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六十三話 新たな旅の始まり

 鞘とはどんな形をしているのか。

 そんな固定観念に囚われていたのが間違いなのだと、そう気付く頃には夜が明けていた。

 白く輝く竜寧山脈の稜線を眺めながら、長剣の刃に添わせて魔法の蔦を編んでいく。身動ぎ一つしないのに重労働だ。額から頬、首へと汗が伝う。

 ただの蔦ではいけない。

 頑丈で、けれど硬すぎず、何よりマナの供給を止めても失われない恒久的な蔦。

 無茶苦茶な要件である。

 しかし、遂に成し遂げた。

 曲がりくねる蔦を編んで作ったせいで形は歪なれど、柄を握って振り回しても鞘がすっぽ抜けることはない。かと言って左手で腰に携え、右手で掴んだ柄を引けば淀みなく抜き放てる。

「会心の出来だ……」

「頑張ったな」

 ずっと傍にいてくれたカレンが心の底からの祝福をくれる。

 ありがとう。

 あまりの疲労から声にはできなかったが、交わした視線が確かに思いが伝わったことを教えてくれる。

「あ、終わったのじゃ?」

 対して、このティルの姿をした魔神はどうだ。

 他人事のように欠伸しながら、ぐぐぐっと上半身を伸ばしている。

 小動物の姿をした魔神に至っては竜馬と一緒に夢の中。それどころか小さな口からよだれまで零す始末だ。まったく……。

 凝り固まった全身を伸ばすついでに指をやり、ルネの首元に垂れかかっていたよだれを拭ってやる。それで夢が遠のいたのか、プラチは眠そうに瞼を瞬いた。

「ん、朝か?」

「朝だよ」

「おーエレカ。おはよう、ち?」

「ん、おはよう」

 憎むに憎めず、頭を撫でてしまう。

 気持ち良さそうに目を細め、されるがまま頭を左右に揺らす姿に怒りも忘れた。もう一人の私だと思うと不思議な気分だったが、これは妹だな。ティルも妹みたいな存在だったけど、こちらは正真正銘の妹と言っていい。

 そう思えば、よだれを垂らしていた姿も可愛らしく感じられる。

 まぁ指は拭くけど。

 途中でマナの具合を間違え、花が咲いてしまった蔦に一緒に生えていた葉でよだれを拭う。

「お、できているな」

 呟いたのはようやく目が冴えてきたらしいプラチだった。

 やはり時々、普通に喋る。というか口で喋っているわけじゃないのなら舌っ足らずになることもないはずだが、グレイを見ていると神という存在そのものが変なのかもしれない。気にしないでおくのが吉か。

「うむ、よくやったち」

「ありがと」

 年下の娘ほど偉そうな口を叩きたがるものだ。

 ティルにもそういう時があった。自分が大人になったみたいに、腰に手を当て、なんで分からないのと口を尖らせる。懐かしい光景。蘇らない、思い出の彼方。

 忘れることはできない。

 だから全てを連れていく。時代の終焉、覇者たらんとする旅の果てまで。

「随分と待たせてしまったな」

 立ち上がり、今度は足を伸ばしながら三人に言う。

「いいのじゃ。儂は寝てたし」

「知ってる」

「私は起きてたち」

「いや寝てたじゃん」

「ほんの何分か前までは起きてたんだ、許してやってくれ」

「なんで貴様が上から目線なんだち?」

 愉快な朝だ。

 心の底から笑えないことだけが残念でならない。

 と、騒がしくしたせいかルネたちも顔を上げ、次いで身を起こす。落ちそうになったプラチに手を差し伸べると、てててと器用に肩まで一息に登ってきた。

 これで全員、準備万端か。

「お前は? 寝なくて大丈夫か?」

「あぁ」

 短く頷き、立ち上がりながら背筋を伸ばす。それからプラチに合図して肩も回した。落ちまいと必死にしがみついたのが分かる。

 ただ、こればっかりは慣れてもらうしかないな。神や王の戦いに加わるというなら、切った張ったは避けられないだろう。一々合図しながら剣を振っていたのでは話にならない。

「妙に調子が良い。疲れを感じないわけじゃないが、だからこそ今は動いていたい」

 じっと目を閉じていたくはない。

 それで眠れるならまだしも、そう簡単ではないように思えた。

「了解した。言うまでもないとは思うが――」

「無理はしない。我慢もだ。今までもこれからも、旅は旅だからな」

「なら俺から言うことはないな。……で、どうする?」

 最後の一言は私ではなく、グレイとプラチに向けたようだった。

 肩にいるプラチは分からないが、グレイは頷いて返す。いや、プラチも小さく動いたのが微かに感じられた。

「まずはイスネアの様子を見るのじゃ?」

「そうか、貴様らは見てないちか」

「イスネア? イスネアがどうか……って、あぁ、そういえば」

 魔神、じゃないな。

 水の巨体を誇る神に襲われたとかいう話だった。

 見上げる防壁は崩れ、神の暴威をまざまざと映し出している。それを一方的に蹂躙したのが私の身体を使っていたプラチだというのだから信じ難い。

 ……が、それ以上に不自然なことが一つあった。

「静かだな、確かに」

 メイディーイルでの騒ぎを覚えている。

 防備の乏しいイスネアなら一層の騒ぎになっておかしくはないが、すぐ近くの私たちは静かな夜を過ごした。無事に避難を済ませたか、あるいは……。しかし、だとしても様子を見に戻ってきたり、息を潜めて生き残った者がいたりするはずだ。

 戦いが終わった今、救助や片付けで喧騒が戻ってきてもおかしくはない。

 それがない理由。

「戦いの余波、到達者とそうでない者の違い。……見たくはないが、確かめないわけにもいかないんだろうな」

 呻くような声音でカレンが呟く。

 話のスケールが大きすぎて上手く飲み込めないままだったが、そんな話もちらりとされた覚えはあった。

 カレンを到達者と呼んだプラチ。

 到達者とは何者で、そうでない者はどうなるのか。

 これからの時代を生きていくなら、見ないわけにはいかない景色。

 知らずとも、予感せずにはいられないそれ。

「嫌な旅の始まりになりそうだ」

「この先、楽しい旅なんか待ってないのじゃ」

 そんな台詞を軽やかに口にしたグレイは、さて、と私たちをぐるり見回す。

「人数もちょうどじゃ。さして距離はないが、頼むのじゃ、竜馬たち」

 一人減って一人と一匹……いや、二人増えた旅路。

 プラチが私の肩に乗るなら、なるほど竜馬の数はちょうどいい。

「異論はないのじゃ?」

「あぁ。……だろう、ルネ?」

「ふしゅっ」

 長話に飽き飽きしていたのか、早く早くとせがむ勢いのルネの背に跨る。この調子では、プラチ分重くなったところで関係はないのだろう。

 カレンとグレイもそれぞれリューオとフシュカに跨った。

 ……と。

「そういえば、足が不安定になるな」

 ここまで気にする余裕もなかったが、調合薬を鞄ごと森に置いてきてしまったせいで足のやり場がない。それからプラチが肩にいるせいで、あまり前傾姿勢になるのも厳しそうだった。

「大丈夫か?」

「ん、あぁ、どうにかするさ」

 幸い、身体の方は絶好調だ。

 両の太ももで上手いことルネの横腹を捉え、身を起こしたままでもなんとか安定させる。全力疾走の風を受け続けるのは無理にせよ、軽めに走るだけなら問題はなさそうだ。

「ルネ、様子を見ながら頼む」

「ふしゅん」

 応えるルネに足で合図すると、一頭と二人が進みだす。

 すぐさま呼応し、二頭と二人も後に続いた。

 向かうはイスネア、避けられぬ現実へ。

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