霜
「も、もっ、燃え……? えっ、どど、ど」
「ね、姉ちゃん、どうすんだよ⁉」
「落ち着け」
ジムは同情したような顔でリオードの方に手を添えた。悲しいかな、事の原因は紛れもなく彼女なのである。他人に同情する余裕のあるジムの姿を見て、玲はさらに焦っている様子である。
「家にあったもんなら、確かに燃えちまったかもしれない。だが、外にあれば話は別だろ?」
「外……?」
「あんた、『その人たちに好意はなかった』って言ったろ? わざわざ『その人たちに』なんて言ったってことは、『他に好意があるやつがいる』ってことじゃないのか」
ジムがそう言って目をやると、百花は黙って微かに頬を染めた。その傍らで、玲はこぼれそうになった息をのみ込んだ。
「そいつに贈ったものとか」
「それは、ないけど」
「けど?」
「……捨てちゃったものなら、あるよ」
ジムに続きを促されると、百花はためらいがちにそう言って下手な笑みを浮かべた。
「捨てちゃったもの、ですか?」
幽霊の百花に対する恐怖を忘れたリオードは、首を傾げながら百花の言葉を繰り返した。すると、百花は穏やかな目で過去のことを話し始めた。
「そう。芹さんたちに告白される少し前の話なんだけど……私ね、好きな人がいたの。旅人さんだった。旅人さんは決まったお仕事をしているわけじゃなかったし、将来の道も何も決めていないようだったけど、いつも人に囲まれているあたたかい人だった。私は、そんな旅人さんと、ずっと一緒にいたいって思ってた。でも、お父さんとお母さんは、私と旅人さんの関係には反対だった。いつそれがばれちゃったのかはわからないけど、お父さんとお母さんが裏で何かしたみたいで。それから町での旅人さんの評判はどんどん下がっていって……もう、いられなくなってしまった」
百花はそこまで言い終えると、そっと目を伏せた。玲は百花に寄り添おうと手をのばしかけたが、それが届くことはなかった。
「旅人さんがいなくなってしまってから、私、ずっと泣いてたんだ。勿論、私のことを思っての行動だってことはわかっていたけど……旅人さんのいない日々があんなに寂しいとは、思わなかった。杏にもずっと心配をかけちゃって。それで、何とか立ち直らなきゃ、忘れなきゃと思って。あの人からの贈り物を捨てたんだ。あの、桃色のかんざしを」
話し終えた百花は、ふうと息をついた。リオードと玲は、何も言葉を発さなかった。しかし、そこでしんみりしたムードを断ち切って発言したのが、やはりと言うべきか、ジムである。
「それをどこへ?」
ジムの質問に対し、百花は僅かに顔を上げ、すらりと細い指をのばした。
「……なるほど」
百花の白い指先の向こうには、燦然と輝く壮大な海が広がっていた。