神
「あ、姉ちゃん来た」
翌日、ジムが桜の大樹のもとへやって来るのを見つけると、玲は大きく手を振った。勿論、今日は休暇を終えたリオードも一緒である。
「よう」
「人のこと待たせといて何が『よう』だよ、まったく」
玲はそう悪態をつきながらも、ジムの性格を既に把握し始めていたようで、怒りをぶつけてくることはなかった。
「ところで兄ちゃん誰?」
「こんにちは。僕はリオード・カロン。ジムさんと一緒にお仕事をしてるんだ」
「え、姉ちゃん仕事してんの?」
「ああ、言ってなかったか? 例の放火犯探しが今回の仕事だよ」
「便利屋?」
「馬鹿、探偵と呼べ」
「ジムさんって探偵だったんだ!」
からかうように尋ねてきた玲を、ジムは軽く小突いてやった。その後ろで、百花はぴょんぴょんと可愛らしく跳ねている。リオードは、ジムが意外にも子どもたちと打ち解けるのがうまいことに感心していた。
「あー、こいつが玲。アーシャが言ってた噂の気違い放火犯だ」
「だ、か、ら! 俺は放火犯でもなければ気違いでもないって!」
ジムの雑な紹介に、玲は息を荒くして抗議した。一連のやり取りを見て、リオードは玲が悪い子ではなさそうなことに胸をなでおろしていた。
「んで、こっちがその原因となったゴーストの百花」
「初めまして、リオードさん」
「ひょえ」
一方、百花相手にはそうはいかなかった。何しろ、リオードは怖がりなのである。ジムがわざわざ「幽霊」と伝えたのも、もちろんリオードをからかうためであった。そんなこととは知らずに、百花はにこやかに近づき挨拶をしたものだから、リオードは妙な声をあげて思わず後ずさってしまった。
「ははっ、びびってやんの」
「ちょっ、ジムさん、心臓に悪いですって……」
「ごめんなさい。驚かせちゃったかな?」
「あっ、いや、大丈夫、です」
年下の少女に上目遣いで謝られたリオードは、どもりながらもそう答えた。玲と同じく、悪意は感じなかったので、とりあえず自分が慣れていくしかないと思ったのである。
「それで、姉ちゃん、今日は何するの? 聞き込み? 証拠集め? 犯人追跡?」
「ああ、犯人ならもう見つかった」
「はあ⁉」
ジムが適当に返事すると、玲は強めに噛みついた。
「昨日言っただろ⁉ 先に進めたら怒るって!」
「さあ、何のことだか」
「くうっ、むかつく‼」
ジムがおちょくるようにへらへらと返して来るので、玲は地団太を踏んで悔しがった。二人の会話はまるでコメディのようで、傍で様子を見ていた百花はくすくすと笑い声をこぼしていた。
「まあまあ、落ち着けって。諸君に新たな任務だ」
「……なんだよ」
玲はそっぽを向いて不貞腐れながらも、話の続きを促した。
「百花の形見を探すんだよ」
「百花の? なんでそうなるんだよ」
疑問を口に出した玲だけでなく、残りの二人も不思議そうに首を傾げたので、ジムは事の顛末を説明してやることにした。
「例の放火犯、あんたの妹だったよ」
そう言って、ジムは百花のことをすっと見つめた。
「えっ、私の妹って……杏と会ったの?」
「ああ。あいつがあんたの仇だって、火をつけて回ってたらしいぜ」
「そんな……私のせい?」
百花が不安げな声を発し、玲はまた昨日と同じように宥めようとした。しかし、ジムはそうさせなかった。
「ああ、お前のせいだな」
「っおい、姉ちゃん」
「何だよ。百花がきっかけで杏って女が放火を行った。それは事実なんだから、隠す必要はないだろ」
「でも、百花は自分のせいって思い詰めるかもしれないじゃんか」
「玲、お前の擁護は問題を後回しにしているだけだ。それに、家族の問題は当事者の家族が踏み込むのが一番だろ? こういうのは、さっさと膿を出し切ったほうがいい」
ジムにそう言われて、玲は押し黙った。玲は決して、馬鹿で幼稚な子どもではなかった。難しい顔でうつむきがちな玲を横目に、ジムは話の続きに戻った。
「杏の話では、鈴城って男が火事でお前を殺したらしい。だから、その主犯と、あんたを助けようとしなかった使えない男たちを一気に処分しようってわけだとさ」
「杏がそんなことを……」
自分の死をきっかけに歯車が回り出してしまった妹の行動を聞いて、百花は驚き、悲しんだ。しかし、悲嘆にくれることはなく、どこか傍観者的な視点も持ち合わせているような、不思議な雰囲気があった。もしかすると、それは彼女が生身の人間ではなくなっているからかもしれない、とリオードは思った。
「私が受けた依頼は、放火犯を捕まえること。だが、その目的は近隣住民の不安を取り除くことだ。つまり、私が昨日杏を捕まえても、釈放後に同じことが繰り返されれば意味がない」
「……って、え。まさか逃がしちゃったんですか⁉」
「まあな」
その後の展開を見事推察して見せたリオードは、驚きの声をあげた。玲と百花も、まさかと思い、リオードと同じように声を洩らした。
「とはいえ、タダで逃がしたわけじゃない。契約をしたんだ」
「契約?」
「そう。百花の形見と引き換えに、放火を止めさせる」
「それで、百花の形見か」
ジムはそういうことだと伝えるように、ぱちりと可愛らしくウインクをした。状況を理解した玲とリオードは、そろってため息をついている。
「ちなみに、それはいつまでに渡すんですか?」
「今夜」
「今夜⁉」
玲とリオードはぴたりと息をあわせて言葉を発した。どうやら、意外にも彼らは似た者同士らしい。リオードはパニックで手をあたふたと動かしながら、震え気味に呟く。
「じゃ、じゃあ、早く取りに行かないと……」
「あのう……」
すると、百花がおずおずと前に出て、指先を綺麗にそろえて手を挙げた。ジムが視線を促し、全員が百花の方を向いた。百花は、今までに見たことがないひきつった苦笑いで、申し訳なさそうに発言した。
「私の物、死んだときの火事で全部焼けちゃったと思うんだけど」
リオードはあわや卒倒するかと思われた。昨日の荷物持ちもなかなかの大変さだったが、やはりジムの相手には到底及ばないと、泣きたくなる思いだった。