魔法が使える世界
ほぼ気絶したと言っていい状態から目を覚ましたら、お昼をとっくに過ぎて夕方だった。周りを見渡せば血飛沫が飛び散った私の部屋ではなく、綺麗な部屋のベッドで綺麗な服を着て寝かされていた。
そしてなんと、ヒリヒリとして痛かった肌が全く痛くなくなっていた。何でだろうと不思議に思っていると、返り血を洗い落として綺麗になったパパが部屋に入ってきた。
部屋に入ってきたパパは、私が起きているのを見て少し口角を上げて、私が寝ているベッドへと近づいてきた。
「シア、気分はどうだ?まだ痛いところはあるか?」
「ないよ。痛かったのに、何で痛くなくなったの?」
「治させた。傷は一切残っていないから安心しろ。何か違和感があったらすぐに言え」
「大丈夫だよ」
「なら、食事にするぞ。好きな物を食べるといい」
そう言って、ベッドに座っている私をパパは抱き上げて、食事が置かれている部屋へと向かった。そこには美味しそうな料理がズラリと置かれていて、椅子に座ったパパの膝の上に私はちょこんと座らせられた。
そして、「何が食べたい?」と聞いてくるパパに指をさして伝えると、手ずから食べさせてくれた。久しぶりのまもとで美味しいご飯に、夢中になって食べた。
ご飯を食べ終えると、パパからしばらくの間はパパの部屋で過ごすこと、パパの隣の部屋を私の部屋に作り替えることを伝えられた。パパの近くにいれることに素直に喜べば「俺もだ」と頬にキスされた。
そうして、あの事件から二週間経った。この二週間、私はパパの部屋で、パパと一緒に過ごしていた。寝る時も食べる時も遊ぶ時も、パパがそばにいて食べさせてもらったり、遊んでもらった。パパが仕事の時は、執事長が慣れないながらも遊んでくれた。
二週間、幸せな日々だったなとニコニコしていれば、朝ご飯を食べさせてくれているパパから私の部屋がもうすぐで完成すると言われて「楽しみ!」と新しい部屋にワクワクした。
「そばにいて守ってやるから何も心配するな」
「隣のお部屋なら、変わらずパパと毎日会える?」
「ああ、仕事の時以外はお前のそばにいる」
「嬉しい!」
嬉しさを全力で表現するためにパパに抱きつけば、抱き上げられて優しく抱きしめてくれた。この二週間で、私はパパのことをさらに好きになった。
チョロいと言われても何も言い返せない。でも、たくさん褒めてくれて、可愛がってくれたパパをさらに好きになるのは仕方がないと思う。
これからは毎日、パパに会えてパパと遊べるなんて最高すぎると思っていると、コンコンと扉がノックされ、メイドや騎士達が入って来た。
「お前の新しいメイドと護衛騎士だ」
「え……」
「ここにいる者は誰一人としてお前を虐めたりなんかしない」
「本当…?」
「ああ、もし虐めたらその時は殺すから大丈夫だ」
どこが大丈夫なんだ…?と思いつつ、視線を新しいメイドと護衛騎士に向けた。メイドが七人に護衛騎士が五人の計十二人が私の目の前にいる。虐められたことが自分の思っていた以上に精神的ダメージを受けていたようで、メイド服を見た途端、あの一週間の出来事がフラッシュバックして、怖くてパパの服を強く握った。
それを察したパパは大丈夫だと慰めてくれて、ようやく、これから私のお世話や護衛をしてくれる人達の顔を見れた。
すると、護衛騎士の五人の内、四人は女騎士で、一人だけ男騎士の人だった。女の人が多いなと思いながら、男の護衛騎士の顔を見て、思わず「あっ…!」と声を出して指をさしてしまった。
「陛下のご命令で新しくレイシア皇女様の護衛騎士を務めることになったアルベルト・オルダーです。皇女様の身はこのアルベルトが命をかけてお守りするので安心してください」
「アルベルトは俺と同じソードマスターだから危ない目に遭うことはまずないが……もし遭ったらこれを遠慮なく盾にしろ」
そんなこと言われて、分かったなんて言える私じゃない。人を盾にするなんて、とてもじゃないができない。
跪いて自己紹介をしてくれたアルベルトにとりあえず「よろしくね」と声をかければ、残りの人達も自己紹介をしてくれた。
パパが話していたように、確かにいい人そうな人達だったから少し安心した。また虐められて、パパが私の目の前で惨殺なんてことになったら立ち直れないもん。
「どうして執事はいないの?」
「なるべく男をシアのそばに起きたくない」
「アルベルトはいいの?」
「よくはないが、俺と同じソードマスターだからな。シアの身の安全を考えると、適任がこれしかいなかった」
「ソードマスター?」
「強い奴が貰える称号だ。魔法を上手く使いながら剣で戦うのが強ければもらえる」
この世界は魔法が使えるのか…!と感動した。前世は魔法なんてない世界で、魔法はファンタジーなお話の中でしかなかったから。
それなら、私も魔法が使えるのか気になってパパに聞けば「俺の氷と雷の属性か、皇后の光属性のどれかを使えるようになる」と言われた。
なんでも、何の属性魔法が使えるのかは属性魔法と魔力量が分かる水晶に手をかざしてみないと分からないらしい。それを行うのは五歳の誕生日で、その時になって初めて自分の属性魔法と魔力量が分かるとのこと。なぜ五歳なのかは、五歳になるまで魔力が不安定で正確な魔力量が分からないからだそう。
魔法には、水、氷、炎、雷、風、土、光、闇の八つの属性があって、皆この中のどれかの属性魔法が使えるそうだ。中でも、光属性を使える人間は希少らしい。そして、複数の属性を持つパパもまた、希少な人間だそう。
私はそんな希少な光属性の魔法を使えるかもしれないし、パパと同じく複数の属性を使えるかもしれないらしく、二年後がとても楽しみになった。
そして、紹介されたメイドと騎士達と少し関わって、パパが言っていた通りだと分かって警戒を解いた。新しいメイドや護衛騎士達はとても優しくて、私をいじめたりしなさそうだ。
服を着替えれば「よくお似合いです」、「皇女様の可愛いらしさがさらに引き立っていますね」と褒めてくれたし、お風呂でも優しく丁寧に洗って拭いてくれる。
パパに溺愛されて、メイドや騎士達には優しくされて、この平穏が続いてほしいと思っていると、いつもの様にパパにご飯を食べさせてもらっている時に「今日の夜はディアン達と一緒に食べる」とパパに言われて、ん??と理解が追いつかなかった。
「誰……??」
「ああ、そういえば…会わせる気がなかったし、知る必要もないと思っていたせいで言ってなかったな。ディアンは俺の息子だ。ディアンとその母親と仕方なく、今日は一緒に夕食をとる」
物凄く嫌そうな顔をしながら説明されて、パパはその二人が心底嫌いなんだなとよく分かった。私に会わせる気がない、知る必要もないって言っていたし。
でも、それならどうして、私を会わせる気になったんだろう?パパの様子から見て今も私を会わせたくないようだし、向こうが会わせろって執拗に言ってきたのだろうか。
そんなことを考えていると、パパが二人のことをざっくりと説明してくれた。
異母兄の母親である皇妃の人の名前はリディア・ウォーカー。五つある公爵家の内の一つ、バーネット公爵の一人娘だそうだ。魔力量は多くなく、風属性の魔法が使えるらしい。
そんな彼女は、最初は皇妃ではなく皇后になる予定の人だったそう。だけど、ラングフォード公爵が自分の娘、私のママを皇后にと推薦して状況が変わり、皇后から皇妃の立場になったらしい。
そうなった理由は、同じ公爵令嬢だけどママの方が魔力量が多く、希少な光属性の魔法が使えたから。そこまで多くない魔力量に、風属性の魔法が使えるその人と、魔力量が多く、希少な光属性の魔法が使えるママ、どちらが皇后に相応しいかなんて明らかだった。
だから、その人は皇后になれず皇妃の立場になって、その人との間に生まれた息子がディアン・ウォーカー。私の五つ上の異母兄で、使える魔法は母親と同じ風属性。魔力量も同じく多くないそう。
「パパはその人のこと本当に好きじゃない?」
「微塵もそんな感情はないな。あれが何をしようがどうでもいいし、息子も同じくどうでもいい。俺が愛しているのはシア、お前だけだ」
「でも、お兄ちゃんが王様になるんでしょ?」
「シアがいてなれるわけがない」
「わたしが王様になるの?」
「なりたくないか?なりたくないなら、あれを皇帝にするが」
皇帝になりたいかと言われたら答えはいいえだ。だけど、そうなると私は将来、どこかの貴族と結婚してパパと離れ離れになってしまう。
それなら、皇帝になって大好きなパパのそばにいる方がいい。絶対安全だし。
「王様になったら、パパとずっといっしょ…?」
「シアが皇帝になれば変わらず城にいることになるから、そうだな」
「でも、結婚しなきゃだめだよね……」
「ゴミと結婚する必要性はどこにもないからしなくていい」
いや、皇帝が未婚は不味くない??いいの??私が結婚しない場合、私の次に継ぐ皇帝は誰がなるの?
私が結婚するのが耐えられないからって、しなくていいとあっさり言うパパには、何か考えていることがあるんだろうか。異母兄は皇帝になれないって言っていたから違うだろうし、他に候補でもいるのかな?
それなら……結婚しなくていいか。
「じゃあ、私結婚しない!王様になって、パパとずっといっしょにいる!」
「…ああ、シアは俺とずっと一緒にこの城で暮らそう」
口角を上げて嬉しそうに、私の頬にキスするパパはとても機嫌が良さそうだった。