迷惑な客
「あー……どうすれば良いんだぁ……」
頭を抱える私。幽霊になってからの悩みは全部、どうすれば湊が他の女の子に興味をもってくれるか。7年近くずーっとこのことでしか悩んだことはない
候補者は2人+α(初芽)。出来れば2人に勇気を出してもらいたいが……中々上手くいかない
由布子さんは元々内気な性格だし、蘭さんは湊の前だと素直になれないし……
この2人は、自分の気持ちを湊に伝えることに苦労しそうだ
それに対して、初芽は湊自身に好きだと宣言しているし、家庭的な一面も見せている。私の顔と声にそっくりなのも加点対象になり得るだろうから、悔しいが湊の中で1番評価が高いのは初芽で間違いないと思う
「……大人しく初芽と繋がるのを見守った方がいいのかな」
そもそもの話をすると、湊の嫁に初芽は良いと思う。家事は出来るし頭も良い。遠慮しがちな湊を引っ張れるほどの勝気な性格。顔も私に似ているから可愛い。年下であることも評価点が高いし浮気も心配しなくて良さそう
でも……初芽と湊がくっつくと、湊の横には本来私が立っているはずなのに……そう考えてしまうのだ
私の願いと矛盾を起こす行動なのは分かっているが……どうしても私が生きていたら……なんてifを考えてしまう
私が我慢すれば、私の願いは成就に向けて一歩前進する。ただ……その一歩が踏み出せないのだ
今は9月の後半。私の幽霊としての寿命はあと1年と8ヶ月……今年のクリスマスまでにはなんとかしたい……
というかイベント系はなんとか女の子と一緒にいるように仕向けたい。夏祭りだってあったのに、結局初芽と一回行ってただけだし、プールや海でウハウハなんて展開もなかった
クリスマス、大晦日、正月。節分……はいいか。バレンタインにゴールデンウィーク、夏祭りに海。ここら辺は逃したくない
直近のイベントといえば、かなり先だがクリスマスになる。誰と過ごさせるか……というかクリスマスが1番大事な行事だ
全員と過ごさせたいけど、能力をフル活用してもそんな上手くいくはずはない。良くて2人。それなら由布子さんと蘭さんにしたい
ただ、由布子さんは隣人だからなんとかなるが、現在初芽と一緒に住んでいる蘭さんを連れてくるとなると、間違いなく初芽がオマケでついてきてしまう
初芽もクリスマスを湊と過ごしたがるはずだから、大人しくしてるはずがない
「ああー‼︎考えることが多すぎる‼︎」
これだけ私が頭を悩ませたとて、所詮は幽霊。出来ることはあるけど、絶大な効果までは生み出せない
「まあまだ先だから後々考えるか……」
それよりもまず、目の前の問題を解決するのが先だ
「おいおい。なんだぁ?この仕上がりはよ」
湊が施した髪のセットに大声で文句を言っている男がいた
「こんなんで外に出歩かせる気かよ?お金も払ってんのにさ?」
この男……元々見て呉れがあまり良くない。それを湊が髪のセットをしたことで劇的に改善されているというのに、ケチを付けている
自身の思い描いていた物と違った場合、クレームが起こることは仕方がないが、この男は一切髪に触れようとしない。セットは気に入っているが、湊のことが気に食わないから、こうやって文句を言っているのだろう
「なぁ湊?どう責任取ってくれんだぁ?」
顔を近づけて湊を威嚇する男
「はぁ……どこに不満があるんだ?桑名」
そう。このクレーマーは同窓会で会った桑名 仁志。私が死んだのは湊のせいだと思い込んでいる男だ
「おいおい。俺は客だぜ?そんな舐めた口の聞き方すんなよ」
「おいお前‼︎いい加減に--」
あまりの言い草をする桑名に対して、我慢ならなかったのか、順番待ちの女性がさんが割って入ろうとしたが、湊がそれを止めた
「あん?おーお前。普通に可愛いじゃねえか。こんないけすかない男に切ってもらうより、お前に切ってもらえば良かったなぁ」
……この男は鳥頭なのか?入店した際に、わざわざ湊を指名して切らせたくせに
「はぁ?私は美容師じゃないし。そもそもその仕上がりで文句を言うなら、誰に切ってもらっても文句を言う羽目になるけど?」
「お嬢ちゃんが切ってくれたんだから文句なんて言わないよー」
「……なにそれ。気持ち悪」
この桑名という男は最近、偶然を装っては湊の前に現れ、そして文句を垂れる。湊はこんなことでストレスを溜めるタイプじゃないし、正直気にも留めていない。だから私は、湊のことを心配してるんじゃなくて、湊に関わる女の子達を心配している
今も対応を見ていれば分かると思うが、この男は『女を垂らせない女垂らし』なのだ
さっきも言った通り、この男は見て呉れが良くない。だからどれだけ甘い言葉を使おうが女の子は靡いてくれない。この女性のように気持ち悪がられるだけ
だからあの3人が万が一、この男に会うことがあっても、この男に好意を持ってしまうなんてことは微塵も心配していない
……のだが、この男。一度性犯罪で刑務所に入れられたことがあるらしい
湊が同窓会を抜けた後、私は少し同級生の現状を知りたくなったから残っていた。その時に女達がヒソヒソと話していたのを聞いてしまったのだ
どうやら逮捕されたのは20歳の頃で、そこから約7年の間外に出ることが出来なかったみたいだ
逮捕理由は痴漢。ただしその後の調べで、一度だけ身体を重ねた相手との行為を写真で撮っており、それを脅しに使っていたことが明らかになったらしい
そんな男を3人に近づけさせるわけにはいかない
でも正直な話をすると、1番近づけてはならないのは初芽だ
口ぶりから察するに、多分この男は私のことが好きだったようだし。私にそっくりな初芽を見つけたら、何をしでかすか分かったもんじゃない
初芽に忠告はしたけど、聞く耳持ってくれなかったからなぁ……
本当に厄介なことをしてくれた。ただでさえどうやって湊に嫁を持たせるかで悩んでいるというのに、別の悩みの種を持ってきやがって……
イラッときたから、私が触れる能力で一発後頭部をペシンと叩いてやったし、桑名の身体を乗っ取って、強面のオッサンに喧嘩を売ったりしたりはしておいた
……まあそれで、何かが変わるわけでもない。ただのストレス発散だ
「はぁ……じゃあ切り直すから座れよ」
「あぁ?これ以上短くされてたまるかよ!もうこれで良い。ただし、こんな髪にしてくれたんだ。お金払わなくて良いよなぁ?」
「いや……それは--」
「良いですよ」
湊が反論しようとしたところに、ずっと静観していたオーナーが話に割って入った
「代わりにもうここに来ないことを約束して頂ければですが」
「けっ。誰が2回も来るかよこんなとこによ」
そう言いながら、桑名は帰っていった
「嫌な客だったな」
「……すいませんオーナー。ご迷惑をお掛けしました」
「迷惑をかけたのはあの男だから気にしないことだ」
同窓会から2週間近くしか経ってないのに、もう既に4回の遭遇……いずれ家を特定して凸られそうな勢いだ
この問題は……一刻も早く解決しておいた方が良さそうだ




