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六十五話 これからのこと

「……傲慢だ」

 何分にも及んだかに思えた沈黙は、しかし数秒か、長くても十数秒だったのだろう。

 カレンの声は搾り滓の果実から更に果汁を搾ろうとした時の、あの力めば力むほどに虚しくなる感覚を聞いている私にも抱かせた。

「世界に感情はないのじゃ」

「だから虚しいんだろう?」

 笑ったつもりで、笑い声にはなってくれなかった。

 そんな私の言葉にも、グレイはきょとんと首を傾げる。そうして見やったのはプラチの方だ。

「お主は分かるのじゃ?」

「分からんではないち。貴様こそ、ジゼルの失望と脱力を覚えてはいないのか? 信じてきた、敬ってきた妖精王こそが裏切り者だと知った時の、彼らの虚しさを」

「儂には難しい話なのじゃ」

 そう言って、ため息を零すグレイ。

 次いで紡がれた言葉は、今までのどんな話よりも心の奥底まですとんと落ちた。

「夜に太陽が沈んで肩を落とす者がいるのじゃ? 暗い、寒い、と怖がり泣き出す子供はいたかもしれないが、世界とはそういうものだと理解してしまえば憤るだけ無駄じゃ。それこそ虚しくならんのじゃ?」

 これが神と呼ばれる存在か。

 エルフの執念が結んだプラチとも違う、生粋の神。

 人と同じ姿を纏いながらも人心をまるで解さない、人智を置き去りにした存在。

「人なんてどうでもよくて、世界にすらも関心を持たず、ただ勝つためだけに存在すると?」

「ん? 何がじゃ?」

「神や王という存在が、だ」

「うんむ? 王は少し違うが、まぁ大体そんなものじゃ」

 拳を握り締めるとか、声を上げて叫ぶとか。

 そんなことが馬鹿らしくなるほど、平然とした顔でグレイは言った。

「なんじゃ、その顔は」

「失望だち! 見放されたんだち!」

「同じ神の分際で何を嬉しそうにしてるのじゃ!」

 ……まぁ、こんな風に言い合う姿まで一緒に見せられると、また違った意味で力が抜けてしまうのだけど。

「そもそも儂らは、勝たねば生きていけんのじゃ。定命のお主らにとっては死など有り触れたものかもしれんが、儂らにとっては避けられるもので、ならば絶対に避けるべきものじゃ。分かるのじゃ?」

 分かる、とは言い難い。

 ただ私たちにとっての病気や怪我だと思えばいいのだろうか。

「死なぬためには、勝つしかないのじゃ。戦いを放棄し、眠って時代を越すことはできるが、その行き着く果てが先に見た理性なき神じゃ。逃げても結局は死が待っている以上、やはり戦って勝つ以外に道がないのじゃ」

 そして、勝つためには力がいる、と。

「だから水の魔神も、近くにいた人間からマナを奪ったと?」

 カレンが吐き捨てるように問うた。

 イスネアの中を見たわけじゃないのは私と同じだが、神の暴威そのものは目にしている。より身近に脅威や怒りを感じるのだろう。

「いや、あれはただ闇雲にマナを放っただけじゃ」

「は?」

「えっ?」

 怪訝に返すカレンに続いて、私も素っ頓狂に声を上げてしまう。

「考えてもみるのじゃ。マナを集めるするためにマナを放ってどうするじゃ?」

「それは、だから放つよりも集める方が多くなるとか、そもそも放った分も戻ってくるとか……」

「そんなに都合の良い話があるなら世界は人間牧場になっているのじゃ。世界が都合良くできてはいないから、神も王もあれこれ手を変え品を変え模索しなければいけないのじゃ」

 やはり神とは、私たちが想像していた存在とは違うらしい。

 かといって受け入れられる話でもないが、心のどこかで同情してしまう自分もいる。

「あー、つまりなんだけど」

 しかし同情しているばかりでもいられない。

「水の神は理性をなくしていた。だから手当たり次第に暴れて、権能も暴発させたってことか? イスネアの人たちは、ただ火の粉を被っただけだと?」

「そうなるち」

 返答は肩からあった。

「同情するのはエレカの自由ち。だが覚えておくんだち。同情は何も生まない。そして他者を救い、守るだけの力は……余裕は、たとえ神でも持ち合わせていないち」

 私は、やはり私なのか。

 奇しくも同じ言葉を選んだプラチに、思わず感慨めいたものを抱く。

「余裕も持たず、時に理性さえ失う神か。理想とはかけ離れた俗物だな」

 カレンが吐き捨てる。

 何も答えないプラチに代わって、グレイが口を開いた。

「理想上の神とは、ただ一人だから絶対者たり得るのじゃ。似たり寄ったりの存在が幾つもあれば、神とて俗な存在に成り果てるのじゃ」

「道理だ。しかし俗に見えたところで、俺たちにしてみれば規格外の存在に変わりない」

「そうだろうな」

 呟きつつ、今の自分を振り返ってみる。

 共鳴や感化の名で呼ばれたという、人体そのもののマナへの変換。信じ難い話だ。そんな話ばかりで、一々疑うのも馬鹿らしくなってきた。

 だから、ただ受け止める。

「それでも戦うしかない。私も、プラチとグレイも」

「当然、俺もだ」

 なんでもない風に笑ったカレンが建物の外、四角く切り取られた空を見上げる。

「過ぎた話はいい。これからの話をするべきだ」

 これから。

 戦いといっても何をすればいいのか分からないし、何をするにも腹は減る。

「外套を捨ててきたのは失敗なのじゃ」

「今更あんなものを頼れと?」

「お主の腹は感傷で膨れるのじゃ?」

 ぐうの音も出ない正論にカレンと同時、私までも喉の奥で唸る。

 ひとまず廃墟と化したイスネアを探し回ろうか。いや、しかしな。

「なぁカレン」

「なんだ?」

「獣化症ってのは、腹も減るもんなのか?」

「あ? ……あぁ、そういうことか。相当荒らされてはいるだろうな」

 そう。

 一人や二人ならともかく、国中が獣化症に見舞われたなら人の手が入るところは全て荒らされていると思った方がいい。火事場泥棒は気が引けるが、割り切ったとして食料が手に入るかどうか。

「到達者がいたなら、瓦礫の下敷きにでもならない限り生き残っているはずだろう? 食料を探すついでに、生存者を探すはどうだ」

 恩を売るわけじゃないが、助けられたら協力関係を結べるんじゃないか。

 期待した可能性に、カレンは首を横に振った。

「時間の無駄だ。それよりメイディーイルに向かうべきだろう」

 金ならあるんだし、と言葉を結んだカレンだが、そもそも金があって買えるのか。魔法道具と引き換えに金や手形を受け取った時は、まさかこんなことになるとは思っていなかった。

 次の調合薬の代金くらいに考えていたし、何より今の私たちは外見上、エルフが二人と獣化症が一人、そしてプラチと竜馬を合わせた四頭の獣だ。

「せめて緋色がいればなぁ……」

「無い物ねだりはよせ」

「いっそ帝都に向かうのは? 竜馬の足なら、追い付けはしなくても帰り道に会えるかも」

「どんな確率だと思っている? そもそも帝都なんて遠すぎる。食料が持たない。限りなく低い可能性で会える緋色に賭けて野垂れ死にするつもりか?」

「というか、そいつはもう敵なのじゃ?」

 感傷云々と言ったのは誰だったか。

 ただ二対一では分が悪い。何より二人の知識や判断力に疑念を挟む余地がなかった。

 と、黙り込んだその時、肩のプラチが声を上げる。

「そういう貴様は何か案があるんだち?」

 ふん、と不満げでありながら、一方どこか満足げでもある不思議な声音。

「あれも嫌これも嫌とは、お嬢様が過ぎるち」

「おいネズミ、それは俺に言っているのか?」

 ネズミって。

 いや確かにトゲが生えたネズミの姿ではあるけど、言うなれば私の身内であって……。

「エレカ、聞いたち? 今の聞いたちっ!?」

 そしてプラチもプラチで、どうしてネズミ呼ばわりされて嬉しそうなんだ。

「ちーちー鳴くな、うるさいな」

 自分でネズミ呼ばわりしておきながら、ちーちー鳴くなは無理がある。

 二人の言い合いはどこへ向かうのか。グレイに助け舟を求めようかと顔を上げかけ、グレイに助けられたら世も末だと我に返る。

 それで肩を落とした時、カレンが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「言っておくが、俺だって何も考えてないわけじゃない」

「じゃあどこに行くんだち? どこに行けば食料が――」

「それ以上喚いたら貴様を竜馬どもの食料にしてやる」

 ひどい言い草である。

 プラチもちーちー鳴いて私の首にすり寄ってきた。慰めてやりたいが、肩の辺りは当然のごとく死角で意外と撫でづらい。

 そうこう考えているうちにプラチが鳴き止んだ。嘘泣きならぬ嘘鳴きだったらしい。それはそうか。仮にも神を名乗る存在が竜馬相手に泣き言を零すはずもない。

 カレンも冗談を言っている場合でないと思い出したか、瞳に真剣な眼差しを宿す。

「提案だが、ひとまずはオルサ跡地を目指したい。ローゼン義賊団なら食料を溜め込んでいる。法外な額を要求されるだろうが、使えない金より食える飯の方が貴重だ」

 提案と言いながら、それ以外の選択肢などないかのような口振りのカレン。

 しかし、そこには依然、根本的な問題が横たわったままだ。

「待て、金で買えるなら最初からメイディーイルに行けばいいだろ。問題は私たちの姿を見て取引に応じる人間……いや、ヒュームがいるかどうかじゃないのか」

 何よりの障害は私たちの風貌だ。

 平和に暮らすヒュームからすれば誰一人まともな人間がいないように見えても不思議はない。平和とは縁遠い跡地の義賊団にしたところで、むしろ幸いとばかりに襲いかかってこないとも限らないのだ。

 まさか襲撃、略奪でもするつもりじゃあるまい。

「なんだ、やっぱりお前は気付いてなかったか」

 私の心配などよそに、カレンは当たり前のように言い放った。

「あそこには俺たちの姿に気付いていた奴がいるぞ」

「え? ……は?」

 しばらくの間、何を言われたのかも分からなかったほどだ。

 私たちの姿は外套に隠されて……と、そこまで考えて重大な見落としに思い至る。

「カレンと同じ人間がいたと?」

 アーロンの町で初めて会った時、カレンは一目で私をエルフと見抜いた。

 すぐ後にカレン自身の特異性も聞かされたから勝手に納得してしまっていたが、考えてみれば私だってカレンや緋色のフードの奥を見ている。その緋色だって同じことだ。

「だが、だったらどうして……」

「その場で暴露しなかったか、か? してどうなる? それは俺たちを敵に回すのと同じだ。実際はそこまで問題じゃなくても、周りの人間が当たり前に接している人物……それもオールドーズの巡礼者を糾弾するようなことが言えるか?」

 されても不思議はないと思うが。

 ……が、一方で、しないという判断も嫌というほど想像できた。厄介事は御免だ。相手が見られたことに気付いていないのなら、わざわざ見たと言って藪をつつく必要もないだろう。

「カレンは気付いていたのか?」

「流石に確信は持てなかったがな。あの一度も名乗らなかった新入りの男だ。お前に、エルフ相手に誇りを持ち出し、挙げ句それを俺に聞かれて誤魔化そうとした。断定はできないが、当てもなくメイディーイルを目指すよりは可能性が見込める」

 あの男か。

 監視のために長いこと近くにいたから特に覚えている。黒髪に細身、それから相当な大口を叩いていた男。自分の力を過信することはなさそうだったが、自信家ではありそうだった。

「まぁ、跡地の方が近いしな」

「それに最悪、荒っぽいことになっても良心が痛まない」

「通りすがりの男を半殺しにした人間に良心があるのじゃ?」

「半殺し?」

「耳を貸すな、のじゃのじゃ言ってるだけの戯言だ」

 分からないが、吐き捨てるように返したカレンの方が嫌そうに視線を背け、対するグレイが勝ち誇った顔をしているから追及はしない方がいいのだろう。

 しかし半殺しか。

 獣化症を発症したとはいえ、オットーを平然と殺している。殺すべき時に殺せないより、通りすがりでもなんでも理由があるなら半殺しにくらいする方がまともだろう。

 ふざけた時代だ。

「嫌になるな」

「……どうしようもないことだち」

 怪訝そうな目で見てきたカレン、勝ち誇った顔のまま笑い声を上げようとしたグレイ。

 二人とは違い、肩のプラチだけが恐らく私の心中を汲んでくれた。

 殺しなんて絶対にダメだ、どんな理由があっても許されない。そんな風に叫んでいられる平和な時代は、もう戻ってこないのだろう。

「こっちの話だ」

 グレイも一緒になって怪訝そうにしだしたから、手を振って返す。

「それより方針が決まったなら、さっさと向かおう。どこまで騒ぎが届いたか分からないが、分からないからこそ急いだ方がいいんじゃないか?」

 二人とも異論はなさそうだった。

 ネズミが這い回る廃墟とも、これでお別れだ。

 大口を開けたままだった戸口を振り返り、お行儀良く待っていた竜馬に目をやる。三頭ともちゃんといた。

 実はネズミを見た時から、勝手に狩りにでも出掛けてしまうんじゃないかと不安だったんだが、それどころでもなく言い出せなかったのだ。杞憂に終わって何より。

「なぁ、狩りくらいなら――」

 どこかでさせてやってもいいかな、とカレンに言うつもりだった。

 首に、それが刺さらなければ。

「エレカ? どうした……って、おい、ネズミ。貴様のトゲがエレカに」

「喋るな!」

 私の肩で何をしているのか、どうあれ首に食い込むほどトゲを逆立てているらしいプラチが、注意しかけたカレンに鋭い声で応じる。

 また喧嘩か。

 いや、違うな。分かっている。

「嫌になるな」

「グレイ、貴様が行くち」

「え、嫌なのじゃ」

「貴様が一番頑丈だち」

「お主が一番身軽なのじゃ」

「おい、一体なんの話を――」

「敵だよ」

 答える。

 私はまだ何も感じ取れないが、プラチが臨戦態勢を取ったのだ。近くに敵がいる。

 その上で、竜馬には手を出していない。竜馬たちも異変を感じていないどころか、むしろ廃墟の中の私たちに違和感を抱いている様子だ。

 よほど隠れるのが上手らしい。

 そして私たちのことを見張っている。いつから? 分からない。

 確かなのは、廃墟から踏み出した瞬間に何かが起きるということ。

 それはきっと、どこまでも嬉しくない出迎えだろう。

「そういうことなら俺が行く」

「なっ。こんな役回りグレイにやらせれば――」

「普通に出る、と見せかけて距離を取ればいいんだろう? 見た目的にも、俺の方が敵の動きを誘えるだろう」

 獣化症かエルフか。

 どちらも実態は違うのだが、見る側にそんな事情は関係ない。

「ぬぅ。お主に男を見せられるのは癪だが、だったら援護くらいしてやるのじゃ」

「俺は女だ」

「姉の株が少し上がったことだけは伝えておいてやるち」

「黙れ」

 なんの話をしているんだ。

 しかも姉って。

「なぁプラチ、お前の姉はわた――」

「冗談言ってないで、さっさとやるぞ」

 大切なところなんだが。

 しかしまぁ、確かに後でもできる話だ。ここを乗り切りさえすれば。

「行くぞ」

「うむ」

「三、二、い――」

 ち、という自身の声を置き去りにして、カレンが床を蹴った。

 どっちが冗談だよ。

 普通に出ると見せかけるんじゃなかったのか。

 しかし止める暇はない。止めてもきっと止まれない。カレンが崩れた戸口から身を躍らせた。

 直後、そこを何かが横切る。

 なんだ、赤く輝くあれは……いや、おい、待て。

「カレ――」

「……禍福っ!?」

 建物の外。

 向かって右手側だろうか。中からは判然としないが、ともかく少し離れたところから、聞き慣れた声が聞こえた。

 半ば悲鳴混じりの声音。

 それが今度は、正真正銘の悲鳴に変わる。

 まさか。

 見知った相手でも必要とあらば半殺しにくらいするだろう。危惧したその時、グレイが走り出した。戸口から外へ。と、斜め上から降ってきた何かを抱き留める。

 小さな身体のどこにそんな力があるのか。

 ぐっと膝を沈めるだけで衝撃を受け止め、何事もなかったかのように彼女を地面に立たせた。

 彼女――外套で身を包み、手に錫杖を持った女。

「緋色!」

「剣閃……いえ、エレカさん」

 よほど突然の出来事だったのだろう。

 目を白黒させている割に平然とした、再会の喜びさえ感じさせない普段通りの声だった。

「ところで、こちらの方は?」

 状況も分かっていないだろうに、続けられたのは素朴な疑問。

 しかし、どうやって答えたものか。

 考え込んでしまった私に代わり、緋色を投げて寄越したと思しきカレンが、自分は歩いて戸口の前まで戻ってくる。

「緋色、貴様が先だ。答えによっては、悪いがここで死んでもらう」

「えっ?」

 素っ頓狂な声は、果たして緋色のものだったのか、私自身のものだったのか。

「当然なのじゃ」

「貴様が未だ息をしているのは、ただ利用価値があるからだけなんだち」

 おかしいのは私たちなのか?

 緋色と二人、わけが分からないと視線で言い合う。

 折角の再会なのに、いったい何がどうなってるんだ……?

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