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七十九話 伝説の語り部

「その後のことは儂には分からないのじゃ」

 魔王と勇者の戦いの最後の一幕。

 それを語り終えたグレイは、しかし二言目には前言を翻す。

「未だルージュが覇権を握れていないところを見るに、勇者とは決裂に終わったようじゃ。勇者も魔王も、高潔という言葉が似合う馬鹿どもだったのじゃ。戦のための策を卑劣と切り捨てる、そんな高潔さの前にルージュは折れるしかなかったかもしれないのじゃ」

 高潔さを馬鹿と呼び、卑劣でも策は策だと言うグレイ。

 そこに異を唱えるつもりはない。

 賛同するわけでもなく、ただ判断するだけの材料を持たないのだ。

「貴様は、」

 私と同じ結論に至ったらしいカレンが徐ろに口を開いた。

「貴様の話しぶりは見事と言う他ない。まぁ一々のじゃのじゃ言わなければもう少し聞きやすかったはずだが、そこにまで口出しする気はない。ただ貴様は、大切なところを語らなかった。違うか?」

 言われたグレイは、意外にも自信なさげに肩を竦めて返す。

 そんなことを言われたら、喧嘩腰とまでは言わずとも機嫌を損ねてみせるくらいはするかと思ったが。

「お主が知りたいことは分かるのじゃ。だが、それを儂が知らないのじゃ」

 大切なところを語らなかったと、カレンが言ったそれ。

 カレンの言い方はどうかとも思うけど、同じことは私も感じた。グレイが語った伝説は謂わば物語であって、聞き手たる私たちは自由に歩き回って見聞きすることができない。

 あまりに当然のことで、仕方のないことでもあるけれど、はいそうですかと言われるがまま受け止めるわけにもいかなかった。

「前の時代の覇者は勇者。それは私の知識にもあるんだち」

 助け舟のつもりか、プラチが口を挟む。

 続いてアクタも声を上げた。

「補足であれば、自分が致しましょう。魔王様は王国の姫を攫ったなどというのは、敵方の流した虚言に過ぎません。彼女は敵の手によって送り込まれ、魔王様はただお守りになっただけなのです」

「本当に、それだけなのじゃ?」

 まるで攻守が入れ替わったかのように、グレイがいつもの調子を取り戻す。

 普段の姿を見ていればこそ、安心はしても呆れはしない。

「……何が言いたいのでしょう」

「あの小娘が魔王の娘だという言葉に嘘はないとしてじゃ。だが、儂は魔王に娘がいるなど知らなかったのじゃ。妃がいることも、じゃ」

 言わんとすることは分かる。

 恐らくグレイが見たまま、その視点でしか語られなかった伝説に、唐突に割って入ってきた人物。姫と呼ばれた彼女が、だから――。

「まぁ、それはどっちでもいいだろう」

 野暮はすまい。

 何もかもを疑って掛かる余裕は今の私たちにはないし、挙げ句に味方の言葉まで疑いだしたら自ら首を絞めるようなものだ。

 どうあれ、魔王はオールドーズの奸計に陥った。

 そこまで読んでの策だったかはともかく、魔王は娘を守るために兵を割いている。その娘の母親が敵方の姫だったとして、それが私たちにどう関わってくるというのか。

「ところで――」

 私の気持ちを汲んでくれたのか、次いで口を開いたのはプラチだった。

「エルフの森を、世界樹を燃やした張本人は、妖精王と思っていいんだち?」

 静かなプラチの声は、意識して己を諌めなければならない背景を嫌でも思い起こさせる。

 その激情を、私も思い出さざるを得ない。

「あの時点ではまだ不確かだったのじゃ。だが新しい時代、桁外れの再生力を誇る世界樹が再生せず、その枝葉が方々に散っていたことを考えれば……答えは推して知るべしなのじゃ」

 妖精王はエルフを嫌って……いや、軽蔑していた。

 人類と魔王との争いに、積極的には協力しなかったらしい当時のエルフたち。

 王からすれば裏切りに等しく、だが一方で、そうした立場を取った王こそエルフにとっては裏切り者だったのだろうか。

 そこに答えはない。

 時代の狭間に呑まれて消えた。

 意識的に首を振って、纏わり付く雑念を振り払う。今の私に、何もかもを考え尽くすだけの余裕なんてない。

「プラチが前に言っていた。妖精王が世界樹を割ったとかなんとか。それがつまり世界樹の焼失に関わっているのか?」

 プラチは……私たちは今の時代に生まれたエルフだ。

 神や王の戦いに関わる知識を世界から与えられたというプラチでさえ、何もかもを知り尽くしているわけではない。

「他にそんなことをする者も、できる者も、そうする必要がある者も知らないのじゃ」

「直に見たわけじゃないのか?」

「割と早起きだった儂が目を覚ました時には既に世界樹はなく、代わりに神樹なる木々をエルフどもが拠り所としていたのじゃ」

「……で、私の森に入れ知恵しに来たんだち?」

「まぁ、そうなるのじゃ」

 まだ祖父が存命だった頃のことだったか。

 グレイによって妖精王の裏切りを知ったエルフたちが、反逆のために森の力を次代のアーレンハートへと託した。それがプラチであり、私。そう思うと、グレイはある意味でプラチの生みの親になるわけだ。

「……色々思うところはあるんだち」

 私と同じことを考えたらしいプラチが呻く。

「なんにせよ、エルフにとって神樹は大切な存在だ。森の中心と言っていい。それより大きな意味を持つ、世界樹なる大樹。想像するのも正直言って難しい」

「今でいう帝国以上の一大勢力をエルフが築いていたのじゃ。国も知らず、森だけを見て育ったエレカには無理もないのじゃ」

「だけど、なんのために?」

「というと?」

 そう口を挟んできたのはカレンだった。

「妖精王はオールドーズに味方していた。それが大前提だろう?」

「そうなのじゃ」

「しかしエルフは王に従わず、ヒュームとの連携を拒んだ。だから尻に火を付けてやった。これが世界樹の焼失だと、貴様は言うわけだ。少なくとも矛盾はない」

 そもそも王と民が互いに反目し合う状況こそ理解に苦しむ。

 王が民を顧みず、民も王を慕わなかった。あまりに初歩的すぎる行き違いが、当時のエルフにとっては今の私たちが思う神樹と同じか、あるいはそれ以上のものだった世界樹を失う原因となる……のか?

 いや、だとしてもだ。

 ようやくカレンの言葉が助け舟だったことを知る。

「神樹が世界樹の代わりなら、それはどこから生えてきたんだ?」

「それこそ世界樹の枝葉なのじゃ」

 枝葉。

 神樹は森で一番の大樹だった。

 にもかかわらず、その幹が世界樹にとっては単なる枝に過ぎないとでも言うのか。……言っているんだろうな、そう。

「それが世界樹を割るということか」

「なのじゃ」

「妖精王が自分で言っていたち。世界樹を知らないエルフは殊勝だと。でも私は知っているち。……見たことはなくとも、この血が覚えているんだち」

 イスネアを出てすぐ、あの襲われた時のこと。

 プラチと妖精王の会話は理解できない部分も多く、お陰で一言一句覚えているとは口が裂けても言えない。しかし罪を問うプラチに、妖精王は否定するどころか開き直ったようだった。

「エルフは傲慢なのじゃ。力がある、それゆえにヒュームを見下していたのじゃ」

「そんなことは――」

「そうだったのじゃ。そして、それが許されるだけの実力を確かに持っていたのじゃ。……けど、その力は誰の力じゃ? エルフ自身が勝ち得たものか、世界樹によって与えられたものか」

「力の源を奪われたエルフは、だから殊勝だと?」

 カレンが鼻で笑っている。

「ヒュームもエルフも所詮は人の子。群れれば戦には強くなり、戦に勝てるから偉いのだと思い込む。多少なり帝国を見てきたから断言できる。確かにそうだとも。力は力だ。……その力を疎ましく思う者がいるなら、なるほど確固たる国を築くに至った基盤を崩してしまえば済む話か」

「だが、だったらどうして今もエルフはいる?」

 世界樹を燃やしたのが妖精王なら。

 あぁくそ、言ってから気付いてしまう。

「……王は神より単純な力で劣るんだったか」

「妖精王はどこまでもルージュの犬なのじゃ。ルージュが与した陣営に引き込むために世界樹に火を付け、今度は己が手勢とするために再興させたのじゃ。だが力を持ちすぎては困るから――」

「世界樹そのものを蘇らせはしないで、枝葉を神樹なるものとして各地に散りばめたんだち。エルフ同士で徒党を組めないよう、それでいてヒュームとの交流はできるよう」

 グレイの言葉をプラチが引き取る。

 それに嘲笑を付け加えたのは、言うまでもなくカレンだ。

「そうまで肩入れした先に何を望んでいるのやら」

「単なる覇者でないことは確かなのじゃ」

「……覇者以上の何かがあるのか?」

「ま、ルージュは類稀な美貌の持ち主じゃ。役に立ってみせたいのが男心なんじゃないのじゃ?」

 開いた口が塞がらないとは、このことを言う。

 美貌? 役に立ちたい?

 色恋と呼ぶことすらできないそれは、いつものグレイなりの冗談なのかと思ったが、長く沈黙を貫いていたアクタまで別の意味で何も言えない表情になっている。まさか本当にそんな理由で……?

「馬鹿げている」

「言ってやるなち」

「だけど――」

「そもそも民の未来を想って覇者となるのが王なのじゃ。その民を目的ではなく手段に据えた時点で、妖精王にまともな王たる資格はないのじゃ」

 ふんと鼻を鳴らすグレイ。

 その口の悪さを今更気にはしないが、死なないためには戦うしかないと、そんなようなことを言っていたのを不意に思い出す。覇者になったという勇者は人間の栄華を望み、結果として魔王に与した者たちは僅かな例外を残して世界から姿を消した。

 それを考えたら、王を名乗りながら民に背を向けた妖精王に呆れるのも頷ける。

「しかし、だとすると、オールドーズはなんのために戦ってるんだろうな」

 勇者はヒュームとエルフのために散った。

 では、勇者に力を与えたというオールドーズは、なんのために戦っていたのか。勇者が望んだ通りにヒュームが世界の覇権を手にし、エルフも……今はどうか分からないが、ともあれ時代を超えて種を繋いだ。

 にもかかわらず、未だオールドーズは戦っている。

 それどころか帝国の成り立ちにまで食い込んで、その影響力を絶大なものとするほどだ。

「分からないのじゃ」

「分からない?」

「お主は何か聞いていないのじゃ?」

 水を向けられたアクタだったが、悩む素振りも見せず首を横に振る。

「いいえ、何も。魔王様もそれで悩んでおられましたから」

「悩む、というと?」

「前の時代は、各勢力が群雄割拠する有様でしたから。戦って勝つためにも、戦わずに済ませるためにも、相手のことを少しでも多く知っておく必要があったわけです」

 ふむ……?

 いや、分からないではない。が、感覚的に呑み込むまで時間がかかった。

「私とエレカにとっては妖精王は何がなんでも討つべき敵ち。それがオールドーズに与するなら同じく敵に違いはないち。……けど、だからこそマオとは手が組めるんだち?」

「分かってる、大丈夫だ」

「ほんとだち?」

「少し時間がかかっただけだ」

 詰まるところ、協力できるかできないか、だ。

 結論から言えば協力できるにしても、接触の仕方や条件次第では連携できなくなり、悪ければ敵対してしまうかもしれない。今は協力関係にある私たちが、メイディーイルでは互いを知らないまま戦う羽目になったように。

 相手を知ること、中でも目的を知ることは戦いを減らすために重要だ。

「戦わざるを得ない敵であることに変わりはない。そうは言っても、目的も分からない相手と戦うのは気持ちが悪いな」

「まぁ、敵が何かも分からず藻掻いていた頃に比べたらマシだろう」

 カレンが笑うように言う。

 しかし、果たしてそうだろうか?

 戦い、そして勝ったところで、得られるものは何もない。私たちの森は帰ってこないし、相変わらず時代は滅ぶのだ。次の時代にエルフの栄華を求めても、やはり戦争へと向かう世界の摂理からは逃れられない。

「覇者になれば、戦う必要もなくなるのかな」

「……? 全ての敵から戦う意志を奪えば、それこそが覇者となった証です。畢竟、戦う必要もなくなるかと」

 アクタが教えてくれる。

 そうじゃないんだと、わざわざ否定するほどのことでもなかった。

「ともあれ、今は儂らにできることをするのじゃ」

 ぱん、と手を叩いたグレイが一同を見回す。

「……誰か何か言うのじゃ」

「いや、グレイが何か言うのを待ったんだが」

「エレカは、あとカレンも、もう少しユーモアのセンスを磨くべきじゃ。とっくに戦争の時代は始まっているのじゃ。笑ってはいられぬからと笑わなくなった者から死んでいく時代なのじゃ」

 わけの分からない理屈だが、堂々と言い放たれると説得力がある気がしてしまう。

「ともあれ、今は身体を休めるのじゃ。神経もなのじゃ。未だ帝都が健在ということは、敵もいきなりここを攻め落とすだけの戦力はないと見えるのじゃ。安心して寝られるうちに寝ておくのじゃ。……返事は?」

 三々五々、バラバラの声を返して再びグレイの呆れ顔を誘う。

 ただ、言っていることは正しい。言われるまでもないことだという一点を除けば、非の打ち所のない提案だった。

「あぁそうだ、カレン」

 そして、グレイが忘れているらしいことを私から口にする。

「なんだ?」

「明日でいいから、父君を紹介してくれ」

「なんだちっ!?」

 どうしてプラチがそんなに驚くのか。

 というか、カレンもなんだ、その目は。

「……元はと言えばカレンのせいなんだからな。お前が私を頭か何かのように扱ったせいで、私はこれから身の振り方に気を付けなくちゃいけない。そこのところ、オイゲンと擦り合わせておかなければ困るだろう」

 返されたのは、沈黙。

 グレイじゃないが、誰か何か言ってほしい。

「……承知した」

「当、然ッ! 私も一緒なんだち~!」

 いつも対極な二人を、一体どうしたものか。

 せめて今くらいは助けてくれるだろうとグレイを見やるも、何故か責めるような目で見られた。あれはそう、ティルが私を子供扱いしてくる時の眼差しだ。

「言いたいことがあるなら言ってくれ」

「エレカはそのままが一番なんだち」

 そうか、まぁいいさ。

 もう夜も遅い。一足先に、不貞寝させてもらうとしよう。

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