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不憫者



今日も今日とて1人の湊。お仕事が休みの湊は、由布子さんの新作本を読み(ふけ)っていた



「また1人で本読んでるよ……」

「本ぐらい誰でも読みますよ」

「じゃなくてさぁ。女の子とデートとかさぁ……」



と、ここで湊の携帯に着信が入った



「お、女か⁉︎」

「彼女ではないでしょうね」



彼女でなくとも休みの日に女の子から電話が入るのだから、少しは期待させて欲しい



「もしもし」



私は電話の内容を聞き取るために、携帯に耳を近づけた



「おー湊。ちょっとお願いがあるんだけどねぇ」

「嫌です」

「内容聞いてから判断してもらえるか?」



聞こえてきたのは、湊の職場のオーナーの声だった。語尾が伸びていることで、誰かを判別することが出来た



「なんですか?」

「今からねぇ。出勤して欲しいんだよ」

「今からですか?」

「そうだよぉ。実は環凪様が来店しておられてぇ。午後の撮影用のセットを頼みたいそうなんだよねぇ」

「はぁ」



蘭さんは、あのお店に幾度となく来店するが、オーナーに髪を触らせたことはない



「お願いできるかなぁ?環凪様の相手をしてくれれば、今日はもう帰っていいからぁ」

「……休日出勤代は出ますか?」

「1時間分はねぇ」

「2で」

「足元見やがって……まあいいだろう」



電話を切り、湊は仕事用のカバンと財布、携帯を持って仕事場へと向かった



♢ ♢ ♢



職場である美容室に到着した



「ここが湊さんの職場ですか……」

「あ、そういえば初めて来るんだっけ?」

「はい。大きくはないですけど、しっかりとした内装でオシャレですね」

「まあ2人しかいないからね」



樹里は基本的に湊が仕事に行く日は、どこか別の場所に行っているので、ここに同行したのは初めてのことだ



「お待たせしました」

「……遅いわ。私も忙しい身なのだけど」

「申し訳ありません。今日はお休みをもらっていたもので」

「……そうなのね。それより早くお願いしていいかしら?」

「はい。では、こちらへどうぞ」



湊は席へと蘭さんを案内した



「さて。今回はどんな感じにしますか?」

「そうね……今回は私のイメージを全面に出す……という形にしたいらしいから、前回のゆるふわじゃなくて、クールな感じでお願いしたいわ」

「かしこまりました」



湊は作業へと入った



「……手際良いですね」

「まあね。顔も腕も良い美容師で雑誌とかテレビ局がここに撮影依頼しに来たことがあったからね」

「へぇ!有名人じゃないですか!」

「全部断ってたけどね」

「あ……なんか想像通りで安心したような……」



オーナーは最初から最後までずっと乗り気だった

オーナー的には、取材料ももらえて、宣伝にもなって一石二鳥だったのだが、当の本人が頑なに拒否

結局、無理強いするなら辞めるとオーナーに言ったおかげで諦めてもらうことが出来た



「今日も撮影ですか?」

「ええ。夕陽をバックに砂浜で撮影したいんですって」

「おー。いいじゃないですか」

「ありがちだけどね。あと、砂の感触が嫌いだからあんまり受けたくなかったのだけど」



いつも通りツンツンしている蘭さん。ただ表情は相変わらず薄らと涙目。高圧的な態度になってしまう自分に嫌気が差しているようにみえる



「あの人……泣いてません?」

「ああ……それはね……」



私は丁寧に蘭さんのことを樹里に教えてあげた



「……難儀ですね」

「でしょ?」



私と同じ意見を述べる樹里。まあ本心を知れば、いかに環凪 蘭という女性が難儀な性格をしているのかがわかる



「……はい。こんな感じでどうでしょうか」



わずか5分足らずで作業を終わらせた湊。だが、蘭さんは不満な様子だっだ



「……ふざけているの?前髪は整えてくれたけど、後ろは全く触ってないわよね?何?せっかくの休みを邪魔された私への当て付けかしら?」



湊は前髪以外に、蘭さんの髪に触れなかった



「いいえ。シュチュエーション的に風に靡く綺麗な髪を撮りたいのだと思ったので、特にすることがないんですよね。環凪さんの髪の手入れがちゃんと行き届いているので、私が変に手を加えずに、自然な感じの方が見映えがいいですよ」



……と、饒舌な口ぶりで湊は、蘭さんのセットを軽くで済ませた理由を説明した



「その言葉、信じていいのね?」

「はい」

「……そう。まあ毎回私を担当するカメラマンさんが貴方のことを気に入ってるし、そういうなら間違いないでしょうね」

「え……気に入ってもらえてるんですか?」

「そうよ。波長が合うのかもね」



湊と波長が合う人物……ぜひ会ってみたいものだ

湊はちょっと……じゃなかった。だいぶ変わり者だからね



「そうだ。いずれ言おうと思ってたんだけど、この話のついでに聞いておくわ」



蘭さんはヘアケープを外し、鏡越しではなく、湊の方を向いて言った



「貴方。私の専属ヘアメイクアーティストになってもらえない?」



蘭さんの言葉に、湊は反応……はせず、その場にいたオーナーだけが「はああああ⁉︎」と大声を上げた



「カメラマンさんの意向でね。私の事務所の社長からもokが出てるわ。そして、今貰ってるお給料の1.5倍は出すと言ってくれているの」



1.5倍……湊はそれなりにお給料を貰っている方。相当な増額になる



それに私からすれば、蘭さんとの絡む時間が増えるというメリットがある



「……遠慮します」



考える時間もなく湊は結論を出し、蘭さんに伝えた



蘭さんは断られると思っていなかったのか、少し動揺の素振りを見せた



「な、なぜかしら?」

「ここが気に入ってますし、お金にも別段困ってません。それに来月からオーナーが自分のお給料1.5倍にしてくれるんで」

「ウソ言うな⁉︎」

「……ということなんで、ありがたいお話なんですが、今回はお断りさせてください」



湊は正式にお断りの申し出をした



「……仕方ないわね。でも、今回の件があったからって私のセットをしなくなったりしないわよね?」

「そんなことはしませんが……せめて休みの日にまで引っ張り出してくるのはやめて頂きたいですかね」

「あなたの休みの日が分からないのだから仕方ないじゃない」

「なら、俺の連絡先教えるんで、来る時は教えてください」

「れ、連絡先⁉︎」



赤くなる顔をサッと後ろを向いて隠す蘭さん。そして顔を2回ペシペシと叩き、平静を装った



「し、仕方ないわね!私と連絡先を交換できることに感謝なさい!」

「はい。感謝しますね」



湊と蘭さんは連絡先を交換した



「ふ、ふん!きょ、今日もセットご苦労様!お代はいつも通りでいいわね?」

「いえ、今回はほとんどカットしていないので、ヘアセットの料金だけで問題ありません」

「……そう。また来るわ。今度はちゃんと連絡入れてからね」

「はい。お待ちしております」



蘭さんはそのままお店を出て行った



「良かったじゃないですか!また1人、湊さんの連絡先を持つ女性が増えて……って李華さん?どこに行くんです?」

「こっち来て!早く!」



私は樹里を先導し、店の外に出た蘭さんを追いかけた



「携帯を握りながらうずくまってますね。体調悪いのかな?」

「……違うよ。近くに耳を済ませてみて」



樹里と私は蘭さんの近くに寄った



「……やった!ついについにやった‼︎湊さんの連絡先を……夢みたい‼︎」



小声で喜びを露わにする蘭さん



「あれ?なんかキャラ違いませんか?」

「こっちが本性なの」



つくづく蘭さんは不憫だと感じた私だった

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