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八十九話 神たる力

 グレイはグレイだ。

 だから当然、ティルではない。

 分かっている。

 だけど、我慢できなかった。我慢なんて許されなかった。

 グレイはティルの姿をしている。人喰いなどという呼び名の所以かは知らないが、ティルの肉体は森に眠り、ただ姿だけを借りたグレイが今まで私たちとともにあった。

 そう、今までだ。

 今はもう、息もしていない。一人だったはずのグレイは、二つになっている。ティルの姿のまま。

 あぁ、だからダメだ。

 槍を構えた妖精王が何をしようとしたかなんて分かっている。挑発だ。私から余裕を奪って、今度こそ決着を付けようとしている。逃げの一手など選ばせまいと。

 分かっているんだ。

 だけどその挑発に乗らなければ、奴はどうする?

 構えられた槍は、何を穿つ?

 許せるものか。

 無惨な姿になったティルを鮮明に思い出せる。思い出せてしまう。二度もやらせるか、やらせてなるものか。

 どうして許せるだろう。

 たとえ挑発だと分かっていて、だからとむざむざ二度も踏みにじらせるなど、どうしたって許せるはずがなかった。

 流れる景色に、自分が駆け出していたことを教えられる。

 まだ足りない。遅すぎる。思った時には、足が蹴り出していた。逃げ場のない空中。つい先ほどは私が妖精王を誘い込んだ、ある種の死地。

 妖精王が口の端を吊り上げる。

 喜悦か嘲笑か、そんなものに興味はない。

 グレイの死体に構えていた槍の狙いを、私に切り替える。それだけで十分だ。目的は果たした。

「だからお前たちは愚かなのだ。履き違えた誇りに取り憑かれる亡者どもが!」

 円錐槍が私を貫く。

 そんな末路は、しかし訪れなかった。

 突如として膨れ上がった炎が妖精王を包んだのだ。歓喜にも似た憎悪が腹の底から沸き上がる。炎の出処など明白だろう。

「ははっ、私ならそうする!」

 プラチだ。

 だが炎の威力は目に見えて落ちている。精々目眩ましになったかどうか。それでも多少なり時間を稼げたなら、欲をかく余裕も生まれる。

 足掻く余地がある以上、唯々諾々とやられてやるわけにはいかない。

 まずは空間。

 超至近距離では膂力に優る妖精王に分がありすぎる。プラチが作ってくれた僅かな時間で、どうにか槍の射程から抜け出すために――

 そう高速で頭を回す中、不意に見えてしまった。

 妖精王も見たか、そうでなくとも感じ取っただろう。

 逸りすぎだ。

 妖精王の後方、ただ死角と言うには側面に寄りすぎた位置にカレンが躍り出ている。何をする気だ。混乱する脳が咄嗟に言葉を紡ごうとするも、声にならない。

 徒手空拳。剣や槍はおろか、錫杖すら持たないカレンだ。炎に巻かれてなお痛痒も感じていないかに見える妖精王相手には、長大な刃物があっても届かない。なのに拳一つで何ができる?

 威力不足は承知の上か。

 踏み込んだ足が地面を強く蹴り上げ、空中に身を躍らせる。上段への回し蹴り。常人離れした速度の、だが私や妖精王の目なら十分に追えてしまう一撃。逃げ場はない。追撃や迎撃を打てる状況でもない。

 あまりに無謀。

 カレンらしからぬ捨て身の攻撃だったが、狙いだけは正確だった。

 恐らくは首。常人ならば致命傷は免れない。逃げても顎や頭を掠めるだけで昏倒する。

 そう、常人なら、だ。

 妖精王は尋常ではない。人間でもない。そんなことも分からないはずないだろうに。

 助けるか? ――いいや、無理だ。間に合わない。踏み込めば共倒れになる。だったら。

「プラチっ!」

 詫びるつもりはない。

 カレンだけじゃなくて、グレイにも、アクタにも。ただ勝つことだけが、妖精王を葬ることだけが手向けになると言い訳しようとしていた。

 だがしかし、叫びながら見据えた先に、思い描いていた未来は訪れない。

 カレンの蹴りは、ただ炎を引き裂くだけだった。妖精王には届かない。妙な話だ。

 まともに受けたところで痛手にはなるまい。受け止め、剣を失い空になった左手で捕まえれば反撃できた。そうでなくともグレイやアクタをそうしたように、魔法の蔦で絡め取ってもよかっただろう。

 絶好の機会だったはずだ、カレンを排除するには。

 それなのに妖精王は、馬の足には難しいだろうに横に跳んでカレンの蹴りを避けていた。必然、私とも距離ができる。グレイの死体に手出しもできない。

 どうして。

 カレンくらい、妖精王なら造作もなく……あぁ、そういうことか。

 急所への攻撃を避けてみせた妖精王は、カレンではなく私を見ていた。好機も何もない。最早、眼中にないのだ。それよりも私相手に隙を見せる方がよほど危険に繋がると。

 それならカレンに感謝しよう。

「力を寄越せ、全て――ッ!」

 喉から手が出るほどに欲しかった時間ができた。空間もある。

 事ここに至って、妖精王が警戒するのは私ただ一人。神の一人だったグレイを倒し、魔王の配下だったアクタも倒した今、妖精王に対抗しうる力を持つのは私だけというわけだ。

 その見立ては、半分は正しい。

 間違っている半分は、残された私とて妖精王に届きうるかは怪しいところか。

 だが、知ったことじゃない。警戒する以上、警戒せざるを得ない事情があるのだ。まだ可能性があるのなら、手遅れになる前に、やれる限りの全てを尽くす。

「エレカっ?」

「早く! 遠慮も容赦も、今更だろう」

 叫び、剣を構える。

 下段に。

 妖精王の得物は円錐槍のみ。鈍器のごとく振り回すこともできるが、最も威力を発揮するのは当然突き出した時だ。それを弾き返す腕力はない。矛先を逸らすだけなら、下から叩く方がいいだろう。

 そして相手も、ここまで堂々と叫んでいれば意図を知る。横跳びから一転、重心を前に寄せた。嘶くがごとく前足を持ち上げ、鋭い眼光も私を射抜かんと狙いを定める。

「ふざけた真似を――」

「ち、ち、ちぃぃぅ!」

 何が正解だったかなんて分からない。

 最初から目を閉じて、眼前の現実さえも見なかったことにすればよかったのか。

 でも、時は遡らない。現実はいつでもそこに横たわり、目を瞑ろうが耳を塞ごうが逃げられはしない。

 だから答えは、二つに一つだ。

 己も生きた過去から目を背けるか、己の犯した過去に目を向けるか。

「嗚呼、知っている」

 名乗りを上げよと、何かが命じる。

 相反する二つの過去が混じり合い、溶け合って、脈絡のない感情ばかりを編み上げていくようだった。

「――ッ」

 重く鋭い槍が耳を掠めた。

 細い痛みが尾を引き、幾本かの髪の毛が散るのも見えた。

 それだけだ。

 と、背後に魔力に感じた。蔦か。それを燃やし、一歩前へと踏み込む。長柄は遠心力が厄介だ。振り回させたら威力が跳ね上がる。だったら最初から距離を詰めればいい。

 円錐槍の、私よりも太いであろう胴体に刃を叩き付ける。

 斬り裂けはしない。ただ、揺らいだ。即座の反撃はない。見て取るや、身体は自然と動き出す。叩き付けた剣と、その先の槍を支えに、足を蹴り上げる。

 狙いは槍を握る右手。

 妖精王は逃げなかった。強かに蹴り付けたはずが苦悶の声の一つもなく、すぐさま左手が伸ばされる。意識を集中させ、局所的な爆発を見舞う。……が、狙いが逸れた。

「チィ――ッ」

 それでも左手を僅かなり逸らせることには成功して、後ろに数歩飛び退る猶予はできた。距離を取り、正対する。

 見えるのは面倒臭そうな顔。こうなる前に仕留めたかったのだろう。

 私も少し、後悔はある。

 いや、嘘だな。

 少しばかりじゃなく、反吐が出そうな気分だった。

「ち! ちぅ!」

 それはもう言葉ではない。

 か細く小さな鳴き声が地面から聞こえ、見て見ぬ振りをするのが精一杯だった。憐れみはしない。謝罪もよそう。私の代わりに怒りを背負い、そして一匹の獣と化した半身。

「ルネ! お前たち! 主人の片割れだ、頼んだぞ!」

 私が抱き上げるわけにはいかない。私が対峙しているからこそ、妖精王はプラチを追えずにいるのだから。

「新しき神、プラチナム。完全体の顕現とは、骨が折れる」

「なら、その短い尻尾を巻いて逃げればいい」

「たかだか数割、いいや一割に達するかどうかの力だな。それしき取り戻した程度で吠えるな。我が子らの醜態、これ以上見たくはないのだ」

 まともに取り合う気はない。

 言葉の上で、正しいのは奴なのだろう。最後にプラチが見せた炎。あれが全力だとすれば、私の半分も力が残されていなかったのは明らかだ。

 対して私は、全力を尽くしてなお妖精王の左手から剣を奪い取っただけ。それも再び作られてしまえば意味がなくなる。活路は未だ見えていない。

 どうすればいい?

 問うて答えが返されるなら、そんなに楽なこともない。

 しかし幸か不幸か……否、どう足掻こうと不幸ではあるのだが、戦場はあまりに単純化してしまった。妖精王の目にカレンが映ることはない。私と奴、一対一の戦場だ。

 慣れない力で、周りにまで気を配る必要がないのは幸運だろう。

 それと引き換えに戦力を……命を奪われているのだから、喜べはすまいが。

「まだ勝ち目があると考えているのか?」

「貴様とて無限の力を持つわけじゃないだろう。持っているなら、四の五の言わず叩き伏せればいいだけだからな」

「無論だとも」

 平然と認める妖精王。

 否応なく底知れなさを感じさせられるが、あるいは単純に、ありのままを見せているだけなのか。

「だがそれは、お前の剣が我に届く理由にはならない」

「どうだろうな。……ただ、試せば分かることだ」

 言って、剣を構える。

 妖精王も応じるかのように槍を構えてみせた。

 それは奴の余裕か、それとも奴なりの矜持のつもりか。どちらでもいい。結局、私が成すべきは一つだけ。

 そして優位は敵にある。

 弄する策も私にはなくて、選べたのは正面からの突撃のみ。

 再びの下段からの斬り上げ。妖精王は当然、槍を突き下ろしてくる。軌道は分かりやすい。衝突の寸前、私だけが僅かに重心をずらす。

 互いに予期していた展開だろう。

 重心移動の瞬間を狙い、妖精王が右手を伸ばしてきた。あからさまな罠だ。かといって避けないわけにもいかない。

 逃げた先、地面から瞬く間に成長してきた蔦を炎で焼き切る。その炎に私自身も巻かれるが、不思議と熱くはなかった。肌や髪どころか服にも煤一つ付かない。

「よくも裏切りなどと吠えたものだ。お前はまさしく反逆の神。それは燃えた森の怒りではなく、森を燃やす力ではないか!」

 妖精王が何事か叫んだ。

 確かにプラチは……いいや、今となっては私自身か。私は森を燃やした。それが先人たちの選んだ道とはいえ、犠牲になったものは大きい。母もその一人だ。

「だから、どうした?」

 煤と黒煙を払うがごとく、握り締めた剣を振り抜く。

 当たるわけがない。妖精王は余裕綽々と射程の外へと跳び、反撃の構えを見せる。

「やはり愚かだ」

 鋭い突き。

 どうにか剣で振り払うも、直後に足を取られた。また蔦か。踵を踏み鳴らし、弾けた炎で焼き払う。

 瞬間、目の前に鈍色が迫っていた。

 咄嗟に剣を掲げ――ようとして、弾き飛ばされる。

「我の子としては矜持が足りぬ。神としては覚悟が足りぬ。神とは何か? 終焉さえも我が物とする傲慢な存在だ。王とは何か? 終焉からも民を守る崇高な存在だ。ヒトとは何か? 終焉を恐れ、救いを希う無辜の存在だ」

 朗々たる言葉。

 眼前に槍を差し向けながら、止めを刺すでもなく講釈か。

「お前は、あまりに半端者だ」

「そういう貴様は、よほどお喋りが好きらしいな」

 妖精王の得物は円錐槍だ。

 刃のない側面に手を添えて支えとする。ため息をついた妖精王が槍を引き戻す頃には、私の右足は地面を離れていた。カレンのそれを真似た上段蹴り。

 助走の代わりに炎を逆噴射させ、避ける気配も見せなかった妖精王の側頭部を狙う。

 ――だが。

「何故、それで届くと思うのか」

 妖精王の右手が、私の右の足首を掴んだ。まるで岩かと錯覚するほど動じない。否、岩であれば砕けくこともできただろう。

「チッ」

「品のない」

 掴まれた右足を軸に左足も跳ね上げる。踵からの回し蹴り。

「曲芸なら見飽きた。想像の裏をかかねば、ただの力の無駄遣いだ」

 妖精王が右足を引っ張ろうとした瞬間を狙って炎も見舞うが、鬱陶しそうな表情を引き出すだけだった。左足が空を切り、全身が宙を舞う。放り投げられたのだ。

 そうと分かった時には、既に槍が私を狙っている。

 突きならば、まだ避けられた。爆発的な炎に自らを巻き込んで、槍と私自身の進路を逸らせば済んだ話だ。

 妖精王はそこまで読んだ上で、だからこそ、刃のない側面から叩き付けてきた。質量に加え、圧倒的な膂力の乗った面の一撃。炎で逸らすこともできず、もろに受ける。

 反射的に盾とした腕が次の瞬間には砕かれ、そのまま脇腹を衝撃が襲った。

「ぐ――ッ」

 地面に叩き付けられ、悲鳴もろくに上げられない。

 痛みが視界を焼く。

 右肩から先の感覚がない。と安堵した直後、更なる激痛が脳まで走り抜ける。

「ほう? まだ形を保っているか」

 妖精王の声には純粋な驚き。

 くそったれ。

 思いが喉から外に出ることはない。そんな余裕もなかった。無意識のうちに働かせていた治癒魔法に魔力を注ぎ込み、右腕を再生する。脇腹に異物感を覚えて手を伸ばせば、硬いものが突き刺さっていた。

 目では見ずに、引き抜く。

 激痛が情けない声を引き出したが、再生の妨げとなるものはなくなった。

「貴様だけの、権能では、あるまい」

 強がる声も途切れ途切れにしか吐き出せない。

「痛みでろくに動けぬのでは、戦いにはならないがな」

「情けでも、かけているつもりか? それとも、良心の呵責でも? ……くそっ」

 痛みに悪態をつく。

 睨んだ先に、憐憫にも似た眼差しを見るのが心底我慢ならなかった。奥歯を噛み締める。血の味。頭が熱くなるほどに魔力を循環させ、強引に激痛の残滓を払い除ける。

「私はエレカ・プラチナム・アーレンハートだ。私ある限り、貴様を我らの王だとは認めない」

「口上のつもりか? だとすれば滑稽にも程がある」

「笑う余裕があるのか? その慢心が貴様を殺すぞ」

「あぁ、そうだといいな」

 剣を握る。

 そうしようとしてようやく、それが既に手中にないことを思い出した。

 咄嗟に鞘を探るも、妖精王が一直線に突っ込んでくる。半身で避け、構えた手の先に意識を集中。できるか?

「いや――」

 膂力で太刀打ちできない以上、やるしかないんだ。

 すれ違いざま、妖精王が槍を振り回す。急停止と急旋回、勢いを乗せた槍の一撃を、編み上げた長剣が数瞬だけ受け止めた。

 そして、砕け散る。

 炎が四散し、視界を覆った。図らずも生まれた隙で距離を取る。

「この期に及んで逃げの方策とは――ッ!」

 妖精王の憤る声。

 そんなつもりじゃなかったんだけど、と笑ってやる暇もなかった。

「ンぐ……っ!?」

 晴れゆく炎の向こう側、またしても予期しなかった光景が待っていた。

「……なんのつもりだ?」

「いやなに、俺のことを忘れた頃かと思ってな」

 妖精王の眼下。

 馬の身から人の上半身が生えたような体躯はかなりの長身を誇り、あるいは足元こそ死角になっていたのか。

 そこにカレンが立って、弾き飛ばされた私の長剣を突き出していた。

 だが、無駄だ。

 それが見た目通りの人の身であれば、心臓があるはずの場所。そんな急所を貫かれてなお、妖精王の目に苦悶の色はない。ただ驚きと、軽蔑にも似た呆れが覗くだけだった。

「愚かな」

「愚か、愚かと貴様は言う。けどな、人間とはそも愚かなものよ」

 カレンが長剣の柄から手を離す。

 遅い。

 否、どうして来てしまった。

 私がいけなかったのか? 思わず考えてしまった。勝ち目のない戦いなど続けず、さっさと負けを認めていたら無駄な犠牲を出さずに済んだと?

 あぁ、くそ、分からない。

 失策は失策だ。

 だというのに後悔がないのだから、私はもう、私が知る私ではなくなっていたのだろう。

 半ば呆然と見やる先。

 逃げるにはあまりに遅すぎたカレンに向けて。

「フシャァ――」

 槍が突き出されると同時、黒い影が突進していた。

 カレンの身が弾き飛ばされる。そして次の瞬間、鮮血が噴き上がった。

「リュー、オ……?」

 突き飛ばされたカレンが小さく零す。

 その視線の先で、槍に貫かれたリューオがドサ、べチャリと二度の音を立てて地に落ちた。

「……馬鹿な」

 我が目を疑う光景。

 私も思ったし、カレンにはより強く感じたことだろうが、愕然と声を漏らしたのはどちらでもなかった。

 生々しく、今にも湯気を上げそうな血で槍を濡らした妖精王が、ぎこちなく首を回す。

「お前か、プラチナム……ッ!」

 なんのことだと返す猶予もなかった。

「訂正しよう。貴様は我の子などではない。穢れた森の神め」

「世界樹を割った貴様が言うか? 己で殺しておきながら何を喚く」

「黙れ! それ以上その姿で喋るでないッ!」

 激昂する姿に違和感以外の何を抱けというのか。

 グレイを殺し、アクタを殺し、カレンを殺そうとしてリューオを殺した。怒りを覚えるならば私だ。どの口で言っている。

「ひれ伏し改心するならば取り立ててやろうとも考えたが、最早論ずるに値せぬ」

 どこまでも傲慢な在り方。

 対話など、和解などあり得ないと知っていた。だがしかし、ここまでとは。

 手を尽くしてなお、勝つ可能性が見出だせないまま。

 けれども戦い、勝たなければ、礎となった死者たちに申し訳が立たない。

「世界よ、とくと聞け! 我こそが妖精王である! 我こそが、断罪者であるッ!」

 ふざけた話だ。

 高らかに口上を叫んだ妖精王が、胸に刺さったまま痛痒すら覗かせなかった長剣に手を伸ばす。

 それを引き抜く瞬間を狙おうとした私の前に、未だ衝撃から抜け出せていない表情のカレンが手を出してきた。なんのつもりだ。押し退けてでも攻勢に出るか悩んだ、その数瞬が決定的となった。

「到達者よ、まずはお前か……ら?」

 引き抜かれた長剣。

 その切っ先を追いかけるように、鮮血が迸った。

「……?」

 妖精王が首を傾げる。

 それから不思議そうに自身の胸を見やって、言葉になっていない声を漏らした。

 上半身は人の身だ。刺さった剣を抜けば血くらい出るだろう。胸を貫かれて死なないどころか、痛みに呻かなかったことがおかしなだけだ。

 しかし、それが妖精王である。

 妖精王の身にもかかわらず、溢れ出る血は止まらない。

「何をした! 何を――ッ!?」

「きひひひひひっ!」

 取り乱す妖精王の声に、まるで応えるかのように持ち上がったそれ。

 聞き慣れた声。

 聞き慣れない笑い声。

 ティルの声で、笑うグレイ。

「よくやったのじゃ、カレン」

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