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四十五話 手の平エルフと策謀の巡礼者

 幾度かの雨が降ってなお枯れ果てたままの川。

 それが何を意味するのかは、決して長いとは言えない旅程から嫌でも学んだ。

 だだっ広いばかりだった荒野に緩やかな起伏が生まれ、跡地と呼べるほどではないにせよ、人々が行き交った痕跡を見かけるようにもなった。

 そうして行き着いた先に、しかし待っていた景色は残酷ですらある。

 明らかに人の手によって数メートルから十数メートルごとの段差が作られた一帯は、まさか畑だったのだろうか? 斜面を均し、草木が根付くまで耕すのは難業だったはずなのに、眼前に見渡せる光景は無惨なそれ。

 木はおろか、草もろくに生えていない。

 段々畑を撫でるように吹いた風が何かをパタパタと揺らす。まだしも生き残った植物があるのかと目を凝らせば、それはスカーフか何かだった。

 畑だったであろう大地に突き立てられた農具に結ばれ、虚しく揺れる布切れ。

 そこから視線を背け、反対側を見やって一層、顔を覆いたくなる。

 やはり階段状に切り開かれた斜面には、石の塔が所狭しと並んでいた。

 どれも一メートル足らず、もしかすると五十センチにも届かないであろう石の塔。中には強風に煽られたのか、倒れたり崩れたりしてしまったものも見られる。

「……墓、か」

 前方。

 竜馬の背を降り、己の足で歩く禍福の呟きが聞こえて戦慄する。

 薄々察してはいたものの、これが全て墓なのか。だとすれば何十、何百の人間が眠っているのだろう。

 皮肉なことに、石塔群と化した墓場には緑がちらほら見える。

 まだ若い、花も咲かせぬ草たちだ。

 不毛の畑と、緑が芽吹き始めた墓場の間を、私たち三人と三頭は歩き続ける。

 右も左も、どちらも見たくないと思えば必然、視線は進むべき方向へと注がれた。

 そこはイスネア、小さくとも独立したヒュームの国。

 しかし、脳裏をよぎるのはローゼン義賊団が支配する宿場町跡地で聞かされた、あの黒髪の男の言葉だ。

――虚勢も張れない、老犬の国。

 進むほどに、その実像が見えてくる。

 あれは防壁だろうか。斜面の先、一直線を描く壁が左右に横切っていた。

 その途中、畑と墓場の間を貫く一本道の行き着くところに、少し色合いの違う部分がある。あそこが出入り用の門か。

 それは左右に分けられた畑からして間違いないはずだが、一つ気にかかることがあった。

「なぁ禍福、イスネアは国なんだよな?」

「そうだが?」

 振り返りもせずに答えた禍福の声は、なんとも訝しげ。

 今更なにを聞くんだと、言葉にしなかっただけで声にはありありと滲んでいた。前を向いたままの表情まで見えてきそう。

 ただまぁ、怯むこともない。禍福が上機嫌に笑っている方が珍しいのだ。

「そしてメイディーイルは国じゃなくて都市だと」

「……? それがどうかしたのか?」

「あぁ、なるほど」

 未だ怪訝そうな禍福に対し、緋色は何やら得心顔で頷いている。

 とはいえ、ここまで言って分からない禍福の方がむしろ鈍感――

「エレカさんは、都市であるメイディーイルがあれだけ立派なのに、どうして独立国家であるイスネアはこんなに見窄らしいのかと疑問に思ったわけですね?」

「そこまでは言ってないけど」

 これだけの規模の畑を開墾し、防壁もメイディーイルほど堅固ではないにせよ獣除けには過剰なほど。

 費やした労力や時間を考えれば、見窄らしいなどとは口が裂けても言えない。十分に立派だ。

 だから気になったのも規模の差じゃない。

「ここまで来ても門番の姿が見えない。妙じゃないか?」

 そもそも、だ。

 メイディーイルを出て一路東へ、道中ローゼン義賊団が支配する跡地などを経由しつつも、移動中はほとんど竜馬の足を借りて突き進んできた私たちが今、こうして自分たちの足で歩いている理由。

 それはイスネアの国土たる小高い丘が見えてきて、これ以上の急接近はいらぬ警戒を与えると禍福が言い出したからだ。

 ルネたち三頭の竜馬も、そのために私たちの背後にいる。

 しかし門番がいないとはどういうことか。無論、警戒はすべきだし、反対に無闇矢鱈と警戒心を煽るべきでもない。

 ゆえに不満があるのではなく、浮かんだのは純然たる疑問。

「国力が、イスネアという国家そのものが、それほどまでに衰えているということです」

 疑問に答えたのは、やはり緋色だった。

「ただ外に出て、風に吹かれながら立っているだけでも体力を使います。ですが、いったい誰が今のイスネアを襲うというのでしょう。メイディーイルどころか帝国全土が枯れ細り、他の国々も似たような有様。獣は死物狂いに餌を探すでしょうけど、荒らす畑もない始末です」

「もし獣が来たなら、それは自らを食料として人間様に献上するに等しい」

 感情を乗せなかった緋色の声に、侮蔑とも違う、どこか寒々しい禍福の声が続く。

「門番も、歩哨も、今となってはタダ飯食らいよ。まぁまともに仕事をして金を稼げる者も、金で売るほど食料を余らせている者もほとんどいないだろうがな。尚更、無駄に腹を空かせる余裕はない」

 アーロンの町を人々の声を聞いた。

 そこまでの道中、命の危機さえ覚えるほどの喉の乾きを知り、細って汚れた川も見た。

 だが、その後にはメイディーイルでのヒュームの暮らしぶりも知ってしまった。しぶとく生き残る教団や義賊団の姿までも。

 だからこそ、未だ信じ難いのかもしれない。

「雨は降った」

「ほんの少しな。そして今更でもある」

「喉の乾きは水で癒やされるかもしれません。しかし……」

 背後を振り返る。

 ルネが鼻先を上げ、どうしたのかとふすふす鼻を鳴らした。その後ろにはリューオとフシュカが並ぶ。狭い坂道だ。三頭は私たちの後を、自然と一列になり付いてきていたらしい。

 ルネたちは色違いながらお揃いの鞄を運んできてくれた。

 前の二頭は森へと持ち帰る調合薬を、最後尾のフシュカは道中の食料を。

 ただ――。

「イスネアでは補給もする予定だったはずだ」

 いくら竜馬でも、粗食の力持ちでも、森までに必要な食料全てを持ち運ぶほどの力はない。

 ローゼン義賊団の支配地に寄ったのも、単にイスネアとの間にあるからというだけではなく、私たちの食料を浮かせ、また竜馬の餌となるものを調達できるならするためだった。

 イスネアでは、より多くの食料を調達する予定、だったのだが。

「……できるのか?」

 答える声はなかった。

 それこそ、答えである。



 門前の坂道はさして長いものではなかった。

 しかし、国を守る防壁の中で最も脆い部分なのは確かだ。

 ある程度近付けば誰かしら気が付き、誰何の一つや二つ飛んでくるかと思っていた。

 現実は、違った。

 石組みの防壁に挟まれ、唯一の鋼鉄製だった門を叩く。

 手で叩き、鈍く重い音を立てられるところまで来ても、わざわざ叩かなければ来訪者に気付けない国とは。

 そもそも、ヒュームにとって国とはなんなのだ。

 エルフにとっての森に等しいはずのそこは、こうも狭く寂しいものなのか。

 全貌は到底見えないものの、遠目から防壁を見た限りでは、メイディーイルとどちらが広いか考えたくなる程度だった。あくまで防壁は居住地や国の要衝を守るためのもので、畑など土地面積を取るものは防壁の外に出してしまったとしても、なお。

 帝国というものの強大さを、知らぬままに思い知らされる。

 なんという矛盾か。

 禍福が再び、戸を叩く。

 反応はなく二度、三度と繰り返した。獣毛に覆われた手を隠すために手袋をしている禍福だが、それにしても門は硬く、重いだろう。痛まない程度でやめてほしい。

 最悪、どうにかして防壁をよじ登ればいいんだし。

 幸いにして探せば足場もありそうな石組みで、高さもメイディーイルほどではない。身長の倍はあるが、三倍はどうだろうな。ざっと五メートル前後だ。

 ちょっと緊張する木登りくらいに思えばいい。

 そう心に決め、提案しようと声を上げかけた時だった。

 ギギギギ……と錆びついた音を立て、鋼鉄製の門がジリジリ迫ってくる。向かって左側だけ。

 最前の禍福だけが右に一歩ずれ、内側から門が開けられるのを待った。

 門の隙間から光が零れる。

 喧騒と呼ぶには程遠い、けれども確かな人々の話し声や息遣いが聞こえてきた。

「なんだ、誰だ、人間か?」

 誰何ではあるまい。

 独り言に等しかった声の主が、恐らく門を押し開けていたのだろう。

「盗賊団なら帰るんだな。もう奪うほどのもんは何も……」

 こちらの姿が見えないうちから声を投げてきた人物は、そして言葉を断ち切った。

 私からは見えない。

 だが、禍福からは見えただろう。

 同時に、向こうも禍福を見たのだろう。

「……じゅ、巡礼者様?」

 怪訝な声だった。

 初老だろうか、くたびれた響きを帯びた男のものだ。

「まさか。まさか巡礼者様が――」

「悪いが、」

 声に歓喜が滲みかけた瞬間、禍福が言葉を割り込ませた。

「国一つを救うほどの食料も知恵も、我々は持ち合わせていない。しかし急を要する。議長への面会を願いたい」

 言い終えるやいなや、開いた門の陰に隠れてしまっていた緋色が私を押しのけるように前へと歩み出た。

「門を、開けても構いませんね?」

 やはり言い終えるのと同時だった。

 返事を待たず、禍福の手袋に包まれた手が門の隙間に差し込まれる。左手一本、ぐっと力んでもすぐに開くことはなかったが、門の向こうで慌ただしく動く気配が感じられた。

 急に軽くなったかのように、見る見るうちに門が開いていく。

 門があった空間を挟んで、私たちと彼らが対峙した。

「巡礼者様だ……。巡礼者様が、それもお三方も……!」

「急げ! 評議会、いや議長に急いで話を通せ! ほらお前だ、走れッ!」

「錫杖だぞ、まさかあの緋色様が……。あぁいえ、失礼致しました。それより早く、どうか中――ヒィっ!?」

 集まっていたのは五、六人だった。

 そのほとんど全員が口々に言い合う中、私たちを招き入れようと身を乗り出してきた一人が素っ頓狂な声を上げたきり息を呑む。

 それで一瞬、何事かと沈黙が生まれた。

 息を呑んだ男の視線の先を見ようと、次いで出てきた男も何も言えず固まってしまう。

 いったい何が起こったのか。

 怪訝に視線の先を追いかけようとし、ようやく思い出した。

 私たち三人の巡礼者の背後に、彼らは見たのだろう。

 静かに、それでいて品定めする眼差しで門の向こう側を見通さんとする、三頭の竜馬の姿を。

「……まっ魔獣ッ!?」

「それはオールドーズ教会への侮辱と取ってよろしいのでしょうか?」

 思わずといった具合に零された一人の声に、緋色がすぐさま鋭い声で返す。

 そして黙り込んでしまう男たちの前で、ふんと鼻を鳴らす女が一人いた。

「イスネア人は竜馬も知らんか。話にならんな」

「禍福っ!」

「いかにも、俺は禍福だ」

 咎める緋色に、しかし禍福は見向きもしなかった。

「緋色の名を知るなら、俺の名も知っているだろう? 急ぎ議長との面会を頼みたい。できぬというなら、押し通るまでよ」

 禍福という呼び名。

 それが何を意味するのか、咄嗟には分からなかった。

 しかし、またも彼らを見て思い出す。

 ここはイスネア。対する禍福は、帝国の生まれである。

「……どういうつもりか」

 一人の男が剣呑に言う。

 どうして禍福は名乗ったのか。

 緋色はその名で呼んでしまったのか。

 黙っていれば、自ずと招き入れてくれただろうに。わざわざ事を荒立て、面倒にする必要はなかったはずだ。

「どういうも何も、既に伝えている通りだ。議長との面会を」

「それがどういうつもりなのかと聞いているッ!」

 遂に男が叫んだ。

 門の向こうに人が集まりだす。

 ぱっと見回した限りでも、頬が痩けた者が大勢いた。

 武器を手に取るわけでもなく、簡素な服を着ているところを見るに野次馬の類いなのだろうが、だとすれば表情が一様に暗いのはどうしたことか。好奇心があるから野次馬は生まれる。なのに彼らは、まるで……。

「老犬、か」

 ぽつり呟いてしまった声に、先ほど叫んだ男が鋭い反応を示した。

「――ッ。なんだって?」

「エレ……剣閃、それ以上は――」

「ならば俺が代わりに言おう。ローゼン義賊団の者が言っていた。イスネアは最早、老犬の国だと。言い得て妙だとは思わないか?」

 男が怒号を上げなかったのは、できなかったからだ。

 頭に昇った血が顔を真っ赤に染め上げ、握り締めた拳と額に浮かぶ青筋が声も上げられぬほどの怒りを言葉以上に訴えている。

 にもかかわらず、禍福は笑いさえ滲む声で言い放った。

「狩りもできず、恵んでもらうための尻尾も振れず、それでいて残飯漁りのごとく寄って集って物欲しそうに眺めるとは。まさしく、老いて死を待つ犬畜生よ」

 何かが切れた音がした。

 耳に届かなかった音が、代わりに目に見える形で弾けたかのごとく。

 男が言葉にならぬ叫び声を上げながら飛びかかろうとした時には、既に禍福は半身の構えを取っていた。殴りかかろうものなら、男は指先さえ触れられず地に伏しただろう。

 だが、そうはならなかった。

「何事です!? この騒ぎはッ!」

 女の声が響き渡る。

 禍福に拳を向けかけていた男が一瞬、動きを止めた。と同時に周りの者が二、三人で飛びついて、どうにか拳を引かせる。

 唸り、抵抗しようとした男も、すぐ我に返って頭を垂れた。

 礼儀を示すというよりは、昇った血が頭を重くしたかのように力なく。

 声の主が、集まりかけていた人々の間を堂々たる歩みで抜けてくる。

 碧い眼差しは鋭く、引き結ばれた唇は厳粛さを思わせ。

 暗く沈んだ人々の中にあって、黄金色の髪を揺らしながら歩く姿は幻想的ですらあった。

「教会の方々とお見受けしますが、たとえそうであろうとも、我らがイスネアで狼藉を働くことは許せません」

 毅然とした声。

 深く刻まれた法令線が生きてきた歳月を教えてくれるが、相反する若々しさが瞳にも、声にも、佇まいにも滲む不思議な女性だった。

 その碧眼が鋭く動き、私たち三人と、そして背後の三頭も見極めただろう。

 一方、真正面からの視線を受け止めた緋色が一歩、歩み出た。

「身内の非礼を詫びましょう、クルス議長閣下」

「そういうあなたは錫杖の緋色ですね。巡礼者の重鎮が何用です」

「巡礼者に貴賤はありません。それは禍福とて同じこと」

「禍福……?」

 クルス議長閣下と、緋色は呼んだ。

 彼女が議長なのだろうか。イスネアという国家の長。

 そんな議長の視線が私と禍福の間を行ったり来たりしている。何故か。考えてみたらすぐに分かった。緋色は錫杖でそうと見分けられるけど、私と禍福は手袋くらいしか違いがない。

 旅の者なら手袋なんて珍しくもないだろうし、今来たばかりの議長にはどちらが禍福か分からないのだろう。

「禍福は俺だ」

 同じことを察したのか、禍福が笑いながら答える。

 嘲笑混じりの声だったが、よくよく考えると声音まで聞き分けられるんだろうか。着慣れたはずの外套の謎が増える。

 だが、しかし。

 そんなことを考えていられる場合でもなくなった。

「そして、こちらは剣閃。メイディーイル領主、フルート公爵閣下の名付けだ」

「なっ……」

 絶句したのは緋色である。

 私も遅れて頭を抱えそうになった。

 ただでさえ帝国出身と知られている禍福の名と、彼女自身の言動が元で敵意を抱かせてしまっているというのに、どうして更に感情を悪化させるようなことを言うんだ。

 帝室と六公爵、合わせて七家はイスネアで嫌われているんじゃなかったのか。言ってしまえば私は、敵国のお墨付きを得た巡礼者になる。

「剣閃とは聞き覚えのない名ですが、フルート家との繋がり、それに竜馬を連れているとなると帝国からの差し金ですか」

「差し金とは失敬な。ただ立ち寄り、旅の足を調達したに過ぎない」

「竜馬は公爵家でも自由にできないはずでは?」

「よくご存知で。まぁ、それより、急を要する話があるんだが」

 それよりも何もあるか。

 叫びそうになったが、私が叫んだところで話がややこしくなるだけだ。せめて緋色が助け舟を出してくれたら、と願うも、横目で窺えば呆れて閉口している。最早口出しする気も失せた様子。

 禍福も緋色も、らしくない。

「……ん?」

 らしくない?

 何か引っ掛かる。

 しかし考え込む時間を、議長閣下は与えてくださらなかった。

「何か?」

「いや、何も……ないわけじゃないな」

 言いながら考える。

 脳を回せ、思考を働かせろ。

 禍福を見る。緋色を見る。そして背後にいる竜馬たちを見ようとして、あまりに考えが足りていなかったことに気が付いた。

 人間の事情など、彼らは知るまい。

 決して長くはない時間とはいえ、それでも旅をともにしてきた仲だ。

 明らかな敵意を向けられ、頭に血が昇っているのはイスネアの人間に限った話じゃないのかもしれない。

「すまない」

「……?」

「その竜馬なんだが、できれば馬草を分けてはもらえないだろうか。勿論、金は払う」

「ふっ、ふざけ――」

 議長の後ろで、先ほど叫んだのとは別の男が叫び声を上げかけた。

 それを見た禍福がすっと腕を上げる。男が黙った。怯えたというより、ただ驚いて反射的にといった感じ。だが、禍福は何も言わない。

 代わりに、ちらりと私に目を向ける。口の端を持ち上げてみせた。

 よく分からない。

 分からないけど、言わなければならないことがある。

「あまり声を荒らげないでほしい。この子たちは神経質だし、何より腹を空かせている」

 お互い、肝が冷える思いはしたくないだろう。

 吠えられるのは嫌だろうし、私も吠えさせてしまうほど苛立たせるのは御免だ。

 そのくらいの気持ちで、お願いしたつもりだったのだが――

「……分かりました、すぐに用意させましょう」

 議長は苦虫を噛み潰したような顔で言って、やはり苦々しい声音で付け加えた。

「ですが、領内に入る際はどうか鎖を付けてください」

「鎖なんてないが」

 誰も彼も鎖、鎖と。

 そんなものを持ち運んでいるように見えるかと言いたかったが、やめた。

 緋色が額に手をやり、どこか遠くを見上げている。視線を追いかけてみて、高い高い、青い青い空を見つけた。

「つまり、鎖がなくともあなた方の命令は聞くと」

「そういうことだ」

 禍福が嬉しそうに頷いている。

 どうやら、私は何かを間違えたらしい。

 男たちの腰が引けている。議長も顔を引きつらせていた。

 ようやく気が付く。

 してやられたのか。私と、彼らは。

 敵国のお墨付きを得た巡礼者が、敵国で得た獣を手懐け、腹が減っているから餌を寄越せとのたまうのだ。

 意味するところは、明け透けが過ぎるくらいだろう。

 議長が身を翻し、何も言わずに先導を始めた。周囲の人々は三々五々に去っていく。

 彼らの背を見やり、首謀者は口笛でも吹くかのように上機嫌で呟いた。

「これで補給の問題は解決した」

 竜馬の胃が解決しても、私と緋色の胃には新たな問題が生まれている。

 知ってか知らでか、禍福はずんずんと歩きだしてしまった。

 イスネアは最早、私にとっても敵地になってしまったのだろうか。

「胃が重い……」

「だったら、もう少し考えて発言してください」

 緋色までも私の敵か。

 数歩後ろに下がって、ルネたちの頭を順に撫でる。

 私の味方は、もう君たち三頭だけかもしれない。

「ふしゅんっ」

 ルネが嬉しそうに鳴いた。

 遠くで悲鳴が上がった気がしたが、いくらなんでも気のせいだろう。

 気のせいで、あってくれ。

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