第32階層 意味が分からないよ
「えっ、これが無料で食べ放題だって? 意味が分からないよ……」
私もここへ引っ越そうかな。と王子様が小声で言う。いや、あんたは王都から離れちゃダメでしょ。
食べ放題とは言っても材料は限られている、必ずしも欲しい物が食べられる訳ではない。
特に米は人気が出すぎて、それを買う日本円も足りていない。
その所為でダンジョン組への圧も凄い事になっている。
「ここで出さずに、外に売りに出せばかなりの稼ぎになるのになあ」
ウドゥがそうぼやく。
いやいや、食べ物の恨みは恐ろしいのですよ?
前世では、パンがなければケーキを食べれば良いじゃない、と言っただけでギロチンにされた人もいるそうですし。
あれ? ちょっと違ったかな?
「最近は商会にも少しずつお渡ししていますよね?」
「全然足りてねえよ、それに……持って帰った分は自分達で消費している」
食いもんの恨みは恐ろしいからな、と小声で付け足す。あんたもかい。
「そういや、この希少価値を利用して、通貨の代わりにしようか、とか言ってたぞ」
そんな、江戸時代の武士じゃないんですから止めてください。
前世の江戸時代とやらでは、米も通貨と同等の価値があったそうだ。
再現できるとしてもやらないで欲しいです。
米はダンジョンでしか採れないんだ、それこそ、ダンジョンが無ければ立ち行かなくなるぞ。……ありえそうな未来で怖い。
「しかし、この食堂もダンジョンに移さねえのか? すっかり冷え込んで寒いったらねえぜ」
移したいのはやまやまだが、さすがにここの設備を全部置ける様な大きなスペースは無い。
ダンジョンと言うのは、ほぼ異世界の様な物。
一階層違うだけで環境がまったく変わる事もある。
雪が吹きすさぶエリアがあるかと思えば、階段を一つ降りるだけで熱砂のエリアになったりする。
我らのダンジョンも外がどうであろうと、寒くもなく暑くもなく、いつも快適な温度が保たれている。
「ダンジョンの癖に、住環境が良い等と、それも意味が分からないよ」
「あんま言いふらすと、ここに移住したいなんて奴が続出しそうだな」
「そうなると良いんですがねえ」
コイツ分かってねえな、みたいな目で見られる。解せぬ。
事実、人は来てねえぞ。
「そりゃ……いや、何も言うまい」
そう言えば、商会の奴らはここに来たいという奴が増えて困っている、と言う。
「別に来てもらっても良いじゃありませんか?」
「来たいって言っている奴らがなあ……例のイースチルドレンの連中でなあ……あんまりココに連れて来たくないんだわ」
長年マフィアのボスを勤めていて、危機察知能力だけは高いウドゥがそんな事を言う。
彼らも昔は素直で良い子だったんですよ?
それがいつしか……人の話を聞かないモンスターに育っていった。
ある時なんか、教会の裏で火薬なんか作っていて、もう少しで建物が吹っ飛ぶ所だった。
オレ、火薬の作り方なんて教えたっけかなあ……
もしかしたら、思い出した事をメモ帳に控えていたから、どっかでそのメモ帳を見られたとか?
アイツ等、そのメモ帳を見たとしたら、一体どう思ったんだろうな……
それでなくとも、オレの知識を聞くと、すぐにそれを再現しようと無茶しだす。
そんな知識の一旦がこのダンジョンにはある。
ここへ来たら狂喜乱舞しそうだ。
リニアモンスターカーさんなど、どんな扱いになるか分かったものじゃない。
うん、ウドゥさん、あんただけが頼りなんや、頑張ってくだせえ。
「さてと、そろそろメインディッシュでもいっとくか?」
そう言ってウドゥがなにやら注文する。
届いたものは……そう、バーセルク兄上も大好きなカツ丼である。
キャロウェイさんと一緒に試行錯誤の末に出来上がった最高傑作。
先ほどの、肉・卵・米、焼き肉のタレをベースにした味付け、特に肉はダンジョン産のと~っても美味しい小麦粉で包まれている。
王子様はウドゥと並んでカツ丼をかき込んでいる。
もはやお作法などはどこにも無い。
いや、この王子様、最初から無かったな。
食べ終わった後、ゲフゥと満足そうに腹をさする。
「ここに別荘を作ったのは我が天啓! 弟に王位を譲って私はここに住むぞ!」
だから無理だって言ってんでしょ。
それに、あんたに王様になって貰わないとこっちが困るんですよ。
「料理は美味い! 住環境は素晴らしい! わずか数刻で移動が出来る! そんな最高の別荘は他には無い!!」
まあ、無いでしょうなあ。
「あとは温泉でもあれば言う事は無いね」
「ありますよ温泉、コンビニのドリンクサーバーから出ます」
「えっ、なんで? ほんとに、意味が分からないよ……」




