皇妃と異母兄
そうして、やってきた夕食の時間。パパと私と同じ目の色をしたターコイズブルーのドレスを着て、パパに抱っこされた状態で二人が待つ部屋へと向かっている。
絶対に目の敵にされているだろうから会うのは憂鬱だ。パパがいるから何もして来ないだろうけど、睨まれるぐらいはされるんじゃないだろうか。睨まれたその時は、パパにしがみついて視界に入れないようにしよう。
なんて色々考えている内に、部屋に着いてしまった。
「シア、何が食べたい?」
「…あれ」
部屋に入ると、既に二人は座って待っていた。予想通り、私を視界に入れた途端、皇妃の人に睨まれた。その睨んできた目が、虐めてきたメイド達にそっくりで思わずパパにしがみつくと「見ない内に随分見れた顔じゃなくなったな」なんて、怖い声で皇妃の人に向かって言うもんだからギョッとした。
皇妃の人は金色の髪にコバルトグリーンの瞳をしていて、その息子の異母兄は、顔はパパ似だけど、髪や瞳の色は皇妃の人と同じだった。
そんな異母兄は、私に興味が無いのか一切私を見てこなかった。
いつもの様に、パパの膝の上に座らせられて始まった食事はギスギスしていて、居心地がいいものではないからか食欲が湧かない。
だけど、食べなきゃパパに心配をかけてしまうから食べやすそうなリゾットを指さすと、取り分けたお皿を受け取ったパパが食べさせてくれた。
すると、勢いよく皇妃の人が席を立った。
「食事のマナーも忘れたのか」
「陛下、その子は確かもう三歳になるのですよね?それならば、一人で食べられる歳です。甘やかすのはいかがかと思われます」
「銀のスプーンなんか三歳のレイシアには重たいものだ」
「ディアンが三歳の時は一人で食べていました」
「だから何だ?そもそも、いつからお前は俺に口出しできるほど偉くなった?図に乗るのもいい加減にしろ」
本当にパパは皇妃の人を好きでもなければ愛してもいないらしい。嫌悪感丸出しで顔を歪ませている。会話をするのも面倒くさいということがよく分かる態度をとっていて、私に接する時の態度とえらい違いだった。
そんな二人の言い合いに、我関せずで食事をしている異母兄は凄いと思う。よく食べられるよね、こんなバチバチしていて。
「はあ...…もういい。さっさと用件だけ話して俺達は別室で食べる。次の皇帝は、分かっているだろうがレイシアだ。危害を加えたその時は、お前達の首が飛ぶと思え」
「それは何故ですかお父様!!」
「揃いも揃ってテーブルマナーを知らない挙句、そんなことも分からないのか?お前は皇妃の子ども、レイシアは皇后の子どもだからだ」
「ディアンは男ですよ!?それに、帝王学を学んでいるのに皇帝になれないなんて…!」
「男だからどうした?最も王位継承資格が高いのは皇后の子どものレイシアだ。先に生まれたディアンじゃない。そもそも、何故帝王学を学ばせている?俺は許可した覚えも、学ばせろと命令した覚えもない」
あんなに我関せずで黙々と食べていた異母兄も、流石に王位が私のものだという発言には異議を唱えた。パパが一刀両断しちゃったけど。
皇妃も怒り狂って異議を唱えたけど、パパの許可なく帝王学を学ばせていることに対して問われたら黙ってしまった。
帝王学は皇帝になる人だけが学ぶものだから、勝手に学ばせたらそりゃあパパも怒るだろう。現に、眉間に皺を寄せてイライラとしているのか、肘掛けを指でトントン叩いている。威圧感がとんでもない。
「ディアン、お前が王位を継ぐことはない。よって、帝王学をこれ以上学ぶ事は許さない。話は以上だ」
一切の意見を聞かず、パパは私を持ち上げてさっさと食堂から出た。出る前に皇妃の人と異母兄から険しい顔をして睨まれてしまったから、確実にこれから恨まれそうだ。
嫌がらせとかしてきそうだな。会ったら嫌味言われたり、悪評を流されるかも。最悪、私が死んだら皇帝になれるとか考えて殺そうとしてきたり……と最悪な可能性が頭に浮かんで、考えることをやめた。
流石に、私を殺そうとしてくることはないだろう。護衛騎士がいるし、最強のパパがそばにいるんだもん。殺される心配はないはずだ。……多分。
それに、パパが私に危害を加えたら首を飛ばすって忠告したし、何も心配することはない。その上で私に危害を加えるなんて、救いようのないバカじゃないとしないから今日のことは忘れることにしよう。
なんて、頭の中で考えていたら別室に着いて、そこで改めて夕食をとった。さっきとは打って変わって穏やかな時間が流れたおかげで、もう、あの二人の怖い顔を思い出すことはなかった。
◇◆◇
「陛下、近隣国から皇女様の縁談が……」
恐る恐る震えながらレイビスに、近隣国からの縁談を渡す皇帝補佐官であるブラントの顔は真っ青だった。皇后との間に生まれたレイシアを、レイビスは異常と言っていいほどの愛情を注いでいる。
それなのに、まだ幼すぎるレイシアに縁談が来たなんて報告は、暴君と呼ばれているレイビスの機嫌を一気に悪くさせるものでしかない。
首が飛ばなければいいな、と現実逃避をしていたブラントは、レイビスの舌打ちで現実に引き戻された。
「皇妃の仕業か。シアが嫁げばディアンが王位を継げると考えているんだろうな」
「そうですね…」
「こうも面倒事を起こされるくらいならいっそ殺すか」
「やめてください!王家とバーネット公爵の全面衝突が起こります!」
「全員殺せばいいだけだろ。ゴミの一掃ができていい」
良くないから言っているんだよと言いたいのを必死に耐えたブラントは、どうやってこの不機嫌極まりない暴君陛下の機嫌を少しでも良くしようか考えた。
一番いいのはレイシアをレイビスのそばに置くことだが、残念ながらブラントはレイビスからレイシアと会っていいという許可を貰っていないため、無理な話だった。レイシアに会うことができるのは、レイビスが許可した護衛騎士に、専属のメイドと執事長だけである。
それ以外の人間が許可なく会えば、レイビスがにっこり笑顔で首を飛ばす。たとえ、それが子どもであっても。
「そもそも、シアが皇帝になる前にゴミを処分する気でいた。それが早まったと思えばいい話だろ」
「……処分するのはバーネット公爵家だけですよね?」
「そんなわけないだろ。とりあえず、ネルソン侯爵、リベラ侯爵、ラミレス伯爵、トリンズ子爵の処分は確定している」
「確定させないでください!!どの家も王家にとって重要な家臣ではないですか!!」
「お前は何を言っているんだ?ゴミが重要な家臣なわけないだろ」
頭が痛くなり、胃もキリキリしてきたブラントは胃を押さえながら、さらに物申そうと口を開いた時に、コンコンと執務室の扉が叩かれる音がした。一体誰が来たんだ?と執務室に訪ねて来そうな貴族の名前と顔をブラントは頭の中で並べながら、扉を引いた。
すると、レイシアの護衛騎士であるアルベルトが立っていた。護衛騎士の仕事はどうしたんだ?まさか、皇女様に何かあったのか?とブラントが最悪の想像をしていると、レイビスがブラントのすぐそばに来て床に膝をつけた。
あの暴君と呼ばれるレイビスが床に膝をつけたことは、ブラントにとんでもない衝撃を与えた。
「シア、どうした?この時間は庭園に散歩に行っている時間なはずだ」
視線を下に向けなかったため、ブラントはレイシアがいたことに気づかず驚いたが、それよりも、目の前にいるこの男は本当に自分の知っている皇帝か?と困惑していた。
レイビスは暴君極まりなく、よく言う言葉は“殺す”。そして、自分の機嫌が悪くなることを言えば、一切の容赦もなく首を飛ばして、その首を踏みつけながら他の貴族達に「次はお前達の誰がこうなるんだろうな?」とにっこり笑顔で言うとんでもない皇帝。それが、ブラントがよく知る皇帝レイビスの姿だった。
しかし、それがどうだ。今、目の前にいるレイビスは悪魔の笑みではなく、優しい笑みを浮かべてレイシアの視線に合わせるために膝をついている。
そっくりさんと言われたら何の疑いもなく信じてしまうほど、ブラントにとっては信じられない光景だった。
「おはにゃ……お花が綺麗だったから、パパに持ってきたの」
「わざわざ俺に持ってきてくれたのか?ありがとう」
まだ皇后陛下であるアリシアとも、皇妃であるリディアとも結婚をしていない頃に、貴族令嬢から誕生日だからと花束を贈られ、レイビスはそれを受け取った。レイビスが大人しく受け取ったことに、先代皇帝や貴族達は驚いていたが、次の瞬間、レイビスが花束から手を離し、床に落ちた花を足で踏みつけ、こう言った。
『ゴミを贈ってくるな。花なんか見飽きた』
当然、花束を贈った貴族令嬢は号泣した。先代皇帝は顔を青白くさせ頭を抱えていたし、見ていた貴族達も、これが皇帝で大丈夫か?という目をしていた。
そんな出来事を知っているブラントは、あの暴君がありがとうと言った…!?と、パニックになった。花を渡したことで用がなくなったレイシアは、アルベルトを連れて散歩の続きをするために、執務室から出て行った。
レイシアから受け取った花をじっと見ているレイビスに、ブラントはバレないよう捨てておけとでも言ってくるに違いないと踏んでいた。だが、予想に反して、レイビスは執事長であるフレッドに、花瓶を持ってきて自分の机に飾るよう命令した。
「皇女様にバレないよう捨てろと言うのかと思ってました」
「お前まで救いようのないバカになったようだな。シアがわざわざ俺にと手ずから摘んできた花を捨てるわけがないだろ」
「皇帝になったばかりの頃、誕生日に手渡された花を踏みつけ、ゴミを贈ってくるなと言ったことをお忘れですか?」
「…………ああ、あれか。シアが贈ってくれた花と、どうでもいい相手から贈られたゴミを一緒にするな」
暴君陛下にとって心底どうでもいいことを思い出したことに驚けばいいのか、皇女に対しての愛情が異常なことに驚けばいいのか、ブラントの頭の中はぐちゃぐちゃだった。