平穏
新しい部屋のお披露目後、すぐに使えなくなってしまった部屋が2ヶ月半経ってようやく完成した。予定では1ヶ月で完成する手筈にしていたらしいけど、部屋の修理が思った以上に大変だったらしく、2ヶ月半もかかってしまったそう。
アルベルトから聞いた酷い状態の部屋がどこまで綺麗になったんだろうと思いながら、完成した私の部屋の扉を開いて見れば、前より綺麗になっていたような気がする。
凍ったり、焦げたりしていた壁や床は綺麗に直されて、壁紙が貼り直されている。物も、パパの納得がいく物がなくてオーダーメイドした家具や寝具が置かれていて、使われることなくラッピングされたまま壊されたおもちゃ達は、新しいおもちゃを買って用意してくれたようで可愛くラッピングされてラグの上に山のように積まれていた。
そして、唯一無事だった衣装部屋は特に変わった所はなかった。変わらずたくさんのドレスと靴、アクセサリーで埋まっている。いつ見ても惚れ惚れするなと思いながら新しい部屋の探索をしていると、パパが昨日残していた仕事を終えて戻ってきた。
「気に入ったか?」
「うん!前より可愛い部屋になってる!」
「おもちゃが包装されたままだが気に入らなかったのか?」
「パパが戻ってから開けたかったの!一緒に遊びたいから!」
そう言えば、パパは嬉しかったのかチョコクッキーを渡してきた。チョコクッキーが一番好きだと言ってから、事ある毎にパパは私にチョコクッキーを渡してくる。クッキーのお礼を言って、ハンナにお茶の時に食べたいことを伝えて渡した後、早速おもちゃの開封に取りかかった。
「わぁ…!おままごとセットだ!」
「商人に人気の商品だと言われて買ったが気に入ったようだな」
「凄い凄い!」
「こっちはどうだ?」
「それは何?」
パパが手に取ったのは四角い何か。ラッピングされたままだから何か分からなくて首を傾げていると、パパから開けるように言われて、言う通り開けてみれば中身は絵本だった。
「絵本というものらしい。最近の貴族の子どもは絵本が大好きだと言っていた。シアはどうだ?」
「面白そう!ありがとう、パパ」
いくら今は三歳で、大分年齢に精神が引っ張られているとはいえ、他の貴族の子達みたいに絵本にハマったりできないだろう。だけど、それを言ってしまうとパパの性格上、落ち込むんじゃなくてそれを薦めた商人を罰しそうだから言わない。商人が可哀想すぎる。
しばらくおもちゃの開封をしたけどまだまだある未開封のおもちゃに、残りは明日開封しようと決めた。今日は開封したもので遊ぼうと思って、何をして遊ぶのか考えた。おままごとセットを使うのでもいいけど、パパがおままごとをしている姿があまりにも似合わない。
だから、数十冊ある絵本から適当に一冊を手に取ってパパに手渡した。
「……読めばいいのか?」
「うん!ダメ…?」
「いや、構わない。膝の上に来い」
パパの膝の上に乗れば、パパは棒読みだけどちゃんと読んでくれた。絵本は思ったより面白くて、つい夢中になってしまった。
そして、読み終わった絵本を閉じて周りを見ると、唖然としていた。パパが絵本を読み聞かせるなんて行動をとったのがよっぽど衝撃的だったんだろう。私もダメ元でお願いしただけだから、読んでくれると思わなかった。
「…もういいのか?」
「まだ読んでくれるの?」
「読んでほしいなら読んでやる」
「じゃ、じゃあ、次はこれ!これ読んで!」
膝の上から降りて新しい絵本を手に取れば、膝の上に来いとパパは自分の膝をポンポンと叩いた。パパの元に戻ってもう一度、膝の上に乗って絵本を読み聞かせてもらっている最中に、執事長が部屋に来てパパに急な仕事ができたことを伝えた。
「明日また読んでやるからそう落ち込むな。お茶の時間までには終わらせる」
「早く戻ってきてね」
「ああ、いい子にしていろ」
仕事に行くパパを見送って、私は少し早いけどお昼ご飯を食べた。今日はたまごサンドとキュウリの入ったハムサンドにクラムチャウダーで、味は相変わらず美味しかった。
お昼ご飯を完食した後は、五つある庭園のうちの一つを散歩に行く。今日はチューリップが咲いている庭園へ、メイドと護衛騎士達を連れて向かった。
庭園は魔道具が使われていて、季節関係なく花を咲かせている。便利な魔道具だけど、魔道具は作るのが難しいらしくて職人が少ない。そのせいで、魔道具の値段はとても高額で侯爵以上じゃないと買えない物だそう。
「陛下も魔道具を持ち歩いてますよ」
「そうなの!?」
「剣を収納してくれる魔道具です。出し入れも即できて使い勝手がいいからと宝物庫に保管されていた物を勝手に私物化したそうです」
「パパ……」
「前皇帝はそれを知った時、気絶したそうですよ。まさか、勝手に宝物庫に保管されている貴重な魔道具を私物化して戦に出ていたと思っていなかったそうで」
護衛騎士のオリビアからそのことを聞いて、宝物庫に保管されている貴重な魔道具を勝手に使っているとは思わなくて驚いた。パパは昔から相当好き勝手していたんだな。おじいちゃんも、心労が絶えなかっただろう。最悪、胃に穴が空いていたかも。ちょっと同情してしまう。
そういえば、おじいちゃんとおばあちゃんはどうしているんだろう?生きていることは知っているけど、城内にはいなさそう。静かな場所で過ごしているとか?
「おじいちゃんとおばあちゃんはどこにいるの?」
「陛下が皇帝になってからは王城の離れに一つ宮殿を作って生活されていたんですが……変わらず陛下に心労をかけさせられまくったせいで胃に穴が空いてしまったため、皇太后様と世界旅行に行っておられます」
あ、やっぱり胃に穴が空いちゃったんだ。皇帝だった時もパパに心労をかけさせられたのに、皇帝じゃなくなってもパパに振り回されるなんて不憫すぎるおじいちゃんだ。
そんなおじいちゃん達が世界旅行へ行ったのは、異母兄が生まれて半年ぐらい経った頃らしい。それなら、私の存在は知らないんだろうと思っていると、執事長が手紙で知らせたらしくて知っているらしい。もちろん、パパが私を溺愛していることも執事長が定期的に送る手紙で知っているそう。
パパの暴君っぷりを知っているおじいちゃんなら、私を溺愛していると知って仰天しただろうな。
「皇女様、少し休憩しましょうか」
「うん、喉乾いた」
ガーデンチェアに座って、アイシャに淹れてもらったミルクを飲んだ。ほのぼのとできて平穏そのものな時間に、この平穏がずっと続けばいいのにと願った。