父への信頼度
「おお。ここにいたか湊くんよ」
「……お義父さん」
さすがに放心状態だった湊も、身体を起こして私の父を迎え入れた
♢ ♢ ♢
「勝手に入ってすまないね。初芽から合鍵を借りて入らせてもらったよ」
「そうでしたか」
場所を寝室からリビングへと移し、湊は淹れたコーヒーを父に提供した
「あれ?湊くんは飲まないのかい?」
「今は……はい。そういう気分ではないので」
「そうかい」
お父さんは湊の淹れてくれたコーヒーをすすった
「あの……今日は何を?」
「ん?ああ……そうだった。こんなゆったりしてる暇はなかった」
父はコーヒーを飲み干し、立ち上がった
「釣りに行くぞ。今から!」
「い、今からですか⁉︎」
♢ ♢ ♢
「……釣れんなぁ」
近場の釣りが出来るスポットで、2人は釣りを始めた。2時半頃にスタートして約30分。今のところ父の竿に当たりはない
一般的には朝一の方が、波の流れ的によく釣れるらしい。そのせいの当たりの無さなのか、それとも釣り経験の無い私が知らないだけでこれが一般的なのか……
どちらにしても、特に釣りが好きなわけではないはずの父が、急に誘ったのはなぜだろうか?
「あ、また釣れた」
竿がしなりもしない父とは裏腹に、既に4匹釣った湊。父は複雑そうに見ていた
「……それで。用件はなんですか?」
「うん?用件は釣りの誘いだが?」
「本当ですか?」
「何をウソつく理由があるかね」
湊は初芽から何か聞いたのだと思っている。だから理由をつけて会いに来たのだと
「……初芽から何か聞いたんじゃないですか?」
「聞いたさ。ここ最近仕事を休んで家から出て来ないんだってね」
「やっぱり……だからわざわざ外に連れ出す口実を作ったんですか?」
「そうさ。せっかく私の休日と湊くんの休日が合ったんだ。たまには2人で出掛けようってね」
父は日本有数の大手会社勤め。休日は土日と祝日。あとは有給。対して湊は土日に休みを取ることはない。平日より休日の方が来客が多く、人手が欲しいという店側の希望によるものだ。祝日だって接客業ゆえに普通に仕事がある
そして今日は土曜日。年に一度あるかないかレベルで休みが合致。まあ湊の方は有給休暇扱いだが……
「それだけですか?」
「今日はやたら疑い深いね。なんか悩みでもあるのか?」
「いえ……別に」
父の反応を見ると、本当に何も知らないようだ。多分湊も同じように感じているだろう
「まあ今日はゆっくり話でもしようや。積もる話もある」
「……ですね」
♢ ♢ ♢
しばらくの間、2人はたわいもない話で盛り上がっていた。
本当の本当にたわいもない話で、父はここ最近家に蘭さんが住み始めたこと。そして4人でちょっとした旅行に行った時の話を、携帯で撮った写真を湊に見せながら話していた
対して湊は、美容師のお客さんとして出会った人達のことを話していた。珍しい注文をする客であったり、難易度の高すぎる注文をする客……そういったちょっとしたエピソードを語っていた
「サーモンって鮭って知っていたかい?」
「そりゃもちろん」
「私は先日まで知らなんだ……」
「そ、そうですか……」
こんな感じで1時間程度ずーっと話していた
もっと今の心境とか、現状について何か話させるようにしてほしいところではあったけど、事情を知らない父にそれを期待するのは酷だったかな……
まあカカシのようにボーッとしてた湊を気晴らしに付き合わせた部分はナイスと称えておこう
「……そうだ。聞いておきたいことがあったんだった」
父は神妙な顔つきになった
「彼女はいないのかい?」
私の中で父への信頼度が62%UPした
「……そうですね。俺なんかを貰ってくれる人がいなくて」
「いやいやいや。顔良し。気立て良し。声良し。収入良しの君が余るようなことはないだろう」
その通り。事実、引く手数多だ
「いやいや。過大評価ですから」
「現に初芽も湊くんのことが好きなのだから、1人もいないってわけではないだろ?」
「……」
湊は返事をしなかった
「……まだ李華のことが忘れられないのか?」
「忘れることは一生ないですよ」
「熱いねー。青春だねー。でもな湊くんよ。李華はもういないんだ」
「……分かってますよ。そんなこと」
父よ……湊だってそれぐらい理解してる。でも切り替えられないからこうなってしまっている。桑名が渡したボイスレコーダーが、それをさらに加速させていた
「李華との約束は守ってくれないのか?」
「なんでそれを知って……」
私も父の言葉には驚いた。病室で私と湊、2人の時に言っただけで初芽以外に口外はないはず……
「あの日な。病室の外で聞いてしまったんだよ」
「そうですか……」
「だからさ……自分の気持ちにウソをつかせてまでってのはどうかとは思うんだけど。娘の最後の願い……叶えてやってくれないか?」
父は湊に頭を下げた
「……叶えてやりたいんです。李華が死んだあの日からずーっと。ただ、どうしても心の中のどこかに李華は必ずいるんです。だから相手に申し訳ない気持ちになるんです」
虚言を吐いてるようにも捉えられる言葉。ただ私は初めて湊の本心を聞けた気がする。この言葉に偽りがないと私には分かる
「……そうか」
父は立ち上がり、ポンポンと2回湊の肩を叩いた
「寒くなってきたし、そろそろ帰ろうか?」
「……はい」
日が落ちる前だが、冬も近い秋ということもあって、外の空気は相当冷たさを増していた。着込んでいない湊を配慮しての行動だろう
♢ ♢ ♢
「結構釣れましたね」
「……全部湊くんのやつなんだけどな」
「……あ」
あからさまにショックを受ける父。湊が7匹釣ってるのに、自分は何も釣っていないのだから落ち込むのも無理はない
「……なぁ。湊くんよ」
「はい?」
「……娘を愛してくれてありがとう」
「……逆ですよ。俺が李華に言いたいんです」
「愛してくれて……ありがとうって」




