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短編 64 ボタニカル兄さん

作者: スモークされたサーモン


 ボタニカルとは植物を意味します。形容詞なので植物的な、という感じでしょうか。


 あのヘチマ……ボタニってるー! とは使いません。


 あのぼた餅……ボタってるー! 


 ……使うかなぁ。




 ある日のこと。


 朝起きたらお兄ちゃんが植物になっていた。


「……おごごご」


「……トレントかよ」


 お兄ちゃんの顔が付いてる木がリビングに置かれてた。足元は植木鉢。クリスマスツリーサイズで部屋の隅に置かれてた。


「おかーさーん! お兄ちゃんがトレントになってるよー!」


 朝のリビングにトレントお兄ちゃんである。木の仮装ではなく本物の木に兄の顔が付いている。これは一大事だ。


 しかし朝御飯の支度をしている母親は冷静だった。


「長い人生トレントになることもあるわよ」


「……そうだっけ?」


「おごごご」


 なんかそういうことらしい。お兄ちゃんも顔だけ頷いてる。


 なんか納得がいかないが、そういうことなら仕方無い。


 トレントになったお兄ちゃんを、今度はじっくりと観察してみることにした。


 まずは足元植木鉢。デカイ。


 次、根元。かなり太めの幹が植木鉢から伸びている。太いと言っても私のウエストぐらいだろうか。


 次。ボディ。


 ……普通に幹だ。木、そのもの。わりと茶色い。


 次は顔。なんか真顔だ。やめろ、なんか笑えてくるから真顔はやめろ。


 笑いを我慢して上部に移る。


 枝がわっさーと伸びている。枝だけで葉が付いてない。


 もしかしてこれは全裸になるのだろうか。植木鉢込みで私と大体同じ高さになる。木と考えれば小さいが家のなかに置くには巨大だ。


「お兄ちゃん……もしかして全裸なの?」


「……ぉご」


 ……トレントが照れた。もじもじして枝が揺れている。


「おかーさーん。灯油とライター何処ー?」


 すごくイラッとした。きっと他の人も同じことを考えるに違いない。鋏で枝をチョッキンするのも良いかも。


「おご!?」


「あら、反抗期ね? でもお兄ちゃんを焼くのは我慢しなさい。家が火事になっちゃうでしょ?」


 母親の微妙な説得で私は兄を許してやることにした。つーかこれはどうするんだろうか。学校とか……無理だよね?


「あ、お兄ちゃんにお水あげといてね」


「……水?」


 トレントだから水……いや、理解は出来る。理解はするのだが……納得がいかない。


「おごごごご」


 トレント兄さんも枝を使って『へい! カモン!』と誘っているように見える。


 ……なんかムカつくわ。


「……おしっこでいい?」


 私は絶賛反抗期。中学生女子を舐めんなよ。


「あらあら、大胆ねぇ」


「……おご」


「トレントなんておしっこで十分よ!」


 思えばこの時私はやってしまったのだろう。呆れる母とドン引きするトレント兄さんの視線に私は退くことが出来なくなっていたのだ。



 一日目。


「……」


「なんでお兄ちゃんが泣きそうな顔してんのよ! 恥ずかしいのはこっちなんですけど!」


 兄は妹の聖水が気に入らないようだ。幹に掛かった聖水は、あっという間に吸収されていった。かなり出たのに植木鉢の土も、あっという間にカラカラとなった。全部根っこで吸収された模様。なんだこれ。


「……おご」


「……学校行ってきます」


 兄のなんとも言えない顔を無視して私は学校に行くことにした。


 


 二日目。


「……妹よ。血尿なのだよ」


「黙れ」


 トレント兄さんが人語を喋るようになった。確かに月のものが来てるので混じるのも仕方無い。でもデリカシーが無さすぎると思う。


「あと、塩分高い。お兄ちゃん枯れちゃう」


「うるさいわ!」


 とりあえずぶっかけてからまた学校に行くことにした。友達に聞いたけどトレントにおしっこは一般的ではないようだ。というか家族がトレントとか普通はあり得ないとも言っていた。

 

 ……でもトレントだし。




 三日目。


「妹よ。兄の苦悩を分かっておくれ。目の前で妹のおしっこする光景を見せつけられるこの兄の気持ちを」


「黙れ」


 兄の枝に葉が生えていた。小さな葉っぱだ。私のおしっこで生えてきたと考えると……なんかモヤる。


「あとなんかエロい。お兄ちゃんどうしたらいいの?」


「斧で斬り倒すぞ」


 兄を放置して学校に行った。友達のお兄さんは何故かロボになったらしい。そっちも大変だなぁと思う。




 四日目。


「どうしよう。お兄ちゃん……蕾が出来てきたんだけど」


「……咲けば?」


 枝には葉っぱが、わっさー。


 ちょっとびっくりする成長速度にドン引き。そしてやはりモヤる。どうしよう。私のおしっこで育ってる花とかどうしたらいいんだろう。とりあえず押し花の作り方を調べることにした。




 五日目。


「妹よ。兄は開花の為に少し眠りにつこうと思う」


「……うん」


 今のトレント兄さんは葉っぱがわさわさで蕾が至るところに出来ていた。相変わらず顔は真顔で笑いを誘う。


「……妹よ。兄は……お前を愛しているよ」


「……あ、うん」


 いきなりのカミングアウトに反応が出来なかった。そして兄は目を閉じた。

 



 二十日目。


「うみゅー!」


「こらー! 部屋のなかを駆け回らないのー!」


「うみゅ? みゅー!」


「うぷっ! あーもう甘えん坊なんだから」


 私はマンドレイクっぽいものを顔面に張り付けていた。この子は兄の子供だ。花を咲かせた兄は実をつけた。ひとつだけ大きな実をつけたのだ。そして枯れた。一晩で全て枯れて朽ちていったのだ。


 私は泣いた。大好きな兄が死んでしまったのだ。


 残されたのはひとつの実と穴の空いた植木鉢。


 私は泣きながら植木鉢に実を植えて泣き続けた。


 この子はその植木鉢から生えてきた。私と兄の子供だ。私の涙と兄の愛で作られた大切な子。

 

 愛するマンドラちゃん。体長二十センチメートルの私の子供。


「あらあら、私はおばあちゃんになるのかしら」


 お母さんもマンドラちゃんに毎日メロメロだ。初孫だから仕方無し。


「うみゅん?」


 ぐっは!


 なんだこの可愛い生き物は。マンドレイクなのに顔があってお目目が大きくてすごく可愛い。お股を見てると恥ずかしそうに隠す所作も最高だ。


「母子手帳が届いたんだけど……どうしようかしら」


「書くわよ、育てるわよ! この子は兄さんの子でもあるんだから」


「……そうね。あの子はこうして新しい命を繋いでくれた」


 私と母さんはこうしてマンドラちゃんを育てることにしたのである。


 兄さん……兄さんの遺してくれたこの子は立派なマンドレイクにしてみせますから。天国で見守っててください。

 



 二年後。


「妹よ。久しいな」


「……おかーさーん! 斧を持ってきてー!」


 朝起きるとリビングにいるはずのマンドラちゃんが変態して兄になっていた。斧でかち割れば中にマンドラちゃんがいるかもしれない。早く助けなければ。


「愛しているよ、マイシスター」

 

「いや、兄妹なので」


「……まぁそうだよなぁ」


 兄は人間のような形に戻っていた。全裸で股間はスッキリしていた。今度もトレントなのだろうか。


「……えっち」


 兄は股間を押さえて赤くなった。


「おかーさーん! 斧を早くー!」


 こうして兄に振り回された私の中学生活は終わった。


 多分あのマンドラちゃんは……いや、そんなはずはない。あんなにも可愛いかったのだ。そして私にも母にも甘えっぱなしだったのだ。私もマンドラちゃんをこれでもかと可愛がった。母もだ。


 ……とりあえず斧で兄をかち割るか。かち割らねばなるまい。


 ……かち割らせろー!




 今回の感想。


 母親は全て知っていた。そんな裏があります。あと本編のマンドラちゃんは『植木鉢に植えてみた』のマンドラちゃんとは違う種族になります。


 あっちはもっと男前ですので。


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