赤髪の前任者
深夜2時過ぎ。街も静まり返り、明かりが灯っている場所が少なくなってくる時間帯。そんな時間に私と樹里は街を浮遊していた
「……ここだ」
そんな中、closeという札が敷かれつつも、店の中に明かりが灯る場所があった
「ここ……この前初芽さんが持ってきたケーキの店じゃないですか」
「そうなの?」
「はい。ただ不思議な噂もあって」
「不思議な噂?」
「とある赤髪の店員さん以外の店員さんを見たことがないらしいんです」
「……1人で経営してるってこと?」
「そこまでは分かりませんが……とりあえずタナトス様直々指名が入るってことは普通のお店ではないのかもしれませんね」
私達がここに来た理由は、ナトちゃんからの依頼だった
「ここに行って洋菓子をもらってこい」。そう言われたのだ
「……入りましょうか」
「う、うん……」
私達は壁を透過して中に入った
「……誰もいない」
明かりがついていたにも関わらず、誰一人としてその場にいない
「頼まれてたケーキもお店に置いてませんよ?どうしますか?」
「うーん……ん?んんん?」
微かに唸り声が聞こえた気がした
私は唸り声のする部屋へと向かった
「ちょ、ちょっと!そんな他人の家にズカズカ入り込むのはダメですよ!」
「今更何言ってんのさ。不法侵入なんて何回したと思ってるの?実際捕まったら終身刑に処されるぐらいには入ってるんだからさ」
探検がてら彷徨うことが多い私達。侵入禁止の看板があるところでも、黄色と黒のテープが貼られているところにだって入ったことは多々ある
人間の時では入れなかった所も、幽霊になれば自由に出入り出来る。これは幽霊の特権かもしれない
「……この奧だ」
私達はまた壁をすり抜けて部屋へと入った
「臭っ‼︎な、何この匂い⁉︎」
「お、おおよそ洋菓子店からは臭ってはいけない匂いがします‼︎」
酸っぱいような焦げ臭いような……なんとも形容しがたい匂いが充満していた
「あっ!誰か倒れてます!」
悪臭の根源っぽい雰囲気を醸し出す壺の横で、倒れている赤髪の女性を発見した
「臭いにやられたんだ!一刻も早くここから出ないと!」
「は、早く身体を乗っ取って!」
私の能力である身体の乗っ取りで、この赤髪を運び出すことにした
「あ、あれ?」
「何してるんですか!事は一刻を争うんですよ⁉︎」
「は、入れないの!」
「はぁ⁉︎」
「身体が乗っ取れないの‼︎」
いつもの容量で乗っとろうとしたが、何故か乗っ取ることが出来なかった
クールタイムに入ったはずはない。最近入ったのは、昨日の夜に、入浴中の由布子さんの身体を乗っ取って、由布子さんの身体を揉みしだいたことぐらい……
「またやってたんですか……懲りない人ですね」
「だから心の声を聞くのはやめて!」
とにかくこれが直近。5分以内に能力を使ってなどいないから、入れない理由にはならない
「もう触る能力で運び出すしかないですよ!」
「に、20秒で運び出せるかな……」
私は残念ながら力がない。相手が女性といえど、地面を擦らせながら引っ張っても間に合うかどうか……
もし失敗すれば、5分間のクールタイムが発生する。多分5分もここにいたら、彼女は死んでしまうだろう
「……よし!」
私は女性の手を掴んで、引きずっていく
「はぁ……はぁ……」
「ちょっと!全然動いてませんよ!」
「う、運動不足……」
「幽霊にもその概念があったんですか……」
ピクリとも動かない。取った手を上下にぷらぷらと振り回すことしかできず、20秒が経った
「あれ……さ、触れてる?」
リミットである30秒を超えたが、未だに女性の手を掴んでいられた
「効果時間延びました?」
「そんなはずは……樹里。反対の手持てない?」
「わ、私がですか?」
触れる能力を有さない樹里には、本来触ることは出来ない。ただ能力の効果が切れた私が触れている。私の想定が合っていれば、樹里にも触れられるはずだ
「うそ……掴めた」
「よし!じゃあ早く引っ張りだそう!」
私は樹里と力を合わせて赤髪の女性を運び出した
♢ ♢ ♢
安全圏へと移動した私達は、女性の目が覚めるのを待っていた
「な、なんで触れたのでしょうか」
「多分だけど、この人は人間じゃないんだよ」
「人間じゃない⁉︎」
樹里は私の推測に驚く様子を見せた
「私達って生きてる人間には触れられないけど、ナトちゃんには触れるよね?」
「触ったことがないから知らないんですけど……」
「ええっ⁉︎頭とか撫でたことないの⁉︎」
「死の神様の頭を撫でるな‼︎」
「……まあ私達って神様とか同じ幽霊とか、そういった部類は触れるんだよ。だから私の推測が正しければ、この赤髪の女性は神様だよ。それならナトちゃんがここのお店を指定したことも納得がいくでしょ?」
「……確かに」
今まで特例で能力使わずに何かに触れることが出来たことなんてなかった。
能力を得る前なんて何も触れず、干渉できず。ただ空を浮遊して、湊を近くで見ていることしか出来なかったし
「……ぅっ……むぅ……?」
「あっ!李華さん!目を覚ましたみたいですよ!」
薄らと目を開け、自分の現状に頭が混乱している様子だ
「おはようございます」
「……おはよう。って誰?」
「普通に見えてるみたいだし、声も聞こえてるみたいですよ」
「……間違い無いね」
これでこの人が人間ではないことがわかった
……初芽のようなパターンでない限りは
「……あなた達幽霊か。てことはタナトスの依頼ね?」
「察しが早いですね」
「まあ意思を持った幽霊自体珍しいからねー。まあタナトスが死人を幽霊にしたがらないからなんだけどねー」
私と樹里は運が良かったということなのか……それとも別の理由があるのか……
「まあとりあえず、タナトスからの使者だってことは分かったよ。タナトスから何が欲しいか聞いてない?」
「えっと……とりあえずプリンは絶対100個は貰ってこいって言われました。他は任せると伝えろと」
「プリン100個ね。他は……新作でも詰めておけばいいか」
赤髪の女性は立ち上がり、そのまま奥の部屋へと戻ーーりかけたが、またすぐに戻ってきた
「……の前になんで私が倒れてたか説明してもらえる?」
♢ ♢ ♢
「そうだったそうだった‼︎」
「忘れてたんですか……」
「いや、多分臭いで頭がやられて記憶がすっぽり抜けちゃったんだよ」
それがあり得るほどの臭いだった
「なんであんなものを?」
「ふと考えてしまったのだよ。臭いってどれだけ臭く出来るんだろう?ってね。だから興味本位だよ」
……神様ってやはり人間には想像しがたいことをするのかな?
「まあとにかく助けてくれたことに感謝するよ。お詫びにこれをやろう」
赤髪の女性はポケットから瓶を取り出した
「……なんですかこれ」
「人の血だよ」
「そんなの貰っても困りますよ⁉︎」
生きてる時でさえ手元に欲しいと思ったことがないのに、血の通っていない身体になった今、さらに需要がない
「えー?綺麗な赤に染められるよ?」
「……その髪の毛。人の血で染めたものですか」
どうりで真紅の色をしているわけだ
「タナトスからデザートの見返りで貰うんだよー」
「……とにかくいりませんから!」
「そう?じゃあ今回のことは貸しということで。何か困ったことがあったら、この貸しの分を使って何か2人にお礼をしてあげるわ」
血の入った瓶より、数倍価値のある貸しが出来た
「……あ。肝心なこと忘れてた」
「肝心なこと?」
「そうそう肝心なこと。お互い名前教えてないなぁって」
「……確かに肝心なことですね」
神様という判定が出た時点で名前を気にしていなかったから、すっかり忘れてしまっていた
「私の名前はリビティーナ。タナトスの現職の前任者だよ」




