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浄化



「2日見てきたんだよな?早く俺の復讐を実行してもらっていいっすか?」



次の日の夜。リビティーナ宅にお邪魔すると、空中なのに何故か足組みをして待っている広野さんが待っていた



相変わらず樹里はムスッとしてる。偉そうな態度の広野さんに内心すごい腹が立ってるのだろう



「見てきましたよ。その上で私達は貴方の復讐に手を貸すことは出来ないことをお伝えします」



広野さんの眉がピクッと動いた



「ふざけてんのか?」

「いいえ。1ミリたりともふざけてませんよ」



広野さんは拳を振り上げ、机をドンッ……と叩こうとしたが、私と違って物に触れられないので、拳は机を貫通した



「いいから俺の復讐に手伝えよ‼︎タナトスに言いつけんぞ‼︎」

「神様相手に様も付けないなんて……無礼者だね」

「いや、それに関してはあだ名呼びしてる李華さんの方が無礼者だと思いますけど」

「私はいいの」

「思考が暴君のそれですね」



話が脱線してしまったので、自ら話を線路に戻した



「……言いつけてもらって構いませんよ。こっちからちゃんとナトちゃんに事情を説明しますし」

「……何で手伝えないか教えろ」



ええ……教えなきゃ分からないのか……



「コホン……じゃあまずは、同棲してたって聞いていましたが、ただ辰巳さんの上で生活をしていただけのようですね?」

「ああん⁉︎辰巳の部屋の上で住んでんだから、同棲してるようなもんだろうが‼︎」

「お、おお……そ、そうですか……」



すごい暴論を述べるなぁ……その理屈が通るなら、マンションの住人は全員誰かしらと同棲してることになるなぁ



「それじゃあ……広野さんと辰巳さんは付き合ってたと聞きましたが、辰巳さんにそんな様子はありませんでしたが……」

「毎日のように顔を見てんだから付き合ってるようなもんだろ⁉︎」



……頭が痛くなってきた。この人と喋っていると世間の常識と私の中の常識にズレがあるのかと心配になる



「……同棲の件も付き合っていたと言っている件も、どっちも広野さんの勘違いよ。貴方達2人はただの同じアパートに住む人間ってだけで」

「んなわけねーだろ‼︎」

「広野さんの理論だと、隣に住んでた人とも同棲してたってことになるよ?」

「横と上じゃあ違うだろ‼︎」

「じゃあ付き合ってた件は?他の住人ともほぼ毎日顔を合わせてたでしょ?何股もしてたってことでいいの?」

「他のやつには、俺が目線を逸らしてたからセーフなんだよ‼︎」



私の脳が溶けていくのが感じられた

この人と話しているとIQが下がりそう……



広野さんは完全に辰巳さんと付き合っていると思い込んでいる。というより私から見れば洗脳されているようにさえ見える



これだけの論破材料があるのに、頑なに認めない……常識が通じない相手と話すのは疲れる



「えっとね……」



私がどうしようかと悩んでいると、ずっと静かにしていた樹里が行動に出た



「はっ?えっ?ちょ……」



私は身体の自由が効かなくなった



「じゅ、樹里⁉︎急にどうしたの⁉︎」



樹里は無言だった……が、私の身体は勝手に広野さんの方へと向かっていき、そして目の前で立ち止まった



「なんだよ?急に近づいてきて」

「こ、これは私の意思じゃなくて……」



そして言うことの聞かない私の身体は拳を上げ、そのまま広野さんの頬に向かって拳を振り下ろした



「ぐあっ⁉︎」



広野さんは倒れ、そのまま動かなくなってしまった……



「ふぅ……スッキリしました」



樹里が何かやり遂げた後のように清々しい表情になっていた



「いやいやいや!何してんのさ⁉︎」

「殴ったのは李華さんでしょ?」

「私もある意味被害者だわ‼︎ほら見なよ、広野さん白目剥いてるじゃん!」



口から泡も吹いて倒れている。私の腕力は全然なので、よほど良いところに決まったと見える



「やっちゃいましたね。李華さん」

「ふざけんな!こんな不正(まか)り通ってたまるか‼︎」

「まあまあ。殴ってスッキリしたでしょ?」

「……否定はしないけど、自分で殴れば良かったじゃん」

「だって触りたくなかったんですもん」

「私も触りたくなかったよ!」



というか幽霊でも気絶するんだ……また一つ教訓を得た



「……これどうすんの?」



気絶しているとはいえ、いずれ目を覚ます。殴っちゃったから怒ってるだろうし、これから邪魔とかされたらやだなぁ……



「リビティーナさん!」

「んー?呼んだー?」



違う部屋に居たリビティーナさんが勢いよく扉を開けて現れた



「この人をタナトス様の所に運んで欲しいんです!」

「この人を?何で?」

「事情は後で教えます!だから目を覚ます前に、私も一緒に早く送ってください!」

「仕方ないなぁ……李華。私が2人を送ってくる間、お留守番よろしく。夜中だし何もないとは思うけどね」

「え?あ、はい」



リビティーナは右手で樹里に触れ、左手で広野さんに触れた。そして瞬きをする間もなく姿を消した



「……何するつもりなんだろ」



気になるが、留守番を任されてしまった以上、ここから動くわけにはいかない



「明日ナトちゃんから聞けばいっか」



♢ ♢ ♢



「いやー。すまんかったのぉ。厄介事を任せて」



悪いと言いつつ悪びれた様子はない。まあ弱みを握られてるのは自分だからしょうがない部分はあるけど



「というかなんでわざわざ私に依頼してきたの?ナトちゃんならすぐ終わらせられたでしょ?」

「実はな。浄化するのが面倒だったんじゃ」

「浄化?」

「そうじゃ。悪人の魂は私の手で浄化しないといけないんじゃけど、奴がワシの前にきた日はな、とある国の刑務所で爆発があったんじゃ」



そのニュースを見た気がする。確かその国で1番大きな刑務所で、大量の死人が出たって



「浄化には、私の魔力が必要になる。でもあまりに数が多くてな。全部浄化しきれなかったんじゃ」

「それで?何で幽霊にしたの?」

「所詮は幽霊。世に出したところで特に何か出来るわけじゃない。とりあえず処遇を幽霊にして、魔力が戻ったら浄化しようと思ってたんじゃが……」

「忘れてたのね」

「……すまん。奴がワシの元を訪ねて来るまですっかり存在を忘れておった。で、放置しすぎたせいか、幽霊になって奴の想い人のことをずっと見てたからか知らんが、怨念が強くなっててな」

「怨念が強いと何か困ることがあるの?」

「怨念が強ければ強いほど、浄化にかかる魔力量は増える。だから李華に奴の願いを叶えさせ、怨念を弱めるつもりじゃったが、まさか復讐して欲しいと頼むとはな」



つまりは放置したせいで面倒ごとが大きくなってしまったということだ



「……今、広野さんは?」

「もう浄化して還したところじゃ」

「そう……」



昨日会ってた相手にもう会うことは出来ない……還るということはそういうことだ

あんなに悪態ついて、良い思い出なんて1つとしてないのにもう会うことがないと思うと少し寂しい気持ちになった



私も樹里も……そう遠くない未来で還される

そう思うと私は少し怖くなった



「面倒かけたな」

「そう思うなら能力を増やしてほしいかな?」

「さて、李華の魂を還すかー」

「ウソウソウソ‼︎ウソだから‼︎」



危なかった……寿命がリアルに1年半近く減るところだった



「ったく……能力を授けてやってるだけ感謝するんじゃな」



タナトスのこの言葉で、私は幽霊を始めてから思っていた疑問をぶつけることにした



「ナトちゃんさ。何で私には能力をくれたの?」

「なんじゃ急に」

「幽霊にすること自体珍しいんでしょ?その上能力を与えてるのって私だけじゃん?樹里のは私ほど万能じゃないし」



疑問だった。忖度なしで私だけかなり特別扱いを受けている。

今のところナトちゃんが私を幽霊にするメリットは、お菓子の運搬役ということだけ。わざわざ能力なんて与える必要がない



「……まあ理由はあるぞ。ちゃんと明確な理由がな」

「それは教えてくれないの?」

「教えん。それは李華の幽霊期間が終わった時に話してやる」



焦らされた……ただ、何か理由があるのは分かった



「んじゃ、仕事に戻るから李華は帰れ。またデザートが必要になったら呼ぶからの」

「はいはい」



私はナトちゃんと別れの挨拶を済ませ、下界へと戻った



♢ ♢ ♢



「お疲れ初芽。今回は助かったわ」



下界へと降りてきてすぐ、私は初芽の元へ来ていた



「バカ姉の感謝の言葉なんていらないから、早く教えてよ」



訪れた理由は、まだ湊の1番の好物を教えていなかったからだ



「はいはい。……実はね」

「う、うん……」

「羽根つき餃子が1番好きなの」



言ってしまった……また湊の初芽への好感度が上がってしまう……



「初芽ってば、いつも羽根を付けずに焼いてるでしょ?羽根つきにしたらすっごく喜ぶーーってあれ?初芽ー?」

「……詐欺だろ」

「え?」

「その1位は詐欺だろー‼︎」



初芽の叫び声が、街全体に響いた瞬間だった

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