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55話 慟哭を置き去りにして

 しかし、どうしたものか。

 時代は終焉へと直走る。

 エルフの森は燃え尽きて、ヒュームの国も飢えとの戦いの真っ只中。

 エルフの末路を知っていたオールドーズはヒュームの末路も知っているが、対抗策は見出だせていないのか、承知の上で帝国もイスネアも見殺しにする腹積もりなのか。

 誰が味方かなんて考えるまでもない。

 自分たち以外の全てが敵。

 そう思っておいた方がよほど分かりやすい。

 ただ、緋色はどうだ。竜馬の足があれば、帝都まで追い掛けていけないこともない。第一にオールドーズのことを考えるとはいえ、あれで義理堅いやつでもある。手を貸すくらいはしてくれそうだが。

「だが、だな……」

 その緋色に入れ知恵する背後が信用ならない。

 森を救うという目的さえも失ったエレカがどこまで持つかも心配だ。

 人間は、ヒュームにせよエルフにせよ、どこかへと向かうからこそ生きていると言える。どこにも向かわず、ただ命を繋ぐだけの毎日を生きているとは言わない。

 もう長くはないと言われた、巫女になれなかった天導病の子供とて、生きたいと願い生にしがみ付くから死ぬまで生きた。

 それさえなくなれば、ただ息をしながら腐っていくだけ。

 どうにか外套を調達して、また巡礼者の振りをさせれば最低限の衣食は手に入れられる。

 だが、その先は?

 今の俺たちは、まさに俺たち自身の行く末を見せているようだった。

 どこにも行く当てがなく、目的もなく、それなのに立ち止まることもできず来た道を戻っている。

 エレカを乗せたルネがはしゃぎ回りながら飛び越えていったあの川を、今度は静かに渡った。水の量も流れも大したことはない。助走もなく、歩幅を少し広げた程度の跳躍で飛び越えられた。

 とはいえ、飛び越えたからなんだというのか。

 このままイスネアまで戻ってどうする? どうなる?

 竜馬を見れば、外套の上からでも俺だと分かるだろう。帝国側に立つ者がエルフを連れて現れるなど、徹底抗戦の構えを取ってくれと言うようなもの。いっそのこと俺も外套を脱ぎ捨て、盗賊の真似事でもするか。

 それが何になるというのか、さっぱり分からないが。

 ただ、どうあれ生きていくには飯がいる。調達はしなければいけない。最悪、山に入って獣狩りか。

 しかし、それも根本的な解決には至らない。

「どうしたものかなぁ」

 曇天を見上げて呻く。

 こんなことなら、もっと話を聞いておくべきだった。

 家では我儘放題だった。シュトラウスの家名は、帝国において絶対に等しい意味を持ってしまう。仮に天導病と獣化症がなくとも、当たり前の幼少期など送れはしなかっただろう。

 それでも使用人は話の分かる連中だったが、その有り難みを知ったのは顔を見ることもなくなった後だ。

 どうしたものか。

 声に出したり出さなかったりしながら何度目かの堂々巡りを終えた頃。

「カレンは、」

 不意に口を開いたエレカが、目の前ではない遠くを、今ではないいつかを見るような顔で優しげな声を紡ぐ。

「カレンはどうしたいんだ?」

「どうって」

「私は……。私は、森を救いたかった」

 涙の一筋も滲まないのが胸を掻き毟る。

 枯れ果てたか。涙も、悲しみも。泣いてくれた方が、まだ気は楽だ。

「俺は生きるために旅に出た。巡礼者の外套が俺を自由にさせた。それだけだ」

「そうなのか?」

 エレカが微笑んだ。

 形だけの笑みだった。

「なら雪は、もう見たんだ」

「雪?」

 なんのことだと首を傾げる。

 記憶を辿っていっても、エレカとそんな話をした記憶は……いや、待て。ある。そういえば確か、そんな話をしたこともあった。

「なんて言ってたかな。禍福は。カレンは。身軽に、気ままに……そう、」

「綿毛、か?」

「覚えてるんじゃないか。まぁ、人は綿毛にはなれないけど」

 それは昔話だ。

 俺がまだ自分のことを『私』と呼んでいた頃の、天導病に蝕まれながらも獣化症には侵されていなかった時の話。獣と化したオットーを見て、ショックを受けたらしいエレカに言って聞かせた思い出話。

 ヒュームにはそういうものがある。

 エルフにも……。

 順を追って、少しずつ伝えられたらと思っていた。

 もっと言えば何も知らないまま生涯を終えるのが一番だったのだろうが、エルフの寿命とエレカの森への執着を考えると不可能だった。

 全ては失敗に終わったが。

 悠長すぎたのかもしれない。

 もっと早く、いつかと言わず思い付いた時にでも伝えてしまえばよかったか。エレカは信じなかっただろうが、何も知らずに森の現実を目の当たりにするよりは……いや、同じか。

「小さい頃の話は苦手か?」

 俺の沈黙をどう受け取ったのだろう。

 エレカは声だけの空虚な笑いを浮かべながら、傍らを歩くルネの頭を撫でていた。

「いや、少し考え事をしていた」

「そうか」

 納得したわけでもなく、ただ相槌を打っただけの声。

 しかし、その直後だった。

「それじゃあ、話を聞かせてくれないか」

 声の端が震えていた。

「カレンの、昔話を。私は母を知らない。知っているはずなのに、覚えていない。私が小さい頃の話は、お父様もしてくれなかった。気付けばリクがいて、ティルたちがいた。不満はなかったし、不思議にも思わなかった」

――だけど。

 震える声が教えてくれる。涙も、悲しみも、枯れ果てることなどない。

 押し留め、忘れようとすることはできても、忘れ去ることなんてしたくてもできないのだろう。

「私にはもう知る術はない。だけどカレンは、まだ覚えてるんでしょ?」

 くしゃくしゃの声に、返す言葉は見つからなかった。

 何も言わないまま腕を引き、その肩を抱き寄せる。エルフだからだろうか、エレカは背が高い。なのに今、その身はあまりに細く頼りなく、子供みたいに泣きじゃくる顔は外套越しの胸に埋まっていた。

 頭を撫でる。

 こんなことをする日が来るとは夢にも思わなかった。

 巡礼者である以上、我よりオールドーズを、全知の教会を背負って立つ必要がある。威厳と慈悲を常に携え、手を差し伸べることはあっても誰かを抱き留めることはない。

 そうか。

 そうだな。

「なぁ、エレカ」

 頭を撫でる手は止めないで、聞こえているのかも知らないまま呟いていた。

「やっぱり旅をしよう。巡礼の旅じゃなくて、まだ見つからない何かを、探したい何かを探す旅を」

 身軽に、気ままに、綿毛のように。

 そのために、この外套は邪魔でしかない。

 俺は禍福でなくなり、巡礼者でもなくなった。外套は便利だが、便利ゆえに縛り付ける。シュトラウスの名と同じ。ならば、いらない。捨て去ろう。

 まだ泣いているエレカを片手で引き剥がし、もう片手で外套を脱ぐ。

 手袋もいらないか。

 頭隠して尻隠さずじゃないが、顔もどこも毛むくじゃらなのに手だけ隠しても意味がない。

 外套も、手袋も脱ぎ去ると、そこに立っているのは一匹の獣でしかないのだろう。

 エレカが涙を引っ込め、まん丸に見開いた目でじっと見てきた。

 そういえば見せるのは初めてだったか。

 いや違う。メイディーイルで風呂に入った時、俺は外套どころか服も脱いでいたはずだ。全身に獣毛が生えているのは知っているはず。いや待て、だけどあの時、エレカは湯船いっぱいのお湯を満喫していて――

「カレン。そうか、かれ」

「間抜けなこと言ってないで行くぞ。ほら立て」

 杞憂だった。

 なんだか馬鹿らしくなってきた。

 間抜けな顔で何やら言いかけたエレカの手を引っ張って、また横に立たせる。銀色の髪が頬を撫でた。くすぐったい。毛には慣れているはずなのに。

「そっちの方が可愛いな、やっぱり」

「間抜けなことを言うな」

「耳、触ってもいいか」

「触ってもいいが、その時はお前のも――」

 人の話は、最後まで聞け。

 びっしり生えた獣毛のせいで重く垂れ下がった耳を、これでもかと触ってくる。そこに遠慮なんかない。耳の内側にまで指が伸びてきて、くすぐったいを通り越して少し怖いほどだった。

 まさか奥に突っ込んだりしないだろうな。

 ヒュームとエルフの最も大きな違いは寿命だが、外見的に一目で分かるのは耳の形だった。ヒュームのそれは丸いが、エルフのそれは尖っている。尖った耳こそエルフの特徴だと考える者もいるが、だからこそ耳を触ることは最も無遠慮で敵対感情を煽る行為なのだと風の噂で聞いたこともあった。

 違うのか。

 エルフにとって、他人の耳を触ることはそんなにも……。

「ん?」

 首を傾げる。

 エレカが我に返って手を離した。

 そもそも、だが。

 ヒュームにとっても他人の耳を触るなんて無遠慮で、かなり非常識な行為じゃなかろうか。

「あ、……その、すまない」

 神妙に謝ってくるエレカを見ていると、そんなことどうでもよくなってしまうが。

「今回だけは許す。ずっと暗い顔をされるよりはマシだ」

「それも、……すまなかった」

「少しは調子が戻ったようで何よりだ。だが、無理はしなくていい」

 俺の耳なんて、所詮は一時の誤魔化しに過ぎない。

 すぐに思い出して、またエレカの表情は曇る。というより、無理をして押し留めていたに過ぎないのだろう。

「まずは北に行こう」

「北? ……帝都があるんだったか?」

「違う」

 帝都なんてどうでもいい。

 緋色には会えるかもしれないが、あまり会いたくはなかった。枢機卿連中に足取りを掴まれるのは御免だ。

「帝都よりずっと北だ。北の果てには山脈がある。竜寧山脈以上の山だ。こいつらの……竜馬の本来の生息地で、そこには年中、雪が降っていると聞く」

「行ったこと、ないのか?」

「ないな。俺は最初から禍福と呼ばれていたのもあって、人の住むところを重点的に回ってきた」

 だから、そうなのだ。

「俺はまだ雪を見たことがない。それで、まぁ、だから」

 おかしい。

 何かがおかしい。

 ひとまずの目的地が見つかるまでの、その場しのぎのことを言うだけのつもりだったのに。

 どうしてこんなにも言葉が出てこないのか。声が詰まって、鼓動が乱れるのか。

 変な話だ。

「だから、その、あれだ。よかったら、付き合ってくれないか」

 また一緒に旅を。

 約束のそれとは違うけど、その予行練習にでも。

 言いたい言葉は山ほどあったのに、ほとんど声にはならなかった。

 エレカは何も言わない。

 うんでもはいでもいいから、一言くらい言ってくれたっていいのに。

 横目で盗み見ようとして、目が合ってしまう。エレカはまた目をまん丸に見開いていた。

「こっ告白かっ!?」

「……黙れ」

「でも、ほら、ティルに言った時も」

「言葉の綾だ」

「いや、だけど、そうは――」

 慌てていたエレカの表情が、その瞬間、凍り付いた。

 なんだ?

 視線が鋭くあちこちに向けられる。ルネが呼応して辺りに鼻先を向けた。

 何かがいるのか?

 耳も、目も、鼻も、何も訴えてはいない。

「……っ?」

 違う。

 妙だ。

 景色が……色が何か、違うのか?

「ルネっ!」

「ふしゅるッ」

 叫びに応じて、ルネが身を屈める。

「えれ――」

「カレンも来てくれ。何かがおかしい」

「あ、あぁ、分かっている。分かった」

 一瞬。

 ほんの一瞬だ。

 イスネアの時のように、また走り去っていくエレカの背を見送ることになるのかと、背筋が凍る思いをしている自分を見つけた。

 頭を振る。

 雑念を振り払う。

「リューオ。フシュカも、ちゃんと来るんだ」

「ふしゅ」

「すんっ」

 その背に跨ると、リューオは地面を蹴った。

 エレカを乗せたルネも一瞬早く走り出している。

 フシュカも遅れることなく並び、三頭の二人は元来た道を疾駆した。

 そして。

 見覚えのある、しかし見慣れぬ世界を目の当たりにする。



 違和感に気付いてはいた。

 だが違和感の正体も、どこに違和感があるのかも判然としない。

 僅かに腐った肉を、そうと知らずに食べたしばらく後。

 ずっと薄々抱いていた違和感が一線を超え、あの肉が原因かと思い至った時には手遅れなほどに腹が激痛を訴え始めた。そして何日も満足に動けなくなったことがある。

 あれとよく似た、じわじわと忍び寄ってくる違和感に気付いてはいた。

 妙な感じ。

 しっくり来ない気持ち悪さ。

 それでいて決定的には掴めない、気味の悪さ。

 エレカが寝込んで以降、ルネはほとんど全力疾走をしていない。

 しかし速度は出ていた。走りに勢いがある。

 傷付いた足は癒え、怪我の恐怖も克服し、何より限界を超えるかのように走り続けたことで自負も芽生えたのか。

 それだけではない気もする。

 追い立てられる獲物の形相ではない。追い立てる狩人の気迫でもない。

 ただ一心不乱に走り続けるルネに異質なものを感じる。

 なんだ、これは。

 呑まれていく。

 ……何に?

 なんだか、変だ。

 足音が間延びする。

 竜馬たちの、強く強く蹴り上げる馬とは違う、靭やかに伸びるような足音。

 それがやけに伸びている。

 ざす、と大地を踏み締める音。たったの一瞬。それがやけに長い。

 顔を上げると、空がよく見通せた。

 俺は背が低い。必然、手足もエレカよりは短かった。だがルネとリューオに大した体格差はない。

 背に跨って手綱を握り、姿勢を安定させるのは大変だった。

 だから見上げた空がこんなにもクリアに見えて、あまりにおかしいことを知る。

 空が青い。

 それだけじゃなかった。

 記憶を手繰り寄せる。川を渡る前。エレカと走れずに不満を溜め込んでいたルネは、ようやく訪れたチャンスに喜びを爆発させていた。いける、自分は走れるとうるさいほどに走り回った。

 どこで?

 ここで、だ。

 一面に広がる草原は、だが、こんな色をしていたか?

 青い。

 青々とした緑ではなく、突き抜ける空のごとき青。

 リューオの横っ腹に足を押し付け、停止を命令する。止まらない。いつからだ。

「止まれッ!」

 叫んでもリューオはピクリとも反応しない。

 走り続ける。

 ただエレカに触発されているものと思っていた。川を渡る前のルネと同じ。躍動する主人に遅れまいと猛進しているのだとばかり。

 違う。

 こいつらは俺たちの制御から離れ、理性を失いかけている。

 手綱を強く引いた。

 リューオがバランスを崩す。――が、転びはしない。当然だ。この速度で転ばせたら最悪、怪我じゃ済まない。だから転ばない程度に、一瞬でいい、バランスを取り戻すために減速させる。

 その瞬間を衝いて、リューオの背から飛び降りた。

 ぐるんと一回転して衝撃を殺し、まだ有り余る勢いのままに飛び起きる。

「エレカっ! 待て……ッ!」

 全身全霊、叫んだ。

 肺が空になり、咳き込むと同時に殺しきれなかった勢いが体幹を揺さぶる。

 どうにか踏ん張って膝に手をつき、見下ろした大地は緑だった。

 本来あるべき草の色。

 見上げた空は青く、しかし快晴というほどでもない。白と黒を混ぜた雲が曇天の残り香を感じさせる。

 間延びしていた足音が、止まった。

 何メートルも先。

 いきなり止まれば足が折れる。勢いのままに鼻先から地面に突っ込みかねない。

 ただ立ち止まるだけでも時間がかかる竜馬たちは、エレカを連れて何メートルか先へと進んでいた。

 その背で振り返り、エレカが驚いた顔をしている。

 釈然としない様子で辺りを見回し、また前を見やった。

「……どうした?」

 心底不可解そうな声だった。

「分からない」

「分からないって」

「だが、何かおかしい。妙だ、変だ」

 俺の目がおかしくなったか?

 天導病と獣化症、その拮抗が崩れた瞬間に肉体が文字通り崩壊しても驚きはしない。それくらいには奇跡的な形で命を繋いでいるだけの俺だ。

 俺だけがおかしくなったなら、説明なんていらない。

 理屈も何もすっ飛ばして、遂にその時が来たのだと運命を受け入れる他ないだろう。

 だが幸い……いや幸いでもなんでもないが、竜馬たちの様子もおかしかった。エレカもだ。まだ本調子じゃないにせよ、いつか本調子に戻れるのかさえ怪しくとも、あまりに不自然が過ぎた。

「それを確かめるために――」

「待て、少し冷静になれ」

 言葉を探しながら、今にも走り出しそうな鼻息の竜馬たちに歩み寄る。

 それは言うまでもなく、エレカにも近寄る行為だ。

 近くで見たエレカは、まともそうだった。

 まともそうだが、目には落ち着きがない。瞳孔が揺れているような、そんな忙しなさを抱かせる。不安だ。

 そう、不安なのだ。

 今にも何かが崩れて、後戻りできなくなってしまいそうな。

 崖っぷち。

 そんな何かを、何故だか感じざるを得ない。

「それを確かめてどうするんだ」

 刺激してはいけない。

 本能的に察する。竜馬と同じだ。エレカは竜馬をペットか何かと勘違いしている節があったし、だからなのか竜馬たちもエレカにはよく懐いていた。

 何か近いものがあるのか。

 竜馬たちは俺が止まれと言っても、エレカが良いと言えば走り出すだろう。

 あるいは刺激し、苛立たせただけでエレカを連れて走り出すかもしれない。エレカもまた同じだ。神経を逆撫でしないよう、言葉だけでなく声音にまで気を遣う。

 苦手なんだけどな、そういうの。

「確かめてから考えればいい。手遅れになる」

「何が」

「何かが」

「これ以上――ッ!」

 叫んでしまって、我に返る。

 今、何を言おうとした?

 考える。一秒足らずの刹那。息を浅く、だが意識的に吸う。

「これ以上、何が手遅れになるんだ」

 吐き捨てる。

 エレカの見下ろす眼差しは、はっきり言って怖い。恐ろしい。

 何も知らず、ただ旅の途中に鉢合わせ、成り行きで同じ眼差しを受けたとて恐怖するだろう。それほどの迫力があった。

 侮っていたのか。

 どこか間の抜けた、甘すぎる子供みたいな言動のせいで。

 対等だ。

 分かっている。相手は子供じゃなければ、愚か者でもない。悲劇を知り、惨劇を知り、あるいは絶望してもなお、確かな眼差しで世界を見据える一人の人間だ。

「お前は最近、ろくに飯を食ってないんだ。自覚はあるか」

「……ない」

「食え。まずは栄養だ。水分も。十分な量はないが、まず腹を満たす分はある。仮に有事だったとして、腹が減って喉が乾いた状態で何ができる? 何を為すにせよ、準備がなければ始まらない」

 エレカが俺を見据える。

 睨む、と言い換えてもいい。

 しかし次の瞬間には、すぅっと消え入るように迫力が失せた。目を見る。いつものエレカだ。見覚えのある、いっそ懐かしいほどの眼差し。

「……分かった」

 どこか拗ねたような声。

 安堵で、胸が潰れそうになる。

「お前たちも、なんだな?」

 ルネの背から降りたエレカは、優しく微笑みながら三頭を順に撫でていく。

 それから空を見上げた。

 そこに何を見たのか、答えは俺には分からない。

「でも、」

 不意に零された声は断ち切られ、風に流され消えていく。

 でも。

 何を言おうとしたんだろう。

 分からない、振りをした。

 森を救うために旅をしてきたエルフは、一体どこへと向かえばいいのだろう。

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