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 店を出たジムは、早速桜の大樹を探して街を歩いていた。しかし、観光地というだけあって、大通りは人が多く、小柄なジムはすぐに人波に埋もれてしまう。動きにくくて仕方がないので、ジムは一度裏路地に抜け出し、何とか息をついたのだった。

 すると、ジムは一人の男が自分とは逆に大通りへと混じっていこうとするのを見かけた。そして何事もなくすれ違った、と思ったところで、男の体は宙へ放り出されたのだった。


「いだっ⁉」

「おいおい、兄ちゃん。こんなガキから金をくすねて恥ずかしくねえのかよ」


 鈍い音を立てて地面に落ちた男の懐からは、ジムがしぶしぶ保護者面をしたグレイから受け取っていた巾着がこぼれ出ている。馬乗りになって男の顔の真横にナイフを突き立てると、ジムはため息交じりに言った。


「確かに、呑気な町に合わせて呑気な気分で来る観光客ばかりだから、お前からしたら良い鴨ばっかりなわけだ」

「なっ、なんだこのガキは」


 突然の出来事に怯える男の言葉をさえぎって、ジムは話を続ける。


「だがな、相手はちゃあんと選べよ? さもないと、こんな風になっちまうんだから」

「ひっ」


 ジムがナイフを握る手に力を入れると、ミチリと音が鳴った。勿論、齢十五の少女が出すとは思えない音である。ちなみに、このナイフはジムが拳銃の次に愛用しているものである。どうして桜殷島に持ち込めているのかについては、――おっと、知らない方がいいこともあるだろう。


「よし、兄ちゃん。取引といこう」

「と、取引?」


 突然声色を明るく変えたジムに、男は困惑顔で言葉を反復した。


「最近、拓乃町でボヤ騒ぎが相次いでいるらしいな。その被害にあった家を知っている限り全て教えろ」


 ジムの話を聞いて、男は思い当たる節があるという表情を浮かべた。


「一応言っておくが、私はただの観光客だ。この島の警備組織なんかじゃない。だから、わざわざお前を引き渡したりはしない。必要な情報が手に入れば、それでサヨナラってことよ。どうだ、悪くないだろ?」


 にんまりと笑みを浮かべるジムを数秒見つめた後、男はふっと目を伏せた。


「……いいだろう。それで命が助かるってんなら、安いもんだ」

「ははっ、賢くて助かるよ」


 ジムは満足げに笑うと、男の腹の上からのそのそと降りた。男は体を起こすと、首の裏をかきながら、一つ一つ念入りに思い出すかのように語った。


「確か、最初の被害にあったのは芹っていう商家だ。その次が、上川。あそこの家のなずなって息子が巷じゃ有名な俳優なのよ。それから、神主の御形。で、箱辺蘭丸とかいう放浪歌人の宿。あとは……そうだ、仏野っていう座間じいがやってる食堂もボヤがあったと聞いた。そんで、一番最近にあったのは、鈴菜ちゃんが看板娘の半田って酒屋だ」

「なるほど。ちなみに、最初はいつだった?」

「あーっと、ちょうど一週間前だな。そっから毎日そんなんだよ」

「そうか。じゃ、約束通りサヨナラだ」


 ジムはそう言うと、放り出された巾着を拾い上げ、さっさとその場を去ろうとした。あまりにもあっけない別れに、男はポカンと口を開けた。


「おいおい、俺に恨まれて襲われたりとか考えないのかよ」

「は? 何言ってんだよ。さっきあっさり負けてたじゃねえか」


 ジムが眉をひそめて振り返った。男はその表情を見て、気の抜けたように笑った。


「じゃあな、兄ちゃん。今度はひっかける鴨を選び間違えるなよ」

「……御忠告痛み入るよ」


 男の返事を背中に受け、ジムは満足げに鼻歌を歌いながら、路地裏を軽快な足取りで歩いて行った。

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