始まった勉強
月が変わって開始された最初の勉強は、マナーだった。他の勉強は先生の都合でもう少し先らしい。
パパから紹介されたミッチェル侯爵夫人は優しそうな雰囲気で、私が視線を向けたことに気づくとニコッと微笑んでくれた。
「最初の授業なので改めて自己紹介からいたしましょう。カミラ・ミッチェルと申します。この度、皇女様のマナー講師になりました。よろしくお願いいたします」
見事なカーテシーに、綺麗だと見蕩れてしまった。流石、パパが講師に選ぶだけある。夫人は社交界ではオシャレの最先端として中々有名らしい。
そんな人が講師なら、きっちりマナーを覚えられるはずだ。危険人物の可能性もないから、交流を深めて問題もないはず。
「はじめまして、レイシア・ウォーカーです。よろしくお願いします」
「はい、私が皇女様を立派な淑女にしてみせます。カーテシーはこの帝国では目上の人にしかしないため、恐らく皇女様がカーテシーをすることはないと思いますが、知っていて損はないので一応お教えしておきますね」
始まったマナーの授業は楽しかった。教え方がゆっくり丁寧で、間違えても怒鳴ったりなんてせずに夫人がお手本を見せてくれたから、カーテシーはあっという間にマスターしてしまった。
そのことに、飲み込みがいいと夫人に褒められて、メイドと騎士達も素晴らしいと褒めてくれた。二時間のマナーの授業は、最初だからとカーテシーと挨拶の仕方だけで終わり、次の授業では歩き方等の立ち居振る舞いを教えてくれるそうで、一週間後の授業の日が楽しみになった。
「初めての授業はどうだった?」
「楽しかった!カーテシーはもう完璧にできるようになったよ!」
「…??お前がカーテシーをすることはないのにか?」
「することはないと思うけど、知ってて損はないからって教えてくれた!」
「…まあ、そうだな。知っていて損はない」
夜になってパパとご飯を食べている最中、今日の授業はどうだったか聞かれたから楽しかったことと、できるようになったことを伝えると、不思議な顔をされた。こんな顔のパパは初めて見た。
カーテシーはする人がいないから覚える必要がないものだとパパは思っていたみたいだけど、知っていて損はないことを夫人に言われたと言えば納得が言ったらしく、夫人に何か言うことはなさそうだ。
次の授業では歩き方や立ち居振る舞いを教えてもらうことや、夫人のカーテシーは綺麗で凄かったことを興奮気味にパパに伝えると「マナーの授業でそんなに楽しそうにするのはシアくらいだろうな」と言われた。
「座学の勉強はいつになるの?」
「再来週からの予定になっている」
「魔法は?」
「……もっと先だな」
「何で魔法だけもっと先なの!?」
一番楽しみにしていた魔法の授業。早くやりたいとウキウキしていたのに、いつ授業が始まるか分からないなんてショックすぎる。
目に見えて落ち込んだ私を見たパパは、早く講師を見つけるからと慰めてくれたけど、ショックが大きかった私には聞こえていなかった。
「二回目の授業は予告していた通り、歩き方や立ち居振る舞いです。まずは立ち方ですが、背筋を伸ばして踵を揃え、つま先を少し開きます。髪の毛を上から引っ張られているイメージで背筋を伸ばしてみてください」
「わ、分かりました」
一週間があっという間に経って、マナーの授業の日になった。授業内容に変更はないみたいで、早速立ち方から教えてもらうことになったけど、簡単そうに思えて意外と難しかった。
髪を上から引っ張られているイメージを思い浮かべながら背筋を伸ばして、踵を揃えた。そして、つま先を少し開いてみると夫人から肩の力を抜いて顎を引くこと、つま先はもう少し閉じることを注意された。
その注意を聞いて、姿勢をもう一度正すと合格を貰えた。前世でこんな姿勢をすることなんてほぼなかったから、少しキツい。
「立ち方はそれで問題ありません。手は前で自然に組むか、ドレスに合わせて位置を調整しますが、皇女様はまだ幼いのでドレスに合わせて調整する必要は今はありません。なので、自然に組んで大丈夫です。手を組む時は、左手が上で右手指先を隠すようにしてください」
「はい…こう、ですか?」
「そうです、お上手ですよ。指先まできちんと伸ばして揃えることを忘れずに。その方が綺麗なので」
肩の力を抜いて顎を引き、踵を揃えて、前で組んだ手の指先まで伸ばして揃えることを意識し続けるのはとても大変だ。何個か抜けそう。
貴族は思っていた以上に大変かもしれない。姿勢を保つだけなのに、こんなにキツいなんて思わなかった。
夫人の姿勢を崩して大丈夫だという声がかかるまで、綺麗な立ち姿で居続ける練習をして、声がかかってすぐに姿勢を崩すとクスッと笑われて「最初はキツいですよね。ですが、皇女様はこれに慣れなければいけませんので、頑張りましょう」と励まされた。
それに頷いて少し休憩をした後、歩き方を教えてもらい、気づけば二時間が経っていた。
「では皇女様、次はカップの持ち方やアフタヌーンティーで出てくる軽食やスイーツの食べ方についてお教えしますね」
「夫人とお茶ができるんですか?」
「はい、お茶をしながらお勉強を致しましょう」
「わぁ…!夫人とお茶をするの楽しみです!また来週よろしくお願いします!」
「こちらこそ、楽しみにしています。では、今日はこれで失礼致します」
綺麗なカーテシーをして夫人は部屋から退出した。今日の授業はキツかったけど、やっぱり楽しかったから、夜パパに報告しよう。
来週の授業も楽しみだなとニコニコで昼食が運ばれて来るまでミルクを飲んでいると、扉がノックされた。
それと同時に、メイドや騎士達が警戒態勢に入って私の周りに集まった。襲ってくるならノックしたりしなさそうだし、そう警戒しなくてもいい気がするけど、油断大敵と言われたら何も言えないから黙っておく。
「執事長のフレッドです。皇女様、入室してもよろしいでしょうか」
「いいよ」
そう私が返答すると、アルベルトが警戒を緩めずに扉の前に行き、扉を開けた。執事長がお昼前のこんな時間に来るなんて珍しい。
「どうしたの?」
「陛下が皇女様をお呼びなので、謁見の間へ騎士達を連れて一緒に来てほしいのです」
「何故、皇女様を謁見の間に……?」
「…大魔法使い様がご帰還なされました」
執事長の言葉にメイドと騎士達は目を見開いて驚いている中、私だけその大魔法使い様を知らないから、皆の空気についていけなかった。




