転生しました
目が覚めたら赤ちゃんになっていた。
自分でもわけが分からなくて、これは夢なんだと何度も思ったが、抱き上げられた時に伝わってくる熱や感覚など、五感全てが夢ではないと告げる。
死んで転生したと考える他なかった。前世のことをはっきりと覚えてなく、酷く曖昧だけど、確かに私は成人した女だった。
こんなことがあるのかと他人事に思いながら、乳母やメイドが話していることに耳を傾けた。そこで分かったのが、私は相当いいところの家に生まれたらしい。乳母やメイド、執事がいる時点で分かっていたことだが、私が想像していたよりもいいところの家のようだ。
今世は何不自由のない生活ができそうだと安心しながら、私が過ごしている部屋を見える範囲で見ていると、信じられないことを乳母に言われた。
「あら、起きていらしていたんですね。レイシア皇女様」
◇◆◇
パパはウォーカー帝国という、とんでもなく広大な領地を持つ帝国の皇帝で、ママは皇后。そんな2人の間にできた子どもが私だ。
黒色の髪に、ターコイズブルーの瞳のパパと、銀色の髪に、紫の瞳をしたママから生まれた私は、パパと同じ髪と瞳の色で、顔はパパではなくママ似らしい。そんな私の身分が皇女だったなんて思ってもみなかったため、酷く驚いた。
そんなパパは、臣下達に裏で暴君、悪魔、魔王、覇王と様々な呼び名で呼ばれているようだ。皇帝には本来、パパの姉であるレイチェルと言う人がなる予定だったらしい。パパは皇帝に相応しくないと言われ、強敵国との戦に出るよう前皇帝が命令を下し、命令に背くことができないパパは戦に出たが、なんとその戦は、パパを皇帝にさせないようにと負けが確定している戦だったそう。
パパに命令を出した時には、ソードマスターのパパが行ったところで逆転勝利は絶望的なほど、強敵国に戦力を削られていたらしい。だから、戦に負けるような者を皇帝にはできないと胸を張って宣言できると踏んでいて、もし仮に、戦で死んでもパパの暴君っぷりに悩まされることがなくなると、前皇帝と臣下達は考えていたようだ。一応、万が一を考えてパパが戦に出ている間にレイチェルを皇帝にしようと戴冠式の準備をパパに気づかれないよう行っていたそう。
だけど、パパは前皇帝とその臣下達が予想していたよりも遥かに早く城へと帰還した。寄りにもよって、姉の戴冠式の日に。パパは戴冠式の最中にも関わらず「望み通り戦には勝って領地の拡大をしてやった。それで?俺に皇帝の座の褒美はないのか?」と言ったらしい。
前皇帝や周りの臣下達は、パパが大きな怪我もなく戦に勝って帰ってきたことに驚愕した。そして、一足先に冷静を取り戻した前皇帝は「まだ功績が足りていないお前に、皇帝の座はやることはできない。どうしてもと言うのであれば、別の敵国であるグリティス国を攻め落としてみろ」と絶対に無理なことを言ったのに「ああ、その国か。それなら、戦に向かう途中に攻め落とした」と言うものだからその場にいた者達全員、目と口を大きく開けて唖然としたそう。
その後も、無理難題を言われ続けたパパは「やった」、「勝った」、「終わってる」と言って、前皇帝と臣下達がこれ以上打つ手がないという所まで追い詰めた。そのため、前皇帝は褒美として皇帝の座を渡すしかなかったらしい。姉のレイチェルも「こんなのと争う気はない」と言ってブレイトン公爵家に嫁いでしまったそう。
そうして、皇帝になったパパは一年後にママと結婚し、もう一人の女の人を皇妃に迎えたけど、パパは二人のことを一切愛していないそうだ。その証拠に、皇妃との間に男の子が産まれてもパパは見向きもしなかったらしい。名前も「興味がない」と言って、勝手に好きなようにつけろと一切の関与をしない程に。
そして、そんなことがあった五年後に、皇后であるママとの間に私が産まれた。その話をメイド達から聞いて、私は異母兄と同じような扱いを受けるんだと思っていた。
「シア、こっちに来い」
血だらけのメイドや執事達。部屋の壁や調度品、家具に至る全て血飛沫で赤黒く染まっている。生きているのは私と、返り血を浴びまくったパパに、パパが連れて来た騎士達だ。
なぜこんな惨事になったのか。それは、ママのお付のメイドや執事達が私をいじめていたからだ。
予想外にも、パパは私のことを溺愛した。赤ちゃんの頃はミルクを飲ませてくれたし、暇さえあれば私の部屋に様子を見に来て遊んでくれた。
そうして、私が生まれて三歳になった時に、メイド達が結婚や妊娠を理由に辞めてしまった。そのせいで、私をお世話する人が少なくなったために、短期間ではあるけどママのお付のメイド達宛てがわれた。
それからというもの、理由も分からず私はママのお付のメイドと執事達に虐められた。
残っていた私付きのメイド達は別の仕事をするよう追いやられ、私の傍に味方が完全にいなくなると堂々と嫌味や陰口を言われるようになった。それだけで終わらず、食事の量が減って質が著しく落ち、髪は乱雑に梳かれ、お風呂では力いっぱい肌を擦られたりもした。おかげで、肌はヒリヒリとして痛い。
痛い、辛い、悲しい。そんな感情でいっぱいになっていた時、一週間ぶりに、激務を終えたパパが数人の騎士を連れて一緒に朝食を食べようと私の部屋へとやって来た。
たった一週間会っていなかっただけなのに、パパの顔が懐かしく思えて、そして、心が限界だったせいで泣いてしまった。
「シア、何故泣いている?お前を泣かせたゴミは誰だ?」
「体が痛いの……!ご飯もおいちくない。それに皆、睨んできて怖い...っ」
ボロボロと涙を零しながら、必死にパパに伝えると、袖を捲られて赤くなった肌を見られた。その瞬間、部屋の温度が下がり、空気が変わったような気がしてパパについて来た騎士達の顔を見れば、真っ青通り越して真っ白になっているから気のせいではないようだ。
パパは私の怪我を見るために跪いたまま動かない。どうしたんだろうとハラハラしていれば、急に私を抱き上げて立ち上がった。
「アルベルト」
「…ここに」
「レイシアを見ていろ。それ以外の者はゴミを一人残らずここに連れて来い」
そうパパが命令すると、アルベルトというハニーブロンド色の髪をした赤い瞳の男の人に私を預けた。そのアルベルトの腕の中で、未だに泣いたままでいれば、ハンカチで優しく涙を拭かれた。視線を上に上げれば、心配そうに涙を拭いてくれるアルベルトがいて、一週間ぶりの人の優しさにさらに泣いてしまうと、アルベルトはオロオロと焦っていた。
パパが命令して数十分後、アルベルト以外の他の騎士達が私の部屋にメイドと執事達を連れて来た。
集められたその後は、とてもじゃないが、三歳の子どもに見せるものではない惨状だった。おかげで涙は引っ込んだけど、一人一人を徹底的に痛めつけ、殺すことを繰り返していたパパはまさに、暴君らしい姿だった。
初めて見るパパの暴君の姿はとんでもなく怖い。精神が大分今の年齢に引っ張られているせいかと思ったけど、前世はこんな惨殺している所なんか見たことないくらい平穏な日々を過ごしていたから関係ないはず。見慣れているであろう騎士達の顔色が真っ白だし。多分、私の顔も騎士達同様に真っ青通り越して真っ白になっているだろう。
私が怖がっているなんて、そんなことを考えてもいないであろうパパは、全員殺し終えると削ぎ落としていた表情を見慣れた笑顔に戻し、私を呼んだ。
「こんなゴミを短期間とはいえお前に宛てがって悪かった。許してくれ、シア」
「だ、大丈夫...…助けてくれてありがとう、パパ」
「不甲斐ない俺を許してくれるのか?」
「うん…パパのこと、大好きだもん」
そう言った途端、パパに抱き上げられた。でも、全身返り血を浴びているし、まだ瞳孔が開いたままだから怖いという思いが強く、血を見る度に、瞳孔の開いた目をした血塗れの狂気のパパを思い出してしまいそうだから、返り血をどうにかしてから抱き上げてほしかった。トラウマになる。
そうして、頭を優しく撫でられて落ち着いたからか、精神的ショックを受けすぎたからなのか、私は意識を失った。




