表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/23

16 天泣 (別れと出会い)



ノーラが毅然とした態度でダリモア辺境伯の提案を断れたのは、実は、事前にダリモア辺境伯の狙いを聞かされていたからできたこと。ノーラ自身の力ではない。


もしも、何も知らないままのノーラだったら……

父の死の翌々日、雨乞いや消えたルカのことで内心不安や恐怖でぐちゃぐちゃの状態で何とか執り行えた葬儀1日目の夕方、そんな中でもたらされたダリモア辺境伯からの申し出に、きっと、一も二もなく飛びついていたに違いない。誰も味方がいない暗闇にいる自分に差し込んだ、一筋の光のように思ってしまっただろう。


ダリモア辺境伯はノーラをいざなう燦然と輝く助け舟を出してくれるが、それは泥沼に浮かぶ泥舟だから気をつけろ。そうノーラへ忠告してくれたのは、今横に座っている呪われた王弟テオドールと、テオドールを連れてきてくれた人。


ノーラは二人と出会うことになった昨日のことを思い出す。


ーーーーー


父が亡くなった翌日、アクランド伯爵家のタウンハウスは、朝から恐慌状態だった。


ノーラは「フィーネがどこにもいない」という使用人の声で起こされ、朝一で消えたフィーネへの対応に追われながら、いつもの時間が過ぎてもルカが来ないことに気づいた。

使用人にルカを呼びに行かせたところで、ルカの部屋に残された手紙と秘密保持誓約書が見つかり、フィーネだけでなくルカの失踪まで発覚した……。


そんな1日の始まりから、亡くなった家令の代理決定、父の死の届け出、国王陛下への謁見願い提出、領地や母の実家やつながりのある家への連絡、葬儀の準備と、ノーラと使用人たちは食事を取る暇もなく忙しなく働く。


ドタバタと時間は過ぎ、夕方、ノーラは父の棺に入れる花と献花の花の選定のため、庭に出て庭師と相談していた。


「旦那様からはカメリアの花を1年中切らすことなく咲かせてほしいと言われておりました。丁度庭に秋咲きのカメリアが咲いておりますし、温室にも開花したカメリアがあります。もしも足りなければ馴染みの花屋へ手配もできます」


柔らかな笑顔が心地よい年老いた庭師がカメリアを推す意見に、ノーラはどう答えたらよいか迷う。

カミラという女性名はカメリアの花から名付けられることが多い。父にとってカメリアは間違いなくカミラの花だっただろう。


カミラの裏切り、フィーネの出自の件はすでに使用人の間で話が広がっているものだと思っていたが、庭師は知らない様子。父の病室にいた使用人は口が硬いようだと心の隅で感心もする。


父の葬儀に使う花がカミラを連想させるカメリアの花で本当に良いのだろうかと悩むも、カメリア以外にどの花にしたらよいか分からない。ノーラは父の好きな花を知らないし、もう父に聞くことはできない……。


時間がない。もうカメリアで良いかと開き直ろう。

虹蛇の召喚契約を消滅させた父の罪。その罪に対する罰が”葬儀の花がカメリアだった”だなんて、なんて軽い罰だろうかと、ノーラはそう考えることにした。


「ノーラ様が咲かせて欲しい花がありましたらいつでもお教え下さいね。タウンハウスの花たちは冬の社交シーズンでしかノーラ様にお会いできませんから、その時にノーラ様に喜んで頂ける花を知りたいのです」


昨日までは”お嬢様”と呼んでくれていた庭師から、”ノーラ様”と呼ばれ、もうただの少女ではいられない立場になってしまったのだと実感する。

そして、花といえばで母にもらったヒヤシンスのことを思い出した。


「ヒヤシンスの球根を用意して欲しいの。昔、お母様に頂いて水栽培に挑戦したんだけど枯らしてしまったから。ちゃんと咲かせたいって思って」


そう言いながら、フィーネが初めてアクランド伯爵家へ来た9ヶ月前に、ヒヤシンスの球根の手配をルカに頼もうと心づもりしていたことを思い出した。まさか、ヒヤシンスの球根の時期になる前に、ルカがノーラの元を去ってしまうとは、当時のノーラは思ってもいなかった……。


「覚えておりますとも。その球根を奥様へ渡したのは私です。毎日必死に頑張るノーラ様に少しでも癒しをと、奥様から相談頂きましてね。成長が目に見えるヒヤシンスの水栽培をお勧めしたのですよ。……お優しいノーラ様のことです。枯れてしまって悲しませてしまいましたね。この老いぼれのせいです。7つの歳では難しいと考慮できずに申し訳ございませんでした。でも、今度は必ず咲きますよ。奥様も空から見てお喜びになります」


ふわりと笑う庭師に、ノーラも心からの笑顔を返す。


ノーラから次期伯爵の立場を奪った後に死んだ父、満身創痍な婚約者を見ても他人行儀を崩さないキャルム、危機的状況なノーラよりもその原因となったフィーネを選び失踪したルカ、そして、雨乞いが出来ないことでノーラを恨むことになるだろうアクランドの領民たち。


もうノーラには味方がおらず、この世に独りぼっちだと絶望しかけていたが、庭師の言葉でかつての母の愛を知り、侍女長の言葉を思い出す。ノーラは独りではない。


胸がじーんと熱くなって、涙が目に溢れる。


次期伯爵の立場を奪われても、父が死んでも、ルカがいなくなっても、乾いていたノーラの涙。辛いことが多過ぎて、もう心が麻痺しているのかと思っていたが、ちゃんと泣けたことに安心する。



ぽつり・・・



涙の落ちる頬でなく脳天に雫が落ちたのを感じ、ノーラは天を仰いだ。


見上げた空に雲はない。それでも頬や額にはぽつぽつと雫の感触がする。

ノーラが『お天気雨だ』と考えると同時、針のように細い小雨が降り始めた。


夕方に降る小雨のお天気雨。淡い赤黄色に染まった秋の空が細かい雫でキラキラと輝いている。幻想的で美しい。

ノーラの愛するアクランドの雄大な景色とはまた違った魅力があると、忙しさを忘れひととき黄昏る。


そんなノーラの頭上に、黒い傘が挿された。

庭師だろうかと振り返ると、全身を黒い布で覆った長身の男が傘を持ち立っている。


「きゃっ」


突然登場した全身真っ黒な不審者に、ノーラは思わず悲鳴を上げてしまった。


驚いて戸惑う頭の片隅で、アクランド領地の私室でカラスを見た時のことを思い出してしまう。

カラスを見たのは昨日のことなのに、それから衝撃的なことが連続したせいでまるで遠い昔のように感じてしまうから不思議だ。


「泣いてる?どうしよう、僕ハンカチ持ってないんだよ」


奇奇怪怪な見た目に反し、ゆるく力の抜けるような声。


黒いフードを深く被り、黒いヴェールで顔を覆い、黒いマントに黒い手袋、徹底的に肌を隠している、不気味な格好。だというのに、その気の抜ける声のせいか恐怖はない。


「驚いて、涙は引っ込みました……」


恐る恐るそう答えながら、ノーラは悲鳴を上げたのに護衛の騎士が来ないことに気づく。

目の前の不審者にどう対応しようかと思案し始めたノーラの元へ、傘を刺した子供が駆け寄ってきた。


「おじさん!その格好で急に現れたら驚かせてしまうよ」


ノーラの胸元ほどの背の高さしかない子供。見るからに高級な傘をずらし顔を見せたその男の子は、黒髪に赤い瞳で愛らしく美しい顔をしていた。

我が国で赤い瞳は直系王族の証。ノーラよりも幼いその背格好から、第三王子レオポルド殿下だと予想できる。護衛の騎士が来ない訳だと納得する。


急ぎ、礼の姿勢をとるノーラに対し、レオポルドは楽にするようにと言った。


「ノーラさん、僕はレオポルド・スウィフトです。こちらの怪しい真っ黒はテオドール・スィフト。僕の叔父で呪われた王弟!」


そういえば、王弟には”外出する度に雨が降る呪いがかけられている”という噂があった。このお天気雨に、噂の信憑性が上がる。

その王弟テオドールは、傘をノーラへ預けると、小雨の中で濡れるのも厭わずに花壇の花を見はじめてしまった。


「自由なおじさんでごめんね。王宮の外に出るなんて滅多にないから目に見えるもの全部が珍しいんだ。呪いのせいにして好き放題に生きてる人で、まともに人間関係を築いたことがないからノーラさんにも失礼なことを言うと思うけど、先に謝っておくね」


レオポルドはテオドールをまるで子供扱いしているが、確かレオポルドは10歳、テオドールは24歳だったと記憶している。レオポルドの生意気な姿がかわいらしい。


「国王陛下への謁見希望は午前に出したばかりですが、何か不備が……」


見当違いなことを言っているのはわかっている。たかが伯爵令嬢の書類の不備へ王族が注意しに来るわけがない。

尊い王族へ「予告無しになぜきた」と直接聞くことはできないための茶番だと、お互いわかっている。


国王への手紙では、継承魔法の失敗については知らせていない。まだ、虹蛇との召喚契約が消失したことは王族は知らないはずだ。

それなのに、外出する度に雨が降る呪いがかけられている王弟が来ていることの意味を、ノーラは必死に頭の中で考える。

この希望に縋ってしまいたいが、二人がここへ来た理由がわからず戸惑う。


「とりあえず、屋根のあるところへ入ろう。おじさん!中で話し合いするよ!」


今はもう庭の遠いところまで行ってしまったテオドールをレオポルドが呼ぶと、テオドールはいそいそと戻ってきた。そんな二人をノーラは応接室へ案内した。


お茶を出す侍女へ『忙しい時にごめんね』と笑いかけているレオポルドと、その隣に座り応接室の中をキョロキョロと見渡しているテオドール。


人払いをした後、レオポルドは話し出した。


「結論を先に言うと、おじさんの呪いを雨乞いの代わりにして欲しいと思って連れてきたんだ。虹蛇は召喚できなくなったけど、この人さえいれば大丈夫でしょ?」


どうして召喚契約が消失したことを知っているのか、どうして急にアクランドを助けてくれるのか、どうして第三王子レオポルドが動いているのか、様々な疑問のせいで戸惑い、すぐに返事を返せないノーラに、レオポルドは話を続ける。


「何から話したら分かりやすいかな……。そうだ、一つ確認ね。ノーラさんはアクランド伯爵家の先祖がアクランド伯爵に陞爵する前はどうしてたか知ってる?」


ノーラの祖先は300年前、アクランドに雨乞いができることでアクランド伯爵に陞爵したと習った。でも、それまでどう生きていたかなど気にした事などない。


……普通の平民として、雨乞いをしていた?でも、そうなるとあの巨大水晶を平民が持っていたことになる。


よく考えると不審な点が多い。レオポルドがわざわざ先祖のことを聞く意味を含めて考える。


レオポルドとテオドールは鈍いノーラの反応にも動じない。ノーラのゆっくりとした反応を、苦なく待ってくれる人たちのようだと、それだけで好感を持ってしまう。


「正直に答えると、考えたこともなかったです。襲爵したのは奴隷を禁止する王法が出来たのと同時期でした。……もしかして、奴隷だった?」


「惜しいね。まぁほぼ同じくと言えるけど、奴隷じゃなくて、生贄が正解。奴隷禁止法の中に、他人の命を使った魔法を禁止する内容が含まれてるでしょ?それは、当時の第二王子がアクランド伯爵家の祖先のために入れたんだ」


そして、レオポルドが生贄の詳細を語ってくれる。


ノーラの祖先は、魔力を放出し続ける魔法をかけられ生きたまま心臓を抜き取られる生贄だったこと。

その心臓を使えば未契約の聖獣を召喚し力を借りれること。

300年前に唯一の生き残りの少女が王子と結婚してアクランド伯爵に襲爵したこと。

巨大水晶を購入し、子供を嫡子一人に絞ることで、アクランドの領地と領民を人質に、生贄にされないように防いできたこと。


そして、300年以上の歴史を持つ貴族家はかつてアクランド伯爵家の祖先を生贄を使ったことがあり、魔力を放出し続ける魔法と、生贄の心臓を使う召喚魔法が現代までひっそりと伝えられてきていること。


レオポルドの説明を聞きながら、ふと、アクランドの領民が国教よりも水晶と虹蛇を信仰していることが頭に浮かんだ。

魔力を受け渡すアクランド伯爵家の人間は、その信仰の対象になぜか入らない。領民から崇められないことを、ノーラは120年前にアクランド伯爵家のお家争いで雨乞いが出来なかったことが原因だと思っていた。

それもあるかもしれないが、もしかしたら、アクランドの領民の間ではアクランド伯爵家の祖先は生贄だったのだとこっそりと伝聞で伝えられているのかもしれないなと、腑に落ちた。


そして、ダリモア辺境伯家の歴史が長いことにも思い当たる。確実にキャルムはアクランド伯爵家の生贄の過去を知っていた。


雨乞い儀式前日のあの話し合い、ノーラがキャルムの手を振り払う少し前、キャルムがノーラへアクランド伯爵家の魔力がどれだけ尊いものか必死に訴えていた理由をやっと理解する。

キャルムが危惧していた通り、あの時のフィーネは危険な状態だった。そして、キャルムは生贄を利用していたダリモア辺境伯家の歴史を漏らせない中で、言葉を選んで必死にノーラを説得してくれていた。


……それなのに私はキャルム様の手を振り払ってしまったのね。


レオポルドの話を聞き、これまでノーラの内心で燻っていた不可解な疑問の一部が解消していく。


「この、生贄の過去を念頭に置いて、以降の話を聞いてほしい。……アクランド領地の水不足の問題は、雨乞いが無くても、このおじさんがいなくても、実はもう解決できる」


そして、レオポルドは転送ゲートを使った水転送の方法を教えてくれた。


転送ゲートでは、魔力を纏ったものしか利用できない。

転送される人が着ている服や、手に持った荷物など、身体に触れている物は一緒に転送できるのだが、持ちきれない荷物は転送することができない、というのがこれまでの常識だった。


それが、最近になって魔力を纏わせる専用の容れ物が開発され、それに入る物なら無人で荷物を送ることができるようになったとレオポルドは言う。

まだ正式に公表はされてないが、一部の辺境で物資輸送の試験運用が始まってるとのこと。


転送ゲートは我が王国発祥のもので、王族の所有物として運用されている。王族である二人が転送ゲートの新機能について知っていてもおかしくない。


転送ゲートの話になると、それまで黙っていたテオドールが嬉々として話し出した。


「まだ大量の水を運ぶには実用的じゃないけど、今の構造から応用すれば可能な範囲だね!……単純に容れ物を大きくするのは、水って重いから、転送する側もされる側にも相当な耐久性が必要。水に魔力を込めれば管のようなもので水が流れるまま転送できそうな気がするけど、実験してみないと分からないなぁ。あと、一度魔力が込められた水を使って生態系に問題が出ないか確認を考えると、けっこう時間はかかりそう。だけど……」


ノーラやレオポルドの反応がないまま、独り言のようにぶつぶつと話し続けているテオドール。


「これは今の王家の特大の秘密なんだけど、転送ゲートを発明したのはおじさんなんだよ」


そんなの聞かされても困るとノーラが断る前に、レオポルドから明かされてしまった秘密。


「でも転送ゲートが出来たのは、私が3歳の時だから、12年前ですよね?テオドール殿下は24歳だから、えっと、え?12歳?」


「そう。おじさんは10歳の時に転送ゲートを作り出して、それから2年で父上が実用まで持って行ったんだ。なのに、本人は王宮から出るのを禁止されてて一度も転送ゲートを利用したことがないのがかわいそうって言ったらかわいそうかな。……おじさんは他にも色々発明してるんだけど、それを一部でも公表したらどうなると思う?ふふ。きっとおじさんを国王に推す声が上がって、兄上は王太子じゃなくなるだろうね」


10歳で転送ゲートを作り出す天才……。テオドールが誰に何のために呪われているのか、そのさわりのような部分を知ってしまった気がする。

そして、さらっと言われた「王宮から出るのを禁止されてる」という言葉。

今こうしてアクランド伯爵家のタウンハウスにいるけれど、国王の許可は取っているのだろうかと不安になる……。


「転送ゲートを利用すればアクランドの水不足は解消できる。でも、そうすると起こる2つの問題のせいで僕はしたくない。それはノーラさんも同じだと思う」


一つはすぐに分かる。


わざわざ前提の話として明かしてくれた、アクランド伯爵家祖先が生贄だった過去。


命を使った魔法が禁止されていることと、聖獣の出現が珍しいことで、一見、心配はなにもないように思える。

でも、無理やり魔力を解放する魔法と、召喚契約なしで聖獣を呼び出す魔法は実在していて、歴史が長い貴族家の間では暗黙の了解のように知られているのだ。その魔法が違法だとしても、アクランド伯爵家の人間が自ら使うようにさえすれば良いだけ。

誰でも聖獣の力を借りることができる……。


“アクランド領地への雨乞い“という使命がないアクランド伯爵家の人間とは、どれだけ危険な状態なのだろうか。


アクランド伯爵家の庶子としてフィーネを貴族学園へ入学させた、あの頃の自分の愚かさに震えてしまう。

先ほどテオドールが本当に呪われていると分かった時、どうしてこれまで雨を降らしにアクランド領地へ来てくれなかったのだろうかと厚かましい疑問を持ってしまったことも反省する。テオドールがアクランドへ雨を振らせてしまったら、父とノーラは危険な状態に陥っていただろう。


「生贄のことは説明しないでももうわかるかな。もう一つの問題は、アクランドの乗っ取り。水はただじゃない。転送ゲートで水を運ぶってことは、必ずどこか他の領から水を購入することになる。水は生活を支える基礎の基礎、生命線。それを特定の領が握ることになれば、実質アクランドはその領の支配下に置かれるってことだよ。アクランド産ピスタチオやデーツ、アクランドグリーンからはすぐに”アクランド”の冠が取れて、他の領からも同等のものが販売されるようになるだろうね……」


転送ゲートを設置したら、確実に領民の生活は守られる。でも、きっと、その生活の質は今より落ちることになるし、何よりアクランドの民としての誇りが奪われてしまう。


「……それは嫌です。私にだって、アクランドの領民たちにだって矜持はあります。抗えるなら抗いたい。転送ゲートで水を運ぶことは、最後の手段にしたい、です」


「だよね!?それで僕とおじさんはここに来たんだ!」


その言葉に、ノーラは首を傾げてしまう。まだ、レオポルドとテオドールにとっての利点が見えないため、素直に受け入れられない。


「ノーラさんの婚約者の家はね、実はとんでもなく強欲で狡猾なんだよ?よく今まで平気だったと関心するくらいだね。ってアクランドグリーンの廉価版の件で実感してるか……ごめん。ダリモア辺境伯はアクランド伯爵が亡くなった日の翌日、つまり今日の午前中、無理やり父上との面会を取り付けて話をしに来たくらいなんだ。ダリモアの水をアクランドに転送ゲートで送ることになったら、ノーラさんを王家に譲るって父上に提案してた」


「早速今日動いたのは、動かないと成功率下がるからでしょ。すぐに契約しないといけないように話を持って行って、冷静な判断をできないように急かして契約する。詐欺師の常套手段だって本で読んだよ。兄上にもノーラさんにも考える時間を与えないで即決させるんだ。あとは、雨乞いが出来なくなったって周囲に知られた後じゃめんどくさいことになるしね。うちならもっと安く水を売るよって他の貴族が出てくる。その頃に契約をせまっても、ノーラさんと息子が婚約しているという繋がりだけじゃ乗り切るには少し弱い」


テオドールの考えに納得してしまう。

ダリモア辺境伯が利益のために動く人だとアクランドグリーンの染色方法を盗んだことが証明している。

今は社交シーズンではないため辺境伯は領地にいたはず。それでも、すぐに転送ゲートを使って国王に会いに来た決断力と行動力に感心するしかやい。


「なるほど。人格破綻者は人格破綻者の気持ちを予想しやすい、と」


そんなレオポルドの揶揄いを受け、テオドールはレオポルドの頭をわしゃわしゃとかき回している。

10歳と24歳の二人の王族は、冗談を言い合いじゃれ合うくらいに仲が良いようだ。


「ダリモア辺境伯は水の販売で継続的な利益が手に入り、ゆっくりとアクランドを掌握することができる。わざわざ父上に話を通しに来たのは、父上、というより王族に邪魔して欲しくなかったから。正直、公平さに欠けるからね。そのままだと国から待ったが入ると分かってるんだ。見返りとしてダリモア辺境伯が父上に差し出すのは、継続的な転送ゲートの利用料と、ノーラさんってわけ。ノーラさんとキャルムくんとは結婚させるが二人の間には子供を作らせない。ダリモア辺境伯がアクランドを掌握したころに不妊ってことにして、離婚させて、ノーラさんを王家の嫁に差し出すっんだって。ノーラさんがその後妊娠しても、キャルムくんが不妊の原因だったってことにすればいいってさ。で、父上が辺境伯に答えたノーラさんの旦那候補が僕だったってわけ!父上は僕の子孫を生贄に囲おうとしてるってこと。勘弁してほしいよねってことで、ダリモア辺境伯がノーラさんに接触する前に 僕が動いたの」


「……レオポルド殿下は国王陛下とダリモア辺境伯の話し合いに参加されてたのですか?」


国王と辺境伯は絶対に人払いをして話していただろう。そのことをどうして知っているのか、様々な情報で驚く中でどうでも良いかもしれないが、ノーラはそこが気になってしまう。


「まさか!僕には味方がいっぱいいるってだけのことだよ」


にっこりと愛らしい笑顔で答えるレオポルドに、ノーラは味方の詳細は聞かないことにした。


婚姻歴有りで不妊だと言われている5歳も年上の女と結婚し、しかも、生まれた子供は生贄候補として王家に管理される。そんな将来にならないためにとレオポルドが動くのは当たり前だ。

まだ10歳だというのにこんなにも賢く、テオドールを始め様々な人脈を持つ将来有望な王子なのだから尚更だろう。


ノーラはレオポルドの無邪気な笑顔を見ながら、もしかしたらこの第三王子は、すでに立太子している王太子を退かせ将来国王になるかもしれないな、などと漠然と思った。


「ダリモア辺境伯も運が悪いよね。ノーラさんより先に父上に話をしに来てなかったらきっと成功してたんじゃない?」


ノーラはダリモア辺境伯から、葬儀の手伝いの者を派遣しようかと伺う手紙が朝一で届いていたことを思い出す。これに「是非」と返事をしていたら、今と違った未来になっていたのではないか、そう考えてノーラは肝を冷やした。


ダリモア辺境伯は必ず明日の葬儀に来る。

目つきが鋭く屈強な大男のダリモア辺境伯を思い出し、ノーラは彼からアクランドの誇りと自分の身を守るのだと決意したのだった。


ーーーーー


今は葬儀の日の夕方。


たった今、ダリモア辺境伯から提案された巨大水晶売却をノーラが断り、テオドールが応接室に入ってきたところ。


開き直ったのかポケットから小瓶のウイスキーを出して飲み始めたダリモア辺境伯と、そんな辺境伯を興味津々で遠慮なくジロジロと見ているのが布越しでも分かるテオドール、どうしたものかと戸惑うノーラとキャルム。

そこへ、すでに空いているドアをレオポルドがノックする音が響いた。


「なるほど。レオポルド殿下に話が漏れたのが原因か……」


辺境伯はすぐに現状を把握したようだ。


「別にうちもお金に困ってるわけじゃない。目の前に餌が転がったら喰いつきたくなるだろ?そんだけだ。……今回は国王への話が第三王子に筒抜けになることと、その第三王子は王弟を動かす力を持ってるって分かっただけで俺としては暁光かな」


そう言って辺境伯は手に持つウイスキーをテオドールへ差し出す。あまりにもジロジロと見るから欲しいのかと思ったのだろうか。

テオドールは「本で読んだスキットルでお酒飲む人だって嬉しくなっただけだし、口もと出したらまた雷鳴っちゃうからいいや」と断っている。


「お嬢ちゃんは生贄の過去を知れて良かったんじゃねーの?父親かジジイかもっと前かは分からんけど、1番重要な事を伝えてないって無能にもほどがあるよな。やっぱお嬢ちゃんの父親が怪しいか。……先祖は生贄だったって、二人にちゃんと教えてもらえたんだろ?」


そう言ってくれたダリモア辺境伯。ここで生贄の件を確認してくれたのはノーラのためとしか思えず、意外な気遣いに驚きながらもノーラは「はい」と返事をした。


「その件なんだけど、アクランド伯爵家の人間は先祖が生贄だったって昔から知らなかったと思うよ。今回知っちゃったノーラさんだけが例外。だって、生贄のことを知ってたら120年前に虹蛇の召喚契約が消滅した時、娘を虹蛇探しの旅に行かせる必要はなかったと思うんだ」


テオドールの意見にノーラとキャルムは首を傾げる。辺境伯とレオポルドはしばらくして何か気付いたようだ。


「だって継承魔法を失敗した伯爵が、自分で魔力解放の魔法と魔力を解放した心臓を捧げる召喚魔法を発動したら虹蛇が召喚できるじゃないか。召喚できた虹蛇に雨を降らせて、ついでに娘は召喚契約を結べばいい。生贄の過去を知ってたらそうしたでしょ」


テオドールの言葉で、ノーラは120年前の当時のアクランド伯爵の手記の内容を思い返す。

旅に出る愛娘を心配する思いが綴られていたことが印象深い。


自分が発動した継承魔法が失敗し、本来守るべきアクランドを危機に陥れてしまい、娘は終わりの見えない旅に出ることになったなら、自分の命を捨てることは出来るだろう。


テオドールの言う通り、確かに、あの手記の内容では生贄のことを知っているとは思えなかった。


「この手をお嬢ちゃんが使うには、産んだ子供が魔力を解放して召喚契約を結べるようになるまであと10年はかかるだろうな。現実的じゃぁないか」


辺境伯の言葉に息を飲む。でも、確かに、その手もあるのだ。

ノーラは自分の命を使えばアクランドへ雨乞いが出来るようになると理解し、心の底で安堵してる自分に気付いた。


「アクランド伯爵家の人の中に自己犠牲の手段ができちゃうから、生贄のことを子孫に秘密にしたんだろうね。雨乞い以外のピンチの時に命を賭けて聖獣を呼び出すかもしれないよ。秘密にしたのは300年前の王子かな?僕らのご先祖様は本当に生贄の少女が好きだったんだろうね」


レオポルドの言葉で、ノーラは、将来、自分の子供に生贄のことを伝えるべきか決断する必要があることに気付いた。


それはとても難しい問題で、今すぐに答えを出せることじゃない。

子供が産まれてから、その子供の父親と相談して決めようと思う。

同時にキャルムを見た。その相談相手はキャルムになるのだろうか……。


隙を見せればアクランドを乗っ取ろうとするダリモア辺境伯とは出来ればすぐに縁を切りたいと思っている。それはつまり、ノーラはキャルムとの婚約を解消したいということ。


でも、まだアクランドは雨乞いの問題が正式に解決していない。

乗っ取れる可能性がまだ残ってることをダリモア辺境伯は分かっている。キャルムとの婚約解消に応じることはないだろう。

今の状況でノーラの方から婚約を解消したいと切り出したら、きっと多額な違約金をふっかけてくるはずだ。


案の定、キャルムとの婚約については言及することなく、ダリモア辺境伯との話し合いは終わった。


3日後には国王陛下との面会が控えている。テオドールが面会へ同席してくれることとなっているが、不安は拭えない。


ノーラはまだあと2日残っている明日からの葬儀について思考し、不安を紛らわせた。





説明回なのに長くなりすみません。

まだルカとフィーネにも出番があるし、テオドールの呪いも解きます!

後半だけど、まだまだ全然終わらないので、すみません。。。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
紛うことなきクソ野郎の辺境伯はいっぺんぶん殴りたい(笑)
父とフィーネはむかつくんだが、それを超えるほど人間関係が緻密に描写されていて、この筆致ならばどんな展開でも受け入れられるなと前半は思っていました。 賢女だった主人公が女には家史がろくに伝わらないとかい…
味方が増えて一番辛いところは通り過ぎたかと思ってましたが、まだまだ問題解決とはいかないのですね…負けるなノーラ!! 作者さんの作品が好きで、「私のことはどうぞお気遣いなく~」と「赤いりんごは~」は何…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ