Epilogue テオドール (神からの贈り物)
「なんでって聞いてもいい?」
「いや、テオドール殿下とは出会ってまだ3ヶ月で、しかもこのひと月は会っていませんし……」
ノーラとしてはマックスとミリーの反応の方に驚いている。ノーラの返事に納得しているコナーと侍女長の様子からして、こちらの感覚の方が普通だ。
国王もノーラが断ると分かった上で許可したのだろう。
「テオドール殿下が旅先で私のことを思い出してくれたことは、本当に、嬉しく思います。でも、殿下はこれまでまともな人間関係を築いたことがなかったと聞きました。雛鳥の刷り込みのようなものです。初めてまともに接した妙齢の異性が私だっただけ。……今から色んな出会いを重ねれば、私よりも素敵だと思う人が現れますよ」
「うん。それは、兄上とレオからも同じこと言われた」
王族であるテオドールからの求婚をすげ無く断ったノーラに対しても、怒ることなく穏やかなテオドール。
「でも、ノーラは僕のこと好きなんだからよくない?」
全く、よくない。
ノーラからテオドールへの気持ちに気づいている上での、勝利を確信しながらの告白だったようだ。秘めていた気持ちが知られていた事実が居た堪れない。
耳まで熱くなってきたノーラに向かって、テオドールは追い討ちをかけてくる。
「顔晒した時から好かれてる感じがしてたんだよね」
……それは
「違いますっ!もちろんその頃から感謝の気持ちはありましたが、好きになったのは、シトリン子爵領に行く馬車の、中から、で……す」
ノーラとしては珍しく素早く否定し勢いで話はじめてしまったために、後半は恥ずかしくて小声になってしまった。
「そっか。僕はさ、本当にノーラのことが特別なんだ。それにはちゃんと理由があって、その魔力に惹かれちゃうんだよね。……ノーラは僕の顔が好き、僕はノーラの魔力が好き。だから両思いだし大丈夫って思ったんだけど、ノーラは僕の顔以外に惹かれてたみたいだから、僕も魔力だけじゃダメってことか……」
アクランド伯爵家の魔力のことをレオポルドは“聖獣が好むのも分かる程度に他の人と違う“と言っていた。ノーラの魔力が好きだと言うテオドールは、もしかしたら、人より聖獣に近い存在なのかもしれない。
テオドールがノーラを特別だと言った理由がわかり、逆にホッとしてしまう。
それならば、ノーラがプロポーズを断ったことでテオドールの心を傷つけることはなかったはず。
恋愛的な意味での特別ではなかったことに安心すると共に、ノーラの胸は刃物で突き刺されているように痛むが、その胸の痛みは無視する。
悲しみに気付かないふりをするのは幼い頃からの特技だから、大丈夫。
魔力に惹かれているだけならば、結婚する必要はない。友人として時々会えばいいだろう。
きっとテオドールは、呪いのせいで隔離されていたことで情緒的な成長が遅れているのだろう。出会った当初はそう思っていた。
でもテオドールは、ちゃんと両親から愛されていた。それなのに24歳のこの年まで共感能力が低いままということは、生まれつきの性質な可能性が高い。
……でも、だからこそ、テオドール殿下は私が優しくても、優しく無くても、どちらでも良いのよね。
テオドールが他者の感情を察して寄り添うことが苦手なことを思い返して、そんなテオドールを愛する虚しさを必死に考えようとしていても、そんなところも受け入れてしまっている自分に気付くだけだった……。
考え込み黙ってしまったノーラを見て、侍女長がスッと手を挙げた。
侍女長は堅物と言われるほど真面目な人。他の来客ならばこんなことは絶対にしない。
キャルムと婚約解消するための話し合いや、テオドールの呪いを解くための話し合いをしていた時、テオドールはミリーやコナーなどの使用人の意見も分け隔てなく聞いていた。
侍女長もその中の一人で、今この応接室には当時話し合いをしていたノーラとテオドール、マックス、コナー、ミリーしかいない。だからこその挙手。
テオドールが侍女長に頷くと、侍女長は静かに問いかけて来た。
「ノーラ様。これが出会って数年経った後のテオドール殿下からの求婚だったとしても、他の、条件が整ったアクランドのためになる婚約の打診だったとしても、最初から断ると決めておりませんか?」
侍女長は、本当に、ノーラのことを見てくれている。ノーラは独りではないと気付かせてくれる。
どう答えたら良いか分からず黙ってしまったノーラは、沈黙してしまっていることで肯定してしまっていた……。
「そっか。うん、大体分かった。今のノーラには何を言ってもダメだね。今日は諦めるよ。……でも、雨乞いと感謝祭のためにしばらく滞在してもいい?」
「はい。以前殿下のために改装した別棟をお使いください。私は伯爵としての仕事があるのでお相手ができませんが、ご自由にお過ごしくださいね」
婚約者がいない女伯爵が特定の男性を領地に滞在させるなど、世間体を考えれば絶対にできない。
でも、ノーラに結婚の気持ちがないことはこの場にいる皆に知られてしまった。ならば、テオドールの滞在を許しても良いだろう。
「そうだ!ノーラは自分が死んだ後のアクランドをどうするつもりなのか、それだけ教えてよ。…………アクランド伯爵家の魔力を自分の代で終わりにしたいんだろ?」
テオドールの金色の瞳で見つめられると、何もかも見透かされているような気持ちになる。
転送ゲートで水を転送できると聞いた時、嫡子一人しか子供を作らないという対策だけでは、遠くない未来、アクランド伯爵家の子孫を守り続けることは難しくなることに気付いた。
そして同時に、そもそも、子供を作らなければ良いのだとも気付いてしまった。
ノーラは虹蛇を召喚して雨乞いすることを自分の代で終わりにしようと思っている。結婚し、子供を作るつもりはない。
だから、これ以上好きにならないようにテオドールとは距離を置きたい。
「海底とアクランドを転送ゲートで繋ぎ、海水を真水にすればいいと考えてます。……貴族学園に入学したら、王都で魔道具を作ってくれる人を探す予定です」
国境に近い海域は王族の直轄で、海水は誰のものでもない。この方法ならば特定の領地から水を購入する必要なく水不足を解決できる。
国王へ交渉して王族直轄の海域へ転送ゲートを置いて貰えばいい。
「うん、そっか。わかった!」
テオドールは幼さの残っている無邪気な笑みを浮かべるだけで、結婚しないというノーラの意志へ異を唱えることはなかった。
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今日は12月20日、冬の雨乞い儀式の日。
儀式はアクランドの中心部にある低い山の山頂、巨大水晶の前で行われる。
この山頂は普段は貴賎の別なく全ての人へ解放しているが、雨乞い儀式の今日は、アクランド伯爵家が認めた者以外入山禁止となっている。
今、山頂にいるのはノーラ、テオドール、レオポルドの3人だけ。
マックスをはじめとした護衛騎士、ミリー、コナー、侍女長などの使用人、観覧を希望してきた貴族は少し離れたところで待機している。
ノーラとテオドールが着ているのはアクランドグリーンに近い緑色の伝統衣装。冬には少し肌寒い。
低い山とはいえ、ぐるっと360度アクランドの雄大な景色を見渡せる。山下を見下ろせば、沢山の領民たちと観光客が集まり山頂のこちらを見つめているのが確認できた。
巨大水晶の近くに設けたスペースには花・果物・野菜・タペストリー・絵皿、そして、今やアクランド土産として有名になった虹蛇のぬいぐるみなどのお供え物で溢れている。
ノーラは巨大水晶の前に立ち、右手を空にかかげ、召喚魔法を発動した。
ノーラの腕輪の水晶が青く光り、その光は大きな円の魔法陣となり空へ空へと舞い上がって行く。雲ひとつない晴れた空に浮かぶ青く光る魔法陣。
しばらくしてその中心から虹蛇が飛び出してきた。
父が継承魔法を失敗し、改めてシトリン子爵領で召喚契約を結んだ、あの波乱の15歳から5年の月日が流れ、ノーラは20歳となった。
初めて会った時24歳だったテオドールは今は29歳、10歳だったレオポルドは当時のノーラと同じ15歳となり、もうすぐ貴族学園へ入学する。
逆鱗がない時に召喚契約を結んだ虹蛇は、5年の歳月で3倍ほどに大きくなっている。まだ、母虹蛇の半分ほどの大きさだが、見ているだけで悲しく切なくなるほど貧相だった面影はもうどこにもない。
逆鱗を取り戻してすぐの雨乞いでアクランドへ3柱で来てくれた虹蛇たち。
あれから10回ほどの雨乞い儀式をしているが、召喚契約を結んでいる虹蛇だけでなく2柱か3柱で来てくれることが珍しくない。
今日は子供たちだけの2柱で来てくれた。2柱の虹蛇たちはまるで泳いでいるように優雅に山の上空を飛んでいる。
虹色に反射する白い鱗、黄金に輝く瞳、目の上にある二本の角、皆、虹蛇の美しさに圧倒されていて、誰も声を発することはない。
聞こえてくるのは虹蛇が飛ぶことで起こる風の音だけ。
巨大水晶から虹蛇たちに向かって光りが差し、巨大水晶に込められたノーラの魔力を虹蛇たちが吸い込んでいる。
ほどなくして、空に雲が現れ、粉雪が降り始めた。この粉雪は5日間、アクランド領全域に降り続ける。
土が濡れ、独特な雨の匂いが漂う。髪や服が濡れる。山吹色に染まった冬の草原が白く塗りつぶされていく。巨大水晶の表面に雪の結晶が現れる。領民たちの虹蛇へ感謝する声と、観光客の歓声が聞こえてくる……。
5年前までの雨乞いと1番大きく違うのは、観光客と観覧の貴族の存在だろう。
ノーラが貴族学園へ入学してすぐの夏の雨乞いの直前、アクランド領にはテオドールの個人資産によって転送ゲートが設置された。その転送ゲートが、アクランドへたくさんの観光客を連れてくる。
転送ゲートを設置してすぐの頃アクランドを訪れたのは、テオドールの呪いを解いた際に王城にいた貴族たちと、王都の市民たち。彼らは、もう一度虹蛇を見るために雨乞い儀式を見るためにアクランドへ来てくれた。
王城へ現れた虹蛇3柱は、アクランドの宣伝になっていたのだ。
そして、雨乞いに感動した彼らからジワジワと口コミが広がり、雨乞いの回を重ねる毎に、全国各地から人が来てくれるようになっていった。
儀式の翌日から行われる5日間の感謝祭も、今では5年前とは比べ物にならないほどの規模になっている。前回の夏の雨乞いでは、とうとう王都で同日に開催されている花ザクロ祭りの来場人数を超えてしまった。
アクランドへ転送ゲートを勝手に導入したテオドール。貢がれる理由はないと、ノーラは分割でその費用を返していた。
当初は20年かけて返す予定だったのに、予想外の収入増のおかげであと1年で繰り上げ完済できてしまう。
転送ゲートの周辺には宿泊施設、特産のピスタチオやデーツを使った飲食店、土産物屋など沢山の商業施設が出来ている。ノーラもアクランド伯爵家として、アクランドの雄大な景色を守るための条例や、アクランドグリーンを中心とした羊毛と織物の博物館を作るなど、出来る限りの対策をしている。
アクランドの領民だけでは、この急な経済成長にこれほど上手く対処できなかっただろう。
父の事故を起こしてしまった商家一家には、王都で商売していた時の知識があった。彼らが利己に走らず、アクランド全体が上手く行くような働きをしてくれたのはとても嬉しい誤算だった。
「それは、また、ノーラの優しさの勝利でしょ」と言ってくれたテオドールの言葉が忘れられない。
ノーラが思い出に浸ってるうちに、虹蛇たちは巨大水晶に込められた魔力を吸い終わってしまったようだ。消えていた魔法陣が雲の間に現れ大きくなっていく。
1柱の虹蛇が魔法陣へと入り帰っていった。残っているもう1柱は、ノーラと召喚契約をしているあの逆鱗を盗られていた虹蛇だ。
なぜかまっすぐ魔法陣に入ろうとせず、すうっとノーラの方へと向かって飛んできた。
いつにない動きにどうしたのかと心配しているうちに虹蛇はノーラの前へ降り立ち、そして、口を開き長い舌でノーラの大きなお腹を撫で、満足したのか魔法陣へ入り帰っていった。
虹蛇が消えたのを確認したノーラがもう一度右手を空にかざすと、魔法陣は腕輪の水晶へ吸い込まれ、雨乞いの儀式は終わった。
「びっくりしたね。安産を祈ってくれたのかな?」
心配して駆けつけたテオドールにノーラは笑顔を返した。
ノーラのお腹には、今、テオドールとの子供が宿っている。
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ノーラが貴族学園を卒業した翌年。18歳になったばかりの時。
テオドールがアクランド領に勝手に転送ゲートを設置してから3年経ったある日、ノーラはふと気づいた。
転送ゲートのおかげでアクランドの観光産業は急速に発展した。年2回の雨乞い儀式とその後の感謝祭がその売り上げを支えてると言っても過言ではない。
もしも、この状態で雨乞いが無くなったら、観光業で働く沢山の領民たちが路頭に迷うことになるのでは……。
ノーラがそう考え出したのを見計らっていたかのように、すぐにテオドールがアクランド領へと現れた。
いつものように先触れもなくふらっと屋敷に来たテオドールを、ノーラは白いアザレアが満開な中庭へと案内した。
爽やかなアザレアの香りに夏の訪れを感じながら、今は2人でお茶を飲んでいる。
ノーラが求婚を断ってから、テオドールは事あるごとにノーラへ会いに来るようになってしまった。
かつてテオドールの呪いを防ぐために魔法陣を施した別棟が、テオドール専用の離れのようになってしまうほど、頻繁に訪ねて来ている。
誰とも結婚しないと決めたノーラは、これ以上テオドールのことを好きにならないように距離を置きたかったのに、そんなノーラの気持ちにテオドールは気付いてくれない。
少し垂れ目の金瞳は、笑うと更に目尻が下がり、端正な顔立ちはグッと可愛くなる。
好きになったきっかけは顔ではないが、それでも、この顔は好きだと思いながら、ノーラは笑顔のテオドールと向き合っていた。
「王領地の海底に海水専用の転送ゲートを埋めたんだ。海水を真水に変える魔道具も完成した。ノーラが望めばいつでもアクランドの水問題は解決するよ」
海水を真水に変えるための人材はレオポルドから紹介してもらった。紹介された王宮魔導師にノーラの希望を伝えてからすでに1年。
海水を真水に変える魔道具はすぐにできたのだが、全ての領民が必要な水量をまかなえるほどの巨大な規模にすることは難しいと言われてしまった。海水専用の転送ゲートの開発と合わせると完成には数年かかると言われていた。
それなのに、テオドールは3年足らずで作ってしまったというのだ。求婚を断った日からノーラとテオドールの間で、海水を真水にする魔道具の話題が上がったことはない。テオドールはノーラに知らせずにこっそりと魔道具を作っていた。
「それと、火山が噴火した時にマグマを鎮火する魔法陣も作った。これがあれば聖獣サラマンダーを呼び出してマグマを食べてもらう必要はない。次に、冠水浸水の時にその水を消す魔道具も作った。これがあれば青龍を呼び出して水を操ってもらう必要はない。って、全部説明するのめんどくさいな……」
テオドールは、かつてアクランド伯爵家の祖先が生贄とされ、その命と引き換えにもたらされていた聖獣の力を、王族の力を使って全て調べ上げ、そして、それに代わる魔法陣や魔道具を全て開発したのだそう。
その魔法陣や魔道具があれば、アクランド伯爵家の人間を使った違法すれすれの聖獣召喚をする人はいなくなる。アクランド伯爵家の人間が、ノーラが、狙われる理由が無くなったのだと、そんな奇跡のような事を目の前のテオドールは言っている……。
「ただし、帝国が攻めてきた時に兵士を大量に殺した”不死鳥の泡影”ってのがあるんだけど、その代わりとして開発した広範囲に致死量の毒を撒き散らす攻撃魔法だけは存在すら公表出来ないって兄上から言われちゃった。不死鳥の泡影はダリモア辺境伯家が伝聞している召喚魔法のうちの一つだから、ダリモア辺境伯にだけその攻撃魔法の存在をこっそり伝えることは許してもらえたんだ。ぬかりはないよ!」
この3年でテオドールが作り出した魔法陣や魔道具は、一部を除き、大きな災害が起きた時に沢山の人を助けるようなものばかりのようだ。
「流石にこれらは僕が作ったって発表するみたい。もう金瞳だってバレてるからね。……で、僕は可愛い甥っ子のために、すぐにでも臣籍降下しないといけなくなっちゃった。でなきゃ今度はエリオットの婚約者に呪い殺されちゃう」
エリオットとは王太子の名前。レオポルドの長兄だ。
噴火した火山のマグマを鎮火する魔法陣、冠水浸水している水を消す魔道具、それ以外にも沢山の災害を助ける魔法陣や魔道具を作り上げてしまったテオドール。王弟の立場でそれらを発表したら、間違いなくテオドールを次の国王にするべきだと声が上がる。
またしても、王太子の地位を脅かす存在となってしまうのだ。
「ノーラが受け入れたら、結婚しても良いって、兄上からの許可も貰って来た」
こんな、脅しのような求婚があるだろうか。
「僕と、結婚してください!」
「……はい」
雨乞いが無くなってしまっても、アクランド領には水を持ってくることはできる。でも、雨乞いが無くなってしまったら莫大に膨れ上がったアクランドの観光売上が急落することになってしまう。
ノーラは結婚しないというのなら、新たに出来たその問題を解決しないといけない。
そして、テオドールは沢山の人々を救う魔道具を開発した聖人となり、そして、また王太子の婚約者やその実家に命を狙われることになる。
ノーラのためにとしたことで、命を狙われるテオドールは、ノーラと結婚することで守ることができる。
テオドールの開発した魔法陣や魔道具によりノーラの子供がその魔力を狙われる危険は無くなった。完全に無くなった訳ではないが、それでも、毎日怯え暮らす必要はない。普通の貴族と同じように護衛を付けるくらいでもう大丈夫だろう。
「ありがとう、ございます……」
結婚しないと、子孫は作らないと決めていた。でも、寂しかった。
コナーや侍女長、ミリーなど使用人達はいる。でも、彼らとノーラは対等ではない。
皆には家族がいるのに、ノーラは家族がいない。でも、子供は作れない。
この3年、ずっとそう思っていた。
エリートである王宮魔導師から数年かかると言われた魔道具だけでなく、聖獣の力と同等の魔法を誰でも使えるようにする魔法陣や魔道具を、たったの3年で作り上げてしまった。
そして、アクランドを有名な観光地にしてくれた。
ノーラが憂いなく子供を産めるようにしてくれた。
全部、全部、ノーラのため。自分のためにここまでしてくれた人がいるというのは、なんて幸せなことなのだろう。
そんなテオドールにノーラは何を返して上げれるのだろうか。
少なくともテオドールがノーラの魔力を好んでくれて良かったと思う。でも、この魔力をテオドールに与えることしかできない自分が悔しい。
ノーラの魔力以外にテオドールが幸せを感じてくれることを探して、少しでも想いを返したい。
「やったー!」
喜ぶテオドールを見るノーラの青い瞳から、ぽたり、ぽとりと、大きい雨粒のような涙が落ちた。
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sideテオドール
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テオドールとノーラが結婚してから2年、テオドールが王妃にかけられていた呪いを解いてからは5年が経った今日は、冬の雨乞い儀式の日。
いつも通りだと思っていた雨乞いの儀式の終盤、虹蛇はノーラの大きなお腹を舌で撫でるというイレギュラーを起こし帰っていった。
「びっくりしたけど、安産を祈ってくれたのかな?」
テオドールの問いかけに、ノーラは笑顔で同意してくれる。
もうすぐ、テオドールとノーラの子供が産まれる。
出産予定日は2週間後。新年すぐ、王都での出産となる予定だ。
歴史の長い貴族の家はアクランド伯爵家の”一人っ子の呪い”は子供を嫡子一人にするための建前だと思っているが、実は違う。これは建前でも偶然でも”呪い”でもなく、ひとりの男がかけた魔法。
初代アクランド伯爵と結婚した王子が巨大水晶に施した魔法により、巨大水晶に魔力を込めたアクランド伯爵家の人間は、子供が一人しかできなくなってしまう。
テオドールは巨大水晶からその魔法を消去することができるし、今、ノーラにかかっている魔法を解除することもできる。
……そのことをノーラに相談するのは、子供が産まれてからにしよう。
結婚してからの2年で、テオドールはノーラに相談することを覚えていた。
300年前、初代アクランド伯爵と結婚した当時の第二王子は金瞳だった。これは、直系王族しか知らない秘密。
そして、120年前、虹蛇を探す旅に出たアクランド伯爵家の庶子は、王家が派遣した護衛と結婚したが、その護衛は金瞳だったためにその存在を隠されていた王の隠し子だった。これも直系王族しか知らない秘密。
金瞳にとって、アクランド伯爵家の魔力は心地よい特別なものなのだ。
ノーラに出会った当初のテオドールもその魔力の魅力に驚いた。
でも、時々魔力を感じられればそれでいいと思うだけで、ノーラを意識することはなかった。
5年前の告白は嘘偽りないテオドールの気持ちだ。
呪いを解いて旅に出るまで、本当に、自分がノーラのことを特別に思っていることに気付いていなかった。
思い付きのような求婚を断られた後、友人としてノーラと関わっているうちに、自分の気持ちを知っていく。
時々起こるノーラへのたまらなく愛しい気持ち。
ゆっくりとした心地よい会話のテンポ、アクランドのことを第一に考える気高い生き方、ぼーっとしているようで実はすごく考え込んでいるところなど、言語化できるまでにその愛おしさに向き合ってっていった。
そして、テオドールはどうしてもノーラが欲しくなった。
だから、頑張っただけ。
そして、2年前、ノーラはテオドールの再度の求婚に応えてくれた。
ノーラよりも庶子を可愛がっていた父親のせいで、幼いノーラは寂しい思いをしていた。その寂しさを忘れて欲しい。ノーラにはたくさんの家族を、子供を、与えてあげたい。
アクランド伯爵家の”一人っ子の呪い”を解いてしまいたいと、最近のテオドールは思っている。
魔力から様々な情報が読み取れる直系王族特有の能力。この能力が直系にしか引き継がれないのは、王家に古くから伝わる魔道具を使っているから。
国王だけが付けるのを許されているその魔道具がなければ、子供に王族特有の能力は引き継がれない。
これは直系王族だけに教えられる王家の秘密。
でも、テオドールはその伝承に間違いがあると知っている。
テオドールの父親がまだ国王だった時、腕輪型のその魔道具をこっそりと調べたことがある。その魔道具は”子供に必ず能力を引き継がせる”というだけのもの。
”その魔道具がなければ能力を引き継がせない”という効力などなかった。
おそらく、魔道具がなければ特有の能力を持たない子供が生まれてしまうくらいに王族の血の力が弱まっているだけなのだ。
つまり、王族の血の力が強ければ、その魔道具がなくても、特有の能力を引き継いだ子供が産まれる可能性はあるということ。
アクランド伯爵家はこの300年でテオドールを含めて3人もの直系王族の血を取り込んでいる。それも、異端と言われる金瞳ばかり3人だ。
テオドールとノーラの子供は、テオドールが持つ直系王族特有の魔力から情報を読み取る能力を持って産まれる可能性が高い。いや、そうなるだろうと不思議な確信がテオドールにはある。
産まれてくる子供に、自分の身を守る手段が増える。
王家に伝わる”子供に必ず能力を引き継がせる”魔道具と同じような魔道具を作れば、アクランド伯爵家の人間は、特異な魔力だけでなく魔力から情報を読み取る能力も持って産まれるようになるのだ。
だとすれば、もう一人っ子に拘らず、兄弟を作って良いのではないかと、テオドールは安易に考えていた。
アクランド伯爵家は王族と同等の能力を持った一族になる。
同じレベルの者同士となれば、遥か先の未来で対立することになってしまう可能性にテオドールは気づいている。
……でも、それで良いじゃないか。
ノーラから結婚を断られた5年前、テオドールはてっきり王族であることが理由だと思っていた。
アクランド伯爵家の祖先は生贄だった。それは紛れもない事実。
普通の人間には魔力の違いなど分からない。アクランド伯爵家の人間本人にも自分の魔力が他と違う特別な魔力だと分からない。なのに彼らは生贄にされた。
彼らの魔力が聖獣に好かれる特別な魔力だと、判断することができる唯一の人間。それは、我らスウィフト王国の王族だけだ。
アクランド伯爵家の祖先を初めて生贄にしたのは、どう考えても、スウィフト王国王族の祖先なのだ。
テオドールとノーラの子孫は、その太古の復讐を晴らすように、いつか王族を打ち負かす未来が来るかもしれない。
それはとても面白いと、テオドールはワクワクしてしまっていた。
「テオ、お腹が痛いの。……産まれそう」
魔法陣が腕輪の水晶に戻り、雨乞い儀式が終わったばかりで、ノーラがしゃがみ込んでしまった。
今ここは雪が降っている。はやく屋敷に戻らないといけない。
その場にうずくまったノーラを、テオドールは慌てて抱き上げた。
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こうして、予定より2週間早く、アクランドの地でノーラとテオドールの子供は産まれた。
ノーラと同じ金髪に、テオドールにそっくりな少しタレ目の男の子は、空に向けて小さな手足をバタバタと動かしている。
ノーラとテオドールが覗き込むと、気配を感じたのか瞼を開けた。
その瞳は美しい金細工のように複雑な模様を描く金色の虹彩。王家に産まれる神童の証、異端の金瞳。
ノーラもテオドールも、その瞳を見て、王家からこの子の命を守ると決意し、穏やかではない生活を覚悟した。
奇しくもテオドールは自分の両親と同じ悩みを持つことになってしまったのだ。
けれどそんな2人の覚悟はすぐに取り越し苦労に終わることになる。
2人の子供の瞳が金色なのは、出産直前に虹蛇がお腹を撫でたせいだと、雨乞いの儀式を見ていた人たちから声が上がった。
それは、アクランドの領民だけでなく、王族や貴族たちにも広がっていき、金の瞳は虹蛇からの贈り物だと尊ばれるようになったのだ。
王家の異端の金瞳だと言われることは終ぞなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ルカやフィーネ、キャルムのその後、ルカやフィーネの心情については本編に入れることはやめました。
知りたい方もいるかもしれないので箇条書きの設定を活動報告で公開しておきました。




