転送訓練 ――模擬災異と、鳴動する街
継環省・第七管区訓練施設。
本来は実戦経験を積んだ中堅異能者たちが使用するこの転送室に、
新人として白木裕也の名前が登録されたのは、極めて異例だった。
「……やっぱ、俺一人?」
訓練用スーツに身を包み、裕也は転送ポッドの前で呟いた。
装備は最軽量のもの。武器は一切なし。
彼の武器は“音”そのものだと判断されたからだった。
——今回の訓練内容は、
『模擬災異個体との交戦および制圧後の反応評価』
「さっきのバトルよりは、単純そうだな……」
呟きながらも、裕也の胸は少しだけ高鳴っていた。
あの戦いの余韻が、まだ彼の耳に残っている。
転送光が空間を歪ませ、彼の身体を包んだ。
***
転送先:模擬都市空間《G-27》。
ここは実際の市街地を模した、災異遭遇を想定した訓練用シミュレータ。
だがその精度は本物さながらで、感覚や痛覚も現実と遜色ない。
裕也が着地したのは、夕暮れ時の交差点。
信号、車、建物の反響まですべてがリアルだ。
「……さて、どっから来る?」
そのときだった。
ビリッ、と。
空間の一部が“音”のように破れた。
信号機がぶれ、アナウンスが途切れ、
風が逆方向に流れ始める。
「来たか……!」
次の瞬間、ビルの壁を突き破って“それ”が現れた。
災異《模擬体・SNAKE-AUDIO型》
体長5メートル超、音波を蛇のように操る構造災異。
外見は黒いノイズの塊に、蛇腹状の螺旋が交じる姿。
(距離、20メートル。鳴動、強め。……読める!)
裕也の中で、聴覚が広がる。
攻撃の軌道、ノイズの生成源、空気の振動。
「——《音律干渉》、起動」
音の軌道を踏み抜くように、裕也が跳ぶ。
模擬災異が舌のように鋭利な音刃を放ってくるが、
彼はそれをすり抜けるようにステップで回避。
(速度は、単調。反響も浅い。これなら——)
手を振るい、空間を“鳴らす”。
その振動が周囲の建物に伝播し、
災異の生成する“音波”の位相をズラす。
「——《反響共鳴・斬》!」
足元から響いた“音の刃”が、災異の腹を貫く。
模擬体がぐらつき、内部から破裂音を立てて崩れる。
「……仕留めた、か?」
だが次の瞬間、残骸が一斉に“再起動”した。
音が逆流するように、破片が再構築を始める。
《自律回復構造確認。模擬災異、第二形態へ移行》
(そう簡単には終わらねえか……!)
裕也が後退しながら、深く息を吸った。
もう一度、空間を“聴く”。
すると、違和感が一つ。
(この災異のコア音……誰かの声に似てる……?)
だが考える暇はない。模擬災異が第二形態となり、
今度は音波の塊を雨のように降らせてきた。
「やるしかないな……!」
踏み出す一歩。刻むリズム。
裕也の“スピード”が、再び加速していく。




