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八十話 邂逅

 皇宮に来て五日が過ぎた。

 これだけの広い屋敷だ。主がいないにもかかわらず大勢の使用人が慌ただしく炊事や掃除に駆け回っている。ほとんどは兵士のための仕事だが、客人として居座る私たちも世話にはなっていた。

 この非常事態の、しかも真っ当なヒュームの一人もいない集団。

 もっと敵意を向けられたり、そうでなくとも刺々しい雰囲気になったりするものかと思っていたが、そこは伊達に宰相などと呼ばれてはいない人物の手腕が光った。

 オイゲンには、家柄だけでなく人徳もあるらしい。あるいは、そう見せることが得意なのか。

 なんにせよオイゲンが認めた客人であり、その口から今後の帝国のために欠かせない存在でもあるのだと説かれると、多くは疑念を脇に置いてくれた。

 かといって当然、いきなり馴れ馴れしく話せるわけでもない。

 オイゲンやカレンは有り得ないと言うものの、敵は皇宮に攻め込んでくるかもしれない。それをやればメイディーイルをも含む帝国全てを敵に回すというのが理由だったけど、それくらいなら問題ないと判断しそうなのが話に聞く妖精王だった。

 今のところ静かだが、何かあってから慌てるのは御免だ。

 それで皇宮の内部構造だけでも頭に入れておこうと、こうして連日歩き回っているわけだが……。

 廊下と呼ぶのも馬鹿馬鹿しい、それ自体が広間のような通路の向こうから巡回の兵士がやってくる。居丈高に振る舞うのもどうかと軽く避けて歩くと、向こうもまた反対側の壁に寄った。

 兵士はなんでもない風を装って正面を見据えたまま歩いてくるが、それこそ異変を教えているようなものだ。巡回がぎこちなく前だけ見ていてどうする。

 何も親しく話してほしいと願うわけではない。

「……とはいえ、なぁ」

 すれ違ってしばし、振り返ったところで姿など見えなくなった頃に我慢していた声が零れる。

 警戒するのとも違う、腫れ物扱いに似た反応をされると、こちらも普段通りの自然体とはいかないのが本音だった。

 馴れ馴れしくはしないでも、せめて有事に連携できる程度には協調関係を築かないといけない。そして闖入者は私たちだから、歩み寄るべきは私たちだ。

 分かっているが、こうも距離を置かれて打つ手があるのかは微妙だった。

 何もしないのが一番じゃないのか。

 彼らにしてみれば私たちなど得体が知れず、歩み寄られるより離れたところで静かにしてくれていた方が有り難いとか。普通にありそうで困る。

 ため息をつきながら廊下を歩いていると、いつの間にか目当ての場所に到着していた。

 バルコニー、だったか。

 廊下から外に突き出た一角で、簡単な屋根はあるものの壁がない。

 お陰で少々頼りなくはあったが、強度は問題ないというカレンの言葉を信じることにしたら、中々どうして心地の良い場所だった。

 そこは皇宮の南側に面し、高台の下にある帝都の街並みを見下ろせるのだ。

 帝室とやらは民に愛された存在だったらしいし、そのためにわざわざ壁のないこの空間を作ったのかもしれない。

 当然、遠すぎて人の姿など見つけられなかったが。

 しかし緩やかに吹いてくる風を浴びながら、見えないだけで日々の営みがあるであろう街を眺めるのは心安らぐ一時である。

 これを郷愁と呼ぶのだろうか。

 言葉だけは知っていて、けれど経験したことのないそれは、何が正解なのかも不確かだ。

 ただ、不思議と遠くの街並みを眺めていると、ふとした瞬間に森を思い出すような……いや思い出してはいないのだが、なんだか森にいた頃の感覚が蘇りそうになる。

 懐かしく、それ以上に胸を締め付ける寂しさ。

 風が少し冷たくなったか。

 皇宮の壁を沿うように吹き付けてきた風に髪を巻き上げられ、思わず手で押さえながら風上に身体ごと顔を向ける。

 髪に覆い隠された視界はすぐに晴れ、そして目が合った。

「おっ、」

 驚きの表情。

 そんなに驚かなくていいのに、と不意の出来事にもかかわらず動揺もないままに思えたのは、やはり相手の方があまりに驚きすぎていたからだろう。

「お前、ヒュームじゃないなっ!?」

 第一声にしては失礼すぎる言葉だったが、その姿を見れば腹を立てる道理もない。

 少年だった。

 それもかなり幼い。十歳にも届いていないんじゃないだろうか。

 そんな小さき彼が目をまん丸に見開き、あろうことか人差し指を向けながら叫んだのだ。

「人に向かって指を向けるのも、いきなり『お前』なんて呼ぶのも、私たちエルフにとっては失礼に当たるんだけど。もしかしてヒュームには、そういう常識はないの?」

 からかい半分、しつけ半分の気持ちで言う。

 と同時、頭の中ではようやくの疑問符が浮かび上がってきた。誰なんだろう、この子。

「む……。言われてみたら、そうだった。だが、おま……貴様は何者だ。ここがどこだか分かっているのか!」

 それ、ほとんど変わってないし。

 まぁティルに鍛えられた私だ。齢一桁の子供になど、たとえ髪を力一杯引っ張られたとて腹を立てることはないだろう。大人として、しっかり教育するだけのこと。

「バルコニーって聞いたけど」

「そうじゃない! ここは帝国のカナメ、皇帝が住む家なんだぞ!」

「今は避難されていると聞いた」

「避難じゃない! 魔王に追い出されたんだ!」

「じゃあ、今ここは皇帝の家じゃないね」

 しかし一体、この少年はどうやって皇宮に忍び込んだのか。

 いや、忍び込んだと決め付けるのも妙な話だ。皇宮の中に入れば巡回の兵があちこち行き来しているものの、外側の警備は威圧感や敵対心を抱かせないようにと手薄になっている。

 とはいえ彼が言った通り、ここは皇帝ではなく魔王の支配下に落ちた。実態を見ればまた印象も変わるが、見下ろす街の人々が自由に出入りできる状況でないのは確かだ。

「貴様、さっきからブレイだぞ!」

「君も目上の人に対する言葉遣いがなってないよ?」

「むっ……。さっきから細かいな、貴様は!」

「君は少し声が大きすぎる。折角の――」

 と、まだ言っている途中だったのに、少年ははっと我に返った表情で口に手を当てた。

 前言撤回、やはり忍び込んできたらしい。

 ただ居丈高な態度を見るに、魔王討伐を夢見る街の少年ではないな。

 どこぞの貴族の息子かな。帝国にはカレンのシュトラウス家や、メイディーイル領主だったフルート家とは別に、まだ四つもの公爵家があるという。そもそも帝国のお膝元たる帝都なのだから、お偉方の一つや二つ居を構えていても不思議はない。

「まぁ仕方ない、君のことは誰にも言わないであげよう」

 言うと、少年は一瞬だけ目を輝かせた。一瞬だけだ。

「き、貴様のようなヨソモノに言われることじゃない!」

「さっきすぐそこに見回りの兵士いたけど、迷子なら呼んでこようか?」

「僕は迷子じゃない! それに見回りだったら、貴様こそつまみ出すべきなんだっ」

 生意気な子供。

 けれども、隅っこで大人しくしていて、思ったことを口にしてくれない子供よりはずっとやりやすい。

「まぁだけど、少し静かにしてほしいのは本当かな。ここからの景色、どうも私は好きみたいでね」

「……お前に何が分かる」

「何も分からないよ?」

 どこか悲しげな……違うか、悔しげな声。

 それで私も一段、声を優しく作り直す。私にとって森が全てだったように、少年にとってはこの街が全てだったに違いない。そこに魔王が現れ、悲しくないわけも悔しくないわけもないのだ。

「私は所詮、お客様。……それも歓迎されていない、ね。だから分からない。帝室の人たちがここから街を見ていた時、街の人たちがどんな風に見上げていたのか。想像もできない」

 森長に対するエルフの感情とはまた違うものを抱くのだろう。

 想像するのは、やめておく。

「ここは君の故郷?」

「そうだ。みんなの故郷だ」

「それじゃあ、少しお邪魔するよ」

 返事はなかった。

 勝手に踏み入っておいて、後から邪魔するも何もない。

「私にも故郷があったんだよ、当然だけど。でも、今はない。なくなった。だからだろうね。私じゃない誰かの故郷が、私にはなんでもないはずの景色が懐かしく見える」

 子供と話す時のコツは『こんなこと子供に言っても仕方ない』を捨て去ることだ。

 確かに難しい言葉は分からない。大人の苦労も知らないだろう。それでも伝えたいと思う気持ちは伝わるし、反対に侮る気持ちを彼らは敏感に感じ取る。

 そもそも子供が一番嫌いなのは、子供扱いされることなのだ。

 年寄り扱いされて腹を立てる老人と同じ。

「君の故郷は良い街だよ」

「お前たちが台無しにしたんだ」

「そうなの?」

「帝都ではフッコーが進んでたんだ。ようやくマジンのツメアトが消えてきたのに、今度は魔王が来た。シュトラウスのおじさんも信じてたのに」

「え、知り合いなの?」

 涙さえ浮かべる少年に、しかし思わず言ってしまう。

「知らないはずないだろ!」

 あぁ、そういうことか。

 帝国にとって、公爵家は絶大な意味を持つらしい。その当主であれば、子供でも知っていて当然の存在なのか。

「シュトラウスのおじさんは良い人だったの?」

「そうだ。帝国には、色んなイケンがないといけない。でもイケンが違いすぎると、みんな喧嘩してしまう。そういう時にシュトラウスのおじさんはチョーセーヤクになってくれたって、お父さんもおじい様もいつも言ってた」

「へぇ」

 オイゲン・シュトラウスという人物が皇宮でいかに信頼されているのか。

 実際にこの目で確かめてきたが、実際は予想以上だった。それほどの人物が裏切ったとあれば、内実を知らない者は特に衝撃を受け、悲しみにも暮れるだろう。

「なら、大丈夫だ」

「何も大丈夫なんかじゃ――」

「オイゲンさんはちゃんと帝国のことが好きだよ」

 叫び声が呼び起こしたのだろう。

 子供特有の大きすぎる目に浮かべていた一杯の涙は、不意に顔を上げたせいで端の方から零れ落ちてしまう。少年はそれを、なんだか大変なもののように必死で拭い取った。

「今のは泣いたんじゃないぞ!」

「どう見たって泣いてるよ……」

 なお、正解は『そうだね、知ってるよ』である。

 後の祭りだ。

「たっただ涙が溢れただけだ!」

「それを泣くっていうんだけど。いや、エルフでは」

「ヒュームだってそうだ! じゃない! ちょっと風に驚いただけで泣いたわけじゃない!」

 ぐしぐしと力一杯擦ってしまったせいで、目の周りが赤くなっている。

 あぁ、悪いことをした。

 ティル相手だとそんな細かく気にしなくていいからなぁ。最近は、そのティルと同じ姿のグレイも相手にしている。あれは子供じゃないが、にもかかわらず子供みたいだから大変だ。

 まったく。

「そんなに強く擦らなくたって、もう泣いてないよ」

「元々泣いてなんかないって言ってるだろ!」

 叫んで、睨んできた、そんな少年の動きが止まる。

 視線は私――ではなく、その後ろに向けられていた。釣られて振り返る。先ほどの少年にも負けず劣らず、まん丸に目を見開いた男が立っていた。

 誰かは知らない。

 一人ひとりの名前を、そういえば気にしていなかった。

「なっ、な、何をしているのですっ!」

 兵士が叫んだ。

 巡回の途中、当然のごとく外と繋がるバルコニーを確かめようとし、そして今に至ったのだろう。

「あぁいや、この子は――」

 せめて味方になってやろう。

 同情もあって口を衝いて出た言葉は、兵士の耳には届かなかった。

 それどころか、既に私の存在さえも忘れ去っていたのかもしれない。

「殿下! 何度言ったらお分かりいただけるのですか! 皇宮は今、魔王に占拠されていて危険だと」

「ここは僕の家だ! 僕たちの家なんだ! どうしてお前たちの許しがなければ入れないんだッ!」

 ……僕の家? 僕たちの?

 ていうか、殿下って言った?

 あれは、そう、バルコニーとかと一緒に教えられ、ほとんど頭に入ってこなかった呼び名。

 例えば帝国を興した初代皇帝を大帝と呼び、他の皇帝と区別するとか。皇帝その人は陛下と呼べばいいが、公爵家は……ええと、なんだっけ。

 いや、とにかくだ。

「殿下って、確か……?」

「……エレカ、様。あなたも、あなたです。このお人がどなたか存じ上げないのですか!?」

 それは、はい、ごめんなさいとしか……。

 言えば火に油を注ぐだけと表情から読み取れないはずもなかった。

「よろしいですか、殿下。この者は、……この方は、敵ではありませんが、しかし」

「もういい、取り繕うのはうんざりだ。私の機嫌を損ねるのがそんなに怖いか? だとすれば、そのよく分からん喋り方をまずやめてほしいものだ」

 子供は子供扱いを嫌う。

 だが。

 だからといって、子供は特別扱いすべき存在だ。宝なのだ。

 しかし大人は、違う。それは己で考えるべき生き物で、誰かの言葉を盲目的に信じていていい存在ではない。

 少年相手とあって我知らず曲げていた背筋を伸ばすと、意外にも視線の高さは同じくらいだった。

 真正面から見据えた眼差しに、兵士は睨み返すどころか目を逸らそうとする。だが、できない。義務感や警戒心ではなく、瞳が怯えて揺れているのが見て取れた。

 これで巡回などして、なんの意味があるというのか。本気で夜襲を仕掛けられたら、警戒の声を発するまでもなく喉を切られる。私でもできそうだ。

 ……と、いけないな。

 喉元を見たのが流石に分かったらしく、怯えの色が一層濃くなってしまった。

「待て、エルフの女。お前はエレカというのか?」

「お前?」

「……む、ブレイだぞ」

「私はエレカ・プラチナム・アーレンハート。貴様が帝国の王の子だというなら、私はエルフの王だ」

 神というのは胡乱な印象を与えるからやめろ、とカレンから言われていた。

 それで、あたかも妖精王と同質かのような名乗りになってしまう。まぁ構わないだろう。

「そう、だったのか。それは悪いことを……してないなっ、僕は!?」

「なんだ、気付いたか」

「お前たちが勝手に踏み荒らす悪者なのは変わらない!」

 戦う意思すら見せられない兵士には最早、睨みを利かせておく必要もない。

 視線を戻すと、少年は兵士よりよほど立派な眼差しを向けてきていた。

「悪者、か。なら成敗でもするつもりか?」

「できるならしている! だけど魔王は卑怯だからな、どこかに隠れてるんだ」

 君と大差ない精神年齢だと思うから、互いに正体を隠して出会ったら友達になれそうだと思う。意外とほら、最近の子供はそういうのが早いし、仲良くもなれるんじゃないかな。

 知らず知らず、目が遠くなってしまった。

 あれが私たちが多少なり頼りにしてきた魔王の正体なのだ。

 と、私の気が逸れたのを視線や表情で感じ取ったらしく、少年はバツの悪そうな顔で視線を逸らした。

 その先には、帝都の街並みが広がっている。

「殿下、そろそろ……」

 ついでに立ち直った兵士が言うのは意に介さず、少年はまた私を見上げる。

「……さっき、シュトラウスのおじさんは帝国が好きだと言ったな。あれは本当か?」

「嘘だと思うか?」

 馬鹿なことを、と笑い飛ばしてやる。

 子供は敏い。

 時に、大人以上に。

「今、この国の敵が誰だか分かるか?」

「魔王じゃないのか」

「魔王にとっては、人間なんぞどうだっていいんだ。ヒュームもエルフも、等しく取るに足りない虫けらだ」

 そういうことにしておく。

 ごめん、マオ。

 もし身分を偽って出会っても、お互いの正体を知ったら友達ではいられなくなるかも。

「帝国の敵はオールドーズだ。あれは味方の振りをして近付き、自分たちの思い通りになってくれるのを今か今かと待っていた」

「オールドーズが?」

「オイゲンは調整役として教会派と、その反対派の間に立っていたんだろう?」

「……おい、そうだったか」

「はっ、はい。確か、そうですね、時に教会のためにと動きそうな公爵もおりましたが、そういう時は必ずシュトラウス家が……宰相が軌道修正をしていたと、聞き及んでおります」

 少年に促された兵士が、思い出す口振りで過去を語る。

「しかし、オールドーズ教会を敵とまでは……」

「この辺りはまだ大丈夫みたいだが、干魃については知っているはずだ」

「は? 干魃?」

「知らないのか?」

「いえ、知っていますが、むしろ教会はそれを予言し人々に備蓄を促したりなど……」

 そういえば、そういうことになっているのか。

 ふむ。

 カレンならもっと上手くやるのだろうが、どうにも私には苦手だ。言葉巧みに教会へ疑いを持たせるというのは、なんだか教会以上の悪者になっていく気がする。

 いや、そうか。

 私はとっくに悪者だったな。

 子供の目にそう映るんだ、真実とそう変わるまい。

「遂に牙を剥いた、というわけだ。帝国がオールドーズの操り人形になるなど、帝国を愛する者が許すと思うか?」

「そんなの許すはずないだろ!」

「はは、そうだ。つまりは、そういうことだ」

 笑って、悪者らしく表情を作って、街並みを見やる。

 あそこに人々の暮らしがあるのだ。

 私やマオがここ――、皇宮にいることで、無関係の街の者がどれほどの苦労を背負わされるだろう。この先、どれほどの悲劇に見舞われるだろう。

 私はやはり、悪者なのだ。

「君は王の子らしいな」

「おじい様は皇帝で、僕は孫だ」

「どっちでもいい。どうあれ次の時代を担う運命に生まれた者だ」

 目は見ない。

 きっと、見抜かれてしまう。

 自覚しながら、それでいて悪者になりきれない私自身を。

「だったら考えることだ。どうしてオイゲンは君たちを追い出した? どうして魔王が占拠した皇宮に自らも住まい、兵士たちに見回りなどさせている? その兵士たちは何故、君を遠ざけようとする?」

 不意に兵士を見やる。

 その表情は、一瞬では読み取れない複雑なものだった。

「君の時代は、まだ先だ。今は帰って、お母さんに料理でも教わったらどうだ?」

 精一杯の嫌味な笑みを貼り付け、少年を見下ろす。

 少年の目は、私のことなど忘れたような輝きを見せていた。

「ほら、突っ立ってないで、さっさと連れていけ。帝室の者なら、敵にとっても良い標的なんだぞ」

「……ッ! は、ただいま!」

 足先まできっちり揃え、敬礼してみせる兵士。

 少しは私の威厳に気付いたかな。これでも森長の娘として、そこそこ重鎮とは付き合ってきたんだ。

 ただ代わりに、お姫様扱いなどされた覚えがない。

 お陰でふんぞり返るのは苦手だ。

 少年が大人しく引き下がったのを足音で確かめ、ふぅを息をつく。疲れた。どっと疲れた。

 天井の端からぼんやり空でも眺めるかと、バルコニーの手すりに寄り掛かりながら振り返る。

 そして、後悔した。

 幾人もの兵士が、そこで私のことを見ていたのだ。

 迂闊だった。

 皇帝の孫がやってきて、あろうことか魔王の味方と二人で話す。驚天動地の大事件だろう。悪者気取りに必死で気付かなかったが、騒ぎにならない方がおかしい。遠巻きに警戒する兵士もいて当然だ。

 はぁ、と忘れかけていたため息が再び零れる。

「別にいいだろう。慣れないことをしたらな、私だって疲れるんだよ」

 放っておいてくれ、今までみたいに。

 あまりに我儘な言葉はぐっと飲み込んだが、少しくらい言わずにはいられない気分だった。

 たとえ悪者だとしても、私は化け物や何かじゃないんだ。

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