代わりに見ていたとしたら
ということで早速行動に移すことにした
美容室から出た後の桑名についていくことにした
何か弱みを握れるかもしれない。弱みさえ握れば、あとは誰かの身体を乗っ取った時にでも有効活用すればいい
「てか、やっぱり気に入ったんじゃん」
あれだけケチを付けていた髪を崩しもせず、そのまま街を歩く桑名。やっぱりただ単に湊のことが気に食わないだけらしい
「おっ!お姉さん可愛いね!」
ここで向かいから歩いてきた少し大人っぽい女性に声をかける桑名。いわゆるナンパというやつだが……
「ちょっと何こいつ⁉︎ダーリン!やっちゃって!」
「はいよ」
♢ ♢ ♢
口説こうとした女性の彼氏にボコボコにされた桑名。なぜカップルで歩いている人を口説くのか……ただのバカか、それとも女以外は見えないのか
「くっそ……酷い目にあったぜ」
その酷い目にあったのは、完全に自業自得なのだが
身体をむくりと起こして、そのまままた歩き始める桑名。私はその後ろを黙ってついていった
♢ ♢ ♢
「……何回目?これ」
尾行を始めてから2時間近くが経過。この間、ずーっとすれ違う女性を口説いては振られ、口説いては振られを繰り返していた
「数えるのも面倒だし、こいつメンタル強すぎでしょ……」
どれだけ口説いても撃沈している。私なら心が180°に折れる。メンタルの強さを競う世界大会があれば、この男は間違いなく日本代表だろう
その後も買い物したり、映画を見たりする桑名。ただし、買い物中でも、映画館の中でもナンパは欠かさない。……一度も成功していないが
そんな1人の休日を満喫していた桑名だが、すっかり陽が落ち、街灯がないと何も見えなくなるぐらい真っ暗になっていた
「……そろそろ時間だな」
無駄に高そうな腕時計を見て、そう呟いた桑名。何か用事があるのだろうか?
また歩き始めた桑名の後ろをついていくことにした
♢ ♢ ♢
桑名は住宅街の方へと歩いていた。ここら辺はお店もない。多分家に帰っているのだろう
ただ……この道沿いに湊の家がある。しかも湊はちょうど仕事が終わった頃。ばったり鉢合わせになる可能性がある
それよりもここら辺にこの男の家がある可能性があることがすごく面倒くさい……
湊の住むマンションに徐々に迫っている
「まさか……いやそんなわけないよね」
一瞬頭の中で、湊の住む場所がバレていて、家に訪れるつもりなのでは……?と考えてしまった
だがそれは杞憂だったようで、桑名は湊の家をスルーした
「はぁ……良かった……」
「あ、これか」
「⁉︎」
そう呟き、桑名は来た道を少し戻って、湊のマンションへと入った
オートロックではないマンションなので、部屋の前までは誰でも入ることが出来る。メゾネットタイプのマンションにこだわって、少しセキュリティの甘い部屋を選んだ生前の私をぶん殴ってやりたい。今はそんな気分だ
♢ ♢ ♢
もしかしたら同じマンションに住んでて、家に帰ってきただけかもと期待したが、やはりこの男は湊の家を特定したようで、まだ帰ってきていない湊を部屋の前で待ち伏せていた
「どうしよう……」
誰か近隣住民が通報してくれたらいいんだけど……そう都合よく誰か外に出てきては来れなーー
「……よいしょ」
タイミングの悪いことに、由布子さんがゴミ袋を持って外に出てきてしまった
じーっと由布子さんのことを見つめる桑名。マズい……後ろは由布子さんの部屋。このまま由布子さんを押し倒してあんなことやそんなことをされてしまうかもしれない!
「……ふっ」
なんて危機感を覚えた私だったが、この男は由布子さんの顔を見て、鼻で笑いやがった
湊に切ってもらってから少し髪が伸び、前髪は目がほぼほぼ隠れてしまうくらいになっており、顔をちゃんと見ることが出来なくなってはいるが……
この男。実に見る目がない。眼球に直接注射針を刺してやりたいぐらいだ
「……?」
不思議そうに桑名を見た由布子さんは、部屋の鍵を閉めて、マンションの一階にあるゴミ置き場に降りていった
まあ見る目がなくて良かった。というより内気な性格の由布子さんが見知らぬ人に辿々しくも挨拶出来たことに私は拍手を贈った
「……誰?アンタ」
私の背後から、今1番聴きたくない声が聞こえてきてしまった
「り、李華⁉︎」
仕事終わりの初芽が、桑名と出会ってしまった
「李華!生きてだんだな!」
「はぁ……まーた否定しなきゃなんないのか……」
頭をポリポリと掻く初芽。一瞬、初芽はコッチを睨みつけた
「違います。私はその妹です」
「妹⁉︎妹なんていたのか⁉︎」
私に私とそっくりな妹がいることは、地元では結構有名な話だ。街では美人姉妹で名を馳せていたぐらいだから、知らないのは記憶力がないからか、友達がいなくてその情報自体手に入らなかったかのどちらかだろう
「……そんなことより、ここで何を?ここは私の家ですが」
サラッととんでもない嘘をつく初芽。通い妻っぽいことしてるだけで、断じて初芽の家ではない
「え?いやいや。ここは間宮の家だろ?」
「間宮?ああ……そういえば元々そんな苗字だったっけ」
初芽にとっては、湊の苗字が間宮だった期間より、月代の方が長い為、パッと出て来なかったようだ
「確かに湊さんの家で間違いないです。でも私の家でもあるんですよ」
この妹め……平然とウソをつく。閻魔様……は見たことないから、ナトちゃんに頼んで舌を抜いてもらおうか
「……あのクソ野郎。姉が死んだら、その次は顔がそっくりな妹に手を出しやがったのか」
明らかに不満そうな表情の桑名。だがそれ以上に不満そうな表情を浮かべていたのは、初芽の方だった
「……誰をクソ野郎扱いしてくれてんの?湊さんはそんな人じゃない‼︎」
声を荒らげた初芽。こんな姿を見たのは初めてだ
「湊さんが私をバカ姉の代わりに見ていたとしたら、私の左手の薬指には指輪がついてるはずなの!でも……見てくれない。重ねて見られても私は一向に構わないのに……バカ姉の代わりでいいのに……湊さんは私を私として見てる‼︎だからクソ野郎なんかじゃない!クソ野郎なのは、勝手に決めつけるお前の方だ‼︎」
荒らげた声で文句を言い終わった後、初芽は酸欠気味になったのか、少し息切れをしていた
「……今の口ぶりからすると、あのクソ野郎と君は付き合ってないんだ?」
今の初芽の言葉を聞いて、第一声がこの言葉?私も呆れたが、それよりも初芽の表情の方が、信じられないと言った表情を浮かべていた
「はぁ……はぁ……今その話は関係なーー」
「ならさ……俺と付き合わない?」
……自慢じゃないが、私は数多く告白されてきた。1時間近いポエムを考えてきた男もいたし、自分の身体の一部を私に渡して、運命共同体になりたいと言ってきた男もいた
そんな数ある男たちよりも、この男は遥か上をいくヤバいやつだった
「……っ!キモいから離れて‼︎」
初芽は桑名を突き飛ばし、桑名は壁に身体をぶつけた
「……痛ってーな‼︎女だからって調子に乗ってんじゃねーぞ?」
桑名は初芽の腕を掴み、初芽を押し倒した
「はっ⁉︎な、何すんのよ‼︎」
「調子に乗るから弱味を握ってやろうと思ってな」
「はぁ?弱味?」
「今からお前の恥ずかしい写真を撮って保存してやるよ」
桑名はポケットから携帯を取り出した
「ひぃっ⁉︎い、いやぁぁ‼︎」
「この……暴れんな‼︎……うっ⁉︎」
「……お、お姉ちゃん?」
私はすかさず、桑名の身体を乗っ取った。さすがにこれは見過ごすわけにはいかない
「……アンタからお姉ちゃんって呼ばれたの久しぶりね。それよりもどうするか……
このまま初芽を家の中に入れて待機させるのはアリだけど、コイツが家の前から離れないと安全とは言えない。もっと確実な方法はないか……
そんな考えを巡らせる私に、完璧な策が舞い降りた
「初芽!コイツの股間を蹴って!」
男は股間を蹴られると、10分近くその場から動けなくなる現象に陥ると聞いたことがあった
「は、はぁ?何言って……」
「いいから早く!私が乗っ取ってるうちに!」
「わ、分かったわよ……遠慮しないからね」
初芽は右脚をスッと後ろに下げ、そして股間めがけて脚を振り抜いた
チーン
こんな音は実際に鳴ってない。ただ……鳴ってもおかしくない程痛かった
「はぅぁ⁉︎ふぅ……ふぅ……‼︎」
声が出ない……信じられないぐらい痛い!極度の痛みに襲われると、人間というのは声が出なくなる生き物らしい。生前ではどう足掻こうとも味わうことの出来なかった痛み……貴重な体験をした気がするし、二度と味わいたくない
私は大袈裟だと思っていたけど、これは誰もが悶絶する。耐えられる人間なんていないだろう
そんな激痛走る身体から、私は時間制限を迎えて、追い出された
「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
幽体に戻った私に、さっきまで走っていた痛みはもうない。代わりに、意識の戻った桑名は激痛に襲われ、情けない声を上げながら股間を押さえていた
股間を押さえながら丸くなる……生前はなんで情けない姿だと思っていたけど、味わった今ならそうなってしまうのも仕方がないと理解を示してしまう
「な、何しやがったこの野郎⁉︎」
悶えながらも初芽に手を伸ばす桑名。だが……その手は初芽に届くことはなかった
「……何してる?」
桑名の腕を掴んだのは、湊だった。そしてその後ろにはゴミを捨て終えた由布子さんが立っていた
「この汚い手で何してたんだ?」
桑名の腕からミシミシという骨の軋む音が聞こえてきた
「痛だだだ‼︎は、離せ!離してくれ‼︎」
「……」
湊は手を離した。桑名は股間よりも、腕の痛みの方が強いのか、腕を押さえていた
「……俺に構うのはいいけど、周りの人間を巻き込むのはやめろ」
「……うるせーよ!相変わらず鼻につく野郎だな‼︎俺はなんとしてもお前を不幸にしてやるって決めてんだよ!」
桑名は股間を押さえながらもなんとか立ち上がり、そのままエレベーターで下へと降りていった
「……ごめん。俺のせいで変なことに巻き込んで」
「湊さんのせいじゃないです。完全にあの男が悪いんですから気にしないでください」
初芽の言う通り、湊に批は全く無いと思う。恨みがあるとはいえ、あまりに非常識すぎる
「……だ、大丈夫でしたか?」
由布子さんは初芽の服に付いた砂や埃を払いながら、初芽の心配をしていた
「ありがと。大丈夫だよ」
初芽はニコッと笑って見せた
……やりすぎた。あの男は。湊に迷惑をかけているだけでも大罪だが、私の可愛い妹にまで手を掛けた
そして何よりも記憶の底に眠っていた昔のトラウマをあの男は掘り起こしたことが問題だ
笑顔を見せてはいるが手は小刻みに震えている
残念だが、看過することは出来ない。あの男には……私から制裁を下してやる




