第98階層
地図に指定されていた場所は、旧皇都のとある民家だった。
ただ、クレスフィズ皇子は居なかった、そこに居たのは、クレスフィズ皇子、とそっくりな少女が一人。
その民家は、入口を入ってすぐに2階まで吹き抜けになっている広い玄関があった。
その2階のバルコニーから見下ろす形で彼女は待っていた。
「私の名はサラサフィル、クレスフィズ皇子の双子の妹よ!」
などと仰る。
妹が居たのかあの皇子。
そんな話は一言も聞いていないぞ。
皇帝陛下も、他に子供が居るなら紹介ぐらいしてくれても良いと思うのだが。
そう思って話を聞いてみると、いろいろと複雑な事情があったご様子。
要はあれだ、皇帝陛下の隠し子? みたいなものらしい。
とある理由により、双子が生まれた事を知られたくなかった皇帝陛下が、平民の知り合いに娘を預けて居たそうだ。
そんな彼女の元に、兄である皇子が重大な話を持ち掛けて来た。
「あなたの悪事は、クレスフィズ皇子が全て見破ったわ! 悪い事は言わない、尻尾を巻いて故郷に帰る事ねっ!!」
そうか、やはりオキクさんとの事はバレていたか。
しかし、故郷に帰れと言われましても……
もともと住んでいる場所が故郷なのだが?
それとも、爵位まで返上して、カーラード王国の旧王都で暮らせと言いたいのだろうか?
まあ、それも良いかもしれないな、オキクさんを連れて、街の片隅でひっそりと暮らす。
よくよく考えてみたら、結構理想的な環境ではないだろうか?
退職金でももらって、悠々自適な年金生活。
前世ではその前にくたばっていた様だから、今世では実現したい。
ダメならガー様にこっそり雇ってもらおうか。
「話はそれだけですか?」
「まっ、待ちなさい! たとえあなたがどんな悪だくみをしようとも、って、え?」
サラサフィルと名乗った少女が震える指先を突き付けながら、バルコニーの手すりに体重を乗せた瞬間だった。
バキッと言う音と共に、手すりが折れる。
その手すりと共に少女の体が宙に浮く。
そのまま重力に従って、真っ逆さま。
オレは慌ててダッシュする。
空中で何やら一枚の紙切れを破る少女。
そこから眩い光が放たれる。
その光は、少女の下に滑り込んだオレまで包み込む。
「ぐえっ!」
間一髪、落ちて来た少女をなんとか抱え込む。
なんだったんだ、さっきの光は?
そう思って、ふと周りを見渡してみると、景色が一新している。
古ぼけた民家だったはずが、豪華絢爛なさまざまな道具が飾られた部屋になっている。
ここは一体……?
腕の中で少女は、どうか食べないでくださ~い、と言ってブルブルと震えている。
何を食べるって言うんだよ?
もしかして、男女的な意味合いで言っているのか?
オレはそんな節操なしじゃないぞ。
まあでも、クレスフィズ皇子から浮気の話を聞いていたのなら、そう思われても仕方がないかも。
と言うかなぜ、そこで、妹に伝言を頼んだんだ皇子様?
本人は今どこで何をしているんだよ。
なるべく刺激しない様に、できるだけ優しい声で問いかける。
「大丈夫ですか? どこか痛かったりしませんか?」
「へ……? 食べないの?」
「食べません」
ウルウルと涙目でこっちを見上げてくる少女に、笑顔をたたえながらそう答える。
「……うさんくせえ」
そんなオレの顔を見て、そう呟く少女。
おいお前、命の恩人に対して言う様な言葉じゃないぞ。
いや、2階から落ちたぐらいじゃ死にはしないだろうが、ありがとう、の一言ぐらいあっても良いと思うんだ。
オレはそっと地面に少女を降ろす。
するとジリジリと後ずさりながら間合いを空ける。
そして辺りを見回すと、何やら真っ青な顔になる。
しきりと自分とオレの周りを見て、何やら探している。
そして最終的に、ど、ど、ど、どうしよう……? と言って狼狽え始める。
どうやらここは皇宮の宝物庫だと言う。
空中で破った紙は、クレスフィズ皇子から持たされた緊急用の脱出装置だったそうだ。
あの紙を破れば自動でここへ転送される。
旧皇都内であれば、どこからでもここへ戻って来られるそう。
で、何を焦っているのかと言うと、
「や、ヤバい……私が…………双子の妹が居るなんて知られると、皇帝陛下ですらその立場が危うくなっちゃう」
そう、隠し子が居る事が帝国貴族にバレると、陛下の立場がなくなるそうだ。
知りたくなかったよ、そんな事!
皇帝陛下のスキャンダルなんて、とんでもない大ごとだぞ。
しかもオレは他国の貴族。
ああ…………久々に暗殺者の陰におびえて暮らさないといけないな。
何て事をしでかしてくれたの、このお嬢さん。
いや、元はと言えばクレスフィズ皇子が元凶だ。
その皇子はどうした?
緊急脱出用の魔道具を渡しているって事は、脱出した時の準備だってしているはずだ。
「え……アハハ……その、私ってクレスフィズ皇子にそっくりでしょ?」
なので、変装セットを用意していたそうだ。
だがそれは今、例の古民家で眠っている。
あのとっさの瞬間に、手を伸ばせる訳でもない。
「外には当然、門番が居ますよね」
「居ますね~」
いきなり始まった脱出ミッション、さて、どうやって攻略したら良い物か。




