樹里の能力
「お、お先に失礼します……お休みなさい」
「うん。おやすみ」
夜の0時を回った。予想通り、湊が由布子さんに手を出すことはなく、空いていた一室で今日は夜を明かすそうだ
湊の住むマンションは都内でも結構お値段が高めの場所。 高い理由の1つが、いわゆるメゾネットタイプだからだ
メゾネットタイプとは、部屋の中に2階が存在するマンションのことを指す。湊が住むところには、2階に部屋が2つある。といっても狭くはあるのだが……
小さな書斎部屋と最小限の家具だけが置かれた部屋があり、由布子さんにはその書斎ではない方の部屋で寝てもらっている
「早く解いてよ!」
「解きません。今日は由布子さんが帰るまでずっとこのままです」
「そ、そんなぁ!何もしないって!」
「信じられません」
「せめて体勢ぐらい変えさせてよ!」
「5秒も自由な時間与えたら、何するか分かりませんからダメです」
「5秒すら与えてくれない程、信頼ないの私⁉︎」
私が拘束されている場所は、さっきまで湊達がご飯を食べていた机の上。その天井近くで止まっている。というより止められている
「いいから解除してって!このままじゃーー」
ここで私の話を遮るかのように、テレビを見ていた湊は立ち上がり、キッチンでコーヒーを淹れだした
「ほらっ!湊がコーヒー淹れ出したって!早く解いてよ‼︎」
「えー?」
樹里はニヤニヤして私の方を見ている
ナトちゃんめ……樹里になんて能力を渡したんだ!
コーヒーを淹れ終えた湊は、私の真下にある椅子に座って、コーヒーを飲み始めた
「み、湊!み、みみみみみ湊!頼むから上向かないでよ⁉︎それかテレビ前のソファーで飲んでよ‼︎」
そんな私の懇願は当たり前だが聞こえない
湊はいつもこの時間帯になると、この席でコーヒーを飲むのが習慣なのだ
「……ん?」
湊は何かに気がついたようで、周りをキョロキョロしはじめた
「な、なんでキョロキョロしてるの?ぜ、絶対上見ないでよ⁉︎」
そんな私の願い虚しく、湊は上を見上げた。そして止まった
「……蚊か」
「蚊⁉︎」
湊は近くに飛んでいた蚊に目を奪われていたようだ
意識してやってるわけじゃないから文句は言えないけど、この姿。見える人からすれば湊は逮捕されても言い訳出来ない絵面になっているだろう
「じゅじゅじゅ樹里‼︎本当いい加減にしないと怒るよ⁉︎」
「はいはーい。仕方ありませんねー」
樹里は私の拘束を解除した
拘束が解かれた瞬間、私はサッと樹里の方へと移動した
「は、恥ずかしかった……」
「別に湊さんに見られても問題ないでしょうに」
「あのね!スカートをジーッと覗かれる恥ずかしさ知らないでしょ⁉︎あれすごく恥ずかしいんだから‼︎」
変なもので、裸は見られても平気。でも目隠しさせられた状態で、裸を見られるのは恥ずかしい。下着姿を見られても平気。ただ、スカートを覗き込まれるのは恥ずかしい
変わらないように感じるが、ちょっとした変化だけで人間は羞恥の感じ方が変わるのだ
……人間やめてるけど
「そうですか。あ、もう一回縛らせてもらいますね」
「ちょ、ちょっと待ってよ‼︎何もしないから!私のことずっと監視してていいから!」
「……本当に信用していいんです?」
「大丈夫!あのね、全く身動き取れないのってすごくキツいんだよ?」
「……わかりました。ただし約束を破ったら、3日間は拘束しますからね」
「は、はい……」
樹里に主導権を握られてしまった……こんなことならナトちゃんに樹里用の能力何か貰っておくんだった!
♢ ♢ ♢
夜の1時を回り、テレビを見ていた湊はテレビの電源を切り、1階の自室へと入っていった
「……また暗い時間になりましたね」
「だねー」
幽霊になっても、暗いところが明るく見えたりはしない
人間と同じで、慣れれば薄らと見える程度になる。
実際今、私には樹里の顔が見えていない
樹里もおそらく私の姿が見えていない
……チャンスなのでは?姿が見えないなら、私を捉える事も出来ないはず
この好機を逃す手はない。私はこっそりと由布子さんのいる部屋に向かった
わざわざ階段を登らずとも、天井を突き抜ければ一瞬で行ける。本当に便利なことーー
「い゛っ⁉︎」
由布子さんのいる部屋に上半身がでかかった頃、私はまたも縛られてしまった
「見えないと縛れないとでも思いました?私が李華さんを縛ると決めたら縛れるんですよ」
「チートでしょ⁉︎俺強えー系のなろう主人公すぎでしょ⁉︎」
私に対してだけは最強の能力を持つ樹里。
こんな理不尽なことはない。樹里はもはや私のアンチと化している
由布子さんが目の前で寝ているのに、何も出来ない……というか今の私の格好……あまりに悲惨すぎない?
「3日間。その半分埋まった状態で過ごして下さいね」
「嫌だ許してお願い‼︎」
「ダメです。約束破ったら3日拘束するって言いましたよね?」
「お願いだって!3日も拘束されるなんて今の私には死活問題なの‼︎解いてくれたら私の生前に隠してたヘソクリの在り方を教えるから!」
「私が生きてたなら、その条件飲んでたかもしれませんね。でももう死んでお金の価値は私にとっては皆無ですから」
人間には最強のアイテムのお金は、幽霊相手には最弱アイテムになってしまうのか……
「それより、李華さんって結構……」
「な、なによ?」
「派手なパンツ履いてるんですね」
「い、いやぁぁ‼︎見るなぁぁぁぁ‼︎というか暗いのになんで見えてるの⁉︎」
「湊さんが用事がなんかで戻ってきて、部屋の電気付けたからです」
「なんてタイミングの悪い男なの⁉︎」
暴れたくても暴れられない。樹里の姿は見えてないけど、ジーッと私のスカートの中を凝視されていることは伝わった
「まあでも似合ってるんでいいんじゃないですか?」
「もう最悪……」
どう抗っても抵抗出来ないことを悟った私は、無理に暴れることをやめた。疲労が溜まるだけだし
「にしても李華さんの服って何か意味があるんですかね?」
「意味って?」
「いやほら、私は普通のジーパンに安いTシャツじゃないですか?でも李華さんは真っ白の綺麗なワンピース……この違いはなんですかね?」
確かに幽霊感のない格好ではある。ただそれにもちゃんとした理由があった
「……樹里はさ。気に入ってる服とかあった?」
「うーん……特別気に入ってるのはなかったですね。それなりに服は持ってた方だとは思いますけど」
「……私のこの服は、湊から初めて貰った誕生日プレゼントなの」
「誕生日プレゼント……ですか?」
「うん。すっごい気に入ってて、ナトちゃんにお願いしてこの格好で幽霊にしてもらったの」
「……そういうことだったんですね」
私の中で、2人の思い出の品は何かと聞かれれば、このワンピースを挙げる。
そりゃあ結婚指輪だってすごく大事な物だし、嬉しさも計り知れないものだった。でもそれよりも付き合って初めての誕生日で貰ったこのワンピースが、私の中では1番大切なんだ
「……でさ?こんなちょっと感動的な話をさ?2階と1階の間に身体が埋まってる人に話させる普通?」
「それは自分のせいじゃないですか」
「私と湊の大切な思い出話をさ?樹里は顔を見て聞いてるんじゃなくて、私のお尻見ながら聞いてるんでしょ?酷くない?」
こんな醜態を晒しながら話す内容じゃないのに……
「と言われましても……あ!てことはその下着ももしかして何かの思い出の品だったりするんですか⁉︎」
「これはただの私の勝負下着だったの‼︎」
「ほうほうなるほどなるほど……」
「なるほどじゃない!いいから解いてよ!」
「仕方ないですね……今日はもう由布子さんにちょっかいかけないって約束してくれたらいいですよ?」
「本当に⁉︎するする!」
「破ったらタナトス様に李華さんを天へ帰すように言いますからね」
「やば。めっちゃ本気じゃん」
さすがに天に返されたくはないので、私は大人しくリビングに戻った
「はぁ……厄日だなぁ……」
2人にじっくりとパンツを見られてしまった……
人間時代なら2週間は引きずっていただろう
「とりあえず暗いですし、外に出ます?」
私達は眠れない。必要がないんじゃなくて、眠ることが出来ない
今は触る能力のおかげで家の電気を勝手に付けることが出来るけど、私達の勝手で湊の電気代の支払額を増やす訳にはいかない
そのかわりに私達は地縛霊じゃない。この世界を自由に飛び回ることが出来る。制限もない
その為、灯りの付いてる公園だったり、誰かのカラオケ部屋に勝手にお邪魔して、一緒に(当人達は気付いてない)盛り上がったりして夜中を過ごしている
おかげで最近の曲にも疎くない。今の私の好きな歌手は生前にはデビューしていない子だしね
なんにせよ、湊が活動しない時間にやることはない。起きるまでの間は、明るい所で私達は過ごしている
でも……そんなことをしなくとも私が新たに貰った能力を使えば解決する
「ふっふっふ。実はナトちゃんから素晴らしい能力を貰ったんだ!」
「あっ!そういえばまだあと2つも残ってるんでしたっけ?」
「そう!3つ目がこれだ‼︎」
私は人差し指を天へと掲げた。そして……私の人差し指の先が光りだした
「……なんですかこれ?」
「見たら分かるでしょ?電気だよ電気」
「え?これだけ?」
「これだけ」
「……しょっぱ」
意外にもこの能力は樹里には不評なようだ
「なんで⁉︎便利じゃん!しかもこの光は人間には見えないから万が一、湊が私の光る指先を見てもなんら影響ないんだよ?」
「便利かもしれないですけど……影響ないのにその能力は湊さんの役に立てるんですか?」
「……あ」
湊を援護する為の能力なのに夜中の時間を有意義に過ごすためだけに、私は湊に全く影響を及ぼすことのない能力を1つ手に入れたことになる
あれ?もしかして私って頭悪い?
「しかも無駄に明るさが強いのが腹立ちますね。めちゃめちゃ眩しいんですけど……」
「確かに……直視出来ないぐらい眩しい……」
正直2人でずっと話すだけの時間を設けるよりかは、どこか出かけて騒いでいた方が時間潰しにもなる
よってこの能力はほぼ無意味。返却レベルである
「……出掛けようか」
「そうですね」
私は指先の電気を消し、街へと繰り出したのだった