妨害
「……ねえ。うるさかったんだけど」
玄関を出て目の前の場所で、初芽は手すりに手をかけながら私に文句を垂れてきた
初芽は私達の姿が見えるだけでなく、声も聞こえている。
生きてた頃、初芽は霊感が強いだなんて話は全く聞いた事がなかったが、幽霊が見える。話せるということは相当な霊感の持ち主だと言える
「初芽の為に静かにする義理はないもんね!」
初芽は大きく溜息をついた
「てか、話し声聞こえてるんだから、私の身体乗っ取ろうとしたこととか、ブレスレット外そうとしたこととか全部聞こえてたから」
「……本当じゃん⁉︎聞こえてるじゃん⁉︎どうりで通じないわけだ!」
迂闊だった!そりゃあ私の完璧な作戦に対応出来るわけだ
「……相変わらず頭悪すぎ。バカは死んでも治らないって聞くけど、お姉ちゃん見てたら「確かに!」って納得しちゃうよ」
「なっ⁉︎失礼な妹だな‼︎」
姉を姉とも思わぬような口の悪さ……生前はこんな子じゃなくて、姉に甘える自他共に認めるシスコンだったのに、どうしてこうなってしまったのだろう?
「とにかくもう邪魔しないで!お姉ちゃんはもう死んだんだから大人しくしてなよ!」
「嫌だ!」
「……樹里さん。バカ姉のこと拘束しといて」
「なっ⁉︎樹里のバカ!なんでその事話しちゃうのかな⁉︎」
あんな厄介な能力のことを1番知られたくない奴に知られてしまった
「話の流れで言っちゃったんですよね。でも今回は使いませんよ」
「……樹里さん。分かってる?バカ姉にこのブレスレットの力が通じるんだから樹里さんにも効果あるんだよ?」
「分かってますよ〜。でもこの能力は多用するなと言われてるんで。私が使い時だと思った時に使います」
「じゅ、樹里様ー‼︎」
樹里が天使の遣いに見えた。……いや違う。そもそもそんな能力さえもらわなければこんなことにはならなかった
天使の皮が破れた悪魔だ
♢ ♢ ♢
私との話は終わり、初芽は食べかけの料理をまた食べ始めた
妹から注意喚起ぐらいで辞めるはずもなく、私は初芽の邪魔を続けた
湊の後ろで変顔したり、昔に大流行した芸人のネタを披露したりしたが、初芽はピクリとも表情を変えず、私のことなんて見えていないかのように湊と楽しそうに会話をしているだけだった
私の邪魔が全く通用しない……このままではまずいと感じた私は、樹里を連れて初芽に作戦を聞かれないように、2階の部屋に移った
「いい空気なんだけど……由布子さんといる時より湊が自分らしくある気がする……」
由布子さんの時は優しく接していたイメージだが、初芽に対しては素で接している気がする……
昔から付き合いがあるからか、私の顔に似すぎているせいなのか、心を許してる節がちょくちょく見受けられた
「あの……もう初芽さんが相手でいいんじゃないですか?湊さんも気を許してるように見えますし、正直今のところ1番希望のある人だと思いますけど……」
樹里の言うことは正論だ。確かにあと2年という短い期間の間に、相手を見つけようと1から探すぐらいならば、言い方は悪いが手っ取り早いのは初芽だ
私は結婚する所まで見届けたい。付き合ってから結婚に至るまでの期間だってあるわけで……
だから最低でも1年以内には恋人を作らせたいのだ
私の中での最高は2年以内に結婚。最低は2年以内に恋人を作る!湊の相手が決まらないまま、この世を去るつもりなんて毛頭ない
ただ……それでも……
「……初芽は嫌なの。死んで湊を残した分際で何言ってんの?って言われても文句言えないけどさ……」
「初芽さんのこと、嫌いですか?」
「まさかそんなわけない!大事な妹だもん。でも……嫌なものは嫌なの……」
頑なに嫌がる私を見て、樹里は溜息をついた
「……選ぶのは湊さんです。李華さんじゃないですよ?」
「分かってる……最終的に湊が初芽を大事にしたいって言うなら、私は止めない。……止められない。その時はちゃんと笑って成仏するよ」
能力を得たところで、私が出来ることなんて微々たるサポートのみ。決断するのは私じゃない。湊だ
「ただ、邪魔はやめない。どんな手を使ってでも、初芽に湊はやらない!」
「うわぁ……妹の恋路を邪魔する姉とか酷いなぁ」
「むしろ初芽は、私という障害を乗り越えてからじゃないとダメよ!」
「あ、自分で障害だって言うんだ。……それで?どうやって妨害するつもりですか?」
「ふふん!生前の私は良いものを買ったんだよね!」
私は秘密兵器を投入することにした
♢ ♢ ♢
「本当にやるんですか⁉︎」
「もう引けないところまで来てるの!」
「でもさすがに可哀想ですって‼︎」
「私もそう思ってたの!だから秘密兵器だって言ったのよ!」
能力を貰った時から、邪魔する為の手段として用意していたのだが、出来れば使いたくなかった秘密兵器……
効果は間違いなくあるはずだ
私はとある物を持って、開いているリビングの前の扉まで、その物を運んだ
昔、湊にちょっとしたドッキリとして買った限り、ずぅーっと家の押し入れにしまってあった物だ
「捨てられてなくてよかったよ。……インターバルが終わったら、湊の隙を突いて初芽の背後に回りこむ!そしてこれを使う!完璧な作戦だ!」
「……上手くいきますかね?」
「なあに。難しいことは湊に気が付かれずに初芽の後ろに回り込むことだけ!そこまで出来れば失敗する要素なんてない!」
私には成功のビジョンがハッキリと見えていた
「そろそろインターバルも解ける……あとは隙をつくのみ!」
私はそっと2人の様子を確かめた。まだ2人で食事をしていた。ただ、もう量は少ない。早めに攻めないと、2人とも席を立ってしまう
と、私は湊が調味料を取るために、目線が横に外れた瞬間を見逃さなかった
急いで初芽の背後に回り、そして……
ボンッ‼︎
「きゃぁぁぁぁ‼︎」
急な破裂音が、部屋に鳴り渡った。初芽はその音にビックリしたようで席を立って湊に抱きついた
「なななな何の音ですか⁉︎」
「お、落ち着いて……」
「だって急に破裂音が……」
「大丈夫だって。そんなに焦らないで」
「うぅ……すいません取り乱しました……」
「まああんな急に破裂音鳴ったらビックリするよね」
湊は初芽を宥めながら、抱きつく手を解いた
「どうして……どうしてこうなったのよー‼︎」
言っておくと、この作戦は失敗も失敗。大失敗だ
私が鳴らしたのは、ブーブークッション
人間のお尻から出るガスの音と似た物を鳴らす為の物だ
初芽の近くでこれを鳴らし、初芽がしたと勘違いさせて恥をかかせる。これが理想だったのに……
現実は、ブーブークッションが破れ、ただ風船が破裂したような音が鳴り、それに驚いた初芽が湊に抱きつくというシュチュエーションになってしまった
「……ああ。音の原因はこれか。でも何でこんなところにあるんだ?」
「な、何か分かったんですか?」
「うん。昔、李華が俺にドッキリを仕掛けるように買ったブーブークッションのせい。老朽化してたせいか、破裂しちゃったみたいだけど」
「ほっ……音の原因が分かって良かった……心霊現象かと思って怖かったですぅ……」
なあにが「心霊現象みたいで怖かったですぅ……」だ‼︎幽霊にパンチかませる存在のくせに‼︎
「神は初芽に味方しているっていうの……ナトちゃん許さん‼︎」
「あのお方は関係ないと思いますよ」
♢ ♢ ♢
「……あ、もうこんな時間だ。そろそろ帰りますね」
時刻は10時を少し過ぎた頃。初芽は毎週のようにここに訪れてはご飯を作っているが、一度も家に泊まったことはない。
泊めて欲しいと頼むこともない。奥手なのか積極的なのかわからない
「うん。あ、送っていこうか?」
「いつも言ってますけど、近くなので大丈夫ですよ?」
初芽はまだ実家暮らしだ。だが、徒歩で5分の位置に実家がある。湊がわざわざ実家に近いところに家を借りようと提案してくれたからだ
「それでも女の子が夜中に1人ってのは……」
「……優しいですね。でも私!空手習ってましたし、県では結構有名だったんです。多分湊さんより私の方が強いですよ?」
「……確かに」
「……もう!そこは「俺の方が強い!」って言って欲しかったなぁ」
「え……あ……ごめん……」
「……ふふ。冗談ですよ!それではまた来週も来ますね‼︎」
「……ああ」
初芽は湊に手を振りながら、玄関から出て行った
「……すごいカレカノっぽい会話でしたね」
「初芽め……樹里‼︎ここら辺に塩撒いといて‼︎」
「私達の方に被害くるんですけど……」