第54階層 ダンジョンアート
うっは、すっげ。
バーセルク兄上が、ダンジョンの吹き抜けの通路から何やら絵を描いていたので覗いて見ると、とても精巧な絵が描かれていた。
これ、写真だと言われても分からないぐらいの出来だ。
ここまで書けても不満だって言うのだから、困ったものだ。
この絵でも売りに出せば、それだけでも一財産になりそうなものだが……兄上は自分の作品を売りに出さない。
なんでも自分の作品に満足がいっていないそうだ。
自分が認められない作品を、世の中に出すなどありえない。
その上、そんな物で金銭を貰うなどあってはならない。などと言う。
よって、この兄上は絶賛、無職のプーでござる。
まあ、作品を売りに出したら一気に億万長者になれそうだが。
それに今は、キャロウェイさんの作り出したキャロルゥが大層売れているから、援助も無しでやっていけている。
ほんと、キャロウェイさんに感謝しろよアニキ。
「感謝はしているとも、キャロウェイ嬢にもお前にも」
と、オレの心の声が聞こえたのか、そう言って来る。
「だがなあ、何かが違うのだ。見たまま、そのまま描けて、それで凄いのか? そんなの普通に目で見るのと何が違うのだ?」
ふ~む……写実画は兄上には合っていないのかもしれないな。
「絵にストーリーを付けてみる、と言うのはどうでしょうか?」
見た物だけを描くのではなく、その先、過去未来を想像して描く。
たとえばこのダンジョン、唯の岩壁だけだったモノが、この様な形に進化した。
ならばこの先、どの様になるか、それを想像して描いてみる。
「ほほう、なにやら面白そうだな」
「現実をそのまま描くのではなく、自分なりにアレンジしてみるのも良いですよ」
そう、たとえば、ハーキャットさんが時々頭の上に出しているアニメキャラのスタンプ。
いっその事、あれぐらい現実からかけ離れたものを描くのも良いかもしれませんよ。
さらに、そこにストーリー性を持たせれば、前世の漫画の様な物が出来ませんかねえ。
「確かに気にはなっていたのだ、あの不思議な魅力のある、人に近い容姿をしたモンスターと、その頭の上に出る不思議な画を」
なんでもハーキャットさんと出会ってから、写実画についてさらに不満が増していたそうだ。
ハーキャットさんは下手すれば、地上に存在するどの女性より可愛らしく見えてしまう事がある。
それは、そういうのを求めた存在が、そういう用途で作り出したモノでもあるからだろう。
現実には存在しえない、理想を求め描いたもの。
良いじゃないか紙に描くものぐらい、現実を描きたいならそのうち写真も開発される。
その先を描くものは、現実超えた、ファンタジーな作品が必要とされる。
人に親しみやすいもの、人の心に訴えるもの、その一枚で心が震えるような作品。
それらは全て、現実には存在しない、幻想的な世界から生み出される。
「絵と言うものはですね、あなたの心をそこに描くものです。それが現実的な物でありたい、と思えば写実画でも良いでしょうし、現実より可愛くしたいと言うのなら、ハーキャットさんのアニメスタンプの様な物になるのでしょう」
そのキャンパスに兄上の心の中にある物を描きだせば良いのですよ。
技術があるのならば、次に必要なのは、その技術をどう使うか。
いつだって最後に苦労するのは、どれだけ技術を会得するかじゃない。
その技術を使って何を作り出せるかだ。
「と、偉い人も仰っていましたよ」
「どこに居るのだ、その偉い人とは、そんな話は聞いた事もないぞ」
そう言って苦笑する。
「まあ、お前の言う通りだ。技術だけあっても満足のいく作品が作れなければ意味が無い」
暫くは、現実にある物を描くのは止めて空想上だけで描いてみよう。と言って帰って行く。
大丈夫ですかねえ。
写実画家が写実画以外を描くのは難しいとも聞くし。
なまじっか現実を描く事になれている分、空想上の産物は想像する事も難しいかもしれない。
と、思っていたのだが、そんな心配を他所に大ヒット作品が生まれる。
その名も『我が愛しのキャロウェイ』と名付けられた作品である。
まあ、その名の通りキャロウェイさんを描いた作品なのだが……
最初見た時、思わずブホォって吹いてしまったよ。
なんて言うか、美化されすぎ。いったいどこの女神さまだよ……
「あの……私、バーセルク様の目にはこんな風に映っているのでしょうか?」
隣で呆然として呟くご本人がいたたまれない。
「今後、何かと画と比較されそうで嫌なんですけど……」
それをオレに言われましても……
兄上に描くの止めてって言ってみたら?
えっ、ダメだった?
「あっ、でも良い事もありましたよ」
なんでも夜会で、おかしいと思っていたんだ、あんたみたいな山猿があのお方をゲットするなんて。
きっと魔法で洗脳して、あの絵の様に見えるようにしているんだろ。
とか言われて、思わず頭に来て大乱闘を起こしたらしい。
それを聞いて責任を感じてか、兄上が夜会に付いて来るようになった。
そこで、あの絵は目で見た物を描いたのではない、心の中にある物を描いた物だ。
キャロウェイがこの先、歳をとってしわくちゃになっても、私の心の中ではそれは決して変わる事は無い。
この愛と同じように。と言ってのけたそうだ。
「変わらぬ愛ですか」
「ええ、そこまで言われますと、描かないでとも言えませんし……」
テレテレな表情でそう答えるキャロウェイさん。
ほんと変われば変わる物だ。
あれほど女性に興味の無かった人が、心の中を描けと言って真っ先に描いたものが最愛の妻ときた。
キャロウェイさんと出会う前なら何を描いただろうか?
もしかしたら真っ白で何も描けなかったかもしれない。
そう思うとキャロウェイさんには感謝しかない。
これからも兄上の良きパートナーとして、支えていって欲しいものだ。




