第57階層
その王冠を被った老人がオレ達の元まで歩いて来る。
「なぜ肉を食べようとしない?」
お腹がいっぱいだからです、と言いそうなった女王陛下を抓って止める。
女王陛下が悶えているうちにと、オレは一歩前に出て答える。
「肉にはとある作用があるから、ですかね?」
「それは、どんな作用だと思っている?」
「そうですね……知能を低下させ、寿命を短くするなど、ですか」
やはり、知っておるのだな。と呟く。
「その通りだ、モンスターの肉には毒がある。食べ続ければ理性を失う」
そこまでじゃ無いと思うんですが。
まあ、ここまで発展した国から見ると、そう思われても仕方がないのかも知れない。
そこまで言うって事は、肉は食っていないんだろうなあ……野菜しか食べないのも体に良くはないんだがな。
だから、そんな青白い顔色をしているんじゃ?
「だが、人は肉を食わねば生きては行けぬ。なぜなら、この大地には全ての人を食わせていけるだけの広さが無いからだ」
そう言って、肉料理と野菜料理を交互に指さす。
「そこにある量は、同じ面積から摂れる量だと思って良い」
モンスターの肉なら二人を満腹にさせた上でさらに余りに余っている。
だが、野菜や果物では、一人分の腹を満たす事すら怪しい。
そうなるとどうなるか? 土地の取り合いが始まるのだ。と言う。
二人が一人分の量を取り合う。
そして一人になれば、土地はあっても収穫は下がる。
収穫が下がるから人を増やす。
すると収穫は上がるが、土地が足りなくなる。
そしてまた争いが始まる。
まるで地獄の釜がごとき。
永遠に繰り返される人と人の争い。
まあそうだな、確かにオレの前世の歴史はそれに近い。
「人と人が争えばどうなるか、我が国ほど骨身に滲みた国は他には無い」
だから、野菜や果物の効果を宣伝するのは止めろって事らしい。
この国では一部の特権階級の人達しか、この話は知らされていない。
そうする事で人同士が争う事を止めているそうだ。
なるほど、言われてみれば、その通り。
誰もが肉より野菜がええ、とか言い出せば、前世なみの苛烈な土地の奪い合いが始まるだろう。
この世界で戦争が少ない理由の一つには、餓死するほどの飢饉が発生しない事もある。
ちょっと足を延ばせばお肉が転がっているからな。
まあ、収穫は命懸けだが。
しかし、その肉には毒があるので食べてはダメですよ。等と言えばどうなる?
穀物の普及していないこの世界で、栄養価の低い野菜だけを育てて人口を維持出来るか?
まず無理だろう、帝国のお偉いさんの考え方は間違っちゃあ、いねえな。
だが、うちとは前提条件が違う。
「確かに肉には、知能を低下させ、寿命を短くする作用があるのでしょう。しかし、丈夫で屈強な体にする作用も持っています」
「そうだな、だが、メリットよりデメリットが大きすぎる」
「そのデメリットを無くす方法があるとしたら、どうでしょうか?」
「なに……?」
うちらは肉を食うのを止めろって言ってる訳じゃねえんですよ。
肉は大いに食え、だが野菜も穀物も食えよな。と言っているんですよ。
野菜だけでは……たぶん肉の栄養価に負けてデメリットを打ち消しきれなかったのだろう。
しかし、小麦や米なら話は別だ。
下手をすれば、肉を食うより太る可能性すらある。
「仮にその様なものがあったとして、結局、土地の面積は解決しないだろう」
そうでもないんですよね。
前世で米・小麦が主食となった理由。
色々あるが、一番大きな点は、単位面積当たりの栄養価が高い。と言った点だ。
確かに、野菜や果物で腹を満たそうとすれば、この地上は決して広くない。
だが、穀物なら話は別だ。
長期間の保管が可能で、栽培がしやすく、大量の収穫が見込める。
計画的に栽培を行えば、飢える人は存在しない。
前世でなぜ、それで飢えたのかというのは、簡単な話だ。
それを作るべき人間が、それを作った人間を殺し奪おうとしたからだ。
全員が右へ倣えで作物を育て、足りなくなったら余った場所から貰う。
たったそれだけの事が出来なかったからだ。
作物を貨幣でやり取りしている以上、貨幣が無ければ余った物を貰えない。
だからオレはそれを止めた。
オレが共産主義を推し進めているのも、コレが理由の一つでもある。
土地や作物を個人の所有物とせず、村の共用財産にする。
当然、固定の人員に仕事を押し付ける事もせず、全員でローテーションを組んで育てる。
そうする事により、これは俺の物だ、と言う意識を無くす。
会社で働いていて、皆で作り出した商品をこれは自分の物だ、とは言い出さないだろう。
土地や畑を個人の所有物にしてしまうと、自分が作ったものだからタダではヤラン。となるのも必然。
たとえ余っていたとしても、無償で提供しようとする奴は少ない。
アイツの所が不作なのはアイツの努力が足りていない。
なのになぜ、努力したオレの分をアイツにやらにゃならんのだ。と、大抵の人は思うだろう。
不作と言うのは努力だけは、どうしようもないのにだ。
当然、本当に努力していない奴も居るだろう。
だからと言ってソイツを放置すれば、ソイツは奪う側の人間になる。
作物を育てる努力をしたがらないからと言って、人から奪う努力をしたがらないとは限らない。
むしろ、そっちの方が向いている人種だって多い。
そうなると先ほど、この老人の言った地獄の釜が開く事になる。
それに……
「肉をまったく食べないというのも体に良くありません」
確かにこの世界のモンスター肉には知能を低下させる毒が入っているのだろう。
しかし、それを言えば、野菜や果物にだって毒は含まれている。
同じものを食べ続けていれば、高い確率で体を壊す。
どんな薬だって摂り過ぎれば毒になる。
「なぜ、肉には毒が入っていて、野菜には毒が入っていないと、そう思われるのでしょうか?」
心覚えがありませんか?
前世の様に栄養学も発達していない世界で、穀物もない野菜だけ、それを食べ続けて、丈夫な体が作られる訳がない。
病気がちだったり、息切れがしやすかったりしませんか?
「………………」
「動物の体と言う物は不思議な物でしてね、多少の毒は養分に変えて、しかもその毒に打ち勝つ体に作り替わっていきます」
それがこの世界の人の体。
モンスターの毒に打ち勝つ体をすでに持っている。
どんな毒も、適量なら薬に変える事が可能なんだ。
毒を煎じて薬となす。とも言いますしね。
「我が国ではその実験を行っております」
「人体実験をしていると言うのか?」
言い方よ……いや、よそう。
希望者のみとか綺麗事を言った所で、それしか後がない人達を選んでいるのも事実。
人体実験と言われても仕方がない。
だからオレは、そういった人達に対して責任を持たなければならない。
「一番大切な事は、知る事。何が良くて何が悪いか、それは悪だと決めつけて、そこで辞めてしまえばその先を知る事は決して出来ません」
その実験に協力してくれた人達の為にも、結果を出すまで立ち止まる訳にはいかないのですよ。




