泊めてあげる
ホテルのチェックアウトを済ませた
ただ、まだ朝の9時で美容室に行くまで2時間近くの余裕があった
「この間どうしよう……」
カフェで時間を潰したいが、この先のことを考えると、あまりお金を使うわけにはいかない
「仕方ない……お呼び出ししようかな」
私はとある人に連絡を入れた
♢ ♢ ♢
「……その為だけに呼ばれたの?」
「そうよ」
「私のせっかくの休みが……」
私が呼び出したのは、湊さんの元嫁の妹の初芽。実はショッピングモールで会った以降、一度別でたまたま出会い、その日にアドレス交換。その後何度かご飯に行った程度の仲にはなっている
「生粋のお嬢様が家出なんて……何かあったの?」
「ここじゃなんだし、カフェにでも入らない?」
「……お金使いたくないんじゃなかったの?」
「初芽が出してくれるよね?年上なんだし」
「なんでお金持ち相手に庶民の私が奢らにゃいかんのさ……はぁ……今回だけだからね?」
「やった!」
初めて会った時の印象は最悪だったけど、今や良い友達……まではまだいけてない
……なりたいけど、好きな人を取り合う相手と友達関係なんて嫌なはずだから
♢ ♢ ♢
「で?家出してこれからどうするの?」
ブラックコーヒーを片手に、私へ質問をする初芽
「……どうしよう」
「あ、何も考えなんてなかったのね」
「どこかでマンションでも借りられたらねぇ……今はお金に余裕がないし……独り立ち出来るくらい稼げれば良いんだけど……」
まだまだ駆け出し。家なんて借りられる程の余裕はない
「ちなみに借りられる部屋とか見たの?」
「あ、昨日ホテルで見てたんだー」
「ちょ、ちょっと待って‼︎」
初芽はコーヒーをお皿の上に置いて、私の話を遮った
「え?お金ないのに昨日ホテル泊まったの?カプセルじゃなくて?」
「そうそう。そのカプセルホテルって物に泊まろうと思ってたんだけど、近くに遅くからでも受け付けてくれたホテルがあったから、そこに入ったの」
「なんて名前のホテル?」
「ラブホテルって所!」
初芽はコーヒーのカップを持つ手が震えている。お皿の上でカタカタと音が鳴っていた
「ら、ラブホテル泊まったの⁉︎」
「えっ?うん……なんかダメだった?」
「ダメだよ‼︎」
初芽は両手で机をドンッ‼︎と叩いた
他のお客さんの目が一斉にこちらに向いた
「は、初芽!他のお客さんに迷惑が……」
「そ、そうだった……ごめん。取り乱した……」
初芽は大きく深呼吸をして息を整えた
「……これ見て」
初芽がこちらに自身の携帯画面を向けた
「……っ‼︎は、ハレンチな‼︎」
「あそこはそういうとこなの‼︎」
今更ながらそんなところに1人で入ってしまっていたとは……店員さんが妙な顔をしたのはそのせいだったか……
「……とにかく、もうラブホテルには泊まらないこと。いい?」
「わ、分かってるわ‼︎そもそもこれ以降は家が見つかるまではカプセルホテル泊まるつもりだから!」
分かっててもう泊まるわけないじゃん……
「ウチで泊めてあげられたらいいんだけどねぇ。私実家暮らしだからさ」
「いいのいいの!そこまで迷惑はかけられないから」
「他に頼れそうな友達とかいないの?」
「……うん。友達は1人もいないわ」
「あ……そうなんだ……」
あ……なんか気まずい雰囲気にさせてしまった……
特別友達が欲しいってわけじゃないから、どうってことないんだけど……
「とにかくもう少しだけ話し相手になってよ」
「はいはい。ただし、追加注文はなしね?」
「え?」ピンポーン
「おいっ‼︎」
♢ ♢ ♢
約1時間半ほど初芽に付き合ってもらい、湊さんのいる美容室へ向かった
「ふぅ……よし‼︎」
私は美容室に入る前に、気合いを入れ直した
今日こそもう冷たい態度は取らない!
……態度180°変わりすぎておかしく思われるかもしれないけど!
自身で軽く頬を叩き、美容室へ入った
「いらっしゃいませ。お待ちしてました。蘭さん」
「……ふん!それより早く始めてちょうだい!」
……もうダメだ。私は呪いか精神病にかかっているんだ
明日にでも少ない予算でいける精神科か、除霊師のところに行こう……
♢ ♢ ♢
切り始めて数分。普段の私の髪と今回のテーマでは少しイメージに差がある。それでもテーマを伝えただけで完璧に仕上げてくれる。本当に凄腕の美容師だ
「そういえば、今日はあの店長さんはいないの?お客もいつもなら絶え間なくいるのに」
「ああ……今日はオーナー夫妻が旅行に行くってことで臨時休業なんですよ」
「……わざわざ私の為だけに開けたの?」
「そうですね。オーナーからも許可は頂けましたから」
わざわざ休みを返上してまで私の為に……
そういえば前回もそうだった
……前回もお礼を言えてないんだから、ちゃんとハッキリしっかり言うんだ私!
「良い心がけね!これから休みでも、私の都合に合わせるように‼︎」
……死にたい。とても死にたい
これは相当な悪霊か精神面に異常をきたす強い悪玉菌が付いているに違いない
「はい。今回みたいに電話をもらえれば、そうしますよ」
優しすぎるのよ……本当に
……っ⁉︎な、なに……?か、この感覚……また……
私はまた、ふっと意識が消えた
♢ ♢ ♢
「……あれ?また私ったら意識が……」
最近何度かあったこの現象。優秀な医者に見せたことがあるけど、異常はないと判断された
間違いなく意識が飛んでいるはず。数秒程度は……
「でも実家暮らしでしょ?大丈夫なのか?」
「問題ありません!空き部屋は何個かあるし、いざとなったら、あのお酒大好き呑んだくれおじさんに出て行ってもらいますから!」
「一家の主を追い出すのは辞めてあげてくれ……」
ウソ……なんでこんなところに……
「は、初芽?こんなところで何して……」
「はぁ?何してって……ああそうか。そりゃ状況が分からなくて当然だよね」
なんとなく初芽の言葉に引っかかりを感じた
「……蘭が泊まるところないから、湊さんの家にしばらく住まわせて欲しいって言ったんじゃない」
……え?私が?そんなとんでもないことを口走ってたの⁉︎
「一人暮らしの男性宅に、女の子を泊めるのは流石にダメだから、私の実家に泊めてあげるって言ってんの‼︎」
「あ、ありがたいけど……朝はダメって言ってたじゃん……」
「事情が変わったの‼︎」
顔をぐいっと近づけてくる初芽
「で、どうするの?泊まるの?泊まらないの?」
ありがたい申し出だ。そりゃあ湊さんの家に泊まれる可能性があるのは大きいし、せっかく私の知らぬところでそこまで話が進んでいるのだから、利用したい気持ちもある
ただ……今日の様子だと間違いなく、また悪態をつくことになる。一緒に過ごして私の評価が上がるどころか、間違いなく下降の一途を辿るだろう
いずれは好感度0どころかマイナス200ぐらいの負債を背負うことになりそう。家事も壊滅的だし……
「……お願いします」
「よろしい。湊さんもそれでいいですよね?」
「え?あ、うん。俺といるよりは気が楽で良いと思う。ただし初芽?ちゃんと親の許可は取っときなよ?」
「分かってます。まああの親が拒むことないでしょ。2回目だし」
「……確かにな」
初芽は近づけた顔を離した
「じゃあ仕事が終わったら、私に連絡をちょうだい?」
「分かったわ」
思わぬ事態になったけど、これで寝床は確保することが出来た。初芽には本当に感謝しかない
でもやっぱり……私は意識がない間、何をしてるんだろうか……
「あーもう‼︎初芽め!また邪魔してー‼︎」
私はその場で踏む意味のない地団駄を踏んだ
こっちを見てニヤッと笑う初芽。またも私の天才的な計画『身体乗っ取って、その間に事を進める』。を阻んでご満悦のようだ
「くっそぉ……まあまだ蘭さんを匿ってくれるだけマシか」
泊まる場所も提供しないまま、湊の家に泊まることは許さないとかしてたら、さすがの私でも怒っていた
「あーあ……またチャンスを逃しちゃったよ」
本当にいつになったら、私の計画は成功するんだろうか……




