七十話 王たる器
「お前こそがプラチナムか!」
「堕落した王に名乗る名などないッ!」
妖精王。
彼がそうなのかと、二人の叫び声を聞いた矢先。
プラチの、私へと向けられた言葉を思い出す。
下がれ、と。
そう言ったのだ。
遅きに失した。既に妖精王は、その半人半馬の両腕で得物を振り上げている。
槍に穿たれ、剣に斬られる未来が見えた次の瞬間。
「お前だけは、この手で……!」
「私の前に、その汚れた姿を見せるな……ちッ!」
視界を、白く輝く炎が包んだ。
同時、両足が地面を掴み損ねる。遅れて爆風が全身を襲った。否、爆風に煽られ吹き飛ばされたのだ。
腕の中には、未だプラチを抱えたまま。
「……ぬ。この身体で力を使うのは初めてだったち」
呟くプラチの声は、幸か不幸か炎の向こうにまでは届かなかったらしい。
爆風に巻き上げられた土埃が晴れると、そこにはやはり半人半馬が前後四本の足で佇んでいる。
彼が忌々しげに口を開いた。
「あろうことか逃げの一手を打つとは。それでもエルフか、お前は!」
「そのエルフを捨て置き、惚れた女に肩入れした王に言われる筋合いはない!」
……なんて?
思わず脳裏をよぎった疑問符を全身全霊で脇に追いやる。無駄なことを考えている余裕はない。
「なんと不敬な……。だが、だとすれば尚の事! 二度と我の子の名を名乗れぬよう裁きの鉄槌を下すのみ!」
「アーレンハートは、私たちの森ち!」
「ネズミの分際で我の子を騙るなど片腹痛いっ!」
そう嘲るように叫びながらも、半人半馬のどこを見ても隙がなかった。
澄んだ若緑の髪は長く、けれど突き出た耳は隠せない。エルフと同じそれ。
だが聴覚まで同じと判断するのは下策だ。
私の夜目が利くように、あいつも優れた五感で想像もつかない範囲を、想像もつかない精度で探り続けているかもしれない。
何をすれば、この場を打開できるのか。
「どうした、ただの一撃で弾切れか?」
「そういう貴様こそ何を二の足を踏むち?」
二人の舌戦にも先ほどまでの勢いはない。
イスネアを襲った神を私は覚えてもいないが、これが本来ある戦いなのだろう。一方的な蹂躙ではなく、一瞬の隙を窺い合う膠着の戦い。けれど一瞬さえあれば、きっと決着は付いてしまう。
迂闊に動くことは許されず、さりとて動かなければジリ貧だ。
プラチの目眩ましじみた爆炎が効いている。そのことにも今更気付いた。あれがなければ相手はもっと強く踏み込んで、こちらが本調子でないと早々に見抜いたに違いない。
今こそプラチに身体を返す時じゃないのか?
悩む自分を、嘲笑う自分がいた。
この状況下で悩んでいる辺り、私も我が身が可愛いらしい。
「プラチナム」
敢えて、その名で呼ぶ。
誤解してくれているのだ。少しでも誤算を、想定外の瞬間を作れるなら儲けもの。
「……なんだち?」
「力を寄越せ。私が戦う」
その身では辛いだろう。
言わずとも伝わる思いは、私の口から言葉にしていいものではない。
「お前、それは――」
「ただのエルフにしては妙な輝きだと思いはしたが、そうか、お前はアーレンハートの巫女か。そして矮小なる神に代わって、王たる私に楯突くと?」
巫女が何かは興味がない。
しかし聞かずにはいられないことが一つある。
「王と言ったな、貴様。ならば名を名乗れ。貴様は、」
「如何にも! 我こそは妖精王、世界に人類と妖精の栄華を齎す者なり!」
「女狐の腰巾着が何を言うち!」
「ネズミ……ッ! ルージュ様は人類に、ヒュームとエルフに手を取り合う未来を与えんとするお方であるぞ!」
裂帛の怒号。
次の瞬間には、眼前に直剣が迫っていた。蹴り上げる足の動きさえも見えない、神速の一撃。
だとしたら、どうして。
「ぬぅ……!?」
剣と剣が打ち合っている。
「貴様は妖精の、延いてはエルフの王。それがエルフの栄華ではなく人類の栄華を求める愚かしさを自覚するち」
そう唸るプラチは、私の左腕にいた。小脇に抱える形で、いつの間にか。
だから、そう、空いた右手は剣を握る。目の前で妖精王のそれと打ち合う、暖かくも鋭い煌めきを帯びた刃。
身体が軽い。
目から、耳から入ってくる情報が多すぎて、気持ちが悪くなりそうだ。
妖精王にしても槍の追撃を放てず、馬の足では難しいだろうに後ろへ大きく飛び退いて距離を取った。その隙にプラチが左肩へと移る。
「貴様は既に妖精の王ではないち。民を騙す、堕ちた王。それが貴様ち」
「ネズミ風情が何を謳ったところで価値などない」
「誰の口から語ろうと、世界樹を割った罪は消えんッ!」
左肩のプラチが叫ぶ。
それがそのまま心臓を震わせたかのごとく、どくんと熱いものが全身を巡った。
「矜持と傲慢を履き違え、与えられた安寧を己の才覚と自惚れる、それが世界樹のもとに生きたエルフだ。世界樹なき今代のエルフを見るがいい! なんと殊勝に願うことか!」
プラチが叫び返そうとした、その瞬間に一歩を踏み出す。
「えれっ――」
バランスを崩し、するりと肩から落ちていくもう一人の私に声を投げる。
「カレンたちを呼んできて」
これ以上はいらない。
きっと本領の何割にも満たないのだろう。
不意打ちではなく、真正面から王とやり合うのにどれだけの力が必要なのか。分からないけど、これ以上はダメだ。力とともに流れ込んでくる激情だけで、あれの相手をプラチにさせてはいけないと分かる。
「どんなに神の恩寵を受けようと、巫女は所詮、巫女でしかない。勇者ではないのだ。考え直すがいい」
「妖精王の裏切り。それがどんなものなのか、貴様が言う今代のエルフには知り得ないことなんだろう」
その知り得ないはずの過去をグレイから聞かされ、祖父の代の森の人々が激怒した。
それがどうした。
結果として私が……プラチナムが生まれた。力を封じ込めるために母が死んだ。どれもこれも実感の湧かない話だ。
だから、どうだっていい。
「だが貴様は、私の妹を怒らせた。理由なんて、それだけで十分だ」
「……エレカ?」
「エレカだと?」
「名乗りの作法など知らぬ。だから素直に名乗ろう」
この身に流れ込んでくる……否、舞い戻ってくる激情に従って。
「私はエレカ・プラチナム・アーレンハート。貴様を、許さない」
「我の子でありながら、不出来な口上を……ッ!」
「民を子と愛したなら、何故その不出来を愛せなかった……!」
幼い子供が分不相応な大口を叩くなんて、今に始まったことじゃない。
親から与えられたものを実力と勘違いしてふんぞり返るなんて、誰であろうと幼き日に経験することだろう。
世界樹。
どこかで聞いたことがあるような、たったそれだけの感慨しか抱けない存在。
それを割るというのがどれほど重みのある行為なのかも知らないが、そんなこと知らなくても関係なかった。
「貴様は王の、為政者の器ではない」
「不完全な神が! 世の理も、世界の意思も知らぬ小娘が!」
憤激し、槍を構える妖精王。
上背だけで二倍近く、全身で数倍にも及ぶであろう巨躯にありありと滲む激情こそ、ようやく生まれた隙だ。
「走って、プラチっ!」
叫んだ時には、槍が耳の数ミリ横を過ぎ去っている。
目では追えなかった。頭部か心臓か、どちらの急所を狙うかの二者択一に勝っただけ。額に直撃するはずだった槍をどうにか逸らした剣は軋む音を上げ、腕にはビリビリと強烈な痺れが走っている。
しかし、それで終わりではない。
妖精王の馬の足が緩い弧を描き出す。幸い、走り去っていくプラチを追いかける様子はない。あくまで私を、エレカ・プラチナム・アーレンハートを狙うつもりなのだ。
「力を分けた理由は知らぬが、その不完全な力で何ができる」
「少なくとも貴様を屠るくらいはできるさ」
妖精王が右側に回り込んでくる。
彼我の距離は未だ数メートルあった。一瞬で詰められる距離ではあるだろうが、妖精王の目的も察しは付く。
本当は今の一撃で仕留めたかったはずだ。否、仕留められると思っていただろう。
だからこそ得物を投げた。不意を突け、彼我の距離もある程度は無視できる一撃。反面、防がれれば露骨に突破力が落ちる諸刃の剣でもあった。
妖精王とてプラチが増援を呼びに走ったことくらいは承知している。
時間をかければ優位が薄れるのは分かっていて、その上で槍を確保するか否か。槍を拾うと見せかけ、そう踏んだ私の不意を突いてくる可能性も十分にある。
じりじりと動く戦場で、大きな動きは隙となるだろう。
右側に入り込んできた妖精王に、まずは視線を返す。左足に重心を寄せ、右足を浮かしはせず僅かにずらした。爪先だけを妖精王に向ける。足を浮かせれば、その瞬間を見逃さず距離を詰めてくるだろう。
重心を完全に左足に乗せてしまえば、咄嗟の動きはできなくなる。
後ろに下がれず、崩れた体勢で正面から打ち合う? 無理だ。拮抗もできないまま一瞬で押し負ける。
ゆったりとした動きに合わせ、逸る気持ちを堪えて身体を入れ替えていく。
「今からでも遅くはない。プラチナム、我らに味方せよ」
「断る」
「ルージュ様は人類の味方。エルフのお前が敵対する理由はない」
「貴様こそ、その理由だ」
「新しき神たるお前は、我の為したことを知らぬはず。お前に入れ知恵した者こそ、全てのエルフの敵であろう?」
「貴様がネズミと呼ぶ私の妹が、貴様を許さないと言っている」
「あまりに不合理だ」
「だからどうした?」
「救いようがない。これだからエルフは、」
妖精王の腕に力が込められる。
が、しかし。
「私を――」
地面に突き立った槍のすぐ近く。
先ほどとは百八十度入れ替わった位置関係から、放たれた浅い一撃を受け止め、受け流し、そして。
剣を振るう腕に力はいらない。
意識するのは、全身を巡るマナの流れ。
「誰と心得るッ!」
一閃。
直剣の一撃を隠れ蓑に槍へと伸ばされた右腕を、飛翔する斬撃が襲った。
「私はエルフの長。アーレンハート最後の森長だ。それしきの牽制、読めないと思うか」
「くっ……、前の時代に生まれていれば、妖精剣の再興もできただろうがな」
流れていた左腕は、咄嗟には剣を引き戻せない。
ゆえに一閃は、確かに妖精王の腕を捉えた……はずだった。
だが。
「だが、所詮はエルフよ」
千切れた右腕が、しかし槍に触れ、その五指は柄を掴み取る。
本能的に恐怖してしまう光景だった。
宙に浮いた肘から先が私よりも重そうな円錐槍を軽々と持ち上げ、自身の肉体へと戻っていく。腕と腕が近付き、あれは蔦か? いや、根か。細い木の根を思わせる繊維が絡み合い、再び一本の腕を形作った。
そうして妖精王は、左手に剣、右手に槍を構えて対峙する。
「所詮はエルフの剣技。尋常の力。神の成り損ないが吠えるでない……!」
化け物か、こいつは。こいつらは。
「我こそは妖精王。そう名乗ったはずだが、まだ分からぬか?」
「だと、しても――ッ」
「民が王に楯突くなど、断じて許されん!」
正面からの、直線的な一撃。
見えていたのに。
それなのに、反応できなかった。まるで身体が鉛と化したようだ。
どうにか剣を盾として振り上げるも、ほんの一秒とかからず押し込まれる。構えた切っ先が押し負けた。刃を滑るように、直剣が左肩へと食い込む。
「グぅ……ッ」
プラチがいなくてよかった。いたら真っ二つだった。
冗談で誤魔化せたのも数瞬だ。すぐさま視界を真っ赤に染め上げるほどの激痛が迸る。治癒の魔法を。
いや、そんな余裕すら与えてくれるはずがない。
「不完全なる神、プラチナムよ! お前を倒し、我は――」
「だからッ!」
奥歯を噛み締める。
臓腑を焦がす激情に、この時ばかりは頼るしかなかった。
「貴様こそ、その不合理な傲慢さを捨てるべきだった!」
左腕に力は入らない。
だから右腕一本で、駄々をこねる子供のように力のない剣を振るった。
妖精王が受け流そうと、追撃に放っていた槍を割り込ませてきた、その瞬間。
剣と槍が打ち合い生まれた火花が、瞬く間に燃え広がる。至近距離での爆発的な炎上。前髪が燃え、頬が焦げるのも承知で、今度は全身の重みを乗せて右手の剣を振るう。
それは炎を斬り裂き、そして空を切った。
「――ッ! 自爆するか!」
「プラチにできるんだ、私にもできるさ」
笑ってみせるが、肺が熱い。
白い炎に視界を焼かれ、目に映る色がおかしなことになっている。
プラチは自分の炎に焼かれるなんて無様は晒さなかった。まだまだだ。けれど、今は満足しておこう。
「エレカっ! エレカ! 早く離れるち!」
つい先ほどまで後方だった、妖精王の後ろから叫び声が響いてくる。
姿が見えないのに声だけやけに鮮明に響くものだから、慣れない視界と相まって夢でも見ている気にさせられた。
「だが、遅かった!」
笑う妖精王の、背後から。
「誰が遅いのじゃ?」
そのまま背中に跨ってしまいそうなほど勢いよく飛び掛かってきたグレイが、鈍色の長剣を振るっている。妖精王も無視はできず、馬の足で器用に振り返りながら剣撃を返した。
剣と剣が弾き合い、束の間の膠着を生む。
「人喰いめが……!」
「当て馬がよく鳴くのじゃ」
「殺すっ!」
「きひひ! そういう弱さがルージュに遊ばれる所以じゃ」
「愚弄するかッ!」
「じ、じ、つ、なのじゃ!」
グレイが大きく飛び退いた。
それを追い掛け、妖精王が跳躍する。一息に十メートルは飛んだように見えた。けれど捕まりもせず逃げ回り、挑発も欠かさないグレイも相当のものだ。
「すごいな……」
「感心している場合か!」
傍らから声。
焦って目をやれば、随分と色白になったカレンが立っている。違う。白いのはカレンの毛じゃなくて私の視界だ。
思い出した途端、激痛が声を歪ませる。
「馬鹿なのかお前は! プラチ! お前も手を貸せ!」
「それどころじゃないち!」
カレンの方でプラチが鳴いた。
短い手……というか前足で必死にカレンの耳を引っ張っている。促され、視線をそちらに向けたカレンが舌打ちを漏らした。
土砂にも等しい砂煙が舞い上がり、その只中には体勢を崩したグレイが巻き込まれている。
妖精王の、後ろ足での一撃。
直撃を免れてなお破壊的な威力が襲ったことは、過ぎ去った後の光景を見ただけでも瞭然だった。
受け身も取れず頭から落ちていくグレイに、咄嗟に走り寄ったのはカレンだ。だが当然、妖精王も隙だらけの二人を見過ごすはずはない。
「くっ、そォ……!」
真っ赤に染まる視界の中、グレイとカレンに躍りかかる人馬を見据えた。
斬撃では足りない。
炎でも止められない。
だから。
あの白金の――、
金属に似た煌めきの炎を、脳裏に練り上げる。
「――ッ」
激痛すらも遠のく目眩の向こうで、今にもグレイとカレンが妖精王の剣に捕まりそうになっていた。
叫ぶ。
言葉にならぬ獣じみた声を上げ、痛みも何も振り切った。
「いッ……セィ!」
ほんの一瞬、ぶわりと広がった炎。
しかし次の瞬間には輪郭を結び始め、三日月状の刃を形作る。
白く輝く、炎の刃。
それは妖精王が振り下ろす直剣へと一直線に飛翔し、けれど打ち合うことはなかった。
じわり、と湿った土に雨水が染み込むように。
長大な剣を弾くことも、それどころか押し留めることもできなかった炎の刃だったが。
「な、に……ッ!?」
驚愕の声を上げる妖精王の腕の先で、炎の刃が彼の剣をすり抜けた。
炎そのものを剣では斬れぬのと同じだ。炎で剣を弾き飛ばすことはできない。打ち合い拮抗し、押し留めることもできない。
だが。
あるいは超高温であれば、そんなこともできるのか。
今まさにカレンとグレイを両断しようとしていた直剣が、二人の目の前で落ちていく。妖精王が手放したのではなく、刃を半ばから断ち切られて。
その断面には、赤々と燃える鋼鉄が見えた。
とはいえ、妖精王にはまだ槍がある。
すぐさま追撃を試みていれば、私には次の手を打つ余裕などなかった。左肩の痛みすら最早遠い。視界が暗くなって、瞼が落ちてきたのだと遅れて気付く。
それほどまでに追い詰められた私のことを、妖精王が睥睨するかのごとく見下ろしていた。
お陰でカレンとグレイが距離を取り、態勢を立て直す時間はできたが、私の方はどうだ。動こうにも動けない。足に力が入らなかった。
……と、カレンたちと一緒に起きてきたのだろう。
不意に黒い影が視界に現れ、また遅れて竜馬たちが私の前に立ちはだかったのだと知る。無駄な足掻きだ。妖精王を前にしては足止めにもならない。
かといって押しのけるほどの余力もなく、私はただ閉じかけの目で妖精王を睨んで返す。
「不覚を取ったのじゃ」
「無駄口を叩く暇があるなら汚名返上しろ」
「分かっているのじゃ」
グレイとカレンの話し声。
私も妖精王もそちらに目をやることはなく、じっと睨み合いを続けていた。
「……分が悪いか」
均衡を破ったのは妖精王の方だった。
「お前一人を葬る程度は容易いが、人喰いや巡礼の到達者まで相手取るのは難儀する。我らの敵は、お前たちだけではないのでな」
「捨て台詞なのじゃ?」
「逃げてくれるらしいんだち。挑発してやるな」
「好きに鳴くといい。己の無力を噛み締めながら、な」
ふっと鼻で笑い、妖精王は落ちた刃だけを置き去りに身を翻す。
颯爽、というほどでもない悠々たる歩みで去っていく背中を、私たちは見送ることしかできなかった。
否。
「ふしゅる……ッ」
唸るように声を漏らし、追い掛けようとしたルネの尻尾を掴む。それで余力を使い果たした気がした。
「釣られてやるな。そういう策だ」
「おぉ、気付いていたのじゃ?」
「そりゃあ、な……」
獣の狩りと同じだ。
私一人殺すのは確かに容易かっただろうし、そのまま戦って皆殺しにできたかもしれないが、それで傷を負っては次の戦いに響く。……斬り裂かれた腕を楽々繋ぎ直す化け物に同じことが言えるかはともかく、策があって退いたのは疑いようもない。
わざわざ追い掛けて相手の術中に……いや、そういう話でもないか。
遂に立っていられなくなり、膝から崩れ落ちる。衝撃が肩に響いた。鈍い痛み。視界が白黒する。全身が熱いのか冷たいのか分からない。
「エレカ……っ」
カレンが叫ぶ。
プラチだったか?
声も聞き分けられないくらい、どうやら限界だったらしい。
「すまない、肩を……」
「肩を? いや待て、今はまず――」
「阿呆、右の肩を支えてやるのじゃ。治療は自分でできるのじゃ」
からから笑うグレイの声が、今は何故だか安心できた。
カレンが言われた通り、望んだ通り、右の脇に入って体重を支えてくれる。お陰で体勢が安定した。右腕を感覚があやふやになってきた左肩に伸ばし、次いでマナを意識する。
そして蘇った激痛に情けない悲鳴を上げる羽目になるのだが、それは記憶の彼方に追いやるとしよう。




