少し信じられない話
「さてと……とりあえずお話ししませんか?」
書斎で2人きりになった由布子さんと初芽
初芽は由布子さんに逃げられないようにするためか、扉側に位置取っていた
「お、お話しと言われても……」
「名前は聞いたので、年齢を教えてもらっていいですか?」
「に、23です」
「ちっ。私の方が歳上か……」
由布子さんにも聞こえるほどの音で舌打ちをする初芽。どうやら自分より若い女が湊を狙っていると知って、舌打ちしたのだろう
「私の方が年上だから敬語はもうやめる。次の質問ね。好きな料理は?」
「え?えっと……オムライスですかね」
「ふーん。じゃあ好きな色は?」
「色?色は……白ですね」
「あっそ。じゃあ次ーー」
「ちょ、ちょっと待ってください‼︎」
怒涛の質問責めをしてくる初芽を由布子さんは言葉を遮り、なんとか止めた
「……なによ」
「なんでそんな質問をっ?ひ、必要ありますか?」
「あるよ。親睦深めるってなったらまずは相手のことを知らないと」
「じゃ、じゃあ私も質問させてください!」
「……仕方ないなぁ」
初芽は渋々了承した
「ま、まずは名前から」
「さっき湊さんが言ってたの聞いてなかったの?」
「みょ、苗字まで聞いてませんから」
「……月代 初芽」
「月代さんって、何で湊さんと同じ苗字なんですか?」
「複雑だから、あんまり聞かない方がいいよ」
「わ、分かりました」
湊の苗字は、元々私の苗字。婿養子なのだ
「次の質問は?」
「あ、えっと……ね、年齢は?」
「24。あなたの1つ上」
「す、好きな食べ物は?」
「湊さんの料理」
ここで初芽が宣戦布告とも捉えられるような発言を由布子さん相手に放った
「わ、私も湊さんの料理好きです」
「さっきはオムライスって言ったのに?」
「あ、あれば言葉の綾です。料理と聞かれたので料理名を答えたんです。そんな抽象的で大々的な物をあげていいとは思わなかったので!」
意外にも由布子さんは初芽に対抗している。押せ押せムードになると、言われっぱなしで縮こまるのかと思っていたが、思いのほか気が強いのかな?
「……次の質問は私ね。湊さんのこと……どう思ってるの?」
初芽はさっきまでとは比べ物にならないぐらい鋭い質問を投げかける
「……聞かないと分かりませんか?」
「いいや?念のためにね」
「……好きです。大好きです」
知ってはいたが、由布子さんの口からその言葉が聞けて良かった。これからもどんどん手助けさせてもらおう
「……そうですか。なら仕方ない」
初芽はそういうと、後ろのポケットから、カバーのついたハサミを取り出した
「なるべく痛くしないので……動かないで、騒がないでね?」
カバーを外して、刃先を由布子さんに突きつけた
「ひっ!な、何をっ⁉︎」
「……あんまりこんなことしたくないけど、湊さんを狙おうって言うなら……こうするしかないの」
なんて極端な理論を展開するんだ。ウチの妹は……
「や、やめてください……お、大声出しますよ?」
「出した瞬間……刺す。私は社会的に終わるけど、あなたは人生が終わるよ?」
「……どっちにしても死ぬなら、私は叫びます」
「まあまあ……死ぬかどうかはこの質問の返答次第だよ」
ジリジリと詰め寄る初芽
「ど、どうするんですか⁉︎このままじゃ由布子さんは私達側になってしまいますよ⁉︎」
「ど、どうするっても……」
身体に触れられないし、乗っ取りも出来ない。私の説得でどうにかなるはずもない
「……質問ってなんですか?」
「簡単なこと。湊さんを諦めなさい」
初芽は、由布子さんの顔の近くにハサミを突きつけた
「初芽め‼︎我が妹ながらなんて下衆なの⁉︎」
恋を諦めるか自分の命か……初芽はそんな選択を由布子さんに強していた
ただし、誰もが前者を選ぶ選択肢を……
しばらくの間、両者に沈黙が走った。だが、贄を切らした初芽が由布子さんに問う
「……答えて」
「……諦めません」
由布子さんは、誰しもが選びたくとも選べない方の選択肢を取った
「……死ぬよ?いいの?」
「死にたくないです。死んでしまったら、それは諦めたと同義なので。だから今から少し信じられない話をします」
「信じられない話?」
初芽は首をかしげた
「……李華さんに、湊さんの嫁は私が良いって言われたんです‼︎」
……良かった。湊には聞こえてないみたいで
ちょっと大きい声で主張するから、湊に聞こえたらどうしようかと思った……
「はぁ……クソ姉め。余計なことを……」
「え……し、信じるんですか?こんなこと言い出した私が言うのは変ですけど、相当頭がおかしいことを言ってますよ?」
「信じるも何も、そこにいるからね」
初芽は私達の方に指をさした
「えっ、あ、あそこにいるんですか?」
「そうだよ。バカ姉と、もう1人樹里さんって人がそこにいる」
樹里のことはバラしてないのに……不都合ないから良いけど
「それより……バカ姉よ。よくも邪魔してくれたな」
「私はこの人を湊の嫁にするの!邪魔なのはそっち!」
「び、びっくりした……」
毎回そんなつもりはないんだけど、どうしても突然声だけ聞こえる状態になっちゃうから驚かせてしまう
「そもそも何でこの人がいいわけ?」
「可愛いから‼︎」
「か、かわっ⁉︎」
顔を真っ赤にする由布子さん。この顔……ノーベル賞物だ
「……ずいぶん安っぽい理由ね。可愛さなら、バカ姉と変わらない私も可愛いはずだけど?」
可愛くないわ‼︎って言ってやりたいところだが、そうなると自分の顔も否定することになる
しかも残念ながら私は超美人だから、顔の変わらない初芽も超美人だ
「初芽はダメー!私よりちょっとブサイクだからー!」
「はぁ?病気になる前は私より2kgも重かったくせに」
「な、なんでその事……」
「バストも今じゃ私の方が4㎝デカいし。なのに私より重いとか……顔まわりに無駄なお肉が付いてたんじゃないの?ちょっとポチャ顔のバカ姉の方がブサイクだね」
「か、顔じゃなくてお尻に栄養が行ったんです〜!小ぶりのお尻より大きいお尻の方が需要があるって私調べで出てるもん!」
「信用ならない調べね」
ひたむきに隠していた体重をなぜか知られていた。いつの間に見られてたんだろう
「……まあバカ姉が妨害したところで、私が湊さんの嫁になることに変わりはないから。あと、他の女性も候補に入れてるの知ってるからね」
「えっ……ほ、他の女性って……?」
「さっきからこのバカ姉は、由布子さんに肩入れするみたいな発言してるけど、まだ何人か他の女も候補者にしてるのよ」
「そ、そうなんですね……私だけじゃなかったんだ……」
未来のお嫁さん候補にに悲しい顔をさせてしまった
「ちなみに他の候補者って何人程度いるんですか?」
「今のところは2人かなぁ?まあでも安心して!湊に言い寄ってくる人ってすごく多いけど、湊自身が断るか、断られてもしつこく迫る人には、私が近づかせないようにしてるから!」
「な、何も安心出来ないんですが……」
由布子さんが焦る気持ちも分かる。私という枷がなかったら、湊はとっくに結婚していてもおかしくないのだから
「……ま、バカ姉がなにしようが湊さんは私と付き合うから問題ないけど」
初芽は由布子さんに突きつけた刃物をそっと下ろした
「こ、○さないんですか?」
「ん?○してほしかった?」
由布子さんは全力で首を横に振った
「ただ脅してみただけ。本気で○すつもりなんてないよ」
「なんで由布子さんを脅したのよ」
「あの程度の脅しで諦めるなんて言い出してたら、湊さんへの想いはその程度だったってこと。私は試したんだよ」
あの程度って……命がかかっていたのだから、相当重みのある脅しだったと思うが……
「……負けないから」
初芽は小さくも迫力のある声で、宣戦布告を出した
「わ、私も負けません!」
お互いに火がついた様子
「樹里。由布子さん逞しく見えない?」
「そうですね。へっぴり腰なの除けば」
「え?あ、本当だ。すごいくの字になってる……」
でも自信はこれからついてくるはず。今はまだこれでいい




