戻りたいような……無かったことにしたいような
「お前のことは調べさせてもらった。2年生になってからの動向。そして家庭事情もね」
そして副会長を名乗る女はスカートのポケットから、メモ帳を取り出した
「ここにしばらくのお前の動向が書かれている!「昨日のお茶漬けは美味しかった!次はネギも入れてみよう!」」
「……急に何の話してるんだ?」
「……はっ!しまった……これはお前の動向を書いたページじゃなくて、私が書いた自分の料理への感想じゃないか!」
慌ててページをめくり直す副会長
「……よくも恥をかかせてくれたものだ!」
「知らないよ……俺何もしてないし。というかメモ帳と日記帳は分けて使った方がいいぞ?」
「うるさい!忘れろ!……まず初日。種島という女から告白を受けて、それにOKを出し、その日泊まりに行ったな?」
……当たっている。どうやら副会長の言葉はハッタリではないようだ
「翌日に関係解消。その日も家に帰らず、飯田という男の家に泊まった。まだまだ色々とあるが、これ以上語る必要もないだろう。自分自身のことなんだからな」
家庭事情のことまで言及はされてないけど、おそらくちゃんと知っているのだろう」
「……んで?知ったからってどうなるんだ?素行不良で退学にでもするのか?」
退学でも別に構わない。将来のことを考えれば苦労する面も出てくるだろうが、時間が出来る分、バイトとか多く入れるだろうから、現状よりは余裕のある生活が送れるはずだ
「素行不良?別に年齢詐称してホテルやネカフェに泊まったわけでもない。犯罪に手を染めたわけでもない。バイトもこの高校では認められている。退学にする理由などない」
意外と寛大な措置に驚いた。風紀を乱すとか何かしらの理由をつけて退学にさせようと考えていると思っていたから
「……じゃあ何でわざわざこんなことをしにきたんだよ」
「ん?ああ……言ってなかったな」
副会長はメモ帳をポケットに戻した
「間宮 湊。今日からウチに来なさい」
「……は?」
♢ ♢ ♢
「おかえり。李華」
「うん。ただいまー」
「それと……間宮くんね。いらっしゃい」
「……おじゃまします」
副会長の母親が出迎えてくれた
「ただいまー」
「あら初芽。おかえりなさい」
「うんー。……ん?え?誰?」
俺達の後に入ってきたのは……髪を長くした少し小さい副会長だった
「李華の同級生よ」
「お姉ちゃんの?まさかとは思うけど……彼氏じゃないよね?」
「違うよー初芽。この人はちょっと複雑な事情で困ってたから、私の家に来たんだよ?」
「……そうなんだ」
そして副会長の妹?は副会長に抱きつき、俺に敵意剥き出しの目で睨んできた
「……お姉ちゃんは私のだもん!絶対あげないから!」
舌をベーッとさせる。……取る気なんてないから大丈夫なんだけどな……
「こーら。初対面で失礼なこと言わないの。それより、お姉ちゃんの部屋に布団を運ぶの手伝って」
「……え?お姉ちゃんの部屋に泊まらせるの?」
「空き部屋がないんだから仕方ないでしょ?」
副会長の妹はこちらにギロッと睨みを効かせた
「……なあ。やっぱり帰るよ。迷惑だろうし」
「ダメよ。どうせ帰るつもりなんてないでしょ?」
見抜かれていたか……まあウチの事情を知ってるんだから、わざわざ帰るという選択肢がないことぐらいお見通しか
「……それでもやっぱりお邪魔するわけにはーー」
「お母さん」
「よしきた」
副会長とその母親は、腕を捲ってこちらへと近づいてきた
「「せーの!」」
2人は俺の腕をがっしりと掴み、そのまま中へと引き連れようとした
「お、おい!何でこんなこと……」
「何でって……帰らせないためよ。貴方は大人しく歓迎されてなさい」
「歓迎って……妹さんの反応見ただろ?迷惑してるじゃないか」
妹の方を見ると、全力で首を縦に振っていた
「初芽!そんなこと言うなら、もう一緒にお風呂入ってあげないから‼︎」
「そ、そんなぁ⁉︎」
目元に涙を溜めて嫌がっている
「ぐっ……し、仕方ない……背に腹は変えられないから許してあげるわ」
「よし!これで貴方の危惧していたことは無くなったし、出て行く理由もなくなったわね」
「強引だったけどな」
「強引でも、結果的にそうなったんだからいいでしょ?過程より結果よ」
「はぁ……分かったよ。……改めて、おじゃまします」
「……うん。それでいいの!」
……本当に変な奴だ
副会長は自身のベッドに腰掛け、俺は扉の前で立っていた
「何してるの?そこ座りなよ」
ちょんちょんと指を刺す方へ、俺は座った
「さてと、まずは色々と話をしようじゃないか」
「……家のことは何も喋んないぞ」
「いいよ。そんな話をするつもりなんてないし」
ますます副会長の意図が分からなくなってきた。どうせ家庭事情に首を突っ込んで、無理矢理にでも解決しようとしている正義感の強い奴だと思っていたが、その認識は改めるべきかもしれないな
「何の話をするんだ?」
「この部屋に住むにあたって、ルールを決めようと思ってるんだよ」
「ルール?」
「そう。さすがに何もしない人間を住まわせるほどお人好しじゃないから。掃除や料理とか手伝ってもらおうと思ってるの。洗濯物もさせたかったけど、さすがに初芽が可哀想だからね」
「その言い振りだと、お前と母親は良いみたいになるぞ」
「私らは別に良かったんだけど」
「……さすがにちょっとぐらい恥じらいを持て」
あの妹以外、感覚が狂ってるのか?
「まあそれは置いといて、料理は出来る?」
「お湯を沸かすぐらいなら」
「あれ?料理って言葉の意味を理解していない?」
「冗談だ」
「冗談か……なら出来るんだね?」
「いいや。フライパンや包丁に触れたことさえない」
「ok。料理当番は免除しよう」
今の話を聞いて、料理当番回すほどバカじゃないみたいでよかった
「だから代わりに、掃除とゴミ出し担当ね」
「それぐらいなら出来ると思う」
「よし決まり!あとはお互いの呼び方を決めよっか!」
「呼び名……か」
確かにお互いにお前呼びだと困る場面も出てくるかもしれない
「歴代の彼女には何て呼ばれてたの?」
「言い方悪いな……そうだな……」
これまで30人近くと付き合ってきたけど、呼び方は2パターンだけだ
「間宮くんか、湊くんのどっちかだな」
年上の相手にも年下の相手にも、必ずくん付けで呼ばれていた
「ありきたりだなぁ」
「呼び方なんてありきたりで分かりやすいのが1番だろ?」
「……まあそうかもね。じゃあ私は『湊』と呼ばせてもらおうかな」
呼び捨てにされた瞬間、何故だか身体がむず痒くなった。
久しぶりに敬称なしで呼ばれたからだろうか
「……今日初めて話したばっかりの相手なのに、いきなり敬称なしの名前呼びかよ」
「確かに初めて話したね。でも、これからここで暮らすんだから、これぐらいの距離感で良いと思わない?」
「……なあ。本気で住んでいいのか?」
「良いって言ってるじゃん。次また同じこと聞いてきたら、罰としてアイス奢りだから」
中々に軽い罰だ
「……分かった。じゃあ俺も李華って呼ばせてもらうよ」
「おーいいね!なんか新鮮だ!」
なぜかすごい喜ばれた
「これからよろしく!湊!」
「……おう。よろしく。李華」
♢ ♢ ♢
「あ、やっと目が覚めましたか」
「……李華?」
「残念ながら私はバカ姉ではありません。バカ姉より賢く可愛い妹の初芽です」
どうやら夢を見ていたらしい。戻りたいような……無かったことにしたいような……そんな懐かしい日々のことを
「……昔のことでも夢に見てたんですか?」
「良く分かったね」
「そんなの簡単に分かります。私をバカ姉と勘違いしたし、それに……涙が出てますから」
「……え?」
指摘されてから気がついた。確かに瞼辺りが濡れていて、目も少し腫れている気がする
「湊さんが泣くのは、バカ姉に関することだけですから。悔しいですけどね」
「……よく見てるね」
わざわざ否定したりしない。多分それが事実だから
「というか、久しぶりに思い出したけど、初芽ちゃんって李華のこと好きすぎだよな」
「……昔のことは忘れてください。黒歴史です。それに、その言葉は湊さんにも返ってきますよ」
「俺はいいんだよ……本当のことなんだから」
「……惚気なんて聞きたくないんですけど」
「ごめんごめん」
「はぁ……まあいいです。お昼用意したので食べましょう」
「うん。いつもありがとう」
「……はいはい。そのお礼はありがたく頂戴しますから、早く食べますよ」
俺はベットから起き上がり、初芽ちゃんが用意してくれたご飯を食べる為、リビングへと向かった
「……はぁ。進展してると思ったんだけどなぁ」
初芽があの部屋に盛り塩をしたせいで、入れなくされていた私と樹里。幽霊なのに壁に耳を当てて、会話の内容を聞いていた
「まだ未練があるみたいでしたね」
「うーん……忘れろとは言わないけど、昔のことを思い出して泣かれるとなぁ」
最近は吹っ切れてくれたと思っていたんだけど、そんな都合の良い話はないみたい
事態は思ったよりも深刻かもしれない




