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84.5話 暗躍者?

「望外の士気だな」

 窓際に立つ男が零すのは、安堵にも諦観にも見える曖昧な笑みだった。

 男の名はオイゲン・シュトラウス。

 魔王の力で帝都を、延いては帝国を乗っ取ったと陰で囁かれる宰相である。

「なんでもエルフの王が兵の前で演説なされたとか」

「エルフの王? エレカ・プラチナムといったか」

 呆れ声を押し殺し、部下の声に応じるシュトラウス。

 念頭にあるのは娘……と公には呼べぬ、ヒュームならざる姿と化した人物の言葉だ。

「そう器用な性格ではないと聞いたが」

 更に言えば、己の目も衰えてはいまい。娘と同じ判断を下したがな、と声には乗せず脳裏に転がす彼に返された言葉も、また同意のそれだった。

「だから、なのでしょうね」

「忘れていた隣人の情熱に絆されたと」

「軍人とは軍令に従うもの。しかし、それとて国に忠誠を誓えばこそです」

「兵にしても、私は逆賊にしか見えんか。事実そうであろうとも思うが」

「僭越ながら、閣下は良識派でありすぎました。それゆえに却って――」

「気が触れたようにでも見えたか? ……いい、今は実利的な話を優先しよう」

 誰に似たか、とシュトラウスは心中で自嘲を零す。

 カレンという名の、アーレンハートと今は呼ぶべき人物。彼女はシュトラウスにとって、手の内を知られすぎた天敵と言っていい。むしろ、教えすぎた、と表現するのが正確だ。

 六公爵の一席は、市井が思い描く安楽椅子とは程遠い。

 その公爵家に生まれ、しかしカレン・シュトラウスという名の少女ほど数奇な運命を生きた者も稀だろう。

 シュトラウスは唯一愛した妻を既に亡くしている。妻との間に残されたのは娘が一人。婿でも取らせるかと弾きかけた算盤は、不治の病によって御破算となった。

 天導病。

 もしもそれが病の名でなく、何かしら命を持つ者の名であれば、まず間違いなく一人の父として、男として斬り殺したことだろう。幸か不幸か、一人娘は母に似ていた。たった一人の忘れ形見だ。

 助からぬ運命と言われたところで、どうして受け入れられようか。

 ありとあらゆる手を尽くした。

 犯した罪の数々が帝室に知られれば、帝国が誇る六公爵は五公爵に改められたことだろう。だが、やってのけた。護身から政治に至るまで、教えられる全てを教え込んだと言っていい。

 お陰で顔を合わせれば冷たい眼差しと冷たい声を向けられる羽目になったが、侍従たちには未だ幼い顔も覗かせるという。その笑顔を目にできない不幸も、だが、娘が笑っている幸福に比べれば安いものだ。

 しかし、運命はまたも彼を、彼女を嘲笑った。

 世界でさえも、立ち塞がるというなら斬り殺そう。誰に誓うまでもなく、ただの必然として吐き捨てる主人を前に、側近でさえも一言で断じた。

『箍が外れたのだ』

 いつの時代、どんな国にも運命に恵まれなかった子供は多い。親を失い、あるいは捨てられ、はたまた見限り。それでも庇護がなければ堕ちるところまで堕ちるしかない子供たちに手を差し伸べてきた。

 理由も目的も明白である。

 だが幸い、憐れむ者はいても見咎める者はいなかった。

 愛した妻を失った公爵が、たった一人の娘まで魔神に殺されたのだ。事実はどうあれ、世間はそう見ている。政治というものを知っている者でさえ、彼の行動を咎めはしなかった。

 慈善活動に見せかけ、養子とするに足る子供を探しているのだろう、と。

 表向きは対立構図に近かった他の公爵家といえど、跡継ぎを残さずに当主がこの世を去ることを望んでいたわけではない。それどころか、実際には彼が養子を迎えることに諸手を挙げて賛成した。

 国の地盤が揺らぐより、弱体化した政敵と仲良く付き合う方がいいに決まっている。

 かくしてシュトラウスの『子供』たちは帝国中に散りばめられた。無論、大多数は己を窮地から救われた、不幸ではあったが幸運でもあった一人としか思っていないだろう。

 そうした大多数が目眩ましとなって、少数の側近……有り体に言ったところの、私兵が各地に潜伏できた。

 フルート家の現当主がほとんど教会の傀儡と化していることも、とっくの昔に掴んでいた事実である。であればこそ正義感の強い『将軍』も送り付けてやった。裏切りの将軍をルーツに持つ男だ。国に忠誠を誓いながら、夜になれば教会の犬と仲良く腰を振る駄犬を見過ごしはすまい。

 ゆえに将軍と呼ばれることを大いに嫌う男は、どこまでも忠誠心を示そうとする。

 事実上の左遷に際し、こっそり公爵家への疑義を耳打ちしてやれば、幻想の密命に邁進するだろう。メイディーイル軍など、最初から相手ではなかった。

 とはいえ、手を汚さないに越したことはない。

 エルフの王を演じる小娘の演説に心打たれた兵士たちは、今までにない士気を見せている。世の中に絶対などありはしないが、彼女が戦争と呼ぶ小競り合いで何かが揺らぐこともなし。

 それよりも警戒すべきは、世界そのもの。

 どれほど憎んでも憎み足りない世界に、まさか反逆できるなどとは思いもしなかった。

 裏切り者と揶揄される宰相は、その事実に堪えきれず笑みさえ零す。

「せめてアンクティルも巻き込めたらよかったのだが」

「変化は痛みを伴うものです。公爵家をいきなり半減させては、帝室に対する信頼とて揺らぎかねません」

 側近が口にした懸念はシュトラウスもすぐさま頷けるものだ。

 だとしても、目障りな政敵を潰せる好機だった。文字通り断絶させたかったが、それで国が傾いては元も子もない。いくら世界を憎もうと、国を愛する心まで忘れたわけではなかった。

「だとしても、フルートは最早救いようがない。傀儡を失った教会は畢竟、次の傀儡を求めてオルランドに求愛だ。せめて当主には失脚してもらわねば」

「当主には、ですか?」

「カルリト・オルランドは頭が切れる。下手に手を出せば火傷しかねん」

 彼が出したのはオルランド家の跡継ぎの名。

 実父であるオルランド家の現当主とは距離を置きつつ、それでいて軍や帝室関係者とは密な付き合いを持っていた。オルランド家と古い友好関係にある者は言うまでもなく、反対にあまり距離を詰めてこなかった者たちでさえ、次の世代は違うのではないかと期待を抱いて歩み寄る。

 主観的な好悪はさておき、切れ者という評価を否定する者はいまい。

「でしたら一つ、策というほどではありませんが、道具があります」

「道具?」

 はい、と差し出されるのは、見慣れた手形。

 フルート家の印が刻まれたそれは彼の娘……ではなく、その同道者だったエルフが持ち込んだもの。それも無用の長物であった魔法道具を換金したつもりが、現金と手形でさえ無用の長物と化してしまったという笑うしかない惨状とともに。

「なんでも現当主自らが剣閃の名を付けたとかで、随分と信用を勝ち取ったようです」

「だからといって、たかが手形だ。そんなもので工作をしようと……」

「ですが宰相、カルリト・オルランドは美青年と評判ではありませんか」

 手塩にかけて育てた、腹心と言ってもいい部下。

 そんな人物がこうまで邪悪な笑みを浮かべるとなると、シュトラウスも己の罪を省みないではない。もっとも、改心の必要までは認めなかったが。

「フルート家の現当主様が重用なさっている従者を見たことがないと? あれが奴の本性だがな」

「僭越ながら、宰相は完璧主義であらせられる」

「慇懃無礼を咎めるつもりはないが。……で? フルートの当主とオルランドの跡継ぎが内通していたとでも風聞を立てるつもりか? やめておけ、リスクが大きすぎる」

 貰った道具だ。なんとかして使いたいと欲が出るのはシュトラウスにも分かる。

 しかし、そもそもは疑り深い実の娘の信頼を勝ち取るために受け取ったものに過ぎない。手形とは本来、信用を盾に必要なものを引き出す道具だ。それを考えれば既に用済みと言ってもいいものだった。

 手形と引き換えに衣食住を提供し、味方に付くと太鼓判を押す役目を果たしたのである。

「それよりも大きな懸案があるだろう」

 実際のところ、大きな、どころではない。

 重大という言葉でも足りず、かろうじて浮かぶのは深刻の二文字。

「グレイ・グレー・グールといったか。あのエルフの皮を被った化け物の要請についてはどうなっている」

 その要請の中身は、何があっても文字に残すな、口にも出すなと厳命されている。

 厳命だ。

 素性も分からぬ小娘が、手段はどうあれ一国の宰相にまで上り詰めた男に。

「調査は、致しました」

「では?」

「遂行は不可能かと」

「この短期間で断言しうるほどか?」

「断言できないのは、木と言われて薪しか思い描けない子供だけでしょう」

「まさしく、その通り。……だが、であれば、あのエルフが見た目通りの子供だとでも?」

 馬鹿なことを言うな、と吐き捨てたくなる思いだった。

 書くな喋るなと厳命しておきながら、中身に関しては要請に留められたそれ。

 実態は、森を燃やせというものだった。

 もっと踏み込んだ表現をするなら、

「そもそも帝国広しといえど、エルフの森とは」

「王が出陣したからと気を抜いたか? やめておけ。あれは人の身には余る化け物だ」

 近隣のエルフの森を燃やし尽くせ。

 そう要請してきたグレイという名の小さなエルフを前に、シュトラウスの本能は僅かたりとも気を許すべきではないと訴える。

「ですが、あまりに信じ難い話です」

「信心が神や王の力になると? それを言うなら、神や王が戦争しているなどという話からして与太話どころの騒ぎではないな」

 曰く、教会の背後にはオール・ルージュ・オールドーズなる神がいる。

 教会がオールドーズの名を掲げたのは、その神に信者の祈りや願いを集めるため。神は祈りや願いには応えない。しかし世界は、人々の祈りと願いを聞き届け、それに応じた力を神に授けるという。

 胡乱な話だ。

 だが化け物は、大真面目な声音と、ふざけた口調で言ってのけた。

 今回のアカラト湖における戦いでは、その信心の差で勝敗が左右されると。

 対するはオールドーズの手駒、妖精王。妖精王は呼び名の通り妖精たちの王であり、エルフの祈りや願いを己の力に変えるという。

 だからこそ、妖精王を味方と信じるエルフには生きてもらっていては困る。

 エルフの姿をしていながら、騙っているだけとはいえエルフの王を名乗る人物に付き従う素振りまで見せながら、あの化け物は『要請』してきたのだ。

「あれの要求だけでも荷が重いというのに」

「お言葉ですが、随分と……」

「慇懃無礼な貴様のことだ、謙虚とでも言いたいのか? 馬鹿を言え」

 あれは私の娘だぞ、と吐き捨てられるならば吐き捨てている。

「戦勝に乗じて、親教会派を一掃せよ。願わくば根絶やしにせよ。それは、嘘偽りのない本心だろうさ」

 一人は、勝つために、と要請する。

 一人は、勝ったなら、と要求する。

 どちらも等しく、側近に言わせてみれば信じ難いことに、世界の真理を微塵も疑わない。

 夜が明ければ太陽が昇り、また明日がやってくるのだと、自分たちが信じているのと同じように。

「しかし宰相、それは言われずともやっていたことでは?」

「あれの言う一掃は、文字通りの一掃だ。最後の一人までも掃いて捨てろと要求している」

「現実的に不可能だと、分からない方ではないと存じますが」

「そこまで言っておいて分からないのか?」

 つまりは、不可能を可能にしろという要求だ。

 どれほど己を過大評価した馬鹿でも、荷が重いと匙を投げたくなるに決まっている。

「……頭が痛くなりますね」

「まったくだ」

 吐き捨て、しかしシュトラウスは天井を仰ぎ見るわけにもいかなかった。

「だが、微力であろうと尽くさなければ、帝国に未来はない」

「何故でしょう。理由をお聞かせ願えますか?」

 幸いにして、迷惑千万の客人が一宿一飯の恩とばかりに厄介な敵を引き付けてくれている。確かに不可能な要請と要求は突き付けられたが、だったら不可能でしたと答えればいい。

 難しいことではないでしょう、と訳知り顔で胸を張る側近に、シュトラウスは苦笑を返す。

「余所者が、戦っている。対して、我々は?」

 そう、難しいことではないのだ。

「帝国人が帝国を守らず、どうして帝国に未来があると?」

 まさか教会に縋って庇護を求めるとでもいうのか。

 帝国という名だけを残し、あるいはお飾りの帝室も残し、中身は教会にすげ替えられる。それを帝国と呼べる者は、なるほど一掃すべきだろう。

 シュトラウスは大きく息を吸い込んで、これ見よがしにため息をつく。無益な問答はそれで終わりだ。

「さぁ、私たちも仕事をしよう。まずはエルフの森を兵糧攻めだな。北と北西は大部分を帝国領の行商に頼っていたはずだが、それならできるだろう?」

 打てば響く。

 笑顔で言った上司に、部下も笑顔で応じた。

「勿論です。もう何年も、エルフに流す余剰などなくなっていますからね。とっくに飢えていてくれればいいのですが……」

「であれば結構。我々が木を燃やさずとも、代わりに飢餓が森を焼き尽くしてくれるよう祈ろうではないか」

 でなければ、まぁ、詫びの言葉を準備しよう。

 帰ってくるエルフの小娘の顔を想像し、二人は揃って笑顔を消した。

「次の懸案だが」

「はい」

 冗談で笑い合う暇など、そうあるものではないのだ。



   × × ×



 時を同じく、他方、メイディーイルにて。

 帝都の二人とは打って変わり、こちらの二人は窓もない暗闇の中に立っていた。

 二人を照らすのは魔力を糧に灯る微かな明かりが一つ。部屋の隅々にまで行き渡るほどの光量はなく、二人の男は……否、男と少年と呼ぶべき二人は闇の中、ぼんやり浮かび上がるようだった。

「本当に任せてよいのだろうな」

「まさか僕を疑っておいでで?」

「いや、いや! まさか、そんなはずはないが、しかし……」

「しかし?」

 ニヤニヤと今にも声を上げて笑い出しそうな少年に対し、男は不安からだろうか、手を組んでみたり揉んでみたり落ち着きがない。

「剣閃殿は、確かに凄腕の巡礼者だった。そうは言っても、相手は魔王の尖兵だというではないか。いかに剣閃殿でも……いや、それを言えば、剣閃殿も少し様子が妙だった」

「なに、心配は無用ですよ。あなたは外套越しにしか彼を見たことがなかったから、様子が違って見えるだけです」

 本当にそうだろうか、と男は許されない猜疑心を自覚する。

 頭まですっぽりと外套で覆った剣閃と、そう多くの言葉を交わしたわけではない。それでも信頼できる、言い換えるなら、分かりやすい人物に思えた。嘘が下手だろう、とも。

 一方、巡礼者緋色が連れてきた男はどうだ。

 見るからに尋常ではないと分かる長剣を腰に差し、次の瞬間にも掴みかかってくるのではないかと思わせるほど獰猛な目つきをしていた彼。

 前に見た時と違う剣は、有事のためにオールドーズ教会の総本山より贈られたものだと聞かされはしたが、何か大切なことを見落としている気にさせられる。

 だがしかし、猜疑心を抱くことを、その男は許されていない。

「僕の言葉だけでは信じられないというなら、致し方ありません。数日はかかってしまいますが、より上位の使者を――」

「とんでもない! それには及ばないよ。君のことを疑うだなんて、そんな馬鹿なことあるはずないじゃないか!」

 鼻息荒く叫ぶ男に、少年が返す冷たい眼差し。

 それに気付かぬほど、公爵家に生まれ跡継ぎとして育てられた男の目は悪くない。歳は重ねたが、まだ老人にはなっていないつもりでもある。

 ゆえに、そう、男は騙されているわけではないのだ。

 ただ些か、遊ばれている自覚はあるものの。

「もう長いこと帝国は平和すぎた。お陰で僕も、これほどの有事には直面せずに済んでいたからね。もしかすると、僕の方が普通じゃないのかもしれない」

 少年に向けたものか、自分に向けたものか。

 どうあれ言い聞かせるように言葉を吐いた男は、小さく……本当に小さく、ぽつりと声を漏らした。

「あぁ、だから結局、剣閃殿に祈るしかないのだろうね……」

 一度は自らが支配する街にまで攻め込んできた魔物。

 あの時も『将軍』は頼りにならず、街を救ってくれたのは『剣閃殿』だった。男の脳裏には、そう刻み込まれている。

 ゆえに此度も、また。

 相手が魔王の尖兵だというなら、なおのこと。

 少年のことは疑うことさえ許されないが、疑う必要がなかったことも事実である。

「落ち着かないのであれば、支度をしてはどうでしょう」

 耳の奥にまでするりと入り込んでくる、甘い声。

 どこか遠くへ彷徨いかけていた意識が眼前に引き戻され、はたと我に返った男は首を傾げる。

「支度? 出兵の手配なら既に……」

「出兵ではなく、凱旋ですよ」

 おかしなことを言う。

 脳裏をよぎった一言を、しかし男は飲み込んだ。

「凱旋、凱旋か。なるほど、言い得て妙ではあるね」

 確かに男は、メイディーイルという要衝を任された。大任である。だが他方、同格のはずの『あの男』はどうだ?

 男の胸中に、むくむくと急速に育つのは、野心と似て非なる暗い感情。

「帝室の方々も心労に参っていることでしょう。無論、解放の暁には臣民の前に立っていただかなければなりませんが……」

「実務は、そうだね、僕たち公爵家で肩代わりすべきだろうね。だとすれば急いでアンクティルに、いや」

「オルランド家のご協力も大きかったはずでは? こう言ってはなんですが、アンクティルの当主殿は旧態依然としたお方です。この期に及んで、帝室の方々の負担を考慮されない可能性も……」

「分かっているとも」

 それ以上は野暮だ。

 男とて、少年に誰の息がかかっているかは把握している。

 帝国への忠誠心はアンクティル家にせよオルランド家にせよ揺るぎない。一方、対オールドーズ協会のスタンスはどうだろうか。

 どちらを優遇すべきか、その程度の意向も汲み取れないほど愚かではない。男は自負している。ゆえにこそ。

「話が早くて助かります」

 にこりと、心の底からの微笑みには胸を打たれる。

 あれほど不安に苛まれていた心に、暗い感情に支配されかけた心に、むくむくと純心が蘇るのを男は感じていた。

「……まぁ、それ以外も早いのは困りものですが」

 侮蔑の言葉を並べながら、それでいて色を変えた笑みを浮かべる少年。

 支度は早い方がいいだろうが、しかし、未だ解放はなされていないのだ。早すぎる支度は、痛くもない腹を探られかねない。

 であれば――。

 言葉を紡ぐ暇さえ、男は惜しむのだった。

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