モテる美容師
「おはようございます」
「おはよう。今日もあいも変わらずのイケメンだな」
「ありがとうございます」
私は日課である、湊の職場見学に来ていた。湊の仕事は美容師。そして私は今、湊についていって仕事っぷりを見学しにきている。そしてついでに湊の結婚相手に相応しい相手も見極めている
結婚すれば誰でも良いというわけじゃない。浮気癖のある人。家事育児を放置しそうな人。散財が酷い人。
全員が完璧なわけがないから、多少の悪い面は目を瞑るとしても、ここら辺はちゃんとしてそうな人がいい
……あとちなみに今日は樹里は一緒に来ていない。
1週間のうち、樹里は月曜日と木曜日、日曜日の日中は、樹里はどこかに行ってしまう
何でもないと樹里は言うけど、多分樹里が幽霊として現世に残ってる理由と何か関係があるのだろう
「今日も予約いっぱい入ってるからよろしくな」
「はい」
このダンディーな顔をした人は湊の専門学校の頃からの先輩である団間 秋紀。湊の2つ年上で、この店のオーナー。湊と2人でこの店を切り盛りしていて、生前の私との面識もある
私が死んでから、湊を飲みに連れ回したりしてメンタルケアをしてくれた1人。私個人と、おそらく湊にとっても頭の上がらない恩人だ
♢ ♢ ♢
開店してすぐに最初のお客様がきた。予約していた50後半ぐらいの男性相手に、湊が就いた
「今日はどのような感じで?」
「うーむ……前回と同じ感じで頼めるか?」
「分かりました。ではまず髪を濡らしますね」
手際良く進める湊
いつもは無口でクールだが、仕事になると、お客とのコミュニケーションを忘れない
「この前いらした時に、奥様と旅行に行きたいって話はどうなったんですか?」
「おおーあれな。実は北海道まで行って温泉旅行してきたんじゃ」
「へぇー温泉!良いじゃないですか!」
愛想良く笑い、抑揚のある喋り。話題の提供。普段の姿を知る者からしたら、美容師の湊は別人だ。仕事モードの湊は老若男女から好かれる存在
私はそんな湊を見てると……
少しだけ複雑な気持ちにさせられる
「ありがとうございましたー!またお願いします!」
「おう。また来るよ」
約20分近くで男性の散髪は終わった。手際も良かったし、男性も仕上がりに満足していた
「相変わらずの手際の良さに感服するよ。そのお客に向ける愛想を俺にも向けてくれないかねぇ」
「善処します」
「絶対しないやつだねぇ」
そんな会話をしていると、次のお客がやってきた
「すいませーん。予約してないんですが、今からでも大丈夫ですか?」
髪が目元にかかっている20代後半ぐらいの見た目の男性が来店した
「湊くん。お願いしますねぇ」
「え……また自分ですか?」
「これ終わったら一度休憩挟んでいいからさぁ」
「……わかりました。では、こちらの席へどうぞ」
2人目のお客も湊が相手をすることになった
「どんな髪にいたしましょう?」
「そうですね……お任せしていいですか?」
「自分にですか?」
「はい!実は今日デートに行くんですけど、店員さんカッコよくてオシャレだし、多分僕が何か言うより任せた方が良いと思うんですよね」
「……わかりました。それではまず髪を濡らしますので、椅子を倒しますね」
♢ ♢ ♢
「……こんな感じでどうでしょうか?」
切る前のモサッとした印象と違い、サッパリとして好青年のような印象になった。
「おー!ありがとうございます!」
「いえ。デート頑張って下さいね」
「はい!」
男は店を出る前に湊に一礼し、店を出た
「お疲れ様。まだちょっと早いけど、10分休憩してきなよ」
「はい。そうします」
湊は従業員専用の休憩スペースに入り、椅子に座って一息ついた
道中に買ってきた缶コーヒーを飲みながら、携帯を触っている。
私は幽霊なので、相手のプライバシー関係なく携帯を覗き見ることが出来る。湊が今見ているのは18系サイト……ではなく、ただの電子書籍だった
文学、ミステリー、恋愛、ホラー。そして最近流行りの異世界転生。どんなジャンルにも選り好みせずに手をつけている湊。大抵は小説だが漫画もかなりの量を持っており、家の書斎に全て保管されている
今みたいな休み時間や家にいる間もずーっと読み耽っている。これは私が生きていた頃から変わらない湊の趣味の1つだ
「湊。すまんが出てくれないか」
「……まだ休憩来たばっかですけど?」
「予約客が湊をご所望なんだよ。次のお客は俺が応対するから!な?」
「……休憩+5分で飲みましょう」
「助かるなー!じゃあよろしく!」
はぁ……っと少し大きめのため息を溢しつつ、携帯を机の上に置いて職場の方へと戻った
♢ ♢ ♢
「へえ!湊くんは本が好きなんだね!」
「はい。好きですよ」
わざわざ湊をご指名した人は若い女性だった。しかも美容室に来たというのに、しっかりとヘアセットした状態での来店。湊目当ての客で間違いない
「私も読書するんだー。最近はラブコメが熱くて!」
「いいですね。自分もラブコメ読みますよ」
「そうなんだ!あっ!もしよかったら私のおすすめの本貸してあげようか?というか湊くんのおすすめ本も貸してほしいなぁ!どこかの休みの日とか空いてない?私の行きつけのカフェで交換会しようよ!」
でた……湊にとっては日常茶飯事である女性からのナンパ。この光景も見慣れたし、それに対しての湊の返答も聞き慣れた
「ごめんなさい。自分結婚してるので、女性と2人で会うのはちょっと……」
してるではなく、してたの間違いだ。私の後に湊と付き合った女性は1人もいない
「そ、そうなんだ!ごめん私ったら奥さんがいらっしゃるのに……」
「いえ。あ、でもおすすめの本は教えてもらいたいですね」
どんなに可愛くても、どんなに若くても、どんなに趣味が合おうとも、どんなにアピールされようとも湊はいつも決まって嘘を吐いて相手からの誘いを断る
もう7年間見続けてきた光景だ
私との約束を守る気はあるのかな……?
♢ ♢ ♢
19時。仕事の終わった湊は、家へと真っ直ぐ帰ってきた。
時間的に樹里ももう既に戻ってきているはず
家の扉の前で鍵を探す湊。ただおかしな点がある。
家の中が明るいのだ
扉の横にある窓から灯りが出ている。これはお隣さんの家とかではなく、湊の家のリビングの光だ
一人暮らしのはずの湊の家。部屋の電気が点いているのはおかしい
鍵を見つけた湊は扉を開けて家へと入った。家の電気が点いていることに湊はちゃんと気がついているはずだ
なのに何故躊躇いや警戒もなく入るのか。理由は湊も私も知っている
「ただいま」
「おかえりなさーい!湊さん!」
湊を元気よく出迎えたのは……私だった