声の記録
災異《模擬体・SNAKE-AUDIO型》第二形態。
それは、第一形態での「蛇」の形状を解体し、
音そのものが意思を持ったかのような、形なき構造体へと変貌していた。
「姿がねぇ……!」
音が反響するたび、風景がにじむ。
街全体が“楽器”のように歪み始めていた。
ビルの窓が共鳴し、道路がリズムを刻む。
そこに“何か”が潜んでいる——それを裕也は確信していた。
(この災異、ただの模擬じゃねえ……)
《訓練中止警告——システムにノイズ干渉》
その時、裕也の耳に、奇妙な“歌”が流れた。
——「…たったひとつの、音になって…」
それは女の子の声だった。
澄んだ、だがどこか悲しげな旋律。
「……誰だ?」
次の瞬間、背後から迫る“ノイズの腕”。
裕也は振り向くより先に、反射的に空間を蹴って跳ぶ。
(間に合わねえ……!)
咄嗟に、掌を前に突き出す。
「《音律干渉》、全域解放……!」
空気が砕けるように響き、裕也の身体を中心に“逆位相”の波が展開される。
ノイズの腕は反響に弾かれ、空中で霧散した。
息が荒れる。
体力も、精神も、限界に近い。
(だけど……あの声……)
裕也は音を“追い始めた”。
歌が聞こえる——ならば、その発生源があるはずだ。
構造がズレるビルの角を抜け、虚空を蹴り、
彼はついに“コア音源”を見つけた。
それは、浮遊する“音符”のような結晶。
そこに、女の子の姿が重なる幻覚が映っていた。
——黒髪の少女。
——目を閉じて、歌っている。
——その音は、災異を抑えていた。
「……お前が、模擬災異の“核”なのか……?」
だが、彼女は何も答えない。
ただ、泣きそうな声で、こう呟いた。
——「もう、音が……聞こえないの」
次の瞬間、災異が暴走を始めた。
音の渦がすべてを呑み込み、世界が“白”に染まっていく。
(……まずい……このままじゃ——)
裕也は一歩、結晶に近づいた。
そして静かに、声を重ねる。
「聞こえるさ。俺が、お前の“音”を聴く」
その言葉とともに、彼の“反響する自我”が発動する。
あの旋律が、彼の中に“還って”きた。
「——《反響共鳴・封》!!」
全方位から収束した音が、白く輝く刃となり、
災異の中枢へと突き刺さった。
……静寂。
都市が形を取り戻し、音がゆっくりと戻ってくる。
模擬災異は制御下に戻り、結晶はひとつの“音”を残して砕けた。
《訓練終了。対象模擬体、制圧成功》
「……今の声……誰だったんだ……?」
裕也は、胸元に微かな余韻を感じながら、ただ空を見上げた。
——誰も知らない。
模擬災異の中に、本当に“誰か”がいたことを。
ただ彼だけが、確かにその旋律を“聴いた”。




