過保護の悪化
襲撃されたその日の夜、私は熱を出した。パパがすぐに医者を呼び寄せて診せた結果、襲撃されたことによるストレスが原因だそう。自分が思っていたよりも、襲撃されたことにメンタルがやられていたみたいだ。
そのせいなのか、熱が下がってから皆が前より過保護になってしまった。
パパは庭園の散歩をする時は影で護衛する騎士をつけると言って、メイド達は私の健康状態や精神状態が悪くないかと毎日チェックするようになった。護衛騎士達は今まで以上に鍛錬をしたり、周囲の警戒を強めるようになった。
「あの襲ってきた人達は誰に命令されてたの?」
「分かりません。吐かせる前に全員自決してしまいました」
「皇妃様以外考えられませんけどね」
「バーネット公爵様の可能性もあるわよ」
「…オリビアとジェシカの言ったことはあくまで可能性なので、真に受けないでください」
「あ、うん…」
余計な心配をかけさせたくないのか、確証がないから犯人は別にいる可能性があるからか、両方なのか分からないけど、オリビアとジェシカを睨みながらアルベルトは私にそう言った。
でも、オリビアとジェシカの言う通りその二人のどちらかか、二人共が犯人だと思う。皇妃は異母兄を皇帝にさせたがっているから、邪魔な私を殺そうとしてもおかしくない。バーネット公爵も、異母兄を皇帝にさせれば色々融通がきくから可能性は高い。
ただ、証拠がない。疑いがあっても、確かな証拠がないかぎりパパも手出しができない。怪しいからと処罰してしまったら、流石にパパが皇帝だといっても今回は立場が危うくなる。
パパもそれが分かっているからか、最近はずっと不機嫌が続いて執務室に籠っている。
「パパ、大丈夫かな…?」
「未だにものすごく不機嫌なままらしいですが、執事長と補佐官のお二人は陛下の扱い方に慣れているでしょうから大丈夫だと思いますよ」
アリアはそう言って慰めてくれたけど、もう何日も会えていないから心配にもなる。早くパパに会いたい。
◇◆◇
「どいつもこいつも使えないゴミが。何故口の中に毒薬があるか確認しなかった」
「完全に不手際でしたと騎士団長が何度も謝罪したではないですか」
「確認していれば今頃吐かし終えて皇妃と皇子を殺せてた。ついでに、全く使えないバーネット公爵もな」
「皇妃様達が犯人だと分からないじゃないですか……敵国かもしれませんよ」
「お前はバカか?襲ってきた奴らはこの国の暗殺ギルドの連中だ。敵国なら自国の兵を使う。今回の件は皇妃達以外に考えられない」
イライラが半端ないのか、レイビスはずっと机をトントン指で叩いている。魔力が暴走していないだけマシだが、この様子じゃいつ魔力が暴走して部屋が氷漬けになったり、落雷が落ちまくるか分かったものじゃない。
今年一胃がキリキリと痛くて堪らないブラントは、今日は休みを貰えばよかったと後悔した。なんなら、今すぐにでも早退して執務室から逃げ出したいと思いながら胃を押えて、レイビスの機嫌をこれ以上悪くさせないよう、発言には細心の注意を払おうと考えた。
「ですが、証拠がない以上手出しをしてはいけません」
「言われなくても分かってる。手を出せば、ここぞとばかりに元老院のゴミ共がごちゃごちゃ言ってくるのは目に見えているからな。今優先すべきはシアの今後の対応だ」
「影で護衛する騎士を増やしたんですよね?」
「もうすぐ座学やマナー、魔力調整の仕方、属性魔法の扱い方を勉強し始めるだろ。その講師が皇妃の手先か調べ直す必要がある」
そうだったとブラントは頭を抱えた。レイシアの教師は文系と理系の座学で二人、帝王学で一人、マナーで一人、魔力調整で一人、属性魔法の扱い方で一人の計六人の貴族が講師につくようになっている。
その六人は今まで害がなく、一応従順だったからと選ばれた六人だが、皇妃と関わりがある。何か命じられて金でも握られていた場合、レイシアの身が一気に危険になってしまう。
皇妃と関わりがなく、レイシアに一切の危険が及ばない人物を選び直した方がよさそうだとブラントは考えて、頭の中で思い当たる人物を何人か思い浮かべた。
「ラビリス伯爵夫人に文系座学を、学園に勤務している非常勤のドットーレ子爵の次男のルーベン様に理系座学を、ミッチェル侯爵夫人にマナーの講師を、帝王学と魔力調整と属性魔法の扱い方は…誰か適任の方いますか?」
「いない」
「いませんね」
「……どうしましょう」
レイビスとフレッドの二人がいないと断言してしまったため、ブラントは頭を抱えた。帝王学、魔力調整、属性魔法の扱い方を習うのは必須なのに、適任の講師がいないのはマズすぎる。
あんな使えないバーネット公爵でも、人脈はあるせいで厄介な人物この上ない。どうすればいいかとブラントが頭を捻らせいると、レイビスが口を開いた。
「その三つは少し先送りしても構わないだろ。他の貴族でも座学とマナーをまず優先させて、その後魔力調整の仕方を教えていくことが多いからな」
「ですが、それは問題が先送りになっただけで解決には至っていませんよ」
「同盟国から魔法士を手配する。帝王学は最悪俺がやる」
“陛下が人に何かを教えるなんてできるんですか?”と危うく口に出そうになったブラントは、すんでのところで留まった。もし言っていたら、氷漬けか雷を落とされていただろう。
でも、一番いいのはレイビスが言った案だ。魔法士を帝国ではなく同盟国から呼び寄せれば、レイシアの身は安全だ。流石のバーネット公爵でも、数が多い同盟国の魔法士まで人脈は広がっていないはずだから。
帝王学も、レイビスは皇帝だから熟知している。教えられるか疑問ではあるけど。
「では、同盟国の中から適任の方を何名か探しますね」
「ああ。ついでに、ラビリス伯爵夫人とドットーレ子爵の次男とミッチェル侯爵夫人に講師のことを言っておけ」
「分かりました。日付はそのままでよろしいですか?」
「いいかどうかは三人に聞け。準備がいるなら延ばして構わない」
レイビスの言葉に了承したブラントは、早速三人にアポを取るために手紙を書き始めた。フレッドは、話が落ち着いたためレイビスとブラントにお茶を淹れて、レイビスは機嫌の悪さが大分落ち着き出したようで、溜まっている書類に手を伸ばした。




