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93話 再覚醒

 予感があった。

 既視感もあった。

 エレカは馬鹿……じゃないにしても、不器用だ。

 敵を呑もうとして、あるいは戦場を支配しようとして、力に溺れかけている。

 どんなに肉体が頑丈であろうとも、自分を傷付けながら攻撃を繰り出すなんて生き物のやることじゃない。妖精王でもそこまではしなかった。

 けれども、策があるのなら話は違う。

 そうやって導いた戦場で何かしら、明確な意図に基づく何かをしようとしているのなら。

 だが、見えてしまった。

 エレカの横顔。

 剣を構えようとしたあいつの目には、爛々とした輝きだけがあった。

 純然たる力と力の応酬は、戦いそのものでありながら戦争とはかけ離れている。

 ゆえに、危険を承知で隙を晒すつもりだった。

 エレカにとっては味方である、俺からの攻撃。異形と化したグレイの攻撃からの攻撃とは決定的に違う意味合いを持つ、明白な横槍。

 ほんの少しでも視線を変え、頭を冷やせればそれでよかった。

 幸いにしてオールドーズは俺のことなど眼中にない。忘れているようにさえ見える。敵の仲間割れの可能性や、そう装った誘い出しまで考慮すれば、そう易々と攻撃に転じるなんて無理だという打算もあった。でなければ百害あって一利なしの、博打ですらない自滅行為。

 しかし、こんな展開は微塵も予想していなかった。

 エレカが無防備に俺を見て、そのまま受け身も取らず蹴り飛ばされるなんて。

 蹴りを入れたはずの俺自身が誰より驚き、素っ頓狂に「はぁ?」と声を漏らす有り様だった。

 何故か知らないが蹴られる直前、こちらに顔を向けたものだから、エレカの細身は変な捻りも加わって宙に投げ出される。そして後頭部と肩を地面に強打した。

 焦って横目でオールドーズを見やる。

 理解できないと顔に書いてあった。二度、三度と目を合わせながら、攻撃してくる素振りは欠片もない。あれほど立派に間抜け顔を演じるくらいなら、仲間割れに乗じてさっさと攻撃する方がよほど簡単だろう。

 それほどまでに、状況は常軌を逸していた。

「カレンっ!?」

 と、そうこうしている間にエレカが飛び起きていた。目には怒り。それと困惑。大体三、七くらいの比率。俺が言うことじゃないが、甘すぎないか。

「すまん」

「すまんじゃないがっ!?」

「いや、まさか避けないとは思わず」

「いきなり横から蹴られて誰が避けられるッ!」

 どう考えても、それ以上の次元に達する戦いを二人で繰り広げていたが。

「大体なんのつもりだ! お前の敵は向こうだろう!?」

 怒鳴るエレカがオールドーズを指差す。目は向けなかった。代わりに俺が見ると、オールドーズは困惑の眼差しを返してくる。

 何が起きているんだ、一体。

 いや、発端となっている俺が泣き言をいうのも変な話か。

「……すまん。お前が冷静さを欠いているように見えた」

「いきなり蹴りかかってきたお前に言われたくはない!」

 ご尤も。

 いやはや全く、言われてみればその通り、冷静でなかったのは俺だ。ただ声をかければよかったのか。最初から。オールドーズが様子見に回る時間も短くはなっただろうが、これほどの隙を晒す羽目にはならなかった。

 それほどの愚行は向こうにしても信じ難いようで、当のオールドーズは戦いの気すら削がれた面持ちで成り行きを見守っているが。

「だが、思い出せ。お前はなんのためにここで戦ってるんだ」

「なんのためだとッ!? そんなもの復讐に、燃え尽きた森の誇りのために――」

「そうじゃない! 俺が聞いてるのは、戦いの理由なんかじゃない! どうしてお前は、この場所を戦場に選んだ! 思い出せ!」

 起き上がりかけたエレカに詰め寄って、胸ぐらを掴む。抵抗は弱々しかった。手を振り払おうともしない。

 よかった、のだと思う。

 本気で抵抗されたら為す術などなかった。まだ制止が利くことに、耳を傾けてくれることに安堵が広がる。

 エレカの向こう、頭部を失い倒れ込んだグレイの方を見やれば、やはり絶命はしていない。死してはいない巨体が蠢いている。半ば当然だ。あの一撃で葬れるなら、今の今までオールドーズが力を温存していた理由が分からない。

 戦いは続く。

 だが、もっと熾烈に。

 ようやく理性が戻ってきたらしいエレカを立たせ、ほんの少しだけ視線を外す。

「貴様の敵は向こうだろう。今は俺たちに構うな」

 変わらず佇んだままだったオールドーズは、ため息をつくような素振りを返した。

「また奇妙なことを言いますね。今までの戦いを見ていなかったのですか?」

「無駄口はいらん。貴様が愚かでないことを、俺は知っている。それだけだ」

「……私たちの、元巡礼者。今は期待しておきましょうか」

 納得など毛ほどもしてはいまい。

 九分九厘、単なる時間稼ぎ。分かっていて、奴は頷く。それほどまでに余裕がない。ほんの一パーセントでも、それより低い限られた可能性であっても、むざむざ捨てるには惜しいはずだ。

 何より、奴にとって俺たちは脅威でない。

 奴が脅威と見ているのは、間違いなくグレイただ一人。あれだけが別格の力を見せている。

「おい、カレン」

「思い出したか?」

「……しかし、物事には優先順位というものがある」

「ならば俺の話を聞け」

 エレカが戦場をここ――アカラト湖に定めた理由、それは周辺で睨み合っている帝都とメイディーイル、双方の軍人に被害を出さないためだ。

 イスネアの地で起きた災厄。

 共鳴だかなんだかという、理性を失った神の暴走した権能が引き起こす結末。

 それを避けるために周囲に影響を及ぼしにくい、枯れた湖を戦場に選んだ。結果として湖は枯れていなかったし、何もかもが予定とはかけ離れた形になっているが、少なくとも帝都にいた頃のエレカには戦争の被害を減らそうとする意識があった。

 今のエレカには、ない。

 同じ顔をして、同じように喋って、表向きは理性があるように振る舞いながら。

「お前の復讐は果たされた。違うか?」

「それだけは道半ばだ」

「仮に奴を、オールドーズを倒せば誇りを取り戻せると? そのために世界を焼け野原にして、そこに生きる人々を獣に変えても?」

「……そこまで」

「大袈裟な話じゃない、とでも言うつもりか? なら、お前はどこまで許容する気だ!」

 エレカの瞳が揺れる。

 考えていなかったに違いない。何を? 何もかもを、だ。

 何かを考えていたとして、精々がどうすれば敵に剣が届くかとか、そんなことだろう。

 確かにエレカの攻撃は卓越していた。俺が戦って勝てた気配はない。単なる筋力から魔力の扱いのみならず、戦闘術の面で昨日までのエレカとは別格の力を誇っている。

 しかし、それだけなのだ。

 力があるだけで、頭が回っていない。

「お前は……。お前も、アーレンハートを名乗ったはずだ」

「公爵家の娘として言っておくがな、名は縋るものじゃないぞ。その名を背負って立つなら、それに相応しい姿であれ」

 いっそ不遜な、勝ち気な眼差し。

 公爵と森長、どちらが偉いかの比較に意味はないが、そう違いもあるまい。

「なぁ、カレン。私はお前を信用している。今なお、だ。その上で聞くが、これは敵を野放しにしてまでする話か?」

「奴が本当に敵ならな」

「……なぁ」

「いいから、聞け。自分で考えろ。敵だとしたら、奴は何故この好機をみすみす見逃す?」

「取るに足らない存在だからだろう」

 鼻を鳴らす態度は不満そのもの。

 ただし苛立ちの矛先はオールドーズではなく、自分自身だろう。エレカ自身、不足を感じているはずだ。イスネアで見た時は、もっと鬼気迫るものがあった。睨まれただけで生きた心地がしなかった。

 そう考えると、今のエレカはまともすぎる。

「竜が、グレイが作った好機だ。代償は奴自身の命。これを棒に振れと?」

「それこそ疑問だ。どうしてグレイはそんなことをした」

「何が言いたい」

 間を置かずに返された声、それが一つの答えでもある。

「グレイにそこまでする義理があったか? そもそもだぞ、妖精王の裏切りだってグレイが言い出したことだ。それをお前の親父だか祖父だかが鵜呑みにした、違うか?」

「口を慎め」

 有無を言わさぬ声。

 喉がきゅっと締まる。変な感覚だった。

「すまん」

「すまんで済ませるにも限度はある」

「白状するが、お前を挑発するつもりだった。それで度が過ぎた」

「知っている」

 ふん、とまた鼻を鳴らされる。ただ、それで幾分か気が楽になった。

「グレイは力が欲しかったんだろうさ。どういう理屈か知らないが、あいつはそのために妖精王をけしかけた。お前に剣を握らせ、妖精王に突き立てさせた。でなければ、あれほどの力は手にできていない」

 ちらりと一瞥された先。

 グレイの胴体がずるずると地面を這いずっている。誰がどう見ても絶命していないのは明らかな状態だが、オールドーズは手出ししようとしなかった。俺たちとグレイ、どちらにも目を光らせている。

「それはなんのために?」

「ルージュに勝つため以外どんな理由がある?」

「だが、奴自身が勝てなければ意味がない。あの有り様で仮にオールドーズを……ややこしいな。ルージュを倒したとして、覇者になれるのか?」

「知らん。だが、であれば私が勝てば済む話だ」

「それで覇者のお溢れに与れると? 前の時代、奸計を知った勇者は神々と決別した。だからルージュは未だに覇者の座を求めている。どうあれ奴は生き残ったが、グレイは多分もう無理だ」

 イスネアで見た水の魔神と同じく、理性を失った神の末路を歩むに違いない。

「その挺身を称える気はないと?」

「お前自身が信じてもいないことを口にするな」

 ため息をつく。

 強情だ。分かっていたつもりだったが、思ったより頭が固い。

「頼むから頭を使ってくれ、エレカ。これは挑発じゃないからな。本心で言っている。俺だって何もかも分かるわけじゃない……ていうか、お前の方がよほど多くを知ってるはずだろ」

 ルージュもいつまで様子見を続けてくれるか分からない。

 否、様子見をやめた方が俺たちには有利に働くのかもしれないが、戦場にあるまじき静けさが過ぎ去るのは厄介だ。なにせ話すだけでも危険が伴うことになる。

「それで? お前の結論は?」

「結論?」

 思わず首を傾げる。

 余所事に意識を向けていて、咄嗟に意味を取りかねた。

「わざわざ口を挟んできたんだ。お前の言う頭を使えって言葉の意味は理解する。けど、時間の方が貴重だろう」

 意味ありげに向けられたエレカの視線を追う。

 頭部を失ったグレイが身を起こし始めていた。蛇の首がどこか分からないように、竜の首もまた謎だ。しかし鎌首をもたげる蛇のように、ずるずると地を張っていた竜の肉体が存在しない頭部を持ち上げていく。

 空白のそこに生まれるのはなんだ。新たな頭部か、炎や毒か、はたまた想像し得ない何かか。何もないということはあるまい。

 確かに、刻限が迫りつつある。

「耳を貸せ」

「聞かれてまずい話、させてくれるかな」

「冗談を言ってる場合か!」

 エレカは鼻で笑い、僅かに身を傾けた。忘れたことはない、上背の差を再認識させられる。

 妙な敗北感。そんなことどうだっていい。

「妖精王はロックに魔剣を運ばせた。アクタが使った義眼も無限の力を宿していたわけじゃない。ルージュの移動にも魔力は払っているはずだ」

「つまり?」

「グレイの覇者宣言がなければ、奴は総本山に引きこもっていた。最初から出てくるつもりなら、妖精王と同時に来なかった意味が分からない。事ここに至って、敵の戦力を過小評価する愚を犯すほど馬鹿じゃないだろう」

「話が長いぞ」

 エレカが悪態をつく。

 それも当然か。持ち上げられた断裂面に、ぶくぶくと血が泡立っている。ルージュも嫌気が差した顔で、ちょうどこちらを一瞥したところだった。

「相談は終わりましたか?」

「まだだ!」

「でしたら聞きますが、あれは処理してしまっていいのですね?」

 答えには窮する。

 グレイはしつこいほど味方かどうかを確かめてきた。理性をなくした奴が俺たちを狙わずにいられる理由がそこにあったとしたら、今ここで――

「いいわけがないだろう、アホか」

 考えを断ち切った声は、必然エレカのものである。

「あなたはどこまでも愚かですね」

「どこまでも敵と承知で時間を与えた貴様ほどじゃない」

「巡礼者禍福」

「俺ごときの名を存じていただいていたとは、光栄極まりない」

「交渉は決裂ですか?」

「待てと言えば待ってくれるのか? なら今しばし待て。今はまだグレイの、そこの大蛇の真意すら掴めていないんだ」

「掴めませんよ、あなたたちにはね」

 ルージュが諦観の声を吐き捨てる。

 その眼差しは、既にグレイに戻されていた。

 首か、肩か。

 全長から察するにそのくらいの位置のはずだと、ほとんど無意識に考えていた。

 我ながら常識的すぎる推察は、見事に裏切られることとなる。

「やはり竜ではない。鬼が竜になど成り得ない。あなたは異形、ただの異物に過ぎません」

 唱えるようにルージュが言った。

 見据える先で、胴体が生える。光に焼き切られた竜の胴体から、青白い胴体が姿を見せた。

 へその穴が見える。

 微かに膨らんで見えるのは胸筋か、あるいは乳房か。

 すらりと伸びていった腕の先には、揃いの剣を握る左右の手。

 二つの眼窩と、その下、ちょうど中間に位置する鼻、更に下には口がある。

 一言でいえば、それは人の顔だった。

 ただし血の気は感じられず、見開かれた眼窩にも目玉はない。というより、目玉が収まる眼窩そのものが極端に小さかった。浅い、と言った方が正確か。

 後からはめ込んだのではなく、最初から目玉も一緒に彫ってしまった彫像、そんな感じ。

「わ、わ、ワァァァアアアァァァ――ッ!」

 唐突だった。

 いきなり開かれた口が、何かを紡ごうとするも喚きだす。

 剣を握ったままの両手が滅茶苦茶に振り回され、竜の胴体や尾ものたうち回った。

 狂った化け物。

 それ以外のどんな印象も抱かせない、ただの壊れた何かだった。

「エレカ、奴はもう」

「とっくに壊れていたさ。そして、グレイの目的はとっくに果たされていた」

「……気付いていたのか」

「そう侮らないでくれ。私も神の末席に返り咲いた身だ」

 グレイの目的は、恐らくルージュを誘き出すこと。

 妖精王にとっての木々のように、アクタが義眼に魔力を注ぎ込んだように、山脈の向こう側でぬくぬくと溜め込んでいた魔力を吐き出させること。そのために叶わぬ覇者の宣言をした。叶わぬと知りながら、ルージュもまた放置はできない。

 もしも叶ってしまったら、有史以前から積み重ねてきた全てが水泡に帰す。

 その末路が、これか。

「アァァァアアアア…………アァ」

 異形が動きを止める。

 ルージュが地面を蹴ったのは、その瞬間だった。

 いくら奴でも、狙いも付けず振り回される剣よりは、まだしも意思を持った迎撃の方がマシと踏んだらしい。

 ただ一方で、俺には別の答えをくれる。

「やはりか」

「なんだ?」

 問うてくるエレカには一旦沈黙を返す。

 見ておきたかった。見ておかなければならなかった。ルージュの動き。グレイの動き。

 ルージュは一直線に走っていた。一際強く地面を蹴る。跳躍というより最早、飛翔。グレイは両手を抱き締めるように引き寄せ、反転。

 引き絞られた弦が矢を放つがごとく、一対の斬撃が宙で交差する。

 空中で上体を畳み、ルージュはそれを避けた。足が撓む。何もない空中を蹴り出す動き。エレカもやっていた。

 だが、妙だ。

 イスネアで見たエレカは――、プラチナムは、鳥よりも自在に宙を駆けていた。

 いや。首を振る。

 剣と腕の下を掻い潜ったルージュが、再びの突進を開始。剣を携え首元に迫るが、そのルージュを襲ったのは頭突きだった。なんと、まぁ……。巨竜から生えた肉体だ。人間の形に見えても、大きさは桁違いだったらしい。

 ルージュにとっては自身の上半身をも上回るサイズの額が予備動作もなく振り下ろされ、剣での迎撃も間に合わず衝突する。

 直後、目で追えたのは地面から吹き上がる土埃だった。

「なんだ、あれ……」

 化け物か?

 先刻自分で断じたはずなのに、脳が理解を拒んでいた。

「アァ。カァテェ」

 異形が鳴いた。

「カァ、カァ、カカ……」

 否。

「カテヌゥ」

 それは、言葉か。

 勝てぬ。

 異形が、恐らく、笑った。

「カテェヌ。カァテェヌゥ。ワガナァ、ワ――」

 土埃の中、ルージュが立ち上がっていた。

 距離があってよく見えない。しかし跳び上がった奴の下に、その名に似た紅が尾を引いたのが見えた。血か。流血。ルージュの再生の力は、妖精王やエレカより劣る。エレカに焼かれた腕は、まだ治っていなかったはずだ。

 それでもまだ、戦わざるを得ない。

 奴もまた、そう世界に強いられた者だから。

「ワガナァ……?」

「黙りな、さいッ!」

 叫ぶルージュの剣が天を衝く。

 剣は異形の右腕に阻まれ、そこへ左腕が横薙ぎに叩き付けられた。鮮血を零しながらルージュが宙を舞う。今度は尾が翻った。またしても地面に落ちる。土埃が吹き上がった。

「無様だな」

 傍らで笑い声。

「よく笑えるな」

「敵の窮地を笑わず何を笑う?」

 それが誇り高き姿かと、その横顔を見なければ吐き捨てていたところだ。

「バァイタァ? イィ、イヒヒッ、イィミィ……」

「畜生風情が、私たちの言葉を弄ぶなッ!!」

 ルージュの怒号。

 ゆらりと定まらぬ足で立ちながら、その剣が土煙を払い除ける。

「グレイ・グレー・グール。人を喰らった化け物が、この世界に生き続けた過ち。今ここで、私が正します」

「イヒヒヒッ! カテヌゥのォだ、リュウゥに、リュウジンにぃは」

「私は、勝ちます」

 剣が煌めく。

 対する異形の、彫像めいた目がぎょろりと動いた。

「エレカ」

「結論だけ言え」

 振り向きもせず、二つの姿を見据えたままのエレカが零した。

「お前は、なんのために戦うんだ」

 復讐か?

 誇りか?

 こんな意味の分からない、きっと意味なんてない戦いを目の当たりにして、お前は一体なにを思った。

 知っていたのか?

 どこかで。イスネアでプラチと分かたれた時に。そのプラチが言葉を話さぬ獣と化した時に。あるいは、生まれ落ちたその時に。

 世界の有り様を、救いようのなさを、祈り願う虚しさを。

「教えてくれ。エレカ。お前の戦う意味を」

 エレカは振り返らなかった。

 ただ、小さく呟く。耳を澄ましていなければ、聞き逃したであろう囁き声。

「ありがとう。痛かったけどな」

 答えになってないんだけどな、それは。

 笑おうか迷っていたら、不意にエレカが振り返る。

「覇者になるためだ。思い出した」

「……は?」

「そのためには、あの二人が邪魔だな」

 絶句。

 それ以外の言葉が浮かばなかった。

「援護しろ。それだけの力がある。お前は勇者だ。違うか?」

 否とは、言わせる気がないらしい。

「何をすればいい」

「決着を付けさせたくない」

「我儘だ」

「どっちも私の、私たちの手に余る。共倒れが理想だろう」

 エレカは笑っていた。

 何もかもどうでもよくなる、燃えるような笑みだった。

「策はあるか?」

「ないが、やるならルージュを追い詰めろ。奴は光の魔法を出し渋ってる」

「らしいな。まぁいい。最悪でも手はある」

 よく分からない。

 それなら俺に策を求める必要もないと思うが、あまり喜ばしくはない策なのだろう。

 顔に出したつもりもないのに、エレカは微笑とともに頷いた。

「先に謝っておくよ、カレン。ごめんな」

 謝るくらいなら――。

 小言を言おうとして、諦めた。聞く耳なしとばかりにエレカは駆け出している。

 まぁ、覇者になると言ったんだ。

 ルージュとグレイを巻き込んでの自滅なんて、そんな馬鹿げた真似はすまい。

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