大惨事になった部屋
時間が経つに連れて皇妃と皇子の怒りが激しくなっていき、怒鳴る声が大きくなっていた。よくそんなに大きな声が出せるなと感心しながら、私を抱きしめているハンナの服を強く掴んだ。
「ぱぱぁ......」
「皇女様、大丈夫ですよ。もし皇妃様と皇子様が来ても絶対にお守りしますから」
「そうですよ、何も怖くありません」
騒ぎに気づいた執事長が駆けつけてくれてパパに報告し、パパからの言葉を伝えたらしいけど、怒鳴り声は止んでくれず、物が壊れる音がし始める始末だった。完成した部屋のお披露目後、すぐに滅茶苦茶にされるなんて思わなかったからショックで涙が出てきた。
私の涙を見たアルベルトが隣に行ってすぐに戻って来た後、執事長が再度パパの元へ報告に行ってくれたと教えてくれた。それを知って安心したけど、涙は止まってくれない。
早く会いたい。あの二人は怖いから、早くどこかへ行ってほしい。そう思いながらハンナとシルビアに慰められて、涙をハンカチで拭われていると、雷が落ちる音がした後に悲鳴が聞こえた。
「誰の許可を得てレイシアの部屋に立ち入っている?俺はレイシアに危害を加えるなと言ったはずだが」
「パパの声...?」
「そのようですね。もう大丈夫ですよ、陛下が追い払ってくれますから」
そう言われたけど、言い合いをする声がして本当に大丈夫かなと心配になっていると、また雷が落ちる音がして悲鳴が聞こえた。
……殺したとか言わないよね?
せっかくの新しい部屋が、お披露目してすぐにボロボロにされた挙句、人が死にましたとか嫌すぎる。可能性としては十分にあるから、皆とは別の意味でハラハラしていると、パパが部屋に入ってきた。
「シア、もう大丈夫だ。遅くなって悪かった」
「ぱぱぁ...!」
「あの二人は今後一切お前に近づけないようにする。罰も与えるから泣き止め」
部屋に入ってきたパパの顔にも服にも、血はついていなかった。そのことに安心して、パパに駆け寄って足にしがみつけば、パパは私を抱き上げて頭を撫でてくれた。やっと心から安心できて、強ばっていた体の力が抜けると、瞼が重くなった。
それに気づいたパパはベッドを整えるよう命令して、整えられたパパのベッドに私を寝かした。そして、大きな手で私の視界を塞ぐと「眠れ。その間に全て終わらせておく」と言って物騒なことはしないでほしいと思いながら、私は眠りについた。
◇◆◇
次に目を覚まして窓の外を見ると、綺麗なオレンジ色だった。昼前に眠って、夕方になるまで眠るなんて相当気疲れを起こしていたんだなと思いつつ、体を起こすとアルベルトが真っ先に気づいた。
その後、他の護衛騎士とメイド達も気づいてベッドの傍に心配そうな顔をして寄って来た。
「調子はいかがですか?」
「だいぶいいよ」
「それはよかったです」
「皇女様、お腹は空いていませんか?お昼を食べていませんし、夕食までまだ少し時間があります。軽めのお菓子とお茶を用意しましょうか?」
「うん」
「では、用意してきますね。執事長が用意したお茶は冷めてしまっているので」
冷めてしまっているとはどういうことだ?と疑問に思っていると、ハンナが説明してくれた。どうやら執事長は、パパに命令されてお茶とお菓子を用意してくれたらしい。だけど、私が眠ってしまったせいで飲んで食べる人がいなくてお茶は冷えきってしまったそう。大変申し訳ない。
後で謝ろうと思っていると、今度はアルベルトが私が眠っている間のことを簡潔に話してくれた。
パパは皇妃と異母兄の元へと行って私との接触禁止を命令し、破れば次は本当に首が飛ぶと警告をしたらしい。その後は、少し書類仕事をして私の部屋の清掃を命令したり、ボロボロになった物や壊れた物を新しい物に替えるために商人を呼び出して、今は買う物を選んでいる最中だそう。
「ですので、皇女様の部屋はまたしばらく使えなくなりました」
「……そんなにひどいの?」
「花瓶が割れて床は破片だらけですし、陛下が魔法を使ったせいでベッドやラグ、壁が一部雷で焼けており……部屋半分が凍っています。衣装部屋だけが、唯一無事な部屋です」
「わぁ……」
死んだ魚のような目をしたアルベルトは、遠い目をしながら私の部屋の現状を伝えてくれた。他のメイドも護衛騎士も、アルベルトと同じ目をして現実逃避するかのように遠い目をしていたから、私も現実逃避がしたくなった。
そうして、部屋を滅茶苦茶にされた日から五日後、どうやらパパは必要な物をまだ選んでいる最中なようで、完成にはもうしばらくかかると執事長が教えてくれた。そんなに厳選したりしなくていいのに。
今日はソファーとクッションを選ぶとかで、パパの執務室には今、商人がいるらしい。商人の人、怯えてないといいな。
「皇女様は薔薇園がお気に入りですね」
「お花の中で一番好きだもん!それに、うさぎさんによく似合ってる!」
「確かに、薔薇の冠がよくお似合いですね。うさぎさんも喜んでいるはずです」
庭師に薔薇を切ってもらって、花冠を作るのが得意だというアリアに赤とピンクと白の三色で可愛いサイズの違う花冠を二つ作ってもらった。
大きい方は私の頭の上に、小さい方はうさぎのぬいぐるみの頭の上に乗せて庭園で休憩のお茶を飲んでいると、ガサガサと音がして皆が警戒態勢に入った。
「職務を全うしているのはいいことだが、俺の気配くらい覚えたらどうだ」
「パパだ!」
「ん?ああ、花冠を作ってもらったのか。シアには薔薇がよく似合うな」
薔薇の茂みから出てきたのはパパだった。パパだと分かると、皆は警戒を解いてアイシャがお茶の用意をし始めた。
パパのそばに駆け寄れば抱き上げられて、さっきまで座っていたシートの上にパパと一緒に座った。すると、ちょうどよくパパにお茶が手渡されて、私も追加のミルクをアリアから受け取った。
そういえば、どうしてパパはここに来たんだろう?ソファーとクッションを選んでいると聞いていたのに。もう選び終えたのかな。
「商人の人はもう帰ったの?」
「いいや?休憩だ」
「待たしていいの…?」
「構わないだろ。儲かるならいつまでも待つ勢いの奴だったからな」
ソファーをどれにするかでパパは相当悩んだらしい。これだ、という物がなさすぎた結果、オーダーメイドで作ることにしたそう。私の部屋を作るのに湯水の如くお金を使って大丈夫なのだろうか。
心配になりながらも、マカロンを手に取って食べるとパパがジッと見てきた。
「パパも食べる?」
「いや要らん。シアはそれが好きなのか?」
「好きだよ。あ、でも一番好きなのはチョコクッキー!」
「そうか……シア、やることができたからまたあとで会おう」
そう言ってパパは立ち上がると、そそくさと執務室へ戻って行ってしまった。急にどうしたんだろう?と思いながらミルクを飲み干して皆を見ると、何とも言えない顔をしていた。
「どうしたの…?」
「いえ…何でもありませんよ。強いて言うなら、嬉しいことが近いうち起こるかもしれません」
シルビアの言っている意味が分からなくて、頭を捻らせた。どういうことだろうと疑問に思って言葉の意味を考えたけど、いくら考えても分からなかった。
だけど、その疑問は一週間経ってようやく理解できた。ティータイムに、パパがチョコクッキーの入った箱を持ってきて「有名なパティシエが作ったものだ」と私に手渡してきた。
あの日の急な用事は、その有名なパティシエにチョコクッキーを作らせるためで、皆が何とも言えない顔だったのはそれを察していて、また暴走してる…とでも思っていたんだろう。
あの一言でここまでするなんてパパの行動力に呆れつつも、好きなチョコクッキーを貰って嬉しかったからパパにお礼を言った。