死んだはずの……
「んっ……ふわぁぁぁっ……」
まだ寝たいという欲望を振り払うように瞼をこする
「朝ご飯用意しないと……」
お世話になっている湊さんの為に少しでも役に立ちたい。そう思って昨日の夜に思いついたことだった
……勝手に冷蔵庫の食材使っていいか聞いてないけど
「……というか今何時なんだろ」
朝7時にタイマーは設定したはずだけど、聞こえてこなかったから多分6時だとは思うけど……
私は携帯で時間の確認をした
「……え?」
あまりの衝撃に携帯を手から溢れた
「11時?うそだ……」
10時57分。昨日私が眠りについたのは0時過ぎだったから、11時間も寝たことになる
いつもは大体6時間ぐらいで目が覚める。タイマーさえちゃんと鳴っていたら、私はスッと起きられるタイプなのに……
ちゃんと作動した形跡はある。その上で私はしっかりと寝坊してしまった
仕事でもないし、元々湊さんに朝ごはんを作ると約束したわけじゃなかったけど……すごい罪悪感がある
「はぁ……幸先悪いなぁ」
とりあえず乾いた喉を潤す為に、私はキッチンに向かった
「湊さんは……やっぱりいないよね」
物音1つしない部屋。……そんな中、私はテーブルの上に書き置きがあるのを見つけた
内容は「仕事に行ってきます。お昼ご飯は冷蔵庫に炒飯を置いておくのでよかったら食べてください。外出する際は、この鍵を持っていって下さい。あと朝一に編集担当さんが由布子さんの荷物をまとめたカバンを持ってきてくれたので、ソファーの上に置いておきます」とわざわざ長々と書いてくれていた
「……優しいなぁ。朝の忙しい時間にこんなにしてもらっちゃって」
私が朝ちゃんと時間通りに起きていれば、口頭で済んだのだから余計に罪悪感が強まった
鍵はこれ。カバンは……このリュックかな?
私のじゃないけどソファーの上に置いてあるので、多分これで合ってる
「私服にパジャマ……はある。歯ブラシも。あとは下着だけ……ど……」
見る人によっては痴女に間違われてしまってもおかしくないような際どい下着が
「私こんなの持ってないのに……ていうかこんなの着れないよ……」
私はその下着をそっとカバンの底へと隠すように押し込んだ
「……ちょっと早いけどご飯にしようかな。せっかく作ってもらったし」
書き置き通りに冷蔵庫に入った炒飯を取り出し、レンジで加熱した
「いただきます」
♢ ♢ ♢
「ごちそうさまでした」
相変わらずすごい美味しかった。塩加減といい焼き加減といい今回もお店と遜色ないクオリティだった
食器を洗って乾燥器に入れた。そして私は食べてる間に思いついたことを早速実行することにした
「……よし。掃除しよう」
私が借りている部屋。2階にあるという書斎。お風呂。トイレ。リビング。湊さんの部屋以外全部!
♢ ♢ ♢
「綺麗すぎて掃除するとこ見当たらない……」
お風呂掃除が終わって私の借りている部屋に掃除機片手に戻ってきたんだけど、埃がほとんどない。窓もピカピカ。
他の部屋も同じで、私が寝てる間にハウスキーパーの人でも来た?と疑うぐらいやることがない
これじゃ湊さんの役に立てたなんて到底いえない
「なら洗濯物を……!」
……空っぽだった。というかよく見たら湊さんの服がベランダに干されてある
私のは自分で昨日のうちに洗って部屋干ししてある
私は頭を抱えた
家のことはほとんど終わっていて、何もすることがない
「私は……一体どうすれば……」
「何かお悩み事かなぁ?」
「ひぃあああぁぁぁ⁉︎」
多分、過去1番大きな声が出たと思う
「どもども!昨日ぶり!」
「り、李華さん⁉︎」
もしかしたらもう話しかけられることは無いかもって思ってたけど……そんなことはなさそう
「悩んでるねぇ。湊の為に出来ることは何か考えてるねぇ」
「う……そ、そうですね……」
「ふふん!ここはこの私が湊がしてもらって嬉しいことを教えてあげようじゃないか!」
「ほ、本当ですか⁉︎」
こんなに頼もしい言葉はない。だって湊さんのお嫁さんだった人なんだから!
「それじゃあ早速教えてください!」
「任せて!まずは……まずは……?」
「まずは……どうするんですか?」
「……どうしたらいいんだろ?」
「ええー⁉︎」
思わずバラエティー番組のようにズコーッとこけそうになった
「ごめん!もうすぐインターバルに入るから、その間に考えておくから!」
……なんか不安になってきた
♢ ♢ ♢
「ダサかったですねー。今の」
「うるさいよ‼︎樹里も考えて!」
「いや……元嫁の貴方が思いつかないのに私が思いつくわけないじゃないですか。湊さんを10年近く見てる李華さんと違って、私は半年しか見てないんですから」
「それでも捻って!空になりかけの歯磨き粉を搾り出すぐらい頭を捻って!」
「物理的に無理なこと言わないでください」
あれだけ由布子さんの前で啖呵切ってしまったから、もう後には引けない
私の樹里は5分間、必死に湊の好きな物などを考えた
湊はクールだけど、優しくて世話焼きなところがある。自分よりも他人優先で、あまり物欲がない
趣味も読書ぐらいだし、食にもお金をかけない。衣服も安い店でしか買わない
ただ……必死に考えた結果、私の中で2つの案が出た
1つは、存在するならば確実に喜んでもらえる物
2つ目は、私が生きてた頃に湊にしてあげていたことだ。ただ、こっちに関しては湊が喜んでいたのかどうかは定かじゃない
「……これしかない」
♢ ♢ ♢
「お待たせしましたー!」
「あ……李華さん」
「ちゃんと案を考えてきたので、その2つ実行してください!」
「は、はい!」
安請け合いしちゃったけど大丈夫かな……
♢ ♢ ♢
「ただいま」
「お、おおおかえりなさい。湊さん」
湊さんは仕事が終わって家に帰ってきた
「由布子さん……その格好は?」
早速私の変化に気がついてくれた!……って当たり前か
「え、えっと……家に泊めて頂いてるので、晩ご飯ぐらい作ろうかなって……あーでも!湊さんほど美味しい物は作れなかったんですけど……」
「おー、それはありがとうございます。今日はちょっと仕事が忙しかったので、ご飯を作るのが億劫だったので嬉しいです」
「それなら良かったです!」
手料理を振る舞う。これは私の考えていたことで、由布子さんの案じゃない
荷物を自室に置いた湊さんは、そのまま料理が並んだ机の椅子に座った
「これは……初めて見る料理です」
「にゅうめんって言う料理です。確か奈良の郷土料理だったと思います」
そうめんを温かい出汁で食べる料理。お手軽に作れて、失敗しなさそうだったのでこれに決めた
「私、元々関西出身で奈良に行くことも結構あって、その時に食べたにゅうめんがすごく美味しくて作ってみました。普段作るような物だと、湊さんの味の方が上なので、だったら食べたことのない物を食べさせてあげようって思ったんです」
「そうだったんですか……料理名は聞いたことはありましたけど、食べるのは初めてです。食べてもいいですか?」
「ど、どうぞ……」
「いただきます」
細い麺を箸で掴み、湊さんは一気に啜った
「美味っ。これ美味しいですね!」
「……っ良かったです!」
「そうめんっていつも冷たい状態で食べてましたけど、温かい状態でもすごく美味しいです。出汁もちょうど良い味の濃さでハマりそうです」
湊さんは美味しそうに食べ進めてくれた。それが嬉しくて仕方がない!
♢ ♢ ♢
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「よ、喜んでもらえてよかったです」
思いの外好評で、作った分全て完食してくれた。まああっさりした料理だから全部食べないと足りなかったからっていう理由もあると思うけど
「あ……そういえば料理作ってくれたのは嬉しかったんですが、肝心の原稿の方は……」
「あ、それなら心配ないですよ。あと5ページ分ぐらいまで書き進められたので。ちょっと締め方に手間取ってますけど、全然間に合うと思います」
「そうなんですね」
「最初はこんなことじゃ変わらないと思ってたんですけど、ちょっと環境変えてみたらすごく効率があがっちゃって……やっぱり少しの気分転換って大事ですね」
ここに来る前とはずいぶんとペースが上がった。代わりに考えることが増えて頭がパンクしそう……原稿上がったら2日ぐらいじっくり休みたいと思う
「こんなところで良ければ、また原稿がストップしたら来てもらっていいですよ?」
「そんな迷惑かけられませんよ!次はちゃんと事前にどこかホテルか旅館取ります!」
「確かにそっちの方が効率が上がるかもしれませんね」
……あれ?意外と私、湊さんとちゃんと話せてない?
ここに李華さんから頂いた2つのアドバイスを実行すれば……
湊さんも少しは私を意識してくれるんじゃ……?
「あ、あの!」
「なんですか?」
「あ、えっとぉ……あのその……」
ヤバい……急に緊張してきた。これ言うの?付き合ってもないのにこんなことしていいの?
「なんかモジモジしてるけど大丈夫?」
「ふぇっ⁉︎も、モジモジなんてしてませんよ?」
「そう?ならいいんだけど……それでなに?」
「あっ、あ、いえその……何でもないです……」
私のバカバカバカ‼︎せっかく私も流れに乗ってるって思えてたのに!自分からチャンス潰してどうすんのさ!
完全にタイミング失っちゃった……どうしよぉ
「はぅ‼︎」
また……だ。また私……意識が急にーー
♢ ♢ ♢
「あれ……私何してえぇぇぇぇぇぇ⁉︎」
「ど、どうしました⁉︎」
目が覚めると、私の膝の上に湊さんの頭が置かれていた
状況の整理が出来ない……また例の意識を途端に失ったのは覚えてる。でも何でこんな状況に⁉︎私が意識ない間になにがあったの⁉︎
で、でも!これは李華さんからもらった案を活かす絶好期!恥ずかしいけどここでやらないと!
「な、なんでもないです!」
「な、なんかこのやり取り多いですね俺達」
「た、確かに!」
右手には何故か耳掻きも手にしてる。あまりにお膳立てが整いすぎてる。多分……じゃなくて確定で李華さんが喋ったり触ったりする能力と同じで、私の身体を乗っ取ってるんだと思う
本来なら私が勇気を出してこの状況を作り出さないといけなかったのに、李華さんがアシストしてくれたんだ
頑張るしかない!昔親にやってあげてたから腕は大丈夫なはずだから!
「そ、そそそそれでは早速始めます!」
「よ、よろしくお願いします」
……落ち着いていこう。傷つけるわけにはいかないんだから
……あれ?
「……見えない」
胸が邪魔で湊さんの耳が見えない
「も、もうちょっとだけ膝の先端ぐらいに移動してもらっていいですか?」
「は、はい」
これなら見える。私から提案しておいていきなり頓挫するところだった
まずは浅いところから。耳垢は奥から自然に外に向かって出てきていると聞いたことがあった。だからあんまり奥にはつっこまずに手前の方だけ……
……すっごい量出てきた
手前だけでこの量。奥から掘り出したらすごい量が出てきそう
「……」
「……」
執筆中と同じぐらい集中している気がする。湊さんの耳を傷つけるわけにはいかないのと、どうしても溜まった垢を取り除きたい私の変な意地のせいだ
「ふぅ……かなり綺麗になったと思います」
「なんか……耳のスッキリ感が違うような……」
「これだけの量取れましたからね」
親にしてあげた時なんかよりも全然耳垢の量が多い。すごいやりがいを感じる!
「じゃあ次、反対向いてください」
「……あ、来たかも」
「えっ?何がですか?」
ガチャ っと音が鳴った。私の部屋でももう反対の部屋じゃなく、ここの玄関のドアが開いた音が。
足音が近づいてくる。一体誰が……
「湊さーん!私の親が有名店のケーキを買ってきてくれたので、良かったら一緒にーー」
女性だ。すごく綺麗な女性。しかも私はこの人を知っている。直近で見た。声も聞いた。でもここにいるわけがない。存在するわけがない
だからこそ……私は怯えてしまった
「み、湊さん?その女は……?」
なんで……なんで死んだはずの李華さんがいるの……?




