第117階層 ファリス・アイリーンその3
「アクレイシス女王は死んだ! という事にしようと思うのだろうが、どうだろうか?」
またしても、バカが馬鹿な事を言い出しましたね。
「もう駄目だ、もう駄目なんだよ! イース君のアクレイシス女王に対する好感度はマイナスに振り切れてしまっているんだよ!!」
「まあ、仕方ありませんよね」
「嫁さんが身に覚えのない子を身ごもったんだ、普通は一発で離婚物だな」
ガー様とウドゥが駄目押しを与える。
「ですから、さっさと白状すれば良かったのですよ。あの後すぐに説明に参りませんでしたの?」
「行ったよ! だけど、顔すら見せてくれなかった! しかも、後で話に来ると言っておきながら、今日までなしの礫なんだよ!!」
ああ、そう言えば漫画を描くのに夢中で忘れていたようですね。
本人も無意識でこの話を避けているようなそぶりもありましたし。
あっちはあっちで拗れていますからねえ。
「そこでだね、アクレイシス女王には死んでもらおうと思っている」
「どうしてそういう話になりますの?」
「ファリス君なら分かってくれるだろう?」
私ですか?
まあ、分からない事もありません。
アクレイシス女王は死んだと言う事にして、これからの人生はオキク様として過ごそうと言う事でしょう。
女王が死んだのなら堂々とイース様と婚姻が結べなおせます。
「その通りだ、だが、それにはあまり時間がない」
それは今回、クレスフィズ皇子を呼ばなかった理由でもあるのでしょうね。
アクレイシス女王とクレスフィズ皇子が結ばれた後にアクレイシス女王が居なくなればどうなるか?
女王が亡くなったとしても、王配同士の関係が変わる訳ではない。
女王不在のまま、二人で国を支えていく事になるでしょう。
そうなれば当然、帝国だって動き出す。
目の前に美味しいエサがぶら下げられた訳です。
カーラード王家の遠縁の娘でもあてがって、子を成すという偽装を装い、クレスフィズ皇子、もといサラサフィル皇女の子供を次期女王に擁立する可能性だってあります。
サラサフィルさんも、その気がある訳ですし、アクレイシス女王が居なくなれば堂々と行動にでるかもしれません。
オキクさんとの婚姻も当然、認めない事でしょう。
「皇子との婚姻前にドロップアウトしようってぇのか」
「そう、だから時間がない。だが問題は、どのようにしてドロップアウトするかという事だ」
「仮死状態にする魔道具ってのは、持ってねえのか?」
「探せばあるかも知れないが……それだと、きっと帝国にはバレる」
たとえ婚姻前だとしても、帝国にバレればどう利用されるか分かった物ではない。
「無理に死体にならなくとも、生死不明でも良いだろ?」
「そうだな、むしろ死体は無い方が良いな……ならば、黙って有人打ち上げを行って空で爆散と言うのでも……」
「そんな事を黙ってやったら、いくら温厚なイース様でもさすがにキレると思いますよ?」
どうせ好感度はマイナスなんだ、マイナス1もマイナス1000もマイナスには変わりない。などと仰る女王陛下。
そんな事はない、と何度も言っているのですがね。
マイナス好感度の人に対して、あれほど気にかけたりしません。
この女王陛下は恋愛の事になると、ほんと、てんで駄目ですねぇ。
「何? なんか、憐れまれてる?」
「しかし、わたくしは反対ですわね」
静かにガー様がそう言って立ち上がる。
「もし、逆の立場であったなら、と考えてみたことはありまして?」
そうですね、イース様が死んだと聞いただけでも心臓が飛び出すかもしれませんね。
悪ふざけにしても度が過ぎるのは確かです。
ましてや、本当に死んだ事にするなど……イース様が悲しまれるのは目に見えています。
「でっ、でもっ、イース君は私の事など、」
「さて、それはどうでしょうかね。それに、たとえ嫌いな人であったとしても、あのお方が心を痛めないとお思いですか?」
「うっ…………ならばガー様、私はいったい、どうしたら良いのだ!」
そう言って、ガー様にしがみつき涙を流すアクレイシス女王。
そんな女王陛下の頭を撫でながらガー様は答える。
「正直に打ち明けましょう。それで駄目でしたら、改めてドロップアウトするかどうか考えましょ」
「で、でもだよっ、そんな事をしてオキクさんの方まで嫌われたら、どうすれば良いんだよ!」
「嫌われませんわ、イース様は見た目通りの冷血漢ではありません」
ガー様も酷い事を言っていますねえ。
まあ、私もイース様の最初の頃の印象は、物事を数字でしか判断しない冷血漢だと思っていましたけど。
「正直に打ち明ければきっと笑って許してくれますよ、そういうお方です。そうでしょう?」
えぐえぐとすっかり幼児化して泣き付いている女王陛下。
「ここに居る皆さんで謝りに行きましょう、ほら、私達は皆、共犯者なのですから」
ウドゥが、俺も? って、言う表情をします。
いや、お前が発案者だろ?
今回の件だけで言えば、一番責任が重いのはお前だぞ。
「マジか……」
「ふ~ん、私は死んだことにするって言うのは悪くないとおもうけどな~」
「えっ、クレスフィズ皇子……」
その時でした、クレスフィズ皇子がそう言いながら部屋に入ってきます。
胸元には……例の遠くの声を聴く魔道具が取り付けられていますね。
「そもそも皆、勘違いしてな~い? 私は別にイースさんの事をそんなに慕っている訳じゃないよ。家族になる以上は、と思って努力しようとしてただけだからね。女王陛下が居なくなって、家族になる必要がなくなるなら、アプローチだってしやしないよ~」




