準備
ウェザリア国へ攻め入る準備がされている中、私の周りは久しぶりに平穏だった。座学、マナーの勉強をして、パパとティータイムを過ごして、準備や作戦会議の日々のクラウスが時間を見つけてはふらっと来るから少し話し相手になったりして、休めなかった心が休めて心穏やかになれた。
「つっかれた……騎士共が脳筋すぎて軍事会議は中々進まねぇし」
「そんなに?」
「どこから攻め入れば犠牲が少ないか議題にしたら、そんなことしなくても正面突破して行けば手っ取り早いじゃないかって顔された」
「ああ…そうなった原因は俺だ」
「皇帝が脳筋はやめろ」
お仕事の量がほぼ通常の量に戻ったパパは、前みたいに朝昼夜のご飯と、ティータイムを一緒に過ごしてくれるようになった。暇さえあればそれ以外でも部屋に来て遊んでくれるからパパ不足はあっという間に解消された。
今日も、暇を見つけたからと部屋にやって来たパパと折り紙をしていると、クラウスが疲れた顔でやって来て愚痴を零し始めた。
その愚痴の原因がパパにあると分かって呆れ果てたクラウスは、深く長いため息を吐いてソファーへ横たわった。よっぽど疲れているんだろう。今にも寝そうな雰囲気だったから、薄手の毛布をかけてあげるようソフィアにお願いした。
「一ヶ月で準備をして戦に行くのは流石にこいつでも疲れるか」
「半年もあるのに何で一ヶ月後なの?」
「建国記念日は半年後だが、その際に行われる城でのパーティーや祭りの準備はもうしているんだ。俺が忙しかった理由にはこれも含まれているな。建国記念日のために人が動き回っている中で、戦の準備をだらだらすると色々間に合わなくなるし、建国記念日に近い日に戦を起こすのは褒められたものじゃない」
「じゃあ、通常はどのくらいの時間をかけて戦の準備をするの?」
「……三、四ヶ月?俺も知らん。いつも戦に行く時は突然で、途中から参加していたからな。それに、皇帝になって戦をするのはこれが初めてだ」
絶句した。三、四ヶ月かかる準備を一ヶ月でして戦に行くなんて、クラウスじゃなきゃ疲労でぶっ倒れていそうだ。いや、そもそも準備できていないかもしれない。
一ヶ月まであと1週間。クラウスの話ではほぼ準備は終わっているらしい。残っているのは戦術だけ。なのに、脳筋ばっかりで戦術がまだ立っていないそう。
『俺一人で考えて指示を出きした方がよっぽどいい』と数日前に言っていたから、多分最終的にはクラウスが一人で考えて指示を出すことになりそうだ。
話をしながら折り紙を折っていた手を止めて、クラウスのそばに寄ってお疲れ様や頑張っての意味でクッションに顔を埋めて寝ている頭を撫でてあげると、起きていたらしく顔を上げた。
「びっくりした…」
「何でだよ」
「寝てると思ってたから」
「起きてるよ。今寝たら明日の昼まで起きねぇ自信があるからな」
「……何か、ごめんね」
何となく、気まずくなって謝ると、クラウスの腕が伸びてきてクラウスの顔がグッと近くなった。パパもそうだけど、クラウスの顔も綺麗な顔をしているなと思ってつい見蕩れていれば、ニッと笑ってきた。
「ばぁーか。お前は何も悪くねぇよ。お前は守られて当たり前の存在なんだ。もっと堂々としてろ」
「パパやクラウスみたいに?」
「そうそう」
「暴君にはなりたくないなぁ」
「おい、俺は暴君じゃねぇよ。暴君はお前のパパだけだ」
「そんなことはどうでもいい。シアを離せ。いつまでそんな至近距離で話してる」
パパの手が脇の下に回ったかと思えばベリッと引き剥がされて「いくら気を許していても距離が近いのはダメだ。喰われるぞ」と怒られた。それに、クラウスは「喰わねぇよ」と返していたけど、パパは無視してクラウスから離れた椅子に私を座らせた。
「行き過ぎた愛は嫌われるぞ」
「それは恋愛においでだろ」
「関係ねぇよ。愛には変わりない。家族愛でも行き過ぎれば嫌われる」
「なら、相思相愛なら問題ないな」
「お前から相思相愛なんて言葉が出るなんて思ってもみなかった」
「俺も相思相愛なんて言う日がくるとは思ってもみなかった」
二人の思考が似ているせいなのか、仲がいいと改めて思った。テンポよく進む会話は尽きることなく、次から次へと話題が変わって楽しそうに話している。
アリアが淹れてくれたはちみつ入りの冷たいミルクを飲んで、その甘さにニッコリしていると、アルベルトがスイーツが盛られたトレーを差し出してきた。
その中にある一口大のチョコを手に取って食べれば、すぐにとろけてミルクチョコの甘さが口いっぱいに広がり幸せな気分になった。
チョコが口の中からなくなってから「ありがとう」とアルベルトにお礼を言えば微笑まれた。イケメンの微笑みは目の保養すぎる。
「…お前、毎回チョコやチョコ系のスイーツを真っ先に取ってるけど好きなのか?」
「うん、チョコは甘いから好き!クラウスは?」
「頭を働かせるのに糖分が取れればいいから何でもいい」
「シアの味覚は皇后に似たな」
「ママもチョコが好きなの?」
「甘い物が好きらしい。今もティータイムには王家お抱えのパティシエが作るケーキを食べているみたいだぞ」
「そうなんだ」
パパがママの好きな物を知っていることが意外で驚いた。一切興味がなさそうだったから何も知らないかと思っていたけど、そうでもないらしい。
それに、ママは部屋に籠って出てこないって聞いていたから精神が病んでいるのかと勝手に想像していたら、ティータイムにケーキを食べる元気はあるみたい。思っていたよりも元気そうでよかった。




