの前で立ち止まった。
「これが、君と同調した《遺響群》の一つだ。記録名は——《セラフィックノート》」
ケース内部の波形モニターが、淡く光る。
「これ……音、ですか?」
「“声”と言った方が近いかもな。
百年前、ある偉人に従ったとされる“善良な災異”の残響。今はもう、構造の大半が失われているが……」
麻倉は目を細め、続けた。
「不思議なのはな……これ、“君の能力”とよく似た波形を持っている」
裕也の心臓が、一瞬だけ跳ねた。
「どういう、意味ですか?」
「わからん。ただ……これは、ただの“災異”とは別物だった。
共鳴するには、何か“宿主”が必要だったんじゃないかとも思える」
ケースの音波が微かに揺れる。裕也が近づくと、それは“呼吸”するように波形を変化させた。
まるで、何かを“思い出そう”としているように——
「ッ……!」
頭の奥に、音が響く。
かつて聞いた旋律。
歌声。
その奥に潜む、切ない感情。
——“誰か”が、ここで失われた記憶を、もう一度取り戻そうとしている。
(これは……俺の中の、“何か”が反応してる)
「……なぁ、麻倉さん。
この“善良な災異”って、何者だったんですか?」
麻倉は首を横に振る。
「それを知る者は、今やもう継環省にもいない。……唯一の証言者は、かつての“偉人”ただ一人」
「でもその偉人は……もう——」
「死んでいる。百年前にな」
二人の間に沈黙が落ちた。
だがそのとき、保管庫の最奥から、突如警報音が鳴り響いた。
【警告:封印室D-13にて微小音反応を検知】
【該当エリア:災異・零等級記録エリア】
【推定事象:“異能干渉”】
裕也が振り返る。
「……今の、音……まさか……!」
麻倉が一瞬険しい表情を見せた。
「《封印災異》の干渉か……? まさか、奴らが動き出したのか——」




