思い出話2
「……きて」
「ぅん……」
「……ってば」
「……うるさい」
「起きろー‼︎」
大きな声と共に被っていた布団を振り払われた
「時間だよ湊‼︎早く起きて‼︎」
「……もう朝なのか?てか寒っ……」
眠い目を擦りながら開けると、部屋は電気で明るく、窓から見える景色は真っ暗だった
「……今何時?」
「3時」
「……昼の?」
「早朝の」
3時は早朝じゃなくて深夜の間違いだと思う
「なんでこんな早く起こした?」
「釣りに行こう!」
「そんな話前からしてた?」
「してない!」
されてたら俺だって早めに寝て、備えているはずだし
「じゃあなんで急に……」
「さっきね。夢を見たの。デッカいマグロを釣る夢を……」
「だから?」
「だから釣れると思うの!ほら、正夢ってあるでしょ?それだよそれ!」
「言っとくけど、堤防からじゃマグロなんて滅多に釣れないぞ?」
「滅多にってことは釣れないことはないんでしょ?ならいいじゃん!」
李華はアクティブすぎる……インドア趣味の俺には、この行動力に何度も驚かされている
「はぁ……分かったよ。準備するから待ってて」
「やったぁ!初芽にも声かけてくる!」
こんな早朝に理不尽に起こされる初芽ちゃんが可哀想で仕方がない
いや、俺もその被害者か……
♢ ♢ ♢
「着いたー!」
朝の5時。俺が車を走らせて約1時間半の場所にある海に来ていた
「寒すぎる」
11月下旬の早朝に、しかも海なんて寒いに決まってる。俺も李華も結構着込んできたけど、それでも十分寒い
「初芽も来ればよかったのに」
「朝から部活なんだから仕方ないだろ?」
それが無かったら、ついてくるつもりだった初芽ちゃん。さすがお姉ちゃん好きなだけある
「よし!遠くまで飛ばすぞー」
「楽しみ方間違ってるぞ」
それも楽しみ方の1つかもしれないが、本筋の楽しみ方じゃない
「私の竿どれ?」
「これ」
「暗すぎて先っちょ見えない。湊先っちょどこにあるかわかる?」
「はいこれ。指に針刺すなよ?」
「エサつけてー」
「……あの、ちょっとぐらい自分でやってくれん?」
「えぇ〜」
「えぇ〜ってお前なぁ……行きたいって言い出したのは李華だぞ?」
「仕方ないなぁ……」
李華は渋々作業を始めた
「なんだ。ちゃんと出来るじゃん」
俺にやってもらわなくても、準備を終わらせた李華
「そりゃね。パパが連れてきたりするし」
「じゃあなんで頼ってたんだよ……」
「ネットに書いてあった。男は甘える女の子が好きだって」
「……限度がある。さっきの李華のは、甘えるじゃなくて甘ったれるだから」
「じゃあさっきのはダメだったってこと?」
「正直ちょっとイラッとしたかな」
「わお。じゃあやめないとね」
釣竿の準備を終えた李華は、先に海に向けて針を飛ばした
「おー。結構飛んだんじゃない?」
「暗すぎて見えん」
「まああと1時間もすれば明るくなるよ!」
「……それより今日は何時までするんだ?」
「うーん……どっちかが眠くなるまで?」
「じゃあ帰るか。俺もう眠いから」
「わー!冗談冗談!せめてお昼までは粘ろ?」
「お昼までな。了解」
俺の方も準備を終えて、針を海に飛ばした
「よし。私の方が飛んでる」
「見えてねーだろ」
「直感がそう言ってるんだもん」
「なんじゃそりゃ」
「えへへ。あ、そういや晩御飯どうする?魚料理は確定してるんだけど」
「釣れるか分からんのにもう確定してるのか」
「私的にはお刺身と鍋しゃぶが良いなーって思うんだけどどう?」
「任せる。李華の飯はなんでも美味いし」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃーん!」
実際、なんでも美味しい。俺は李華に拾われた時から、胃袋をガッチリと掴まれてるし
「湊は美味しそうに食べてくれるからねー」
「そうか?」
「そうだよ。そこは湊の良いところの1つなんだから!」
あんまり自覚は無かった。でも美味しい物を食べてる時が幸せだとは思っている
「いやはや、作り甲斐がありますなー!というわけで今日のラインナップを豪華にする為に、いっぱい釣って帰ろー‼︎」
♢ ♢ ♢
「ひーふーみー……合計で9匹だね!」
約束通り、お昼過ぎまで釣りを続けた。結果は9匹でサイズも大きいのが2匹ほどいるし種類もバラバラだから、戦果としては上々だ
「いやー、マグロ釣れなかったなぁ」
「それどころかヒットさえしてないだろ」
合計なんて言ってたけど、釣ったのは俺1人。李華は釣るどころか竿が揺れさえしなかった
「何でなんだろね?エサのせい?」
「俺も同じのだから」
「じゃあ竿のせいだ!」
「それも俺と同じだよ」
「パワー?」
「だからヒットしてないから関係ないって」
「なら運だ‼︎」
「……まあそうだな。運かもしれん」
それにしても引き運悪すぎると思うが……
「でもこれだけあれば十分!下準備もあるし帰ろっか!あ、帰りにスーパー寄ってよ」
「それは良いけど、1匹も釣らないまま帰っていいのか?」
「別に良いよ?というか湊と楽しく過ごせただけで満足だし!」
……急にこういう恥ずかしくなることを言ってくるところが、李華のずるい部分だ
「……ついでにケーキとか買って帰るか?」
「それ最高!」
「そうと決まったら、さっさと片付けて帰るか」
「うん!あ、そうだ湊」
「なんだ?」
太陽と同じくらい明るい表情で彼女は言った
「また一緒に来ようね‼︎」
♢ ♢ ♢
「ってのがあったな」
「なんか初芽とは全然性格が違いますね」
「まあそうだな。李華は変人だし」
誰が変人だって?
「聞いてる限りだとイノシシみたいな人ですね」
蘭さん?それはいくら何でもじゃない?
「確かに言えてる」
湊?否定して?
「でも楽しい人だったんだよ」
「それは聞いてれば分かります。会ってみたかったです」
そういえば私はまだ蘭さんと話したことが無かった。あんまり存在をバラすようなことはするなと言われてるけど、蘭さんに直接聞きたいこともあるし、話しかけてみてもいいかもしれない。ただ、湊には内緒という条件で
♢ ♢ ♢
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「喜んでもらえてよかったよ」
食事を終えて外に出た2人。店の雰囲気のおかげも増長して良い感じに楽しんでいた
「じゃあ湊さん。私はこっちなので」
「え?方向こっちじゃないか?」
「寄りたい所があるんです」
「ならついていくよ」
「大丈夫です。私の都合に付き合わせるわけにもいかないですから。それじゃあ!」
「あっ!ちょっと待っーー」
蘭さんはそのまま走り去った
とはいえさすがに蘭さんのような美人を1人夜道を帰らせるわけにはいかない。湊の代わりに私が護衛するとしよう
一応高い位置にいとこ。不審者いないかすぐ分かるし
家の屋根よりも高い場所に位置取った瞬間ーー
「きゃぁぁぁぁ⁉︎」
下から悲鳴が聞こえてきた。下を見ると蘭さんが真っ黒な服装をした人に手を掴まれていた
私がついてきて良かった!とりあえず身体を乗っ取る力で……
バチンッ
「っ⁉︎で、電撃⁉︎」
私が今の初芽に触る時と同じ電撃が身体に走った。身体を乗っ取ることが出来ずに弾き出された
「幽霊の私の対策がされてる⁉︎一体誰が……」
ガタイで男であることは間違いなさそう。それでいて蘭さんを狙う理由……
私が咄嗟に浮かんだのは俳優の立原だ
「このっ‼︎おりゃあああ‼︎」
蘭さんは掴まれた手を逆の手で掴んで、相手を背負い込み、そして地面に叩きつけた
「ぐぁっ⁉︎」
「おー強ぉ‼︎」
綺麗な一本背負いでコンクリートに叩きつけられた男。これは相当痛いだろうなぁ
「何者ですか⁉︎」
「クソがっ‼︎」
男はサッと立ち上がり、走って逃げ出した
「あっ‼︎待てっ……あっ……」
蘭さんは腰が抜けたのか、その場に座り込んでしまった
どうする?このまま追いかけるか?でもこの状態の蘭さんを1人で置いておくわけには……
「蘭さん‼︎」
「み、湊さん⁉︎」
「どうしたの⁉︎何があったの⁉︎」
湊が来てくれた……!さすが良い男!なら私はあの不届きものを追いかけるしかない!
私は自分が出せる最高速で男の跡を追った
「……見つけた!」
再度上空から見ると、さっきの男が慌てるような様子で走っていた
「逃すわけないでしょ‼︎」
入ろうとすると電撃を浴びせられる。ならせめてコイツの家の場所だけでも特定しておかないと
「……はっ!ついてねーわ。全く」
……聞き覚えのある声。それと同時に私の中のドス黒い感情が心身を支配しそうになった
「お前だったのか!桑名っ‼︎」
私が世界で1番嫌いな相手である桑名が蘭さんに危害を加えようとしていた
「まさかあの女についてきてたなんてな。姿が見えなかったからラッキーだって思ったのにさ」
私が上空に飛んだせいで、桑名は私の存在を認識出来なかったみたいだ
……というか待て。なんで私が見えてる?能力を使ってないのに、なんで私の声が聞こえてる?
「疑問に思ってる顔だから言ってやるけど、俺は有名な霊媒師から大金はたいて買ったんだ。この幽霊に干渉出来る3つの道具をな!」
初芽がつけていたのと全く同じデザインをしたブレスレットをつけている
「まさか本当に効果あるなんてな。正直驚いてるよ」
「……それで、なんで蘭さんを狙ったの?」
「簡単な話だよ。捕まえて人質を理由に湊をこき使ってやろうって考えただけだ」
周りへ危害を加えてくる可能性はちゃんと考えていた。でもまさか蘭さんまで狙ってくるとは思わなかった
「……アンタ結局なにがしたいの?」
「教える義理はないな。というかもうついてくんなよ」
「はっ‼︎逃すわけないじゃん!このまま永遠に追いかけ続けてやってもいいんだぞ‼︎」
スタミナ切れの概念はこの幽体にはない。ただ車などに乗られると、私は透けてしまうため、ギリギリ追いつけないことはないけど、一気に困難になる。電車なんて乗られたら追いつくことは出来ない
それを悟られないようにしないと……
「仕方ねぇ。高かったからあんまり使いたくなかったんだけどな‼︎」
桑名は地面に白くて丸い物を落とした
「うわっ‼︎な、なに⁉︎」
それと同時に私は結界のような物で囲まれた
「幽霊専用の結界。本当に通れないようだな」
「こんなものまで……」
本当に厄介な存在だ。その霊媒師は
「といっても効果は2分ぐらいらしいからな。もう少し話したいところだがサヨナラさせてもらうわ」
「待て‼︎逃げんなっ‼︎逃げんなあああ‼︎」
「じゃあなー」
桑名はどんどんと遠くへ逃げていく
「クソ!クソクソクソ‼︎クソがぁ‼︎」
私は千載一遇のチャンスを逃してしまった