ピンチな補佐官
ガリガリとひたすらに筆ペンを走らせる音だけが執務室に響いている中で、ノックもせずに誰かが入ってきた。
「忙しそうだな」
「分かっているなら用件を話してさっさと出て行け」
「魔力無感知症についての本はあるか?」
「……ブラント」
「ありますけど…何故魔力無感知症の本を?」
「何だ、補佐官に言ってないのか?」
「言い忘れていただけだ」
「なら、俺が代わりに言ってやるよ。皇女が魔力無感知症だったことが分かった」
「え、えぇ!?!!?」
驚きのあまり叫んでしまったブラントは、うるさいとレイビスに睨まれて、そこら辺にあった分厚い本を顔に向かってぶん投げられて負傷した。
クラウスは、それが面白かったのかゲラゲラと笑っている。性格の悪さが皇帝に似ている……とブラントは痛む鼻を押さえながら思いつつ、 クラウスが所望している本を取りに行くために執務室から出た。
「確かここら辺に……あ、あった」
「あら?陛下の補佐官様がこんな場所にいるなんて、どうかなさいましたの?」
「こ、皇妃様…」
「その本は…魔力無感知症についてね。何故そんな本を手に取っているのかしら?」
「大魔法使い様がご所望しているんですよ」
「まあ、大魔法使い様が?でも、どうして?魔力無感知症の人が身近にいるのかしら」
「さあ…私もそこまでは分かりません」
最悪なタイミングで出会ってしまったと内心泣きながら探りを入れてくるリディアを躱していると、別の声が聞こえてきてブラントは絶望した。
「お母様、こちらにいらしたんですね」
「ええ、補佐官様が魔力無感知症の本を手に取ったから気になって話していたのよ」
「魔力無感知症とは何ですか?」
「魔法が使えない病気よ」
「その病気についての本を補佐官様が手に取るなんて不思議ですね」
「本当に不思議よねぇ。一体誰が魔力無感知症なの?まさか…皇女がそうだったりするのかしら」
リディアの息子のディアンがきて、ブラントは更に逃げ場がなくなってしまった。しかも、レイシアが魔力無感知症だとリディアとディアンに勘づかれてしまっていて、これは執務室に戻ったらレイビスに殺されるとブラントは確信して顔から血の気が引いた。
どうやって、レイシアが魔力無感知症じゃないと思わせて執務室に戻るか必死に頭を働かせていると、コツコツと足音が聞こえて、今度は誰だとキリキリ痛み出した胃を押さえた。
「本を見つけるのに何時間かける気だよ」
「大魔法使い様……っ!!」
「この方が、大魔法使い様…?」
「あ?」
「失礼致しました。私、リディア・ウォーカーと申します」
「ディアン・ウォーカーです」
「……クラウス・ヴィクター」
まさかの救世主に、ブラントは来てくれてありがとうございます…!!という思いを込めてクラウスを拝んだ。クラウスは、名乗られたことで目の前の二人が皇妃と皇子だと気づいて顔を顰めながらも、嫌々名乗った。
そして、青ざめているブラントと手に持っている自分が頼んだ魔力無感知症についての本を見て状況を察したクラウスは、どうしようかと思案した。
「それが魔力無感知症についての本か?」
「はい、そうです!」
「大魔法使い様は何故魔力無感知症についての本をお求めになっているんでしょうか?皇女が魔力無感知症だったんですか?」
「皇女であってほしそうに言うんだな」
「そんなことありませんよ。ただ…もしそうなら皇帝になんて相応しくないでしょう?」
とことん自分の息子を皇帝にさせることに執着しているリディアに、クラウスは嫌悪を覚えた。魔力無感知症だったとしても、ディアンが皇帝になれる可能性は低いのに。
魔力無感知症でも、魔法を使えないことはない。加減ができないだけだ。扱いの難しい光属性の魔法は使えないだろうけど、氷属性は使える。魔力無感知症の皇帝だからと舐めて敵国が攻め入ってくる可能性が高いのは違いないけど、加減のできない氷属性の魔法を使えば敵国は倒せる。その結果、敵国に帝国を侵略するのは不可能だと思わせることができる。
それに対して、ディアンはそれができない。カスみたいな魔力量に、まともに風属性の魔法が使えないディアンでは敵国は侵略可能だと思われて終わり。
よって、魔力無感知症がバレても皇帝はレイシアのままだが、一部のバカのせいでレイビスの機嫌が最悪になって鏖殺しかねなくなることが予想できたクラウスは誤魔化すことにした。
「魔力無感知症でもないのに風属性の魔法をまともに使えない皇子よりはマシなんじゃないか?それと、残念ながら皇女は魔力無感知症じゃない」
「なっ…!では何故魔力無感知症の本が必要なんです?魔力無感知症の人間がいなければ必要のない本ですよね!?」
「おーおー、そうやってすぐにヒスになるのはやめた方がいいぜ?あと、その本を必要とする理由は俺が研究者だからだ。色々なことを研究しまくったけど、魔力無感知症については一切研究していなかったから今度はそれについて研究しようと思ったまでだ。分かったか?」
悔しそうに顔を歪ませる親子に、息子のディアンも皇帝に執着していることが分かって、クラウスはげぇ…と思わず顔を歪めた。
親は子に似ると言うけど、そんな所まで似なくてもいいだろうにと思いながら、ブラントを引き連れて王室図書館から出た。
「助かりました、大魔法使い様……」
「まだ助かってねぇよ。ラスボスの皇帝がいるだろ」
「……私、今日が命日になったりしませんよね?」
「骨だけでも残るように言っといてやるよ」
「大魔法使い様!?!」
あれで誤魔化せたなんて到底思えなかったクラウスは、今後どうするかを頭の中で何パターンも考えた。
何百年と皇帝のサポートをしていたから、リディアとディアンがこの後どう出るかなんて簡単に想像がつく。その対応くらいは考えてやらないと、流石にレイビスが過労で倒れそうだ。
ついでに、ブラントの命も守られるだろう。対応策を聞けば、ブラントにやれと命令するはずだから。
「さっさと戻るぞ」
「死ぬかもしれないのにですか!?」
「戻らないと仕事放棄して何してたってあいつに文句言われて殺されるだろ」
「どの道殺される運命…!!」
泣き喚くブラントの襟首を掴んで、引き摺りながらクラウスはレイビスがいる執務室へと足を進めた。その間、両親に産んでくれた感謝をしたり、先に死ぬことを謝罪したりしているブラントに対してからかいがいのある奴だなと思ったため、ちょくちょくからからってやろうと決めた。




