5.秋の色
夏が終わり、田舎町に秋の風が吹き始めた。校庭の銀杏の木が黄色に染まり、朝の空気が少し冷たく感じるようになった。空は、葵が手紙のことを話してくれた日から、彼女の変化を少しずつ感じていた。彼女はまだ静かだったけど、教室で健太や由美と話す姿が増え、休み時間に本を読んでいる時も、どこか穏やかな表情を浮かべていた。
文化祭が近づき、クラスは準備で賑わっていた。空たちのクラスは喫茶店を出すことに決まり、みんなで飾り付けやメニューを考えていた。ある日、放課後の教室で、由美が葵に声をかけた。
「宮崎さん、看板の絵描いてくれない?美術の時間、めっちゃ上手かったじゃん」
葵は少し驚いた顔をしたけど、周りから「お願い!」と押し切られて、渋々頷いた。空はそれを見て、笑いながら言った。
「期待してるよ。宮崎さんの絵なら、絶対いい感じになる」
葵は照れくさそうに目を逸らしたけど、翌日、スケッチブックに描いた看板のデザインを持ってきてくれた。そこには、秋の木々とコーヒーカップが優しいタッチで描かれていて、みんなが「すごい!」と声を上げた。健太が「これなら客めっちゃ来るよ!」と笑うと、葵は小さく「ありがとう」と呟いた。
文化祭当日、教室は喫茶店に変身した。葵の看板が入口に飾られ、制服の上にエプロンを着けた生徒たちがお客さんを出迎えた。空は注文を取ったりお茶を運んだりしていたけど、ふと見ると、葵がカウンターの隅でコーヒーを淹れている姿が目に入った。彼女の手つきはぎこちなかったけど、真剣な顔がどこか愛おしく見えた。
「お、宮崎さん、慣れてきたじゃん」
空がからかうように言うと、葵は少し頬を膨らませた。
「...難しいよ、これ」
「でも、美味しそう。俺にも一杯くれよ」葵は黙ってコーヒーを淹れ、カップを空に渡した。飲んでみると、苦みが強かったけど、どこか彼女らしい味がした。
「どう?」
葵が不安そうに聞くので、空は笑って答えた。
「最高だよ。宮崎さんっぽい」
「何それ」
葵が笑うと、周りの仲間たちも笑い声に加わった。その瞬間、彼女が本当にこのクラスに馴染んでいるんだと、空は感じた。
文化祭の夜、校庭でキャンプファイヤーが行われた。みんなで火を囲み、歌を歌ったり笑い合ったりする中、空は葵が少し離れた場所で一人立っているのに気づいた。彼女は炎を見つめていて、秋の夜風に髪が揺れていた。空はそっと近づき、隣に立った。
「火、綺麗だね」
「.....うん。お姉ちゃん、こういうの好きだった」
葵の言葉に、空は静かに耳を傾けた。彼女が過去を口にするのは珍しかった。
「毎年、家の近くで花火見てた。私が怖がると、ぎゅって抱きしめてくれて...その温かさ、まだ覚えてる」
葵の声は小さくて、どこか切なかった。空は何か言おうとしたけど、言葉が見つからず、ただ彼女の横にいた。すると、葵が初めて自分から彼を見上げた。
「鈴木君ってさ、お姉ちゃんに似てるかも」「え?俺が?」
空が驚くと、葵は小さく笑った。
「うん。優しくて、そばにいてくれる感じ。私、ずっと一人で平気だと思ってたけど...ここに来て、変わったかも」
その言葉に、空の胸が熱くなった。彼は少し照れながら、でも真剣に言った。
「俺もさ、宮崎さんがいてくれるから、この町がもっと好きになったよ。一人じゃないって、俺も思える」
葵の目が一瞬揺れ、それから柔らかく微笑んだ。
キャンプファイヤーの火が二人を照らし、秋の夜に小さな温もりが広がった。
その後、みんなが輪になって踊り始めた時、由美が葵の手を引っ張って連れていった。葵は最初戸惑っていたけど、健太や翔太に押されて、笑いながら輪の中に入った。空はそれを見ながら、彼女がこの町に根を張り始めたことを感じた。彼女を包むものは、仲間たちの笑顔であり、季節の移り変わりであり、そして自分自身の存在でもあるのかもしれない。
夜が更け、キャンプファイヤーが終わる頃、葵が空に近づいてきた。彼女は小さな紙袋を手に持っていて、少し緊張した顔で差し出した。
「これ....今日のお礼」
中を見ると、手作りのクッキーが入っていた。
少し形が歪んでいたけど、丁寧に包まれているのが分かった。
「ありがとう。めっちゃ嬉しいよ」
空が笑うと、葵は頬を赤くして目を逸らした。
「...食べてみてね」
その夜、空は家でクッキーを食べた。甘すぎず、どこか懐かしい味がして、葵の笑顔を思い出した。秋の風が窓を叩く中、彼女との時間がこれからも続くことを、初めて強く願った。