有名なモデル
「ありがとうございました」
今日も今日とて湊の職場視察。湊目当てに女性客が多数来店するが、中々湊の結婚相手候補になりそうな人はいない
由布子さんにあんなこと言った手前申し訳ないが、やっぱり他の候補者も用意しておきたい
数打ちゃあ当たる。本当はダメな作戦なんだろうけどなりふり構ってられない
「湊。休憩入れ。こっから1時間は予約ないから」
「じゃあ2時間休憩してきます」
「なんでそうなる?」
湊は休憩室に入った。朝から働き詰めだった為、お昼の2時を迎えてやっとの初休憩。男性客はオーナーが相手をするのだけど女性客はほとんど湊が相手をする。オーナーがそういう配訳をしているわけじゃなくて、客がホストを指名するかのように湊を指名するせいだ
イケメンすぎるというのも罪なものだ……
休憩室に入るとカバンから単行本を出し、朝の通勤道中に買った栄養ゼリーとコーヒーを従業員で共有している冷蔵庫から取り出した
湊の昼食はこれだけ。ダイエットしている訳じゃなくて、私が死んでからずーっとこれ。単行本片手にゼリーとコーヒーを飲んで休み時間を費やすのが湊流だ
「……あのー。湊?」
「嫌です」
「お願い‼︎相手は環凪さんなんだよ」
キタキタ‼︎久しぶりにキタ‼︎
「……わかりましたよ」
「サンキュー!座って待ってもらってるから案内よろしく」
読んでいたページに栞を挟んでカバンに戻し、ゼリーを一気に平らげて仕事場に戻った
「環凪さん。お待たせしました」
「やっと来たのね……早くお願いするわ」
この女性の名前は環凪蘭。現在22歳の大学生で、有名なモデルさんだ
綺麗で長い白髪を靡かせる姿は、まるで天使だと絶賛されていて、テレビなどでも度々取り上げられるほどの人気っぷり。
ただなぜか直接的なテレビ出演は全て断りを入れているらしい
これは全部樹里から教えてもらった話だから、どこまでが真実かは分からないけど
そんな彼女だが、この子は私の中で湊の婚約者候補2番手に位置付けている
理由は可愛いを筆頭に複数ある。ただ1つ難点があるとすれば……
「この後モデルの仕事なの。だからしっかりとした仕事をお願いするわ」
高圧的でツンツンしているところかな
「分かりました。今日はどのような感じにしますか?」
「そうね……今回の撮影はいつもの雰囲気と違ってゆるふわな感じで来て欲しいって頼まれてるから……こんな感じでお願い出来るかしら?」
手に持っていた雑誌のページを開いて、湊に見せる蘭さん
「なるほど……わかりました」
「本当に分かってるの?もっとちゃんと見たほうがいいんじゃない?」
「いえ。お任せ下さい」
「ふーん……まあこれで不出来だったら怒るから」
湊を相手にこれだけツンツンしている女性は初めて
……一応は
♢ ♢ ♢
「へぇー。やっぱりこう聞くとモデルの仕事ってすごく大変なんですね」
「当たり前じゃない。最高の状態を撮ってもらうためにこうやって髪をセットしたり、食事を抜いて身体を絞ったり。大変なことばかりよ」
悪態を付かれると分かっているはずだけど、湊は会話を弾ませている
「でもそれを続けてらっしゃるということは、やっぱりモデルのお仕事が好きだからですか?」
「そうね。幸い美貌はあるし、私の場合は食事制限しなくても太らないから比較的楽な方ね」
おぉ……他の女の人が耳にしたら怒号を浴びせられそうな発言……でも美貌に関しては文句のつけどころがない
私よりちょっと下ぐらいだから相当なものだ
その後も会話をしつつ髪を整える湊。蘭さんの態度は軟化することはなかった
「さすがにこのままじゃなぁ……」
私的には湊のお嫁さんに相応しく見えているけど、湊からすれば態度の悪いお客さん。今のままではどう転んでも蘭さんと湊がくっつく未来は見えない
「私が一肌脱ぐしかないか!」
こういう状態を打開するために私は能力をもらったんだから、使わない理由はないよね!
♢ ♢ ♢
「出来ました。こんな感じでどうですか?」
今だっ‼︎
「そうね……いいんじゃはぅ⁉︎」
私は蘭さんの身体を乗っ取った
「ど、どうかしましたか?」
「……素晴らしいです!」
私はヘアケープ(散髪時に付ける髪が衣服に付着しないように付けるやつ)を外し、湊に抱きついた
「か、環凪さん⁉︎急にどうしーー」
「感服です!完璧な仕上がりです!さすが湊ですね!」
「……え?今……湊ってーー」
やばっ……私の癖が。気をつけないと私が乗っ取ってるって気がつか……れるわけないか
「特にこの前髪は素晴らしいです‼︎そのえっと……えーっと」
私はおしゃれに疎いから全然良さを伝えられない。モデルの蘭さんがわからないはずないのに
「か、環凪さん?」
「と、とにかく素晴らしい出来です‼︎こんなおしゃれにしてくれたお礼に、私とけっこーー」
ここで身体から強制的に追い出されてしまった
「……へっ?はっ?えっ?な、何して……」
身体を取り戻した蘭さんは、湊に抱きつく現状に理解が追いついていない様子だった
「えっと……環凪さん?」
「……っ‼︎お、お会計‼︎早くお会計させてもらえます⁉︎」
「な、ななななに抱きついてるんですか⁉︎」
「いや、そちらから……」
今の状況を飲み込めずに混乱している様子。やっぱり誰でもこうなるよね
「も、もういいです!早くお会計をっ」
蘭さんは湊から離れ、ポケットから財布を取り出した
「待ってください!まだ毛とか落としてませんし」
「あとで落とすので構いません!」
「良くないです!それ込みで私の仕事ですから」
「うっ……」
「最後までちゃんとさせて下さい」
「わ、分かったわよ……」
湊の説得に応じ、蘭さんはもう一度席へと着いた
♢ ♢ ♢
首元などについた髪を払った。セット前の大人びた見た目からゆるふわ?へと変身を遂げた蘭さん。
「お会計6000円になります」
蘭さんはちょうど6000円を出した
「6000円ちょうどですね」
「今日のことは忘れて。いい?」
「分かりました」
「……ありがとう」
蘭さんはそのまま、店を後にした
私はそのまま少しの間だけ、蘭さんについていくことにした。多分良いものが見れるから
♢ ♢ ♢
店から少し離れた場所の電柱近くで蘭さんは真っ赤に染まった顔を押さえながらうずくまった
「はぁぁ‼︎なんで抱きついてた⁉︎なんで抱きついてた⁉︎」
顔を手で押さえて、大声を上げていた
「いつの間にあんなことしてた⁉︎気持ちを悟られないようにする為に誤魔化してたから自分の中で何かが爆発したの⁉︎だからあんな奇行に走ったの私は⁉︎」
この発言から分かる通り、この子も湊のことが好きである
普段は良くも悪くも普通の女性。ただ湊を相手にするとツンツンするのだ
俗に言うツンというやつ。デレがないのが致命的だけど
好きな相手に素直になれない厄介な性格。でもこれが私の癖に刺さった。
そんなうずくまる蘭さんに男の影が近づいてきた
「させるか‼︎」
私は話しかける前にその男の身体を乗っ取り、その場から全力ダッシュして、蘭さんから遠ざけた
憔悴した所に優しく声をかけられると、女は落ちやすい。昔見た漫画でそう書いてあったのを見たことがある
この男が蘭さんにどんな意図で近づこうとしたかは知らないが、蘭さんが湊以外の男を好きになられては困る
「っとと。悪く思わないでねー」
男の身体から追い出され、私は急いで蘭さんの方へと戻った
「……あー。遅かったぁ……」
未だにうずくまっている蘭さんは、3人組のチャラそうな男に囲まれていた
「お嬢さーん?大丈夫ー?」
4人のリーダー格っぽい男が、蘭さんに声をかけていたが、蘭さんはそのことに気が付かずにずっと何かぶつぶつと呟いていた
「この女無視してやがりますよ‼︎」
「人が心配してやってるのに無視とはいい度胸だなぁオイ」
「もう無理矢理連れて行きます?」
「まあそれでもいいかもな」
マズイ……乗っ取りはさっき使ったせいでまだインターバルがある。そもそも1人にしか乗り移れないから意味を成さない
このままでは、蘭さんが連れ去られていかがわしいことをされてしまう……
「どうしよう……あっそうだ‼︎」
賢い私は、素晴らしい作戦を思いついた
「よし。こいつを連れてけ」
「「へい!」」
蘭さんに触れようとした男の1人の右手を掴んだ
「な、なんだ⁉︎」
「ん?どうした?」
「いや……なんか右手に掴まれてる感覚が……」
「あん?お前何言ってーー」
バチンッ
リーダー格の言葉を遮るように、掴んだ男の手でリーダー格の男にビンタを炸裂させた
「……おい。これはどういう了見だ?」
「ちちち違うんです‼︎手が勝手に動いたんすよ‼︎」
「んなわけあるかよ‼︎実際なんも掴まれてねーじゃーー」
バチンッ
またも言葉を遮るように、リーダー格の頬にビンタをお見舞いした
「……覚悟は出来たんだろうな?」
「すっ……すいませんでしたぁぁぁぁ‼︎」
私が手を握った男はその場から全力ダッシュで逃げていった
「待ちやがれ‼︎このクソがよぉぉ‼︎」
「あ、兄貴!この女は⁉︎」
「そんなことよりアイツに制裁加えるのが先だぁぁぁ‼︎」
「ま、待ってくだせぇよ兄貴ー‼︎」
3人は蘭さんの元から去っていった……
「はぁ……まあこうなる原因作ったのは私だし、仕事場着くまでは見張っておきますか……」
さっきみたいに襲われても困るからね




